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【7日目 晩餐会】

作品タグに嘘はつきたくないよね。


「――まずは、我らの権威に一切の翳りなく、この剪月(せんげつ)の夜を迎えられたことを嬉しく思う」

 

 中庭に設えられた壇上で、カストゥロが、杯を掲げた。

 空には、中心を刳りぬかれたような奇怪な月。周回軌道の異なる二つの月が、左右対称の三日月の形で重なり合い、一つの大きな月のように見えている。


「諸君らの尽力により、我らがクリナトゥス王国の支配圏は、200年の歴史上で最大を更新し続けている。これが脅かされることはもはやありえないだろう。

 剪月が如きクリナトゥスの繁栄に――杯を!」


 立ち並んだ数十人の貴族たちが、カストゥロの動きに合わせて盃を掲げた。

 晩餐会というから広間で円卓でも囲むのかと思ったのだが、意外なことに屋外だった。形としては立食パーティーに近い。


「ファルヤーズ殿、でよろしかったかな」


 不意に、横合いから声が掛かった。

 横に広い体格をした、髭面の男だった。パっと見は中年太りの肥満体に見えるが、背筋が伸びているせいか、身長以上に大きく見える。


「これは辺境伯。……いかにも、私がカストゥロが長子、ファルヤーズ・ギラファリア。失礼、これから挨拶に向かおうかと」

「ふは。歓待のお言葉ならば、既にお父上に頂いておりますとも。十分なほどに」


 バルクマン・ビソン=ハスタート。四大貴族の一つ、武門に優れた辺境伯家の現当主。

 いきなり嫌なところが来た。ぱっと見では太っているように見えるが、相撲取りとか、プロレスラーのような重戦車の体格をしている。

 苦手なタイプだ。俺としても、ファルヤーズとしても。

 傍らには執事らしき男と、背後にもう一人、ドレス姿の女性がいる。


「如何ですか、今宵の食事は。父が領内の料理人を選りすぐり作らせております。あちらのタド鳥の香草焼きは、ワインともよく合って……」

「ふは。そちらも堪能しております。ですが、我が家族と兵たちが本気を出しては瞬く間に無くなってしまいますので、控えめにしております。豪傑揃いなもので」


 量が少ないと言いたいのか。確かに、この身体では立食パーティーには適さまい。


「足りないとのことでしたら、厨房の奴隷どもに命じ、追加をご用意させましょうか」

「ふは。……いや、いや、お気遣いなく。にしても、堂々たる立ち居振る舞い、流石ですな。魔導書すらまだお持ちではない、正規の参加資格があるわけでもないというのに」


 ……うん?

 どうも目線が穏やかではない。これはまさか……。


「もう、まもなく魔導書は得ます。父が、跡を継がせる身として、皆様に早く名と顔を知られておいた方がいいと判断したのでしょう」

「ふは。……いや、まさにその通りですな。ほら、挨拶しなさい、ヒルダ」


 奥から、やや癖のある金髪を結いあげた女性が進み出てくる。


「娘のヒルダだ。君よりも二つ年上だ。魔導書も既に得ていてね、母譲りで武芸にも卓越している。いずれ魔導書合わせでも如何かな」

「成程。一考に値しますな」


 魔導書合わせって何だ。社交デビュー前のこいつの記憶と、多少漁った本だけでは、貴族の習慣までは到底学べていない。


「ヒルダ殿。ご機嫌麗しく」

「そのように見えますの? それに、気安く呼ばれる覚えはありませんわ。ヒルデガルド・ビソン=ハスタート。敬意を込めてお呼びなさいな。坊や」

「…………。これは失礼しました、ヒルデガルド嬢」


 ……やっぱり。

 めちゃくちゃ格付けし(マウントとり)に来られてるな、これ。

 四大貴族のことを調べた時から、仲良しこよしでないことは予想していたが、思った以上に絡んでくる。さっきの食事量云々も、暗にこちらの兵士の質が低いと言っていたのか。

 娘は父親以上に露骨で、見下すような態度を隠さない。


「それでいいのです。ええ。行きましょう、お父様。……次回以降も、またお会い出来ればよいですわね?」

「……はい。無論、こちらも楽しみにしておりますよ」


 いや二度と出たくないけどな。

 しかし「会えれば良い」という表現がやや気に掛かる。ファルヤーズは長子だ。順当に行けば普通に会えるだろう。

 だが、そのままハスタート一家は去っていってしまった。


「そういうわけだな! ギラファリアの若君!」

「うわ!?」


 気が付くと、背後に別の男が立っていた。

 赤髪に、日に焼けた肌。貴族の正装でなければ、サーファーかと見紛う若い男。胸元の紋章は、確か国の倉庫番、ウォレス公爵家。

 代替わりが最近行われていて、確か三十代の現当主を、五十前の前当主が補助しているという情報だったはずだが。明らかにそれらよりも若い。


「ウォレス家の……」

「クラング・ウォレスだ! 前当主の第二子にあたる! 会えて光栄だとも!」

「これはご丁寧に。如何です、我がギラファ……」

「君は遠征途中に落石に会ったと聞いた! 護衛の兵士たちの罪は決まったのかな? 当然、何らかの処罰は下るとは思うのだが!」


 こちらの言葉をまるで無視して話しかけてくる。


「もし処遇に困っているなら、是非とも当家の農兵に回すのを考えてくれたまえ! 広がった領地のお陰で、いくら人員があっても足りなくてね!」


 そして爽やかな笑顔で提案がロクでもねえ。

 クラング。20前後くらいだろうか。貴族でも色んなテンションの奴がいるもんだな。


「最近はアレだ。辺境に伝わる稀少な作物も手に入れてね! 麦に似ているが、牽いて焼き上げるのではなく、何だったかな! 水と一緒に煮込んで喰らうとか!」

「……ほう。それはまた妙なものですな。本日は持ち込んでおられるのか?」


 ギラファリアも含め、貴族はそれぞれ土産物を持ち込んでいる。食事や武具や、様々だ。見せつけたり紹介したり自慢したり自慢したりするらしい。

 それはそれとして、いささか日本人としては気になるワードが聞こえてきた。

 別に日本に居た頃から菓子パン生活ではあったのだが、それはそれとして米は恋しい。


「残念ながらまだ採れていない! 順当にいけば二か月後には収穫できるそうだ! ファルヤーズ殿は作物に興味がおありかな!?」

「稀少な物品ならば何でも。……この晩餐会もそう。全て新鮮で、面白い限りだ」


 声は煩いが、先程よりも話しやすい相手だ。

 そのまましばらく、情報収集を兼ねた会話を交わしていると。


「――お集まり頂いた皆々様! ご歓談の最中ではありますが! 少々、ご清聴頂きたく存じます!」


 そのような声が、中庭の入り口から響いた。

 声の元は、ホストであるカストゥロ……ではない。

 ギラファリア家の当主は、むしろ驚いた顔で、声の方に視線を向けていた。

 その先――何やら布で隠した檻の前に立っているのは、あの横に広い辺境伯だ。


「バルクマン卿。どうした? これは一体……」

「カストゥロ卿。予定にもなく申し訳ない。だが、とっておきの余興を、事前にお教えするのも勿体ないと思いましてね」

「余興ですと?」

「知っての通り! 我らビソン=ハスタートは辺境の盾、異族狩りにたえず身を投じております。そして今回、我らは素晴らしい成果を手に入れた――そう、古くは神とすら勘違いされた、伝説の一族! 『鱗の異族』です!」


 ざわ、と一団がざわついた。

 鱗? 異族? 記憶越しの知識で軽く見た気がするが、なんだったか。


「異族。あるいは半獣。秘境に住まう、まつろわぬ人外どもだな! 個々は極めて強大な力を持つ故、戦奴隷として使われているのを稀に見る!」


 こちらの疑問を覚られたのか、クラングが解説してくれる。

 そうだ、思い出した。その体に魔獣の特徴を宿し、人間が持つべき精霊の恩恵を掠め取る人もどき――貴族の間ではそういう扱いになっている。


「しかし鱗とは眉唾……それはかつて『竜の末裔』と呼ばれた種のはずだが」

「まさしく! 我らが武は、かの伝説すらも隷下に収めたのです!」


 クラングの呟きを耳聡く聞いた辺境伯が、両手を拡げる。

 その背後で、得意満面の様子のヒルデガルドが、箱から布を取り払った。


「…………ぁ、…………」

「!」


 中から引きずり出されたのは。鎖に繋がれた人間だった。

 その首には従属用の魔具、『首輪』。血と傷、汚れきった体。ぼろきれのような服。 夜風に乗って、流れてくるすえた臭い。晩餐会が屋外で行われる理由は、こういうことがあるからか。

 恐怖に固まりかけた体を、俺は必死に押し隠す。バルクマンが、罵声を響かせる。


「稀少な竜の末裔。鱗の異族。我らはその棲家を発見し襲撃、この個体を捕えました。 我らはこれを、しかるべき権利を持つ方に、お渡ししようと思う!」


 場が再びざわめく。

 竜の末裔、神様扱いされた種族。

 それを手に入れられれば、箔という面でも、戦力的な面でも大きく差をつけられる。


「啓かれよ、我が魔導書。刃の御徴」


 ヒルデガルダの手の上に、銀色に光る立方体が出現する。


「〝ヴィーナス・ブレイド〟」


 その立方体が姿を波打たせる。内側から、同質の素材で出来た、波打つ刃を持つ無数の短剣が生まれる。

 あれが『魔導書』。言葉から考えられるイメージとは大きく違う。また調べなければ。


 短剣が降り注ぎ、少女の肌を切り裂き、抉り、あるいは浅く突き刺さる。

 顔を歪めたくなる、嫌な音が響く。だが、響いたのは音だけだ。ぐっと身を丸めた奴隷は、悲鳴一つ洩らさない。


「見ての通り。捕えてから一月。この個体は首輪の隷属にすら耐え、食事も水も最低限しか取らぬ始末! このままでは無為に死にゆくのみ! ――そこで、見事この奴隷に悲鳴を上げさせる力ある者に、主となる権利を委譲したく思います!」

「おおお……!」「成程。そういう余興か!」「伝説の半獣、興味がありますねぇ」


 盛り上がりは最高潮に達した。

 俺が、いや私が、と。己の武器や魔導書を取り出し、少女を嬲る順番を競い合い始めた。

 その隣では、会の主導権を奪われたカストゥロが苦い顔をしていた。だが、こうして盛りあがった場を止めることなどできるはずもない。


「ふんむ! ……良いパフォーマンスだ。ハスタートの奴隷使いで従えさせられなかった者を、他の家の者が従えられるわけがない。自領の力と、器を同時に示せる。……ファルヤーズ殿?」

「…………」


 意外なほど冷静な様子で分析するクラングの声が、ひどく遠い。

 異族。人外。半獣。そう呼ばれた少女が炎で焼かれ、刃で斬られ、魔力の弾で吹っ飛ばされ、身を震わせている。

 倒れたところを、腹部を強く踏みつけられる。

 その全身は汚れ切っていて、体の輪郭も、髪の色も分からない。

 それでも、どう見てもそれは、……恐らく十代後半程度の、少女の形をしている。


「…………ない」


 不意に、掠れ切った声が漏れた。騒いでいた貴族たちが注目する。悲鳴か。嬲る順番だった貴族が俺だ、俺がやったんだ、と主張する。

 だが、声は呻きでも、悲鳴でも無かった。


「い……くら、穢され、……と。傷つけ、も、……。私は、屈し、ない……」

「…………!」


 しばし、周囲が硬直し。やがて、げらげらと笑い出す。

 なるほどこれはすごい、人もどきが、大口を。と、余裕まみれの感嘆の声。腹を抱え、ひとしきり笑ったバルクマン辺境伯が、ここぞとばかりの声を張り上げた。


「――ファルヤーズ様! ファルヤーズ・ギラファリア様!」


 俺の、この体の名前だった。


「如何です! ギラファリア次期当主として、この強情な奴隷の教育に、挑戦してみませんか!」


 …………なに?

 反応が遅れ、固まることしかできなかった俺より先に、カストゥロが口を挟む。


「ま、待たれよ、バルクマン卿! 息子はまだ14、奴隷を持てる齢ではない」

「ならば貴方預かりにし、魔導書と共に譲り渡せばいいでしょう。我ら四大貴族最古の家系の次期当主として、この程度はこなせるのではありませんかな?」

「お父様。いけませんわ。最古だからといって出来るわけではありません。どころか、もう既に全盛期を過ぎていらっしゃるのでは? おほほほ」

「これ、滅多なことを言うものではないよ、ヒルダ。ファルヤーズ様は、聞けば既に使用人や兵士への懲罰を、専用の館を持って自らやっているとか!

 魔導書がなくても、この程度、容易いでしょう!」


 そういうことか。

 ここで次期当主に敗北感と恥を掻かせて、こちらの立場を一気に引き落とすつもりだ。

 カストゥロは黙りこんでいる。……何が『最古の歴史を持ち、全てに優れた、王家の最も偉大な臣下』、だ。

 ギラファリア家は、既にそういう立場ということだ。

 いや、問題はそこではない。


「…………ひゅ、……」


 先程の啖呵が、本当に限界だったのだろう。

 奴隷の少女は、浅い呼吸で地面に突っ伏している。

 あと一度でも虐待を受ければ、本当にそれきりになるだろう。


 ……目を反らして逃げ出したい。あれを一目見たときからずっとそうだ。

 だが、俺の体は、どうしようもなく場の空気を読む。嘔吐感も、拒絶反応も抑え込んでしまっている。目の前の出来事に、乗ってしまえと。


 どうあがいても、逃れられない。

 俺のこの体が、悪の貴族の嫡子である以上は。

 それなら。ああ。それなら。


「……ええ。良いでしょう」

「ほう。ファルヤーズ殿」

「ファル!?」


 楽しげにこちらを見やったクラングと。

 焦ったようなカストゥロの声を横に。

 俺は哀れな少女を嬲り殺しにするために、ゆっくりと近づいた。




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