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【6日目 欣喜館】

ああ、見ろ、窓に、窓に!

あれはドリームランドの怪物! 名状しがたき、ソンタク鳥だ!



 その建物は、広大なギラファリア本家の敷地端、死角のような森の中にある。

 大きさとしては、決して大きなものではない。造り自体はしっかりとしていて、背後には小川が流れている。だが、全体的にみすぼらしい小屋だ。


 だが、見た目で侮ってはならない。

 12の誕生日の際にファルヤーズがねだり、カストゥロが命じて作らせた建物。建物の下には、ファルヤーズにしか入れない2~3倍の広さの地下室がある。

 この悪の嫡子が所有する、専用の拷問小屋――『欣喜館』。


 その扉の前で、俺は木製の籠を片手に、うんざりした顔を浮かべた。

 人が通りがかる場所ではない。立地的にも、評判的にも。俺だって、必要がなければ絶対に入りたくなんてなかった。



 ファルヤーズが俺になる前に注文していたらしい、他領の魔獣。

 昨日は俺の部屋に置いておいたのだが、扉を開けてもクァンクァンと妙な声で鳴くだけで、出て来る気配を見せなかった。

 そもそも苛め殺す用に買ったものだ。部屋に置いていても不自然になる。


「はあ……」


 地下室への扉を開ける。空けた瞬間に血の匂いでも広がったら。

 記憶の限りでは、『人間』の虐殺は、まだしていない。だが、使用人の折檻や、小動物の解体などは何度も行っている。

 ただ、思い返すだけで反吐が出るような記憶だったため、きちんと確認できていない。

 空けた瞬間に血の匂いでも広がったらどうしようか、と思ったが、幸いというべきか、そんなことはなかった。


 石造りの床。小型のかまど。手錠や鎖、様々な刃物。小型の檻。テンプレートすぎて笑うしかないような恐怖グッズの数々。

 だが、逆の一角には絨毯が敷かれていて、場違いな質の良いソファがある。憩いスペースとでも言うような。

 裏の小川と繋げているのか、奥には排水溝つきの洗い場まであり、一か所だけ地表に面した窓からは、日光が僅かに差し込んでいる。

 記憶を検索すると、どうやらファルヤーズは、高慢な貴族特有の潔癖症だったらしい。

 拷問部屋は欲しいが、小動物の血や肉や、人の汗や体液で部屋が汚れるのが我慢ならなかったようだ。


「いや、だったら拷問すんなや!」


 叫んだ。心からの思いだった。アホじゃないのかこいつは。

 水場近くに設えられた、水責め拷問に使われていた巨大な棺を蹴りつける。その乱暴な音に、クァン! と怯えるような声が籠から聞こえた。

 魔獣とやらは、まだ出てくる気配を見せない。木の籠の奥に入ってしまっている。


「ああ、もう、知らん……」


 俺はひとまず、適当な皿を取って、そこに、道中で取ってきた木の実を転がした。

 昨日、購入時に獣屋から聞いたとおりの餌である。


『で、コイツは何を食うんだ……? 餌は?』

『は。餌、でありますか?』


 獣屋がお面の首を傾げる。虐殺と解体しかしないのに何故そんなことを聞くのかと。

 しまった。奇妙な鳴き声と、自分の記憶にうんざりしていたせいで、つい素のまま聞いてしまった。


『…………そうだ、餌だ。いくつか、試してみたい毒があってな。好物があるならばそれに混ぜるのが良いだろう?』

『ははあ、なるほど! 流石は若。常に新たな方法を模索されておられますな。

 そうでありますな。こやつは空気中の魔力を吸収するようでして、多少は喰わなくても問題はありません。ですが、普段は新鮮な木の実などを食べているようであります』


 その他、特徴を二、三聞いた。魔獣というのは、生態が魔力と近しい獣の総称だそうだ。

 生きているだけで周囲の魔力に影響を与える土地の守り神みたいな奴から、こういう魔力を食べる小動物までピンキリのやつがいる。

 にしても、会話でミスをしたときの咄嗟の言い訳にもかなり慣れてきてしまった。嫌な慣れだ。


「腹が減ったら喰え。あとは好きにしてな」


 籠に向けてそう声を掛ける。

 どちらにしろ、野生の獣だ。慣らす気はないし、世話が要らないのは有り難い。

 餌の隣に、竈にあった鍋で温めた白湯を隣に置いて、その日はそこを後にした。



 と、思っていたのだが。

 その日の夕方。訓練を終えた後、コルムバに聞かれた。


「ファル様。ときに、また新たな魔獣を買われたとか?」

「耳が早いな。獣屋から聞いたか」

「兵士たちが、欣喜館のある森の近くを通った際、地の底から耳慣れぬ獣の声が聞こえてきたと噂しておりまして」


 聞こえるのか。そういえば地表に面した窓があったな。

 竈の上にも煙突があったし、半地下室という感じなのだろうか。

 しかし、だとしたらあそこで飼い続けるのもまずいな。殺してないのがバレる。どうしたものか。


「欣喜館より漏れ聞こえる悲鳴や断末魔は、あの一角の風物詩ですからな。遊ばれるのは、これからですかな?」


 くつくつと低く不気味に笑う。そんな風物詩がある貴族屋敷は嫌だ。

 だが、不満と不安をおくびにも出さず、俺は応える。


「ああ。――生命力が強いというのでな。餓死と毒殺を試しているところだ。しばらく声は聞こえ続けるだろうが、いつまで保つか楽しみだ」

「これは頼もしい。明日の晩餐会での、いい話題になりますな」

「そうだな。俺の社交界デビューだ。土産話を楽しみに待っていると良い、コルムバ。クハハハハ……!」


 明日は、四大貴族の晩餐会だ。

 からっぽの高笑いを響かせながら。山ほどの不安を胸に、俺は落ちる夕焼けを見送った。




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