【5日目 四大貴族】
さーて、今回も忖度忖度ゥ!
「晩餐会?」
「ああ」
朝食の場で。
父親から、そんなふうに切り出された。
「知っているとは思うが、我ら五、……四大貴族による交流会だ。
クリナトゥス王家を支える立場として繋がりを保ち、国の現状を隅々まで把握しておかねばならん」
「それに……俺が?」
「ああ。本来は成人のみが参加する会だが……お前も間もなく十五。魔導書の準備ももう終わっている。直前の会議は私が赴くが、晩餐会だけならば良いだろう。
他の四大貴族の子らと、今のうちから交友を深めておくのも、悪くない」
つまり二次会のみの参加ということか。
死ぬほど行きたくない。何が悲しくて自分から死地に飛び込まなければならないのだ。
「本当ですか、父上! 是非に参加させて頂きたい!」
そう思いながら、無作法でない程度に身を乗り出す。
唇を釣り上げる人相の悪い笑顔と共に、本心と真逆のことを口走るのにもすっかり慣れてしまった。……日本に居る時からのスキルな気もする。
「そう言うと思っていたぞ。コルムバからも、お前が元気がないと聞いてな。あれほどの事故だ、引きずるのも仕方ないとは言え、良い気分転換になるだろう。それに、他家の者の中には、お前の無事を怪しむ声もあるものでな」
「成程。それはまた……」
「晩餐会は明後日の夜だ。今回は我が領地が主催でギラファリアの別荘で行う。移動もさほど掛かりはしない、ゆるりと待っているが良い」
「はい、父上! このファルヤーズ、他家に失礼のないよう……」
カストゥロの視線が怪訝なものになった。
「……口さがない他家に、ギラファリアが嫡子、ファルヤーズは万全であると示すべく、万端の準備を整えておきましょうぞ!」
「ふはは、頼もしいな。我が息子ながら、楽しみにしておるぞ」
◆
「……ああ、くそ、全く……!」
朝食を済ませた後。廊下を歩きながら、小さくひとりごちる。
『謙譲』は駄目だと何度も反芻したはずなのに。敬語にしようとすると、すぐそうなる。日本人の悪しき性だ。
ばたんと、荒めに扉を開ける。中に居た眼鏡の男が、こちらを見て目を見開いた。
「な……?! ファ、ファルヤーズ様! 一体何故、このような場所に……!」
「俺がここに来ることが、それほど異様か?」
「い、いえ、そのようなことは……」
睨みつけると、部屋の管理人が怯えて身を伏せる。
まあ、異様だろう。以前のファルヤーズなら、近づきもしなかった場所だ。
ギラファリア屋敷、書庫。
本来ならば真っ先に来たかった場所だ。だが、この馬鹿息子は、机での勉強を蔑にして遊び呆けてばかりだった。急に書庫に入れば、また怪しまれてしまう。
「四大貴族に関しての本を用意せよ。晩餐会に出席することになった」
「そ、それはおめでとうございます! すぐにご用意いたします!」
「出し終わったら下がれ。俺の周りには近づくな。気が散る」
「は、ははっ!」
晩餐会は嫌だが、全く悪いことばかりでもない。
生まれて初めての晩餐会となれば、この放蕩馬鹿息子とはいえ、他家の知識を漁るのは不自然ではないだろう。たぶん。恐らく。
少しして、司書が集めてきた本を開く。
俺のこの世界の言語能力は、ファルヤーズのそれに準ずる。
ところどころ読めない字や理解出来ない表現があり、加えて、本自体の質が悪いのか、シミのようになって読めない部分も多い。
「クリナトゥス王国の大貴族……ギラファリア侯爵家。ウォレス侯爵家。ビソン・ハスタート辺境伯。ミラビーリス子爵家」
紙や印刷の文明は発展していないらしく、豪奢なのは革製の表紙だけ。中身は手触りの悪い紙を重ねて、紐で閉じただけの装丁だ。
めくるのも難しく、慎重に指先を動かしても、不規則に大きくページがめくれたりする。
「出来れば、他にまともな貴族でもないか……」
だが、俺のささやかな希望は、読み進めるうちにあっさりと砕かれる。
真っ先に探したのは、当然、ギラファリア侯爵家について書かれたページ。
専攻する魔導書は『炎』。歴史は最も古く、国の創立にも携わった。領地、財産、軍事の全てが安定して優れており、クリナトゥス王家の最も偉大な臣下である。
と、書かれている。
「マジか。勘弁し……いや、待て。そうか、この本、ここのやつか」
よく見るまでもなく手書きだ。ここで書かれたのか、原本が別にあって写したのかは分からないが、ギラファリアには多少の色目があると考えるべきだろう。
「参考にならないな……まあいいや。次」
ウォレス侯爵家。
専攻する魔導書は『雷』。豊かな農耕地を多く保有し、財産面で最も優れている王国の倉庫番。海にも面しているらしい。いいなあ海。
また、数代前の当主の時に、他領の重罪人を受け入れて農作業や漁業にあたらせる画期的な取り組みで、領地の生産量を大きく上げたそうだ。…………ん?
「……いや、農奴じゃんこれ。……次」
ビソン=ハスタート辺境伯家。専攻する魔導書は『刃』。国外勢力との戦いが多く、最も武勇に優れる。辺境というとなんか左遷されてる感じがするが、そうじゃないらしい。
また、罪人や異族を従属させるのに使う魔具――首輪の生産技術は彼らが独占しており、多くの貴族がその恩恵を受けているそうだ。
「もっとストレートに奴隷が来た……。次。これで最後」
ミラビーリス子爵家。専攻魔導書なし。もとは処刑人の家系。爵位を得てから最も歴史が浅い。ひとつだけ情報があからさまに少ない。書き手が低く見ているのが伝わってくる。
罪人の愉快な処刑方法を考えるしか能がない、と締められている。
「罪人、売れ筋かよ……」
顔を抑える。今から明後日の晩餐会が憂鬱になってきた。
ぱたんと本を閉じようとして、ふと気付く。
本の背表紙に比べて、その逆側……小口側が、明らかに薄い。まるで十分な量の紙が閉じられる前のファイルのような。
再び、ぱらぱらとめくってみる。同じ力加減で、ばさ、と多めに広がってしまうのは、いつも同じ位置だ。そこだけ、背表紙に紙がくっついていない。
「……破られて、いや、……中身を、抜かれてる?」
ギラファリア家の本を破損する人間がいるとは思えない。
貴族に関する記述の中の……それも、結構な文量を割かれていた何かが丸ごと削られている。
俺は冒頭部分に何カ所かあった、シミになっていて読めない部分を観察する。逆側から光に透かすと、塗り潰されていた部分が透けて読めた。
「ア、ロ。……アロ、ミリナ、公爵家……?」
公爵。順序で言えば、四大貴族のどの家よりも高い地位。
なんとなく嫌な予感がした。ひとまずここで止めようと思って本を降ろしたとき、本棚の向こうから司書の声が掛かった。
「ファルヤーズ様。も、申し訳ありません! 今、よろしいでしょうか」
「!」
見られていないかと焦る。同時に、今日はまだらしい動きをしていないことを思い出す。
初めて書庫に入った馬鹿息子が、本に夢中になって読み耽るというのは、不自然な変化に含まれるだろうか? とにかく用心はする。
「……なんだ。気の効かんやつだな。俺が読書をしているのだ、飲み物と菓子でも用意するのが司書というものではないのか?」
「も、申し訳ございません! しかし、その、ここは飲食は厳禁でありまして……」
「ほう? 俺の言うことは聞けぬと。部屋の書物の方が重要――否、俺が過失をすると考えている訳か。これは面白い……」
「すぐにご用意いたします! ……で、ですがその前に! 門前に、お客様が来られているとのことです! いつもの獣屋でございます!」
「なんだと?」
記憶を探る。確かに、そういう名前の、ファルヤーズが懇意にしていた行商が居たことを思い出す。
「まあいい。本の相手も飽きた。これから向かう。……全く、さっぱり分からん。もう少し面白みのあるものはないのか?」
「申し訳ございません! 努力いたします……!」
◆
獣屋と呼ばれる商人は、面を被った猫背の男だった。
裏口とはいえ、ギラファリアの家を訪れるときまでそのスタイルというあたり、よっぽど肝が座っているのか、それが許される事情があるのだと思われる。
何の用だと聞くと、はきはきとした仕草で彼は答えた。その足元には、頑丈な木製の籠。
「はい! 若がお楽しみに用いられる、他領の魔獣でございます!
以前になされた御注文通り、若がどれほど遊んでも長く保つよう、弱く、よく鳴き、しかし頑丈さが売りの獣を連れて参りました!」
「ほほう。そうか、口だけではないことを期待してやる」
俺は口の端を釣り上げて即答しつつ、心中で頭を抱えた。
俺の身体は、奴隷売買より酷い趣味しか持ってない。