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【1日目 転生】

忖度転生第二話。まだ忖度はしません。



 俺が死んだのは、道を歩いている時に、上から鉄骨が降ってきたからだった。

春の強風のせいか、直前にあった小さな地震のせいか。とにかく、工事途中のビルの上から、何本もの鉄骨が落ちてきた。

 近くにいた通行人も巻き込まれていたから、結構な量が落ちてきていたのだろう。

 俺はといえば、すっと空が暗くなって上を見上げた瞬間、視界いっぱいに鉄骨が広がって意識が途切れた。頭に直接当たったのだろう。ぞっとしないが、痛みを感じなかったのは幸運なことだと言えなくもない。


 問題はそこからで……目を覚ますと、俺は崖の下にいた。

 山道か、峠道か……とにかく、東京のコンクリートジャングルとはかけ離れた、自然のど真ん中である。雨が降っていて、近くには横倒しになった馬車――そう、馬車だ。RPGか童話でしか見たことの無い、あの形状――と、崖の上から落ちてきたと思しき、無数の大岩があった。

 俺の体は馬車から放り出されたらしく、頭から血を流していた。といっても、鉄骨に潰されたとかではない、せいぜい礫が当たったくらいの軽傷である。

 体が妙に動かし辛い。いや、もちろん全身を打っていて激しく痛むのだが、それ以前に、何か急に体格が変わったような違和感があった。


 なんとか、うつぶせのままで頭を動かして、片手を見る。

 指先の爪まで手入れの行き届いた手と、歴史の教科書でしか見たことのない刺繍の袖口。それを見て、違和感は確信に変わった。

 目線を、腕よりも先に向ける。近くに落ちていた、馬車の金具部分に反射して映ったのは、おおよそ十五歳くらいの、金髪の少年だった。人相悪いな、とか、不良っぽいな、とは思ったが、この時点では彼/俺がどういう人間だったのかは分からなかった。

 俺は驚愕に目を見開いて、すると鏡の向こうの金髪の少年も、同じ顔をした。それで、自分が別物になっているらしいことを理解した。


 子供の頃に、付き合いで見ていた映画やアニメのことを思い出す。

 元の世界で死んで、目覚めると自分が別人になっている。異世界転移、転生。そんな名前だったか。知ってはいるが、それと、自分がなるのは別問題だ。

 けれど、手が地面を掻く感触は、夢や走馬灯のものではない。


 当たり前だが、憑依した理由は分からない。

 金髪の少年と俺に、何らかの共通点があったのか。それとも鉄骨による轢死と、落石による轢死という形で死因が似ていたからか。

 恐らくは、後者の可能性が高いのだろう。というのも、転生したのは俺一人じゃなかったからだ。


 隣にいた、御者らしき外見の男が呻いた。

 彼は俺よりも怪我が軽かったらしく、起きてすぐに、耳元に片手を当てた。

 反射的に、彼の〝中身〟に思い至った。鉄骨が落ちてきた時、少し前を歩きながらスマホで電話をしていた人間だ。叱られていたのか、肩をすくませる動作まで一緒だった。


『もっ、申し訳ありません部長! 今、少し事故がありまして、本当に、すぐに向かいますので……え、あれ……!?』


 当然、その片手にはスマホはなく、千切れた馬車の紐だけだ。困惑を見せる御者/元サラリーマン。俺はといえば、まだ全身が痛く動かないため、声も出せなかった。

 それでも、目の前に似たような状態の人間がいるということは、安堵にもなった。

 そして、スマホを探す彼が、自分の体の違和感に気付きかけた、そのときだった。


「ファルヤーズ様――――っ!」


 そういう呼び掛けと共に、がしゃがしゃと金属音を立てて走ってきた一団があった。

 彼らは、ファルヤーズ、つまりこの体の元の持ち主の護衛兵士たちだった。

 後で確認したところ、遠征の帰りに、突発的な豪雨と落石に見舞われて、崖際の道から馬車ごと落ちた俺を泡を吹いて助けに来た、という流れだったらしい。

 だが、格好こそ異様だが、言葉の分かる(そのことに違和感は持たなかった。この時点では)人間である。元サラリーマンも、慌てて彼らに両手を振った。


『あ、ああ良かった、人が! すまない! こ、ここはどこなんだ?』

「!?」


 その瞬間。

 こちらに駆け寄ってきていた兵士たちが、一斉にざわっと足を止めた。


『あの落ちてきた鉄骨のせいで吹っ飛ばされたのか? それとも怪我をしてここに運ばれた? どっちでもいい、目黒区はここから近いのか? すぐにオフィスに……!』

「ま、まさか、これは」「冗談だろう」「ああ、なんということだ……!」


 兵士たちは怯えるように呻きながら、手元を弄る。俺の位置からでは、何を構えたのかはよく見えなかった。


『ど、どうしたんだ? 私は急いでいるんだ! 君らはなんだ、渋谷あたりのコスプレ集団か? 何だって構わない、すぐに道と、私のスマホを――ぷぎゅっ』


 喋っていた御者/元サラリーマンの首を、矢が貫いた。

 兵士の一人が持っていた、ボウガンによるものだった。元サラリーマンは、口から血を泡と吹き出し、首を掻き毟りながら、どうと倒れた。

 俺は倒れた姿勢のまま、濡れた前髪越しにそれを見た。何が起きたのか分からず、体を硬く強張らせた。その対応で正解だった。本当に運が良かった

 兵士たちは倒れた男を剣で、弩で、槍で念入りに突き刺しながら、一方で救護担当らしき者たちを俺の周りに向かわせた。


「異端憑きだ!」

「殺せ! 縛り上げて燃やすんだ! ……ま、まさかファルヤーズ様まで憑かれてはいないだろうな! もしもそうだったら、俺たち全員、家族まで縛り首だぞ!」


 そして。

 兵士たちは、半ば恐慌状態に陥った様子で、俺の治療と、死体の始末を始めたのだった。




 後になって、俺は知ることになる。

 それは、この世界――クリナトゥス王国に伝えられる、恐るべき災厄の名。


 事故や病気で瀕死になった人間が、奇蹟的に息を吹き返した時。

 その中身が、別の人間になっていることがある。


 その何者かは、この世界の常識も、倫理も知らず。

 また、異界のものとしか思えない異常な言葉と、知識と、記憶を持つ。


 彼らは、世界に乱しかもたらさない、禁断の『異端憑き』である。

 人々よ、気を付けよ。

 革命者が現れるたび、その正体を見定めよ。


 それが、どれほど位の高い貴族でも。賞賛されていた英雄だとしても。

 もはやそうなった者は、本人ではない。

 一切の区別なく。

 異端憑きは、発見し次第、速やかに縊り殺さなければならない――





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