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【12日目 物陰】




「はあ……」

「ファル様、お疲れでございますか」


 こっそりと溜息を吐いたら、御者のコルムバに気付かれた。

 代わり映えのしない緑色の景色を、馬車から流れる。

 森に隣接した街道だ。巨大な森林地帯に沿って、半円を描くように進めば目的の村だ。

 徒歩ならば森を突っ切るルートもあるらしいが、武装兵士の大所帯ではそれは難しいし、何より意味もない。


「退屈だ」

「これは失礼を致しました。兵達に芸でもさせましょうか」

「……やめ、要らん、要らん。どうせ下らん一発芸だろう。見飽きた」


 慌てているように気付かれないように慌てて断った。

 ……こうなる前のファルヤーズは、兵士達に唐突に芸をさせて面白くなければ欣喜館行きという行為を何度かしていたようだった。


「申し訳ありません。明日の昼前には着く手筈です。それまでご辛抱を」

「お楽しみは明日ということか。やれやれ、父上も焦らせてくれるものだ」

「カストゥロ様の期待の表れでありましょう。税の追加徴収は、領民のみならず他の貴族に対しても、我らの威を示す行為ですので」

「ほほう……」


 何をどう示すんだ。

 領民や兵士にどこまで無茶振りできるかを競うチキンレースでもしてるのか?

 表情を変えないように必死に相槌を打つと、くつくつとコルムバが笑った。


「おやファル様、お人が悪い。それが分かっているからこそ、あれを連れてきたのでしょう」

「なに?」

「所詮は昔話の怪物とはいえ、ただの徴税に『鱗の異族』を引き回す。大胆不敵とはまさにファル様の為にある言葉」


 背後を振り返る。すぐ後ろの馬車の、座席……というより荷台。

 猿轡と目隠しをされた小さな影が、外套にくるまって蹲っている。両腕は背中側に回され、頑丈な革の紐で何重にも縛られている。

 ……俺が命じたことじゃない。連れていくと言ったところ、このくらいの拘束は"当然"だと言われ、奴も大人しく受け入れてああなっている。

 そんな有様でも、周りの護衛兵たちは遠巻きにしている。鱗の異族という存在は、本当に怖れられているらしい。


「あの従順な様子、ハスタートの猪どもにも見せてやりたいものです。……噂ですが、あの生き残り、異族の長の娘であるとか」

「なに?」

「親が討たれた後も、集落にただ一人残って抗ったそうです。生け捕りするのには攻城弩を要したとか……眉唾ですがね」


 初めて出てきた情報に、気付かれないように目を見開いた。

 一兵士じゃなかったのか。


「長の娘……って、じゃあ、あれは竜の末裔の姫君だとでも?」

「フフフ! それはまた、浪漫のある表現ですな。ですが確かに。

 蛮族とはいえ、敗戦の将ならぬ敗戦の姫。あの有様では死んだ方がマシというもの……それが無様に生きて囚われているのですから、素晴らしい鑑賞物です」


 元から細い目を弓のように曲げ、嗜虐的に笑う。

 ……多少の程度の差こそあれ、これがギラファリアの兵士の基本的な価値観だ。

 兵士達は俺達を恐れているが、徴税(という名の略奪や虐殺)自体には、別に忌避感は覚えている印象はない。


「なあ、村には何があると思う? 何を徴税してやるか」

「しかしなあ。狩猟と畑くらいだろ、あの村じゃ。手軽な娘でもいりゃあ良いがな」

「お前の手軽な娘ってのは、こうだろ? オレ達の膝までしかないような……」

「違ぇよ! デタラメ言うな!」


 遠巻きにそんな歓談すら聞こえてくる。


(……どうすればいい?)


 ここまで空気を読んで流されてきてしまったが。

 虐殺も徴税も御免だ。だが、上手くごまかすやり方も思い付かない。

 額を叩きながら不機嫌そうに外を見ると、随行していた兵士と目が合った。表情を引きつらせ、鞍の上で平伏した。器用なことするな。


(兵士達は俺を恐れている。命令したら聞くはず。気まぐれで徴税の気分じゃないと言い張るか? いや、これは当主のカストゥロ直々の命令だ。俺が止められることじゃない。他で稼ぐ? 目的が見せしめなんだ。金を工面出来ればいいわけじゃない。どうしたら……)


「………………ん?」


 その時だった。

 平伏する兵士の向こう……森の中に、何かが見えた。


「止めろ」

「はい?」

「コルムバ、馬車を止めろ」

「畏まりました。全隊、停止!」


 命令をはっきりと口にすれば、対応は早い。

 馬車と騎兵が一斉に停止する。俺は扉を開けると、街道から10メートルほど離れた森との境に向かって歩いていく。


「ファルヤーズ様、どうされたのですか?」

「大したことではない。黙って突っ立っていろ。兵士どももだ。動けば命令違反と見なす」

「は、はッ!」


 近づいてみると、遠目に見たそれが、はっきりと見えてきた。

 森の中に、人がかろうじて通れるように均された獣道がある。

 徒歩でならば森を突っ切るルートがあるとは聞いていた。だからこれは、森の中や向こう側に住む村人が、街道に出てくるための道なのだろう。

 その入口に立ち、そして俺は耳を澄ます。


(どうして……どうしてこんな場所で、ギラファリア様の兵がぁ……!)

(シッ! 静かに! 動かないで!)


 囁くような声で、そんな言葉が聞こえた。

 数メートル奥へ入った大樹の影だ。まだ小さな子供の声が二つほど。

 さっき、彼らが森の出口から出てこようとしたのが見えた。俺たちに気付き、慌てて隠れたのだ。

 手作り感の溢れる、袋のような形の靴先が端から見えている。めちゃくちゃ見えてるんだわ。


「ふむ…………」


 ざ、と一歩進む。びく、と跳ねる気配が伝わってくる。


(お、お姉ちゃん…………)

(お願い……気付かないで……!)


 いやだから聞こえてる聞こえてる。いっそ不自然なほどによく聞こえる。

 ファルヤーズの肉体は随分と耳が良いらしい。悲鳴がよく聞こえるためにだろうか。

 山村の、素朴な姉弟という感じだ。買い出しか、それとも村で作ったものを街へ売りに行くつもりだったか。どちらにしろ、なんとも運の悪いことだ。

 俺は彼らが隠れている樹に向かってさらに近づき―――


 激しい羽音が鳴り響いた。


「……ちっ。なんだ、山鳥か」


 藪の中にいた鳥が、俺に気付いて飛び去っていく。

 俺は、哀れな村人を見つけてしまう一歩前で、飛び出してきた鳥に驚いて身を引いた。ように見せる。律儀に待機したままの兵士が、折良く声を上げる。


「ファルヤーズ様ー! 何か、ございましたか!」

「いいや。何奴かが隠れているかと思ったが……くだらん。鳥だったようだ」


 俺は首を振り、そして、兵士達全員に聞こえるよう、声を張り上げる。


「――仕方ない! では、当初の予定通り、●●村への追加徴税をしに行くとしようかー!」

「!」


 背後。木々の奥で驚きに身を固めるような音がした。

 よくよく言い聞かせる。この森林地帯には、それぞれ交流のある複数の村が存在すると聞いている。

 今回徴税する村はその中の一つだ。この場合、木の影にいる子供たちがどこの村の者でもいい。要は伝われば良いのだ。


「今までの税では、まるで足りぬ! 種籾一つ残さぬぞー! そして、抵抗する者は、反逆者として見せしめの皆殺しだからなー!」

「…………っ!」

「そうだなあ! 村全体で、財産を全て捨てて逃げ出したりでもしていない限り、全てが奴隷になるのが結末であろうなー!」

「おお、まさしくその通りです! 素晴らしい気合いですぞ、ファル様!」

「ファルヤーズ様……!」


 突然に決意表明を始めた俺に、コルムバと兵士達が合いの手を入れてくる。

 都合は良いのだが、こいつら馬鹿なんじゃなかろうか。


「到着は明日の昼頃だなー! 実に楽しみよー! フ……」


 ではここで練習の成果。


「フフフ……ハハハ……ハァーッハハハハハハハ――――――!」


 俺の三段高笑いの裏で、がさがさがさと森の中に歩き去って行く二人分の足音が鳴ったのだった。


 ――絶対伝えろよ! マジで! 絶対に!




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