【11日目 提案】
この世界に飛ばされてきてから、10日が過ぎた。
11日目。もうそんなに経ったのかとも思うし、まだそれだけかとも思う。
日本ならば一週間と半分。だというのに、立て続けに事件が起きて、対応することも覚えることも山ほどあった。
(今日は剣の訓練はなかったな。ひとまずカストゥロとの食事を終えたら、欣喜館で女子洗ってその後は魔力とやらの復習して、その後バレないように図書室で貴族情勢の勉強して……)
それにしても、我ながらよく凌いでいるものだと思う。
知らないことも、わけがわからないこともまだまだ山積みだが、俺は軽く達成感すら覚えていた。
この調子で過ごせるのなら、今後もうまくやれるのかもしれない。
「ファル。お前もそろそろ、村を焼いてみる年頃だな」
そんなことはなかった。
昼食時にカストゥロから告げられたのは、そんな言葉だった。
「ほほう。どういうことです? 父上」
「税が足りん。既に対象となる村には見当をつけておる。兵は30もいれば十分だろう。老人は殺せ。若い男は余所へ売る奴隷に回す。女子供はお前の好きにしてよい」
「……ほほう! それは素晴らしい」何がだ。「その村は、納税を怠っていたということですか?」
「そのような訳がなかろう? 税は予定通り徴収した。
だが先日の晩餐会もあってな、今期必要とする額にはもう少し欲しい。
ゆえ、税が足りなかったとして見せしめに村を一つ焼き、その上で周辺の村々に追加で徴収する。毎年やっていることだ」
本当にやめてほしいんだけどそういうの。
本当にやめてほしい。
固まりかけた表情を必死に動かし、笑みを浮かべる。
「成程、流石は父上だ、素晴らしい采配です。民と油は、絞れば絞るほど出るものですからな」
「ふふん。そうだ。民と油は絞れば絞るほど出る……いい表現だ。我が息子は詩作の才能まであるとみえる」
「教育の賜物でしょう、父上」
「そうか? フフフ……」「ハハ……」
いつもの高笑いがあったが割愛。
油と民がどうのって台詞、誰が言ってたんだったっけ。
時代劇の悪代官か何かだったかな。
◆
「どうしろってんだよ! フハハ!」
「!?」
「クァン!」
申し訳程度の高笑いを交えつつ欣喜館の扉を開ける。
半身を起こしていた少女が、謎の生き物に餌をやっていた。
「…………? あ、俺が買った魔獣! 出てきたのか、カゴから!」
「フーッ、グァングァン!」
五日目に、怪しげな商人から仕入れていた獣だ。
餌と水だけは補充していたが、俺の居る時は一向に籠の中から出てこなかったので、見たのはこれが初めてだ。
「ははあ、成程な……」
子猫くらいの大きさだが、顔と毛色は狐っぽい。
首元の毛は、たてがみのように膨らんでいる。ライオンとフェネックを足して二で割ったような感じ。
そいつは少女の前に四つ足で伏せ、俺に威嚇するように唸っている。
「だめ、戻って、クアル!」
「グァン! グァン!」
少女は、その動物を背後から抱き上げカゴに戻そうとしている。
……ああ、そういうことか。
虐待されてる同士で意気投合したワケだ。手から直接エサやるくらいに。俺のいない間に。へえ。ふわふわの生き物と。随分と手触り良さそうで。女子受けしそうな。
「――フン。俺の知らぬ間に、随分と仲良くなったようではないか」
「…………っ」
びく、と少女が身を縮める。
昨日までは動物を抱くどころか、腕を動かすことも出来なかったはずだ。
「違うんです。これは……」
「何が違う。どうせ、興味本位で買ったが飽きた獣だ。好きにしろ」
「グァンクァー……!」
「あ……有り難う、ございます。クアル! だめ!」
「それだけ元気があるのならば十分だな。体が治れば、ギラファリア家の戦奴として動いてもらうぞ。それが父上の望みなのでな」
「…………」
即座の拒絶が飛んでくるかと思ったが、沈黙だけだった。
仕方ないので、そのまま話を進める。
「その襤褸も見飽きた。服を用意せねばな。あとは……異族というのは何で戦う? 剣か、弓か」
「……武器は、使いません。私達には、鱗がありますので」
「鱗ぉ? ないじゃん、……ないではないか、そんなもの」
少なくとも洗浄作業の中で、肌にそれらしき異物は見当たらなかった。
そこまで考えて、嫌な想像が過る。鱗。武器となるもの。拷問で痛めつけられた体。
「………………まさか」
「?」
「剥がされた、などと言わないだろうな」
鱗の異族とやらが、つまり蜥蜴人間とかそういうものだった場合。
全身の鱗を剥がした結果がこの矮躯の少女だというなら、ちょっと想像するだけでも痛いので積極的に目を背けたい。
だが、少女は意外そうに、きょとんとこちらを見上げた。
「……我らの力は、そういうものではありません。ご存じではありませんか」
そういうわけではなかったらしい。
「辺境伯の更に向こうの少数民族のことなど、俺の知るはずもなかろうが」
流石にスプラッタなものではなかったらしい。密かに安堵する。
「……腕は、戦に堪えられないよう、念入りに壊されましたから。そういう意味では間違いではありませんが」
「いや似たようなものではないか」
少女の腕に残る、痛々しい痣や傷跡。動物を抱き上げる程度は出来るようだが。
「とんだ不良品を掴まされたか。ハスタートの詐欺師どもめ」
「……戦えぬのならと、始末しようとはしないのですか」
「何?」
静かな口調だったので一瞬分からなかったが「いっそ殺せ」の言い換えか。
くだらない、と笑い飛ばしながら返す。
「そんなことはせん。言っただろうが、お前を従えているだけで俺には箔がつく。最悪、背後に立たせているだけでいい」
「…………」
「まあいい、どちらにせよまだ先のことだ。俺は忙しい」
カストゥロによると、例の村焼きは明日の出発。
半日かけて目的の村に着き、難癖着けて村を焼き、帰りに近くの町で遊んで戻ってくればいいとのこと。一泊二日の村焼き旅行だ。村焼き旅行って何だ。
兵士は十分にいる。行き帰りや、村焼き自体に不自由はしないだろう。
四日目のように/――もちろん思い出したりはしない。
「二日ほどここを空ける」
「……空ける」
「税の供出が足りぬ村に兵を連れて向かうのだ。心が躍って仕方がない」
何も躍らないが。どうにも意味のない口数が増える。
考えることが多すぎるときの癖だ。
「世話には使用人を寄越す。貴様は、今のうちに侍従としての立ち振る舞いでも……」
「……私を、連れて行って貰えませんか」
「は?」
唐突な申し出に、思わず間抜けな声を出してしまった。
「何だそれは。何が狙いだ」
「狙い、というわけでは。ただ、その。……そう。外に出たくて……」
確かに、この地下室に終日では息が詰まるだろうが、どう考えてもハスタート家に囚われていた時はもっと酷い状況だったはずだ。
一番ありえるのは、外に連れ出された隙をついて脱走するという可能性か。
だが、首輪がある。体力が戻ったからと言って、突破できるものか?
「拘束は、いくらでもして構いません。二日なら、食事も不要です」
さらりととんでもないことを言い出す。そこまでして何故外に……
……いや。
いくら考えても意味がない。よく考えたら、別に逃がしても構わないのだ。
そのほうがむしろ、彼女の扱いに悩む必要もなくなる。
「随分と殊勝な言いぶりではないか。屈しないのではなかったのか?」
「それは……、っ……」
「――いいだろう。連れ出してやる」
こちらの言葉に、顔を上げる。
汚れた顔と、纏っている襤褸布のせいで、その表情はよく分からない。
「ありがとう……ございます」
俺は他人の心なんて分からない。俺が読めるのは空気だけだ。
一見は感謝に見える言葉に込められた意図を、想像もつかない。考えるくらいなら、どこかで断ち切ってしまう。それが昔からの処世術だ。
ただ。
このときばかりは、もっと問い質しておくべきだったと、ひどく後悔した。




