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【10日目 来訪】



 兵士たちの間の噂話。


「おい、聞いたか……ファルヤーズ様の話」

「ああ。なんでも、初めて参加した晩餐会で、ビソン=ハスタートから奴隷を……それも『鱗の異族』を奪い取ってきたとか」

「鱗の異族? 竜の末裔とかいう、あれか? 本当にいたのかよ」

「居たんだよ! しかも、辺境伯の拷問でも音を上げなかった戦奴隷を、指一本で泣き喚かせたらしい」

「待てよ、じゃあ、欣喜館から聞こえてくる啜り泣きって……」

「間違いねえ。竜の末裔の悲鳴だ。……そ、そんなの聞いちまったら呪われるんじゃねえか、俺たち!?」

「ひいい、おそろしい御方だ、ファルヤーズ様……! ま、万に一つでも不興を買わねえようにしねえと……」



「………………」


 どんどん話が大きくなっている気がする。

 竜の末裔とやら、そんなにヤバい存在なのか。

 それに、ハスタート家の方も気に掛かる。仮にも四大貴族として並び称される関係にある貴族に全くフォローをしていない。

 カストゥロはあの通りの浮かれようだし。恨みとか買ってないだろうな……。


 そんなことを考えていた俺の元に、一人の客人がやってきた。

 予定には無かったが、それが許される立場の相手である。


「ご機嫌いかがかな、ファルヤーズ殿!」

「全く申し分ないとも。クラング卿」


 サーファーのような外見のイケメン。ウォレス家次男、クラング=ウォレス。

 てっきりもう領地に帰ったのかと思っていたが、所用があって留まっていたのを、今日正式に帰還するということだった。

 その直前に、ギラファリア家に挨拶をしに来たらしい。


「父は生憎、席を外しているが?」

「いや、構うまい! むしろ、貴殿ともよくよく話してみたかった!」


 簡易な会食の形を取りながら向かい合う。


「あれから如何かな、鱗の異族は? 持て余しているなら譲り受けようか!」

「生憎と、順調に調教は進んでいる。次に貴様が来るころには、忠実な手駒としての姿を見せられるだろうさ」

「で、あるか! 残念だが、あれは実に鮮やかな手際だった! 脳筋の辺境伯どもには良い見本になったことだろう!」


 明け透けな物言いだ。クラングがこの言いぶりなら、ビソン=ハスタートへのフォローは必要なさそうだ。

 食事も一段落した頃、おもむろにクラングが身を乗り出してくる。


「それで、でな。是非とも私も、貴殿の智慧の一端を授かりたいのだが」

「…………何?」


 何やら不穏な話が始まった。

 つい先日、社交界に顔を出した程度の人間に何を期待するのか。

 ……もちろん、そんな本音通りの謙遜など出来るはずもない。

 気を良くした風を装い、腕を組む。


「ふむ。いいだろう、面白い。どのような話だ?」

「相談というのはな。我が領地の農兵どものことだ」


 聞き返すと、軽く身の上についての話をされた。

 クラングは次男だ。現当主である兄とは違い、新種の作物の開発や、獲得したばかりの領地に出向いての開拓を任されているらしい。

 要するに現場担当か。辣腕を振るっているようだが、失敗もそれだけ出ている。

 ――相談というのは、つまりそこだ。


「失敗の度にやつばらには罰を与えているが、効果がなくて困っている!」


 高々と言い放ち、オーバーにも思える仕草で肩を竦める。


「つい昨年も、雨が足りん土地が痩せている獣が多い、挙げ句"ヘレヴェア"が出たなどと噴飯の言い訳し、碌な成果も残せなかった者どもを多く処分した。

 どうだろう。やはり全員を一律に罰するより、少数を見せしめにした方が良いのだろうか? 助言を賜りたい」

「…………」


 ……助言、助言なあ!

 ごく当然の世間話として、そういう話をしてくる。

 罪人や捕虜を従属させる。刑務作業、とは違うんだろうなと想像はつく。

 人権とかいう言葉あるかなあ。ないだろうなあ。


「ふむ……そういうことか」


 相槌ひとつにも気を遣いつつ、必死に頭を回転させる。

 奴隷農業のやり方など知らないし関わりたくもない。下手に拷問の話をして侮られたり、採用されるのはもっと御免だ。

 なんとか無難な言葉を返そうとする。向こうの価値観に合わせつつ、諫められないか。


「どちらも、良いやり方とは思えんな。そも、領民をむやみに処分すること自体、もったいないではないか」

「……『もったいない』?」


 にわかに、クラングの表情が鋭く、不審げなものになる。

 一瞬で背筋が冷える。

 間違えた。豪勢の限りを尽くす貴族に、“もったいない”などという認識があるわけがない!

 言い訳を。言い訳をしなければ。このギラファリア家跡取りに相応しい内容を。


「ああ、そうだとも。あえてそう表現しよう」


 噛み締めるように、同じ言葉を繰り返す。

 場を持たせるためだが、クラング卿の目線は鋭いままだ。内心の動揺を悟られないように、話題の方向性を変えていく。


「俺を頼った貴殿の目は、中々のものだ。だが、真に見るべき現実が見えていない。……罰を与え、思い知らせるべきは、農兵の方ではないだろう?」

「うん? 農兵のほかに誰がいるというのだ?」

「農業や開拓が上手く行かず、民を処分した。それはつまり、大地や天候に、資産を奪われたということではないか」

「…………ほう」


 クラング卿の細められていた目が、やや見開かれる。


「俺ならば、そのような無様はせんな。魔獣が原因なら狩り立てよ。地形が原因ならば山谷を崩せばいい。

 干魃が原因ならば川でも沼でも削り水を引けば良い。罰というのなら、その作業にこそ農兵を回すべきではないか?」


 この世界の技術力で、そういったことが可能なのか。

 だが、少なくとも水道に類する技術が欣喜館に使われている。建築のレベルはそこまで低くないはずだ。


「雷鳴を担うウォレスの血族が、天の采配如きに財を失っては笑いものだろう」

「……ハッハッハ!」


 するとクラング卿は、大きく背を逸らせて笑い出す。


「天如き、か! いや全く、貴殿は愉快な男だ、ファルヤーズ殿!」


 呵々大笑という趣だ。何とか、疑われる事態は避けられたらしい。

 心中で安堵の息を吐きながらも、表情はむしろ不快そうに歪めるよう心がける。


「愉快? 人を道化扱いか? 良き態度だな」

「ああ、――いや、これはまことに失敬。うむ、先日の晩餐会といい、カストゥロ卿は実に優れた跡継ぎに恵まれたらしい」


 そう言って席を立つ。軽く二度、拳で自らの胸を叩く。


「こちらもそろそろ出立の時刻だ。カストゥロ卿への挨拶は叶わなんだが……それ以上の意味があった。貴殿とは、個人的にも縁を保ちたいものだな」

「――まあ、良かろう。俺も、他家との縁はまだ少ない」


 ファルヤーズの記憶を漁る。

 対面し、鼓動に合わせて胸を叩く『拍動』は、文字通り「胸の内を晒す」行為。

 要するにこの世界での握手のようなものらしい。同じ動作を返す。


「では若き同胞よ! また会おう!」


 そしてクラングは去っていった。

 何もかも慌ただしい男ではあったが、縁を繋いでおくに越したことはない。

 ああいうタイプは空気を読みやすいし、読んでさえいれば向こうからアプローチを掛けてくれるので、コネを維持しやすい。体育会系みたいなものだ。

 余所から調達した農奴を使い潰しているらしいこと以外は、比較的まともな性格をしているようだし。


「……農奴を使い潰すのやめてくんねえかな……」


 そういう問題でもないのだが。

 軽く息をついて、俺もその場を後にした。



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― 新着の感想 ―
[一言] >比較的まともな性格をしているようだし。 理解出来るのと共感出来るのは別だからなあ。
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