プロローグ【暇を持て余した主】
「退屈だ」
フルーフ国の街外れにある漆黒の森、その森にある古城に私は住んでいる。
「それは、いつものことではありませんか、カイル様」
人間達はこの不気味な森に立ち入り禁止を命じられているのか、もう何百年もの間人間には接触していない。ギルが淹れる珈琲というものも、飲み飽きた。
「おい、何か時間を潰せるものは無いのか?」
「そうですね…私とチェスで対戦するのはいかがでしょうか?」
「どうせお前が手加減して、私が勝つのだろう?結果が見えている」
「古城の主はワガママですね」
部屋には苦い香りが充満していた。私はこの香りが嫌いではない、だが好きでもない。いつもと変わらぬ味の珈琲を口に含み、ため息をつく。
「苦いな…ワインは無いのか?」
「カイル様、まだお昼ですよ?」
「良いから出せ、飲みたいのだ」
「ダメです、夜まで我慢してください」
私は諦め残りの珈琲にミルクを淹れる。ギルは真面目過ぎるんだ。昼からワインを飲んでもいいだろう? 別に予定など無いのだから。
「あの、先ほどのお話ですが…」
「何だ」
「暇つぶしになるか分かりませんが、人間に興味を持つのはいかがでしょうか?」
「人間だと…?」
「どうぞ…」
ギルは今焼きあがったばかりのクッキーをテーブルに置きながら、淡々と言葉を発する。”人間”という言葉は久しく聞いていない。まぁ、そうか…私は人間との関わりを絶っているからな。
「現代の人間界はカイル様が居た頃と、大変様子が変化しております」
「お前、私が人間嫌いなことを知っていて言っているのか?」
「はい、勿論です。しかし、お飲み物も珈琲やワイン以外に、沢山ございます。甘い物も」
「なら、お前が買ってくればいいだろう? お前だけ行けば良い」
「私一人では心細いではありませんか…」
ギルめ…何を言っておる。語学も剣術も長けておって心細いとは何事だ。お前なら人間ごときに負けるはずがないだろう。
「…そうだな…はぁ、仕方がない…お前が行きたいのなら明日街に出てみるか」
「かしこまりました。明日までに衣服をご用意させて頂きます」
私達は、人間ではない。
私達はヴァンパイア、世間的には吸血鬼と呼ばれている人種だ。
容姿は人間と瓜二つ。しかし、人間界で成人男性と呼ばれる容姿からずっと変わらぬままだ。
そして、私の目は赤く血のように真っ赤に染まっている。人間達には「不気味だ」「気持ちが悪い」と散々バカにされ、私は人間との繋がりを切ったのだ。
「おい、お前今日はもう飲んだのか?」
「はい、既に」
「そうか」
何百年と生き血の飢えにも耐え、私は人間の血を摂取しなくとも生きていけるようになった。しかし、私に仕えるギルにはまだ血を摂取させている。暴走しないよう念の為だ。勿論、人間から吸血するわけではない、私の血が入ったリキュールを飲ませている。このリキュールのお陰か不明だが、ギルの精神状態はここ数年安定している。
こうして、何十年、何百年と長い時間をこの古城で暮らしている。
「街の景色楽しみですね」
「そうだな」