第8話:現代日本と異世界の違い
俺がリアーヌさんの髪を乾かし終わってから少しすると、風呂からアベルが帰ってきた。なんでこいつが一番遅いんだよ。普通女の子の方が風呂の時間は長いだろ。
「いや~、坊主の世界のシャンプーとリンスってやつ凄いな。ドライヤーとかいうので乾かしたら俺の耳と尻尾が今までにないくらいサラサラになったぜ」
なるほど、だからそんなに時間が掛かったのか。
……それにしても自分で乾かしてくれてよかった~。男の髪の毛どころか、ケモ耳や尻尾まで乾かすとか絶対にごめんだね。とっ、このままじゃ地球の技術スゲーの話が続いて夜飯が食えなくなる。
「おい、全員揃ったなら夜飯食うからそっちの椅子に座ってくれ」
「夜飯! 昼間のホットケーキも美味かったけど、次は何を食わせてくれるんだ?」
「今思えばあのホットケーキというのもソウジさんの世界の食べ物だったのですか?」
「いいから早く座れ。それと俺が作れる料理は地球の物だけだ」
俺がそう言うとアベルとお姫様の二人は大人しく座ったのだが、リアーヌさんだけ何故か座っていなかったので
「ん? リアーヌさんも早く座れよ」
「いえ、メイドは皆様とは別に食事するものですので……」
「ああ゛? んな、くだらない決まりなんて知らねーよ。この家では俺がルールだ。ということで一緒に飯食うぞ」
「………ふふ、私達を迎えに来てくださった時から思っていましたが、ソウジ様って意外と強引なんですね」
言われてみれば確かにそうかもしれない。………俺ってこんなキャラだったか?
などと考えながら台所から鍋を持って帰ってくると、リアーヌさんはお姫様の隣に座って何やら話をしていた。なので俺はそれを聞きながら人数分の鍋を取り分けることにした。
「も~う、なんで私が言ってもなかなか一緒にご飯を食べてくれないのに、ソウジさんが言うとそんなに素直なんですか?」
「いつものお城にはお嬢様の他に、旦那様や奥様もいらっしゃいますのでお許しください。それに二人の時などはご一緒させて頂いておりますし」
「う~ん。そう言われると納得せざるを得ないような、何か違うような」
「いや旦那様と奥様も姫様と同じで、自分の配下とでも一緒に飯を食う派の人だろ。というかあの城で一緒に食わない奴の方が珍しいくないか? 俺もよく一緒に食うし」
取り分け終わったというのに三人とも俺が戻って来てることに気づいてないらしく、一緒に食う食わないの話で盛り上がっていた。……こいつら王族関係者のわりに随分と自由だな。楽でいいけど。
「おーい。準備出来たから食うぞ」
「ん? おおー! なんていう料理か分からないけど美味そうだな」
「はっ⁉ 私としたことがソウジ様に全部やらせてしまい申し訳ございません。本当なら私が全てやるべき立場ですのに」
「いや別に俺はご主人様でも何でもないんだから、そんなこと一々気にする必要ないだろ」
まあ俺が今後誰かのご主人様になったとしても任せっきりにしないで暇な時は手伝うだろうけど。……あっ、ゲーム中は忙しい部類なので許して。
「ん? なんでみんなまだ食ってないんだ? しかも三人揃って胸の前で手なんか合わせて」
「ソウジさんの世界ではご飯を食べる前にこうやって、『いただきます』と言うのでしょ?」
あ~、さっき使った知識共有魔法でそこら辺のことも覚えたのか。あの魔法を完璧に使いこなすのは結構難しそうだな。……だいたい手を合わせて一斉に『いただきます』なんて小学校の給食くらいまでしかやってないけど、たまにはこういうのもいいか。
「んじゃ、いただきます」
「「「いただきます」」」
俺に続いて三人がそう言った後、さっき取り分けたばかりの鍋を食べ始めた。
「うまっ‼ なんだこれ!」
「見た目や食べた時の食感は野菜の煮込みスープに似ていますけど、味は全然違いますね」
「時間がないから準備が楽な鍋にしたけど、そこまで喜んでもらえたなら良かったよ」
「えっ、この鍋というお料理はそんなに簡単なのですか?」
そんなリアーヌさんの質問に答えたり、鍋を取り分けてやったりしているうちに気づいたら鍋は空になっていた。その為俺がいつも飲んでいる紅茶をリアーヌさんに入れてもらい、今後についての話をしていた。……ちなみに紅茶の味についてだが流石はプロのメイドなだけあって自分で入れるより何倍も美味い。
「それで、三人はどうやってマリノ王国まで帰るつもりなんだ? 俺の知ってる限りじゃ、問題のボハニア王国を通るか海を渡るかだが」
「そうなんだよな~。……そういえば坊主はどうやってあの洞窟まで来たんだ? お前、いきなり俺達の前に現れたよな」
「ああ、普通に転移魔法使った」
「はあ⁉ 転移魔法って、とんでもない魔力を消費するやつだろ。俺も長いこと生きてるけど噂でしか聞いたことないぞ」
面倒くさいから駄女神とかの話は聞かれない限りスルーだ。
「そうなのか。んで、どうやって帰るんだ。言っておくが俺の転移魔法は行きたい場所をイメージしないといけないから、無理だぞ」
「ちなみにソウジさんは他にどんな魔法が使えるんですか?」
「………多分魔力が尽きない限りはなんでも使える」
「あははははは、そんな神みたいなこと出来るわけないだろ!………えっ、もしかしてマジ?」
アベルはお姫様の驚いた顔を見て、嘘を見抜く能力を使ったことを察したらしく顔を引き攣らせながらそう聞いた。
「これは私達、凄い人と出会ってしまったみたいですね」
「お嬢様がそう言うということは、どうやらソウジ様の仰っていることは本当のようですね」
「信じてもらえたようでなによりだ。正直このことがバレて王族関係者のあんたらに悪用される可能性を恐れて、一回見捨てたってのもあるんだけどな」
そんな俺の言い分を聞いたお姫様は、ジッとこちらを見ていたかと思えばいきなり
「ソウジさん。あなた王様になる気はありませんか?」
王様ねぇ。まあ、なれるものならなりたいが……
「王様ってのはそんな簡単になれるもんじゃないだろ。ボハニア王国のクズさを利用して乗っ取りでもするか?」
「大体正解です。流石はソウジさん」
「大体ってことは、マリノ王国にも何か関係があるのか?」
「いくら他国とはいえボハニア王国は隣国ですからね。悪い噂はよく聞こえてきますし、そんな国が隣にあったのでは緊張状態が続きっぱなしです。勿論他の周辺国も」
なるほど。そんな国が隣にあるくらいなら俺をボハニア王国の新しい王にした方がいいと。この話…乗るべきか無視するべきか。魔法でお姫様の心を読めば一発なんだが正直この方法は使いたくない。一々そんな魔法を使っていたら人間不信になるに決まってる。となれば方法は一つ。
「何が目的か知らんが俺は相手の心を読むことも出来る…が、この方法は出来る限り使いたくない。だから今回俺はお姫様を信じることにする。つまり乗っ取りの件は協力するが注文が一つある。今すぐお姫様の能力を俺に使って本当かどうか確認しろ」
「………ふふ。はい、しっかり確認しました」
「そうか。んで、何か作戦はあるのか?」
「はい。まずはボハニア王国で権力を振りかざしているクズ共を纏めてどこかに転移させます。それからそのクズ共を国民の前でソウジさんが処刑すれば完璧です。あとはこちらで何とかしますので」
ふ~ん……処刑ねぇ。この世界の人達からすれば殺人は当たり前なんだろうが、俺は違う。ドラゴンを殺すことすら戸惑っていた人間が人殺しなんて………無理だ。考えただけで体が震えてきた。
「だい――ぶ――かソウ―――様‼」
誰かが何か言って…る?
「―――さん‼ ソ――さ―」
「だ―――ぶ――かソウ―――様」
「おいぼ――?―――ず?」
駄目だ。動揺しすぎて上手く聞き取れん。それどころか眩暈までしてきた。
日本にいた頃は殺人なんて自分には関係ないと思っていたがこの世界は違う。一分、一秒後には自分の目の前にいる人間を殺さなきゃいけない状況になるかもしれない。……それだけじゃない。もし俺が王様になれば確実に人を殺す時がくる。
ははっ。神に願ってまでなりたかった王様になれるかもしれないっていうのにこのザマかよ。震えが止まらないどころか視界が歪んできたぜ。
このまま恐怖に溺れて気絶しそ………うん? なんだこれ。さっきまで恐怖で体が震えていた程なのに、震えが止まった。それになんか前と後が温かい。……なんだこの落ち着く感じ。だんだん眠く……なって………。