第57話:洋服と懐中時計
日本には『知らぬが仏』ということわざがあることから分かるように、何事も知らなければ悩む必要がないということで…俺はマイカの『奥さん』発言を完全に無視し、再び居間へと戻った。
「そういえばアリス達はどこに行ったんだ?」
「あやつらなら残っておる掃除をしに行くと言っておったぞ。残り少しみたいじゃし、お昼までには終わるじゃろ」
「おい、なに一人だけ人に抱っこさせて掃除サボってんだよ。セリアも早く行ってこい」
俺はそう言いながら床に下す為にしゃがむと
「う~、私はまだ離れたくないのにティアが余計なことを言うから」
「抱き着いたままで何を言っておる。はよう掃除に戻らんか」
「にしてもよくメイド長、副メイド長、メイド教育係の前で堂々とサボってられたな。俺は副メイド長の前でしかサボる勇気はないぞ」
まあ俺がサボった場合は主にミナとマイカに怒られるんだけど。
「今回はセリアの気持ちも分かりますし特別です…が、そろそろ掃除に戻りなさい」
「はいはい、分かったわよ。流石にこれ以上あの子達だけに任せるわけにはいかないしね」
どうやら最初からそんなにサボる気はなかったらしく、大人しく俺から離れたかと思えば一言『もう勝手にいなくなっちゃダメよ』と言い残し部屋を出て行った。
セリアは立場が立場っていうのもあるし今回の件では一番心配させたかもな……。今後勝手にいなくなる気はないけど、仕事はサボりたいからその時は書き置きか何かしてから行こうっと。
セリアが出て行った扉を見ながらそんなことを考えていると、ミナが何かを持って近づいてきたので立ち上がると
「ソウジ様、これは私とリアーヌからのプレゼントです。よければ使ってください」
「ん? 黒のロングコートと黒に近い赤色のチョッキ、それにループタイか。デザインもシンプルなのにカッコいいし気に入ったんだけど……なんで?」
「ご主人様がこの二週間頑張っておられたからというのもありますが、一番の理由は二度とあのような怪我を負って欲しくないからです。なので今すぐこれらに私達の物にかけているものと同じ防御魔法を付与してください」
あ~、そういうことね。正直オートバリアがあるから後でいいかと思ってたけど、いざ緊急事態になると何かしらが抜けてるらしく今回はオートバリアを張るのを忘れていました、はい。
まあ一々オートバリアを張るのも面倒だし、ありがたく使わせてもらいますか。
そういうことで俺はロングコートとチョッキ、ついでにループタイにも防御魔法を付与し、早速着替えようとするとミナが
「その三つは特殊な布で作られていますのでいくら返り血を浴びようが、何をしようが一切汚れることはありませんよ」
「それは助かる。どうやっても返り血が付くからどうしようかと思ってたん…だよ」
俺はミナと話しながらチョッキのボタンを留めようとしたのだが、左手がまだ上手く使えないせいで手こずっていると
「ほれ、ボタンのついでにループタイも着けてやるからしゃがめい。まったく、何回同じことを繰り返せばお主は学ぶんじゃ?」
「だってボタンすら自分で留められなかったらなんか負けた気がするし」
「いつもは面倒臭がるくせに変なところで拘りおって。………ほれ、出来たぞ」
基本こっちの世界では白いシャツを着ているため自分でボタンを留めなければいけないのだが、この二週間左手が使えないせいで一人では上手く出来ず毎朝ティアに手伝ってもらっていたりする。
そのため別に俺は何も考えずにやってもらったのだが、その光景をよく思わなかった人がいたようで…それに気付いたティアは
「これからはわらわじゃなく自分の女子達にやってもらうんじゃぞ。まあわらわがお主の嫁になっておれば話は別じゃがの」
「約二週間も一緒に暮らしてたのに一切そんな素振りを見せなかった奴がよく言うぜ。お前が俺のことを好きになる未来が見えないね」
流石にミナ達がいる前ではとても言えないが、普通に毎晩一緒のベッドで寝てたくらいだし。まあティアがロリ状態のお陰もあって手を出そうなんて全然思わなかったけど。
「決めつけはよくないですよソウジ様。歳が幾つになろうとティアさんだって女性なんですから、もしかしたらそういうこともあり得る―――」
「ミナよ、それはどういう意味かの?」
「いひゃい、いひゃいですヒィアしゃん」
どうやらティアは自分が年寄扱いされたのが気に食わなかったらしく、ミナの頬っぺたを引っ張り出したので俺はそれを横目に
「なあ、このループタイの金具に描かれてるマークはなんなんだ?」
「それはこの国の新しい国章ですよ、ご主人様」
「新しい国章? まあ確かに国名とかは全部新しくしようとは思ってたけど…俺の意見は?」
「どうせ坊主は面倒くせえとか言って人任せにするだろうってことで、こいつらが勝手に決めてたぞ」
よく分かってるじゃないか君達。俺はデザインを考えるのが大嫌いだから最初っから任せる気満々だったわ。
「ちなみに国名は?」
「そちらはまだ決めておりませんので何かご希望などがあればお聞かせください」
「ん~、じゃあヴァイスシュタイン王国で」
「響きはいいけど、何か意味とかあるのか?」
「ヴァイスはドイツ語で白、シュタインはただ響きがいいからってだけ。ちなみに白は白崎の白な」
つまり自分の苗字を国名に入れたかったっていうのと―――
「ふむ、自分と結婚した者は名前が○○・シラサキ、もしくは○○・国名となるから名字の一部である白を入れたかったと。お主、意外と束縛が強いというか独占欲が強いのう」
「おまっ、勝手に人の心を読みやがったな」
「お主はあれじゃな。自分から女子を好きになったり告白はせんが…逆は受け入れるタイプじゃな。しかしそれは誰でも良いわけではなく、お主が気に入った者だけと。随分と我が儘な奴よのう」
流石は420歳、伊達に長生きしてないな。
そう、俺は基本自分から人を好きになることはない、というかそういう気持ちがよく分からないのだ。そのため告白なんて一回もしたことないし、誰かと付き合ったこともない。
また俺は気に入った人達で回りを固めたい派なので自分で言うのもなんだが結構面倒くさい。それに加えてティアに独占欲だの束縛が強いと言われたんじゃミナ達に引かれたかと思ったのだが、そんなことはなかったようで逆に嬉しそうにされた。
そして何故か苗字の話が始まり
「こちらの世界ではミナ・シラサキとミナ・ヴァイスシュタイン、どちらで名乗ればよいのでしょうか?」
「やはりその時の状況などで変わってくるのではないでしょうか……。例えば国王の王妃としてはリアーヌ・ヴァイスシュタイン、ご主人様の妻としてはリアーヌ・シラサキでよろしいかと」
自分をサラッと王妃扱いとか随分と強気だなリア。別にミナだけを王妃扱いにして、他の子達は普通の嫁っとかにする気はないけど……。
それから暫く苗字の話が続き、ようやく落ち着いたと思ったらミナが何かを思い出したらしくポケットに手を入れ
「ソウジ様の左腕を回収した際に腕時計を外しておきましたのでお返しします。幸い壊れていたり傷が付いていたりはしてませんでしたが……」
う~ん、義手の腕に着けるのもあれだよな~。でもこの時計、結構高かったし……。
「俺も忘れるところだったわ。ほら、プレゼント」
「アベルからプレゼントを貰えるとか予想外だわ。……随分と高そうな箱だな」
「姫様達が用意したやつに比べれば安いけど、確かに高いことは高いな。王族、貴族が使ってるような店の特注だし」
怖いから今回プレゼントされた物の値段は絶対に聞かないようにしよ。
そう一人で決心した後、アベルから貰った箱を開けてみると
「懐中時計か」
「ああ、坊主はいつも腕時計を着けてたからな。その腕だとあれだろうと思って懐中時計にしたんだ」
「なるほどね」
そう一言だけ呟いた後俺は腕時計と懐中時計に防御魔法を付与し、懐中時計はコートのポケットに、そして俺が今まで使っていた腕時計は
「これはアベルにやるよ。まあ貴族のお前らからしたら安物かもしれないけど…一応日本ではそこそこの値段がしたやつだから着けてても大丈夫だろ。それに、俺が使ってた腕時計ってことで将来的には凄い価値になると思ぞ」
「いや確かに値段はあれかもしれないけど、価値とか性能で言ったら間違いなくこの腕時計の方が上だろ……。そんな物を俺が貰っていいのか?」
「俺はもう使えないし、セレスさんは自分の時計を持ってるみたいだからなしだろ。んで、その時計は男用のデザインだからミナ達もなし……。ってことで残るはアベルだけだし、別にその時計なら正装とかにもあうから使いやすいだろ? まあ逆に戦闘時に着けるのはどうかと思うけど」
生憎俺が着けていた腕時計はGショ○クみたいなやつではなく、銀色の社会人とが着けているタイプのやつなので防御魔法を付与しているとはいえ荒事の時は外した方がいい気はする。
「んじゃ、ありがたく貰うわ」
そう言いアベルは俺の腕時計を受け継ぎ、自分の左腕に着けた。
その後ミナとリアが自分達にも何か俺の大切な物を寄越せと騒ぎ出したのは言うまでもない。