第50話:責任と覚悟
俺とティアで話し合った結果、適当に転移を繰り返して盗賊らしき集団を見つけ次第殺していくということで決まった。
「さっきも言ったがわらわはお主に相手の攻撃が当たりそうになった時しか手を出さん。つまり目の前に襲われそうな者がおったとしても助けられるのはお主だけじゃ。その者を生かすも殺すも全てはお主次第じゃぞ」
「ああ。そうしなきゃ意味がないのは分かってるし、付いてきてもらう条件がそれなら別に問題ない」
「あと、わらわの言うことは絶対に聞くというのも忘れるでないぞ」
そんなティアの忠告に俺は一度だけ頷き、早速移動を開始した。
「ん? ちと止まれい」
あれからもう数十回と転移を繰り返していたため若干流れ作業になり始めてきた時、ティアがそう言いながら俺の前に自分の腕を出してきた。
「どうしたんだよ」
「あそこにおるのは盗賊ではないかの? 遠くてハッキリとは見えんが馬車が倒れておるようじゃし、血溜まりらしきものの近くに何人か人も倒れておる」
そう言われて俺も目を凝らして見てみると、確かにティアが言っていた光景らしきものがあった。
「あの状況で火を囲っておる者が数人おるのは明らかにおかしいし、ほぼ盗賊で確定じゃな。ここからなら転移で行くより走った方が良さそうじゃの」
「…………」
こいつが俺に走って行った方がいいと言った理由。それはここであいつらを殺す覚悟を決めてから行けということだろう。
「なんじゃ、行かぬのか?」
言われなくても行くに決まってんだろ。
………本当に行くのか? さっきは殺さなければ殺されるという状況だったから殺したが今はどうだ?
まだあいつらには気付かれていない。
つまりここで逃げれば命の危険は勿論、またあの肉を切り裂く嫌な感覚を味わわずに済む。
ドロッとした生暖かい返り血を肌で感じずに済む。
鉄と脂の混じり合った独特の臭いを嗅がずに済む。人間の苦しむ声を、叫びを聞かずに済む。
俺を殺して生き残ろうとするあの強い殺意の籠った目を向けられずに済む。
死ぬ寸前まで動き続けるボロボロの体を、人間のものとは思えない奇妙な動きを見ずに済む。
それなら逃げるのが正解なんじゃないか?
別にここは俺の国でもなければ殺された人達は俺の知り合いでも何でもない。
つまりあの盗賊には何の恨みもなければ用事もない。
「………おっ、あそこに倒れておる女子はまだ生きておるようじゃな。しかしあの感じじゃと持って二分くらいかのう」
あと二分。この場で回復魔法を使えるのは俺だけ。となればここから回復魔法を使えば……いや、今度こそ完璧に殺されるはずだ。
そう思った瞬間俺は村正を右手に呼び出し、そのまま無理やり刀を振って鞘を投げ捨てた勢いで盗賊に向かって走り出した。
「―――――‼」
さっきよりは余裕があるようで、自然と大声を出そうとしているようだか怖くて声が出ない。刀を握っている右手が震えている。
そんなのどうでもいいから走れ、走ってあいつらを殺せ‼
二分、いや一分以内に殺せ‼
さっきは怖くて魔法のことを忘れていたが今度は忘れるな!
殺したらすぐに回復魔法だ!
回復魔法を使っているところを邪魔されないようにあいつらは確実に殺せ‼
苦しむ声?
痛みによる叫び声?
そんなもん知るか‼
聞きたくないなら聞くな!
殺気の籠った目?
そんなもん俺に向けられる前に殺せ‼
人間とは思えない変な動き?
見たくなければ一発で綺麗に殺せ‼
頭の中でそれだけを考え走り続けているうちに盗賊達の姿がハッキリと見えてきた。
人数は全部で五人。全員無傷どころか砂埃すら付いてない綺麗な鎧を着た状態であり、俺が向かってきていることに気付いたのかそれぞれ自分の武器を構え始めた。
それを確認した俺は自分でも驚くほど冷静に分析を始めた。
武器を構えるまでの間全くと言っていいほど焦りが見えなかった。つまり殺し合いには慣れているし、勝つだけの自信があるということだろう。
だがそれは今の俺の走る速度を見ての判断。なら制御できる限界まで速度を上げて一気に全員の首を切り落とすだけだ。鎧を着てようがこの村正なら関係ない。
そう結論を出した俺は刀に魔力を流し込みながら走るスピードを上げ、五人が横並びだったのを利用して刀を奴らの首の高さに合わせ、あとは右端から左に向かってただ走り抜けた。
普通の刀でこれをやれば鎧に弾かれるのがオチだがこの刀は違う。魔力を流し込めば流し込むほど切れ味が上がる妖刀だ。豆腐を切るのと同じくらい簡単に首が切れていった。
次は回復‼ まだ生きてるのは誰だ?
落ち着け!
俺は回復魔法が下手なんだから一々探さなくても馬鹿デカい魔法陣の範囲に入るはずだ!
そう考えた俺は急いで頭の中で回復魔法をイメージした。するとさっき自分で言った通りの状況が空に現れ、地面に向かって優しい光が注がれ始めた。
これでもう大丈……あれ?
なんで誰も起き上がらないんだ?
………ああ、きっと傷が深すぎてまだ完璧に治っていないんだな。別にまだ魔法陣も光ってるわけだし何の問題も………………消え…た。
「なんで? なんで誰も起きないんだよ‼……あっ、傷は治ったけどまだ気絶してるのか。ならほっとくわけにもいかないし移動させてあげないと」
そう言いながら俺は一人一人の体を触ってまだ息がある人を探し出したのだが
「…みんな死んでる。……みんな体が冷たい。………みんな体が硬くなり始めてる。…………おいティア‼ これは一体どういうことだ⁉」
「―――――」
俺の近くで何故かスマホを持っているティアに向かって叫ぶように質問をしたのだが、ティアは口パクでしか返してこなかった。
「口パクじゃ何言ってるか分かんねーよ! ふざけてんじゃねえぞ‼」
「―――――」
「だから何言ってるか……痛っ⁉」
二度目も口パクで返してきたので今度は殴り掛かる勢いで文句を言おうとしたら、さっき投げ捨てた村正の鞘で思いっきり頭を叩かれてしまった。
そのせいで尚更ムカついてきた俺は本気で叩き返してやろうかと思った矢先、ティアは鞘で地面に何やら字を書き始めた。なのでそれを一緒に目で追っていくと
『お主、耳は聞こえておるのか?』という文が出来上がった。
「はあ? 耳なら聞こえてるに………」
『やはりか。まあ少しすれば聞こえるようになるじゃろうし、それまで大人しくしとれい』
そう地面に書き終えた後、ティアはさっきの盗賊達が使っていた焚き火で暖まり始めたので俺は刀を鞘に仕舞ってもらい、それの近くにあった石の上に座った。
それから三十分程すると焚き火特有のパチパチという音が聞こえ始めた。
「あー、あー、あー。よし、聞こえるようになったな……。おいティア‼ さっきの件をちゃんと説明しろ!」
「先程までビビッておった者とは思えんほどの威勢じゃのう。……まあ結論から言えば生きておるというのは嘘じゃ。あれは最初っから全員死んでおったがお主が中々行かんからああ言っただけじゃ」
「おまっ、俺がどんな気持ちであの盗賊に向かって行ったと思ってんだ! 人で遊ぶにしても時と場所を選―――」
「じゃが、わらわ達が気付かなかっただけで誰かがまだ生きておったらどうじゃった? あのままお主がウジウジとしておったせいで死んでおったかもしれんぞ」
「…………」
「今回は運悪く誰も助けられんかったが、次はどうか分からん。もしかしたら本当にあと二分しか持たん者がおるかもしれん……。お主がその者をなんとかしたいと本当に思っておるなら、殺すことを戸惑っておる暇などないぞ」
さっきの盗賊を見つけてから俺が動き出すまでに掛かった時間は約五分。もしあと二分で死んでしまう人がいた場合、俺はその人を見殺しにしたことになる。
自分が嫌な思いをしてでも悪を殺して善の命を救うか。自分が嫌な思いをしたくないが為に悪を救い善の命を殺すのか。前者なら多くの他人が救われ、後者なら自分だけが救われる。
「俺はさあ……あの城にいる人達が幸せなら何でもいんだよ。ぶっちゃけ国民なんてどうでもいいとすら思ってる」
「まあ一般市民だったお主からすれば自分の周りの者が幸せなら……という気持ちも分かる。じゃがあの国にはお主のことを気に入っておる者や、国王になってほしいと思っておる者もおるかもしれん。その者達を前にして同じことを言えるのかの?」
「……逆に聞くが、あの爆発騒ぎの一件でただ人を殺すことをビビッてたせいで左腕を無くした雑魚に対してそんなことを思ってくれてる人が本当にいると思うか?」
今は情報が出回らないようミナ達が動いてくれているかもしれないが、人の口に戸は立てられない。いつかは絶対にこの話が広まるはずだ。そうすればティアが言ったような人達がいたとしても全員失望するだけだろう。なら……
「言っておくがお主にはもう国王になる道しか残っておらん…というか他の道は絶対にわらわが通さんぞ」
「それは俺が前国王共を皆殺しにしたからか?」
「そうじゃ。少し前まではどんなに屑い国王じゃろうと一応はいたし、それであの国は回っておった。じゃが数時間前にお主がその歯車を完全に止めてしもうたんじゃ……。つまりお主にはその責任を負う必要がある」
「でもこんな雑魚が国王なんて誰が認めるっていうんだよ。俺が王様になろうにも反対される未来しか見えないぞ」
「じゃからこうやって修行しに来たんじゃろ? 本当は心のどこかで自分が責任を取らなければ、皆に認められるような王にならなければと思っておるのではないのかの?」
「…………」