第221話:てぇてぇ2
―――あれから少し時間が経った後、ママは小さめで縦長のタオルを手渡してき
「それじゃあ今から朝ご飯の準備をするから、その間にソウジちゃんは洗面所で顔を洗ってきちゃいな」
「ん」
ただ一言そう返しながらタオルを受け取ったはよいのだが、今の身長では洗面ボールに顔が届かないのは勿論のこと、子供用の踏み台が仕舞われている棚にも手が届かない。
その為、流石の俺でもここは素直にリーナ姉かエメさんでも連れて行こうかと思い、視線を彼女達の方へと向けながら右手を斜め上へと差し出すと、すぐにこちらの意図に気が付いてくれたのであろう。
俺が珍しく素直に助けを求めたためか、嬉しい&幸せという感情が溢れ出まくりの2人は俺と手を繋ぐためにスキップ混じりな一歩を踏み出した瞬間―――
今までのママからは想像もできないほどまでに冷たく、怒気をはらんだ声で
「ソウジちゃんのことを何にも分かっていないあなた達2人は、黙って私の後ろで朝食の準備を見ていなさい。まったく、よくそれでこの子の姉と専属メイドを名乗っているわね」
「あーあ、これはルリアちゃん、完全に本業モードになっちゃったやつだね。ということでソウ君は私と一緒に顔を洗いに行こっか」
流石の母さんでも先程までの一連の出来事に関しては茶々を入れてはいけないという気持ちがあったのか、珍しく黙っているかと思えば、しっかりここぞとばかりに行動を起こすのは流石としか言いようがない。
なんて自分の母親の抜け目のなさに感心していると、もう1人の母親ことお母さんが呆れ顔を浮かべながら小声で
「(どの口が言っているのやら)」
と呟いた。
しかしちゃんとそれを聞き逃さなかった母さんはというと
「ん~、レミアちゃん。その意味ありげな言葉はいったいどういう意味かな~?」
「別に。いつも通り王城でメイドの仕事をしていたにも関わず、エメの魔力が感じられた瞬間、今にも人を殺しそうな目をしながらここに転移した挙句、その子を見つけるや否や顔を思いっきり引っ叩いた、どこぞのメイド長様が何を言ってるのやら? なんて微塵も思ってなんかいないから、安心しなさい」
あー、多分これ、俺の知らないところで同じようなことがあったな?
そして、もしかしなくてもその時は立場が逆だったが故にここぞとばかりにお母さんが仕返ししてるってところだろうな。
「へー、ユリーちゃんの時は怒りで頭が一杯になっていた人がよく言うじゃん」
ほらな?
ちなみに俺は自身の家庭環境が故に、他人の喧嘩を目の前で見せられるのが大っ嫌いを超えて、精神的苦痛であると言っても過言ではない。
しかしこういった揉め事? 女同士の戦い? みたいなものには特に反応しないらしい。
考えられる一番の理由としては嫌悪感よりも呆れが勝っているから…なのだが、これは違う気がする。
なんというか…この2人の喧嘩には安心感? があるような……。
って、今はそんなことを分析してる場合じゃねえ‼
なんでかは分からないが、このまま放って置いてはいけない気がする。
そんな結論に至るような記憶は一切存在しないはずなのに、俺の脳は先程から危険の警告を発し続けていることに若干困惑しながらも、自身の第六感? を信じ、母さんの手を思いっきり引っ張りながら
「いい大人が自分の子供と手を繋いだまま喧嘩なんてしてんじゃねえよ! ほら、早く行くぞ!」
しかしこの選択は悪手だったらしい。
その証拠に先程までの怒りはどこへやら。
目線を合わせるためであろう。いきなりしゃがみ込んだかと思えば不貞腐れた表情でこちらを見つめてきながら
「あーあ、ソウ君まで私のことそんな風に言うんだ? 私の可愛い息子君にまでそんな扱いされちゃうなんて……。どうせソウ君はママよりもレミアちゃんの方が好きなんでしょ?」
「はあ? なんでそうなるんだよ?」
「だって私達の喧嘩を止めようとした時、レミアちゃんじゃなくて私のことを部屋の外に出そうとしたもん。それってソウ君はレミアちゃんの方が好きだから、ああやって私を悪者にして庇ったってってことでしょ?」
「なわけあるか、馬鹿が。この俺が嫌いな人と手なんか繋ぐわけねえだろ。分かったら早く洗面所に行くぞ」
なんだか母さんに誘導されている気がしないでもないが、ここで何もしなければ事態が動き出さないことも事実なわけで。
取り敢えずこれで大人しく元に戻ってくれればいいな、くらいの気持ちで説得を試みてみたものの
「本当? じゃあ、ママのこと好き?」
「………………」
「………ソウ君?」
こりゃー、自分の正直な気持ちを伝えない限り絶対に前に進まないやつだな。
そんな結論に至った俺は、渋々ながらも母さんの右耳へ自分の口元を運び、誰にも聞かれないようそれを両手で覆ってから小声で
「(アンヌママのことはリアと同じくらい……好き…だよ)」
こちとら実の両親は勿論、リア達婚約者組にだってこんな恥ずかしいことを言ったことなどないというのに
「………………えっ?」
言われた、というか言わせた本人はというと
あまりの衝撃にか言葉が出なくなっているどころか固まってしまった…のも束の間のことであり
「私もソウ君のこと大大大、だーい好きだよ~♡」
しおらしかった時間など一瞬も一瞬。
不貞腐れモードからの、メンヘラからの、今度は溺愛ママモードもとい、いつも通りの母さんに戻ったかと思えば、今度は真正面から勢いよく抱きしめてきた。
そんな光景を実に面白くなさそうに見ていたお母さんの視線に気付いてなのであろう、母さんは非情に満足そうな表情を浮かべ―――
(これでこの間レミアちゃんがソウ君に頬っぺたちゅーされた件はチャラにしてあげる)
おそらく魔力の波長的にこの2人は念話を使用しているのだろうが、生憎今の俺はリーナ姉のせいで魔法が使えないため盗み聞くことができない。
(ちゅーの件って、あなた未だにあの時のことを根に持っていたの? 嫉妬もここまでくると逆に自分の息子への愛情が、嘘偽りのない本物だという証明になっていいのかもしれないわね)
まあ、この人達レベルになると流石の俺でもそんな簡単に盗み聞くことなどできないのだろうけど。
結局2人の間でどんな会話が行われていたのかは分からないが、無事何事もなく顔を洗い終え、母さんと手を繋いで再びリビングへと戻ってくると―――
砂糖とバターが混ざったフレンチトースト特有の甘い香りと、それとは真逆の香ばしい焼き醤油の匂いが部屋中に広がっていた。
「あっ、おかえり~、ソウジちゃん。今丁度テーブルに並べ終わったところだから、冷めないうちに食べて…じゃなかった。さっきママと半分っこするって約束したもんね~? ほら、ソウジちゃんおいで~。ママのお膝の上で一緒に食べようねぇ~」
「なんでそうなる? あと母さんは絶対にこの手を離さんと言わんばかりに力を強めてくるのを止めろ! てか、目が怖い‼」
「あはは、ソウジちゃんの言う通りアンヌの目、今にも人を殺しそうなくらい怖~い。正真正銘、ただのメイドに過ぎない私に向かってそんな視線を向けないでくれるかな?」
「んっ⁉ ちょっと待て! 正真正銘ただのメイドに過ぎないってまさか―――」
「うん、そのまさか。ママって生まれつき魔法の才能はおろか魔力もほとんど無いし、戦闘面でもからっきしだから本当にただのメイドなんだよ。……だ・か・ら、もしもの時はソウジちゃんが私のことを守ってね♡」
ママによる母さんだけではなく、この場にいる女性陣全員に対する挑発じみたこの発言が新たな火蓋を切ることになったことは言うまでもないだろう。




