第218話:姉と姉の戦い
いくら1人で混乱し続けていようとも当然のことながら答えなど出るはずもなく、もう考えること自体を放棄し始めた頃。
ようやく何かしらがひと段落したのか、ずっと俺のことを抱きしめてきていたエメさんがその力を緩め、お互いの目が合う距離まで離れた後
「昨日は本当に申し訳ございませんでした。いくらあの時アベル様のお言葉に苛立ってしまったからとはいえ、周りの状況はおろか、あろうことかお仕えさせていただいておりますご主人様のことすらも忘れ、怒りに身を任せてしまうなど……。これではヴァイスシュタイン家のメイドとしても、あなたの姉としても失格です」
真っすぐこちらを見つめながら、昨日の件について謝罪の言葉を述べた。
それを聞きながらこちらはこちらで
俺がそういったことに人一倍敏感なだけであって、一般的には別に喧嘩をすること自体は悪いことではないんだろうし、エメさんとアベルの関係やそれの原因を考えれば…きっとおかしなことではなかったのだろう。
まああの場にいなかった俺は兎も角、子供達は最初から同じ部屋にいたわけだし、その点に関してはエメさんの言う通り時と場所を考えるべきではあったのだろうけどな。
あくまでも自分の感性ではなく、世間一般での感性を元に当時の分析及び反省をした後、その旨を彼女へ伝えようとした瞬間、小声でリーナ姉が
「(シーちゃんの優しさに甘えるだけ甘えて、散々自分は己の立場を忘れて他の男にうつつを抜かしてたくせに。何か問題が起こってから、私はメイドとしても姉としても失格です。なんて虫が良すぎるでしょ。どの面下げて言ってるんですか、この義姉は?)」
悪態というには少し黒い感情が込められ過ぎているような言葉を吐き捨てたのだが、勿論そんなことをしている以上小声は小声でも、エメさんにギリギリ聞こえる声量での発言であった。
しかしそれを黙って聞き逃すほど彼女も大人ではなかったらしい。
ノータイムで嫌み返しへと移ろうとすると同時に今回の反省を活かしてなのか、主人であり弟でもある俺のことを守るように再び抱きしめてこようとしたその時…なんの前振りもなくピタリとその動きが止まった。
かと思えば、先程までリーナ姉を敵視するために上へと向けていた視線が凄い勢いで俺の体へ…正確には俺が羽織っているパーカーへと移された。
そしてそのまま数秒間それを凝視した後、今度は腰に回していた手を俺の両肩へと軽く乗せてき
「旦那様、少し失礼いたします」
そう言ってきたのも束の間、俺の首筋当たり…正確には今着ているパーカーのフードへとエメさんは自分の顔を近づけてきた。
しかしこの行動の意味が全く分からない俺は、再び軽い混乱状態へと陥ているにも関わらず何か納得というか…確信へと至ったらしいエメさんはいつも通りの笑顔で。
しかし目は一切笑っていない顔でこちらを見つめてきながら
「ところで旦那様、今お召しになられているこのパーカー。私の記憶が正しければ旦那様のものではなければ、お嬢様をはじめとする婚約者の方々のものでもないと思うのですが…いったいどうされたのですか?」
この謎の緊張感に対し、問われた内容があまりにも拍子抜けするものだったため、つい何も考えず馬鹿正直に
「えっ? あぁ…リーナ姉の部屋で自分の服に着替えたまではよかったんですけど、それだけだと少し寒かったんで、近くにあったリーナ姉のパーカーを借りてきました」
そう言った瞬間2人は何か確信を得たような表情を浮かべると同時に、リーナ姉はエメさんに対してドヤ顔を向け始めた。
それに対し普段のエメさんであれば間違いなく大人の対応でスルーしていたであろう。
しかし今日の彼女は違う。これが女同士の戦いと言うやつなのか、はたまたお互いに譲れないプライドのぶつかり合いなのか。
その辺はよく分からないがエメさんもリーナ姉同様、対抗心むき出しなことだけは分かる。
その証拠に今自分が羽織っているカーディガンを代わりに俺に着せるためか、脱ごうとしてる…ん?
「あれ、それってついこの間エメさんと2人で買い物に行った時に、俺がその場で買ってプレゼントしたやつじゃないですか」
別にこの言葉を引き出すことを狙っての行動だったわけではないのだろう。
俺の発言が予想外だったのか、目を丸くさせながらこちらを見つめてくること数秒。
今度は愛おしそうな表情を浮かべながら、俺の頭を優しく撫でてきた。
しかしそれだけでは終わらないであろうことは流石の俺でも簡単に想像ができる。
そしてその想像は今まさに、エメさんによるドヤ顔返しによって現実となった。
先に喧嘩を売ったのはリーナ姉であることを考えれば、はいこれでお互い様。となるのが一番平和なのだが、生憎うちの姉はそんな平和主義で温厚な女性ではない。
おそらくもう1人の姉も同じ思考の人種なのであろう。
ドヤ顔の次はおそらく挑発の意味を込めてなのだろう、笑顔なのに目が笑っていない例の表情をリーナ姉へと向けている。




