第216話:それぞれの実体験
リーダーも同じ過ちを犯した事がるのか苦笑いを浮かべながら、アベルの方へと顔を向け
「そういうことであれば、今日の夜ご飯はエメ様と一緒に作ってみられてはいかがでしょうか。それをする大変さが分からないのであれば、自らそれを理解する努力をする。一人でできないことはパートナーと一緒にやる。これも一つの解決策だと私は思いますよ。まあ、何をするにもまずは誠心誠意、謝罪することが第一ですが」
それくらい自分で考えて答えを出せよ方式を取っていた俺とは違い、同じく決して答えは教えないものの、それへと向かうための道筋は教えてやるというスタンスを取ったリーダー。
役職上はこちらが上なものの年齢は言わずもがな、お互い言葉にはしていないものの公私関係なく兄弟のような繋がりを感じているガキ相手にあーだ、こーだと言われるよりも
人生の先輩でありながらも歳の近いリーダーに言われた方が、素直にアドバイスを受け入れられるというもの。
その証拠に俺が何を言っても銅像かの如くピクリとも動かなかったにも関わらず、リーダーによる150文字にも満たないような言葉一つを聞くや否や、ロクなお礼もせずにこの部屋を出て行った。
そんな馬鹿の背中を呆れながら眺めている俺とは違い、隣に立っていたリーダーはどこか懐かしいものでも見るかのような目をしていたため
「もしかして今のアドバイスはご自身の実体験からですか?」
そう問いかけると、隣に立っている大人は先程まで見せていた表情から一変。瞬時に仕事中のそれへと切り替えてき
「あはははは、お恥ずかしながら私も昔、似たようなことをして妻に怒られたことがありましてね。そういう陛下も似たようなご経験を…というわけではなさそうですが」
いったいこの人が白崎家の事情をどれ程知っているのかは謎だが、少なくともさっきの俺達の話を聞いていた以上、余程の鈍感じゃない限り何かしら疑問を抱くのは当然のこと。
しかしどこぞの無神経野郎とは違い、己が踏み込んでもいい領域とそうではない場所の境界をしっかりと見極めることができるが故に、それ以上を聞こうとはしてこない。
否、聞いてもいいものなのだろうかと逡巡していると言った方が正しいだろうか。
確かにあの時の俺は感情に任せて言葉を発していたとはいえ、この件を本当に秘密にしておきたいと思っていたのならば、まずここには来ていない。
ということで俺は目の前でどうするべきかと真剣に悩んでいるリーダーに対して、全然気にしなくていいですよとフォローを入れてから
「自分の場合は親ですね。小さい頃からあれやこれやと目の前で散々見聞きさせられましたから。ああいうことに関してはどうしても人一倍、敏感になってしまうんでしょうね」
ましてや、挙句の果てにはいきなりこっちにまで飛び火してきて俺まで怒られる。なんてことも珍しくなかったしな。
しかも『今まで言わずにずっと我慢してたけど』みたいな感じで、全く関係ないことでだし。
まあ、要は母親のストレスのはけ口にされていただけなんだろうけどな。
こんなことマイカ達には勿論、今の発言で何かを察したのか表情を曇らせ始めたリーダーには絶対に言わないけど。
なんてことを考えていると、おそらくスマホのGPS機能で俺の位置を特定したのであろう別の大人がこの部屋の扉を開けると、そのまま何の遠慮もなく入ってきた。
「こんなところに来たりして、どうしたんだよリーナ姉?」
「どうしたもこうしたもありません! シーちゃんの帰りが遅いからお向かいにきたんです‼」
そんな俺達からしたら普段のやり取りにも関わらず、それを近くで見ていたリーダーは先程までの硬い表情とは一変。
普段ルナとエレンの二人に向けるのと同じ柔らかな表情をしているような気がしたのも束の間のこと。
相変わらずお怒り状態のリーナ姉が人のことを抱き上げながら
「だいたい何回電話をしたと思ってるんですか⁉ スマホを持っているならちゃんと電話くらい出てくださいよ」
電話? あー、そういえば俺って基本スマホはサイレントモードにしておく派だから、意図して確認しない限り着信だったり通知だったりは気が付かないんだよな。
仕事用のスマホは一応マナーモード(バイブあり)状態にしてあるからすぐに気が付くんだけど……うわっ、スッゲエ量の着信履歴。直近のやつなんて1分も経たずにか掛かってきてるし。
そりゃー、こんだけ怒るわけだわ。
「それに関してはごめんって。でもここはウチの城内でもなければマリノの王城内でもないんだから降ろして!いくらここにはリーダーしかいないとはいえ恥ずかしいって」
「いいから大人しくしてなさいっ! お仕事中、うちの弟がお邪魔してしまい申し訳ございませんでした」
本来であれば俺の方が偉いはず、というかこの国のトップであるにもかかわらず何故かリーナ姉はリーダーに対して謝罪の言葉を述べた後、そのまま頭を下げた。
かと思えばそれに対するリーダーの返事など聞く暇もなく、この部屋に設置してある転移システムを慣れた手つきで操作していき
「ということで私達はお先に帰宅させていただきます。申し訳ございませんが引き続きお仕事の方、よろしくお願いいたします」
「えっ? おい、家ってどこの誰の家だよ? 言っとくけど俺はまだ自分の家には帰りたくないからな」
「はいはい、もう夜ご飯の用意はできてますから、家に着いたらすぐに手洗いうがいをしましょうね~」
俺の疑問に対する返答が返ってくることはなく、代わりにまるで小さい子供をあやすようなことを言いながらリーナ姉はどこかへと繋がっている扉を開けた。
そして当たり前のことながらその先へと歩みを進め、そんな俺達のことを微笑ましそうに見ているリーダーに見送られる形で俺はこの部屋を後にしたのであった。




