第212話:箱入り息子
リーナ姉から逃げるように男子寮へと転移してきた俺達は、非番兼食事当番である団員を食堂へと強制招集させていた。
まあ緊急招集とはいえ、時間的には丁度夜ご飯を作り始める時間帯であったためか特に不満の声などはなかった。
なかったというよりかは、何かに怯えていて誰も声を発せられないと言った方が正しいような気もするが…そこは一旦置いておこう。
ということで絶賛不機嫌な俺は目の前に立っている団員6人に向かって
「今日のお前らの夜ご飯はここにいる馬鹿アベルに作らせるから、よろしく」
普通そんなことを言われれば『何故、アベル団長が?』となりそうなものだが、今の彼らにとって最も気になる点は別にあることは明確。
その証拠に小声で
「(おい、なんで陛下は子供の姿をしていらっしゃるんだ?)」
「(はぁ? んなこと俺が知るわけねえだろ)」
「(てか今日の陛下、滅茶苦茶機嫌悪くねえか? この感じだと原因は……)」
「(まあ、間違いなく隣に立たされているアベル団長だろうな)」
「(それよりも誰か陛下が小さくなった理由を早く聞いてくれよ。このままじゃ気になり過ぎて夜しか寝れねえよ)」
「(夜寝れば十分だろうが)」
なんて会話をしているし、それはこちらに丸聞こえなのだが、一旦放って置くとして。
完全に自分が悪いにも関わらず未だに不機嫌そうにしているアベルに向かってガンを飛ばすと、渋々ではあるもののようやくこちらへと目線を向けてき
「それで、いったい俺は何を作ればいいんだ?」
「エメさんが今日お昼ご飯に作ってくれたものと同じものを作れ。と言いたいところだが、普段から料理なんてしないお前にできるわけもないし、申し訳程度の冷やしうどんでも作れ。あとさっきからこそこそ内緒話をしてるお前ら!」
「「「「「「―――――ッ⁉」」」」」」
「普通にムカつく。やっぱりお前らも夜ご飯を作るのを手伝え。お前ら6人はお稲荷さん、キャベツと豚肉のにんにく醤油炒めの2つを作れ」
「ちょっと待ってくださいよ陛下! ただでさえ人数分のお稲荷さんを作るだけでも大変なのに、それに加えてキャベツと豚肉のにんにく醤油炒めとか本気で言ってます⁉」
この1人の発言を皮切りに他の5人も口々に文句を言い始めたの受け……。
一見簡単そうに思われがちなこの2つを作ることの大変さを理解しているとは、当番制とはいえ日頃から自分達で料理をしているだけはあるな。
それに比べてこの馬鹿ときたら……。
なんてことを考えながら横目でアベルのことを見てみると、
『お稲荷さんなんて酢飯を作ったらあとはそれを味付き油揚げに詰めるだけだし、キャベツ云々なんてただ食材を切って炒めるだけだろ? 何をそんなにギャーギャー騒いでるんだ?』
とか考えていそうな顔をしていた。
ちなみに我が国の騎士団所属の者は一部の例外を除いて全員が寮内・訓練時・戦場(時と場合による)など場所を問わず自分達が食べる食事は自分達で用意する決まりとなっている。
とは言ったものの、現状例外扱いとなっているのはアベル・ティア・リーダーの3人のみ。
このように上位陣が名を連ねていることから副団長であるリサや、それに近いポジションにいるユリーやミリーの3人もその中に含まれていてもおかしくないはずなのだが、女性陣は全員合わせても5人しかいないということもあり全員で回しているらしい。
加えてリーダーに関しては自宅からの通いとなっているため寮でご飯を食べることはないし、彼の娘であるルナによれば仕事が休みの日はお父さんがご飯を作ってくれるとのこと。
つまりこの中で正真正銘ぼんくらクズなのはアベル・アベラール、ただ1人と。
「チッ、いつまでも俺の隣でぼーっと突っ立ってねえで早くそこの鍋に水を入れてお湯を沸かせよ! んなことも言われなきゃ分からねえのか⁉」
普段はそんな感じがしないためあれだが、本来は貴族であるアベルにとって鍋で水を沸かすことなどしたことがないのであろうことは容易に想像がつくものの…イラつくものはイラつく。
ということで自身の中で生まれた怒りを一切隠すことなく、厨房に設置してある鍋を指さしながら指示すると
「そこの鍋ってお前、これどう見てもデカすぎだろ⁉ こんな人間が2、3人くらいは余裕で入りそうな鍋にどうやって水を入れるってんだよ‼」
本当にコイツは自分が今置かれている立場をちゃんと理解しているのか? と、問いかけたいほどまでに清々しく逆ギレしてきた。
「馬鹿かお前は⁉ いったいこの寮には何人の団員が住んでると思ってんだ? ゆうに100人は超えてるんだから、そこの厨房に150人分の飯を作れる鍋が置いてあるのは当たり前だろうが! 第一こんな鍋、日本の小学生からしてみれば珍しくもなんともねえっつうの。分かったら今すぐ鍋の隣に立ってる水道の蛇口をひねって水を入れろ‼」
「(チッ、地球のことなんて知らねっつうの)」
確かに地球の例を出した俺も悪かったが事実こうして実物がここにはある以上、自身の目で見ることができたのは勿論のこと、実際にそれを使って料理を作ることだってやろうと思えば何時でもできたはずなのだ。
それなのに自身の立場に胡坐をかいて何もしてこなかった自分が悪いにも関わらず、己の努力不足がゆえの無知を棚に上げてからのこの小言である。
人を馬鹿にするのもいい加減にしろよと言うもの。
「お前らも黙ってないで少しはこの世間知らずな、ボンボン育ちのお坊ちゃまに言ってやれよ‼」
これに関しては別に俺のためだけに言ったわけではなく、毎日3食どころか1食作ることの大変さすら知らないこんなふざけた態度の奴がいつも偉そうにお前らの上に立ってるんだぞ? お前らムカつかねえのかよ⁉
という意味で言ってやったのだが、こちらが指示するまでもなく各々の判断で米を研いだり、食材を切ったりしていた6人はそれぞれ作業の手を一旦止めお互いに顔を見合せた後
「そんなこと言われてもな~?」
「いくら団長が俺達と同じ騎士団員の一員とはいえ、結局元はマリノ王国でも上位に属する貴族にして現ヴァイスシュタイン王国の上位陣だし」
「逆にそんな立場の人が自ら進んで家事なんてしてたら気が気がじゃないわな」
それに続いて他の3人もあーだ、こーだと話に入っていき……結局行きついた先はと言うと
「「「「「「陛下ってやっぱり変わってますよね」」」」」」
「………………。おい、馬鹿クソボンボン無能アベル‼ なに言われたとおり鍋に水なんか入れてんだよ‼ このままじゃテメェの手元が見えねえだろうが! どうせ一人じゃまともにうどんすら作れないんだから、無知は無知なりに踏み台なりなんなりを用意するとかの努力くらいしろよ‼」
「さっきの鍋の件は兎も角として、流石にその要求は無茶苦茶だろ。これが俗にいうパワハラってやつなのか? この理不尽さ…この間ネットで見た『日本は世界一のパワハラ大国』っていう記事、あれは別に面白おかしく書かれたものではなかったのかもしれねえな」
あまりの無茶苦茶ぶりに怒りを通り越すどころか感情が一周してしまったのか、一人で文句を言いながらもいい感じの踏み台を探しに出て行った。
しかしこの寮にそんなものはないため食堂にあった椅子を一脚持って帰ってきたものの、今のソウジではそれの上に立ったところで誰一人として目線を合わせられる者はいないどころか、ここにいる全員の目線が自分よりも高く……。
「………チッ」
先程アベルが見せた『たく、相変わらず坊主は仕方ねえなぁ』みたいな態度も相まって、兎に角面白くないソウジはアベル以外の全員に向かってガンを飛ばした。
すると6人は一斉に何かを感じ取ったのか、これ以上余計なことをされてたまるかといたっ感じで慌てて自分達の上司のノンデリ言動を止めに動き出した。




