第209話:アベル・アベラールは分からない(上)
リーナ姉と取り返しのつかない約束をし、そのまま俺のお昼ご飯として用意してくれたパンケーキを丁度食べ終えたタイミングで俺達がいるキッチンへと突然アベルが怒鳴り込んできてから二十分ほどが経っただろうか。
最初の方は『やっと見つけた‼』だの『こんなところで何してんだ‼』などと一人でギャーギャー向かいの席で騒ぎ立てていたが、それを無視して食べ終えた食器を流し台へと運び戻ってきた時には何故か先程まで俺が座っていた席にはリーナ姉が座っていただけでなく、あれだけうるさかったアベルはどこへやら。
実に面白くなさそうな顔をしつつも、取り敢えず大人しくはなっていた。
ちなみに席を取られた俺は仕方なくリーナ姉の隣の席に座ろうとしたところ
『シーちゃんは私のお膝の上でお利口にしてましょうね~』
と言いながら体を持ち上げてき、自分の膝の上に俺のことを乗せるや否や…まるで俺が勝手に暴れないよう抑え込むかのように透かさず後ろからぎゅっと抱え込んできた。
ちなみにアベルがここに来てから今に至るまでの間に発せられた言葉といえばそれくらいのもので、あとはリーナ姉がおかわりとして入れてくれた紅茶を飲む音が聞こえるのみ。
もう少し詳しく説明すると、リーナ姉は最初からアベルの話など聞く気はないどころか今すぐこの部屋から出て行けよと言わんばかりのプレッシャーをかけ続けているし、アベルはアベルで馬鹿なりに理由は分からずともこれ以上妹の怒りを買ってはいけないということだけは理解しているのか、ただ黙って俺達の向かいの席に座っているのみ。
つまり、この居心地の悪い空間をどうにかするには三人のうちの誰かが折れなければいけないのだが……。
「はーぁ、なんとなく見当はつくけれど? いったいどれだけご大層なご用件で俺の昼飯の時間を邪魔しに来たんだ?」
「やっと口を利いてくれたかと思えば今度は嫌みかよ。相変わらずガキだなお前は」
「ちょっとお兄ちゃ―――んっ♡」
何故かは分からないがこのままこの二人を止めずに静観し続けたら口喧嘩では済まない気が……もっと言うのならばリーナ姉が本気でアベルのことを殺しにかかる気がす…る?
自分で言っておいてなんだがそんな馬鹿らしいこと、普通に考えれば絶対にあり得ない。
あり得ないはずなのだが、とてつもなく嫌な予感がした俺は多少のリスクは覚悟で、さっきからずっと背中に当たり続けている柔らかな二つの膨らみの形が歪む程の力をそれで加えることでほんの一瞬とはいえ彼女の意表を突くことに成功した。
その隙を逃すことなく俺は矢継ぎ早に
「ガキでも何でもいいから早く俺を探していた理由を言え! 次何か余計なことを言ったらマジでもう知らないからな。少なくとも俺は絶対にお前の話なんて聞かないし、何が何でもこの部屋から出て行ってもらうからな!」
「ちょっとシーちゃん? 今のは悪戯にしても少し度が過ぎたんじゃないかな~?」
こっ、この感じ……声はいつも通りだけど、心の中では絶対に怒ってるやつだ。
それどころか顔も笑ってないやつだろ?
だって目の前にいるアベルが
『やっべー、今これ以上コイツの地雷を踏むようなことをしたら本気で殺されかねないぞ』
みたいな顔してるもん。
………よし、取り敢えずリーナ姉の件は一旦置いといて、話を進めるか。
そう一人で覚悟を決めた俺は『頼むから今だけは大人しく協力してくれ‼』と心の中で念じながら
「それで、結局お前はいったい何をしにここまで来たわけ?」
そう目の前の男に問いかけると、クソボケ鈍感野郎でもたまには相手の気持ちを察することができるらしく
「発端は今日の昼飯の時なんだけどよ―――」
アベルはようやく俺を探していた理由を話し始めた。
ちなみにお怒り中であるはずのリーナ姉はというと、アベルがその発端とやらを思い出すためか目を瞑った瞬間……。
スッと俺の耳元に自分の口元を近づけてき
「(本来であれば今すぐお説教を…と言いたいところですが、シーちゃんがお兄ちゃんの相談に対して最後までちゃんと責任をもって乗ってくださったのならば)」
何故かそこで一度言葉を切ったかと思えば、今度は自分から俺の背中に胸を押し付けてき
「(許してあげます……ちゅっ♡)」
先程の仕返しにはピッタリ過ぎる状況、タイミングで俺の頬に軽くキスをしてきた。
そんなこちらの不意を突くような突飛な行動に対し、まんまとやられた俺は自分でも分かるくらいに顔を赤くしていたところをアベルに馬鹿にされたが、そのおかげかリーナ姉の機嫌はすこぶる良くなった。




