第205話:ひめごと(上)
………はーぁ、アベルはどうでもいいけどリーナ姉の機嫌が悪いんじゃ俺がここに来た理由がなくなっちまうしな。
しょうがないからそろそろ止めるか。
そう結論を出した俺はわざと口に入りきらない量のパンケーキを無理やり口に詰め込んだ。
それから実の兄が目の前にいることも気にせず、視線を真上へと移動させた流れでそいつの妹の程よい大きさ且つ柔らかな胸に自分の頭頂部を軽く押し当てながら
「リーナ姉、口の周りクリームでべとべとになったから拭いて~」
「………えーと、シーちゃん? いくらうちのお兄ちゃんが鈍感クソボケとはいえですね、流石にここまで大胆なことをしちゃうとちょっとマズいかもな~って、お姉ちゃんは思うのだけれど」
突然の暴露行為に驚いたのか一瞬時が止まったかのようにピタリと動かなくなったリーナ姉は、あまりの衝撃に若干戸惑いながらそう返してきた。
しかし今の俺は兎に角この喧嘩が止まってくれればそれでいいので彼女の反応など無視するどころか、まるで追い打ちを掛けるかのように
「ふ・い・て!」
自身が発する声に合わせて頭を前後に動かした。
すると当たり前のことながらこちらの動きに合わせてリーナ姉の胸の形がむにゅむにゅと変わるのだが、恐らくそんな自分の姿を実の兄に見られているという事実に耐えられなくなったのであろう。
彼女にしては珍しく恥ずかしさから顔どころか耳まで真っ赤にさせながら
「分かりました! 分かりましたからその頭で私のむ、むねを……うぅぅぅぅ。兎に角、今拭いてあげますから大人しくしていてください‼」
「は~い」
二人の喧嘩を止めるために俺が行った一から十までの行動は一つたりとも褒められるものではなかったであろう。
それどころかもしこの事実が他の身内等にバレようものなら怒られることは間違いなし。
それも色んな意味で。
しかし今回の目的が先程まで盛大に行われていた喧嘩を止めるということであり、それが成功した以上俺の勝ちであるという事実は覆ら―――
「まさかとは思うけれど、『俺の勝ち』とか考えてるんじゃないでしょうね」
そう言いながらリーナ姉は俺の体を持ち上げ床の上に立たせてきた後、自身も椅子から降りその場にしゃがみ込んだ。
それから手に持っているお手拭きを少し強めに口の周りに押し当ててきたかと思えばそのまま縦横無尽に動かし出し
「んんーぅ、リーナね、うにゅ、力つよ、ぅーう」
「(まったく、これからどうするつもりなんですかシーちゃんは? さっきも言いましたけれど、流石のお兄ちゃんでもあれはそう簡単には誤魔化せないと思いますよ)」
「(別にいつもリーナ姉としてることに比べたらあんなもの姉弟間のスキンシップみたいなもんだろ)」
「(はーぁ、まったく今はそういう話をしているわけではないでしょうが)」
「(あぁ? 何が違うって言うんだよ。どう考えてもあのバカ相手なら姉弟間のスキンシップで誤魔化せるッ―――、んぅ⁉ ちょっと、もう口の周りは綺麗になっ、んんーぅ、さっきより力つよ、ぅ~~~ん‼)」
ワザと口の周りに付けた生クリームは既に綺麗に拭き取ってくれたにも関わらず、突然表情を曇らせたリーナ姉はまるで何かを誤魔化すかのように先程よりも強い力でお手拭きを縦横無尽に動かしてきた。
「(一見後先考えず完全に見切り発車で行動しているかのように見えて、実際は私達の喧嘩を止めるためという明確な狙いを持っての行動。これが話に聞いていたシーちゃんの得意とする自己犠牲行為の内の一つ、ピエロ(おどけ役)ってやつですか。……確かにこれは心にきますねぇ)」
そのせいで彼女が何かを喋っていること自体は分かっていたものの、声が小さかったこともあり全く聞き取ることができなかった。
複雑な表情を浮かべながら喋っていた独り言が途切れると同時に俺に対するゴシゴシ攻撃の手も無事止まると、そこからは再びいつも通りのリーナ姉へとすぐに戻った。
その証拠に再び俺は彼女の膝の上に座らされているし、相変わらず目の前に座っているアベルに対しては『いい加減、早く帰ってよ』と言わんばかりのオーラを前面に押し出している。
つまり、俺達が再び椅子に座り直してからというもの誰一人として口を開いていないということである。
は~ぁ、いつまでもこのままって訳にもいかないし…そろそろ何とかしてやるか。
そう思ったは俺はこの場の雰囲気を少しでも明るく且つ、自然とアベルも会話の中に入ってこれるような状況を作り出すために口を開こうとした瞬間―――




