第204話:各国の戦力情勢
相変わらず今飲んでいる紅茶の茶葉が何で、味がどういったものでとかは一切分からないものの俺好み兼一緒に食べているパンケーキにとても合うことだけは理解できる。
という旨のことをリーナ姉に味の感想として伝えると、毎度のことながら本来であればこんなちゃちな言葉では失礼どころか冗談抜きで万死に値するレベルであるはずにも関わらず彼女は本当に嬉しそうな笑みを浮かべながら一言
「ありがとう」
と言ってきた。
そしてその後は何が面白いのか知らないが俺のことをジッと見つめながら自分も一緒にお茶の時間を楽しむという、ここ最近ルーティン化されつつある一連の流れにこちらも悪い気がしない……。
というか実は俺もこの時間が嫌いではないため完全にリラックスした状態でお昼ご飯を食べ進めていると、ずっと頭を抱えながら床の上でうずくまっていたどこぞの騎士団長様がようやく起き上がってき
「イリーナ…テメェ、相手が俺じゃなかったら普通に死んでたぞ」
口調はいつも通りであるものの喋り方に覇気がないところを見るに恐らくまだ何かしらのダメージが残っているのであろう。
しかしそんなことリーナ姉からしてみれば関係のないこと。
相変わらず鬱陶しいそうに、そして何かに対して怒りを滲ませながら
「確かに後頭部に強い衝撃が加わった時点で命の危険があるのは間違っていないけれど、本人が症状を認識出るようになる時間は早くて1時間以内。ごく稀に2、3日掛かることもあるから今すぐ病院に行って精密検査をしてもらった方がいいと思うよ。あと、シーちゃんの魔法のお陰で無傷で済んだのをあたかも自分の実力みたいな感じで言うのやめてくれる?」
「そこまでの医療知識を持っているにも関わらず実の兄の体の自由を奪ったうえで、そのまま俺が後ろ向きに倒れるよう額を小突いてくる妹がどこにいるってんだ、馬鹿が」
「お前の目の前にいんだろ」
別にアベルのことを許したわけではないものの、リーナ姉に相手をしてもらったことで大分落ち着いたからであろう。
ぶっきらぼうにではあるものの、ついいつも通りの反応をしてしまった。
そしてそんな己の言動が拙かった。
アベルの時同様、突然体の自由が一切利かなくなったかと思えばリーナ姉に首根っこを掴まれ上へと引っ張られているにも関わらずまるで無重力空間にでもいるかのように錯覚するレベルで何も感じられない。
そしてそのまま気が付いた時には既に直立不動の状態となっていた。
かと思えば今度は自分の中にその人の魔力が強制的に流し込まれること数秒。
それが止まったと同時に突如元の体から今の体へと縮まった分だけ地面との差が生まれた。
つまり現在俺は無防備な状態で空中に投げ出された状態にあるわけで―――。
『落ちる落ちる落ちる‼ って、声も出せないどころか口すら動かせねえのかよ⁉』
『チッ、でもこうして思考すること自体は出来るってことは魔法は使えるはずだよ、な!』
ここまでに掛かった時間は数字にしてコンマいくつも経っていないし、この間に導き出された仮定は完璧なものである。
これは日頃行っている非人道的鍛錬の賜物と言っていいだろう。
という自画自賛をすぐさま消し去り、一旦飛行魔法を使って空中に留まろうとそれを発動させるために頭の中にイメージした直後―――。
『魔法が使えないだと⁉』
「あっ、ちなみに今のシーちゃんは魔法も使えないようにしてあるから悪足搔きをするだけ無駄ですよ」
こちらが脳内で喋り出すと同時に、さっきまで俺が座っていた椅子に腰を下ろしているリーナ姉がそう言ってきた。
「はい、キャッチ…からのシーちゃんが滑り落ちて怪我をしないように後ろからぎゅ~♪ ということで残りのパンケーキはお姉ちゃんの膝の上で食べましょうね~♪」
「なんでリーナ姉がその魔法を使えるんだよ⁉ 俺やティア、あとはリサは特例だから別としてあの母さんですら相手を幼児化させることに限定してるからあれを使えるって話だろうが!」
「なんでって、そんなの姉より優れた弟なんてこの世には存在しないんですから当たり前じゃないですか。あとメイド長の件でちょっと誤解されておられるみたいですから教えて差し上げますが、多分あの人が本気になったらこの世に習得できない魔法なんてないと思いますよ」
「………はぁ?」
「その証拠に今はもう魔力さえあればシーちゃんと同じように完璧な変身魔法を使えるでしょうからね」
我ながら普段から気軽にほいほい色んな魔法を使っているから忘れがちだが、そもそも世間一般的に見れば魔法というもの自体がそう簡単に使えるような代物ではないのだ。
現にアベルなんかは魔法を一切使えないと言っても過言ではない。
つまりそれを使えるだけでそいつは一種の才能があると言っていい。
ましてや今話題に上がっている変身魔法のような馬鹿げた魔法であればあるほど、同時に使用する魔法やそれらの組み合わせなどといった要素が増えていくため、比例して難易度も上がる。
これは知識としてだけの言葉ではなく実体験に基づいてのものであるが故に、何を馬鹿なことをと言い返そうとした瞬間アベルが
「実際にアンヌさんがそれを使っているところ見たわけではねえからあれだけれど、多分コイツの言ってることは本当だろうぜ。なんたってこの世界にはもっとも魔法を得意とする種族が多く暮らす国から魔女の異名を付けられ、今も尚恐れられているんだからな」
「ちなみに貴族の娘であるとはいえ一介のメイドである私がここまで強い理由の一つとしては、そんなアンヌメイド長と剣舞姫の異名を持っておられるレミア様の一番弟子だったりするからなんですよ。まあそんな私でも流石にティア様にはどう足掻いてもかすり傷一つすら付けられないでしょうけれどね」
「………………」
贔屓目なしに世界的に見たらうちの国はかなりの戦力に加え、他国の騎士団に比べて人数は少ないとはいえレベルの高い兵士を有しているにも関わらず目立った外交的圧力がないと思ったら……周りも化け物揃いだったってことかよ。
というかあのリーナ姉が様付けで名前を呼ぶティアってマジで何者なんだよ。
アイツと出会ってから今日に至るまで分かっていることと言えば、ごく一部の人達しか正体を知らないということ。
あとは今のリーナ姉の発言から推測するに
・先に生まれたのはミナとリアではあるものの、2人とはまた種族が違うことにより後に生まれたリーナ姉の方が成長速度が速いということ。
・そして少なくとも2人はティアと初めて顔を合わせた時点ではアイツの正体を一切知らなかったと思われる。
・なのにリーナ姉はそれを知っている。
つまりミナ達の成長がまだあまり進んでいなかった時期且つ、リーナ姉がそこそこの年齢まで育っていた時期までは何かしらでティアの存在が有名だったということ。
と言いたいところなんだが、初めて旧ボハニア王国を乗っ取ったあの日…あれは演技なのではなく間違いなくアベルもティアと初対面であったという矛盾が生じる。
まあコイツの場合普通に馬鹿だから知らなかっただけと言われても何ら不思議ではないんだけ―――
「こら、ごはん中にそんな難しい顔しないの。そんなことをしたらお料理を作ってくれた人に失礼でしょ!」
「やーい、いつも大人ぶってる奴がガキみたいな理由で怒られれてやんの。ガキはガキらしくなんでも一人で抱え込むんじゃなく素直に周りの大人に頼れってつうんだよ、ばーか」
コイツ、ここぞとばかりに反撃に出てきやがったぞ。
本当は何か言い返したいけど……チッ、まだ口ききたくねえな。
なんてことを頭の中で葛藤していると、まるで俺の代わりにと言わんばかりにリーナ姉が怒りを露わにさせながら
「なにもう許されたみたいな雰囲気を出しちゃってくれてるの、お兄ちゃん。まさかとは思うけれどお兄ちゃん達が犯した事の重大性を全く理解できていないけれど、なんかもういいかな~? とか思ってるんじゃないよね?」
「――――――ッ‼」
リーナ姉の発言及び鋭い視線を受けた瞬間、条件反射で臨戦態勢へと移るために椅子から立ち上がりこちらを睨みつけ出したアベルに対し彼女はお構いなしといった感じで
「もしそうなら、今すぐシーちゃんの前から消えてくれる」
………普段ならこれくらいの喧嘩を見ても何にも感じないはずなんだけど、今の体に思考が引っ張られているせいかちょっとあれだな。
一番は今すぐアベルがこの場からいなくなることなんだけど、そんな気配微塵もないどころか
「さっきのエメもそうだけどよ、なんでお前ら女って生き物は直接相手の悪いところを言うんじゃなくてそうやって『私の気持ちを察しって当然』みたいなスタンスで怒ってくるんだよ⁉ 面倒くせえから文句があるならさっさと直で言えよ‼」
といった感じで完全に引く気はないらしいし
「そんなんだからエメ先輩に怒られるんでしょうが、このクソボケお兄ちゃん‼」
こっちはこっちで人のことを抱っこしたままなことはおろか、そいつがこういったやり取りを見聞きすることを苦手としていること自体を忘れているくらいには頭に血が上っているのは間違いない。




