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第203話:心の拠り所

取り返しのつかないゆびきりをリーナ姉としてしまってから約20分が経った頃。


「はい、お待たせ~。流石に今からお昼ご飯を作ろうとすると少し時間が掛かっちゃうからパンケーキにしちゃったけど、その代わりにちょっと豪華なフルーツパンケーキにしたから許してね」


ここに来る前よりも明らかに自身のメンタルは悪化しているはずである。


しかし今日はすぐ近くに心を許せる人がいるからであろうか、今回はいつかのように自暴自棄になるのではなく寸前のところで何とか留まることができている。


日本にいる時は頼れる人がいなかったが故に、こっちの世界に来てからはそういった人は何人かいるものの結局甘え方が分からないせいで周囲にバレないよう一人で抱え込んでしまうことが多々あった。


それなのに今は違う。


何があろうともミナ達婚約者組の子達には絶対に嫌われないようにしなければと一々顔色を伺う必要がないから?


―――確かにそういう時もあるがそれは決まって自分に自信がない時であって、何かある度にというわけではない。


普段は子供扱いされているとはいえ、実際はこちらが年上なのだからしっかりしなければという無意識のうちに感じているプレッシャーがないから?


―――普段はそれを意識して生活しているつもりだが、今回のように追い詰められる完全に自分のことしか見えなくなってしまうためこれも違う。


同い年であるおかげでリア達とは違った面で気を許せる半面、同い年が故にどうしても相手と自分を比べてしまい嫌な気持ちになることがないから?


―――これもさっきと同じでいっぱいいっぱいの状態だとそんなことを考えられる余裕などない。じゃなきゃこの歳になってインターホン連打などしない。


年上であるとはいえ母さんとお母さんの二人に関してはどうしても母親という意識が強すぎるせいで、本当に弱っている時ほど素直になれないという葛藤がないから?


―――おそらくこれが一番近い…と思う。


「………いただきます」


疑問に対する答えが出たことによりまた一段階ストレス値が上がったものの、目の前に置かれたパンケーキの誘惑には勝てなかった俺はぶっきらぼうにそう言った。


すると向かい側の椅子に座り、両手で頬杖をつきながらこちらを見ていたリーナ姉は愛おしそうな表情を浮かべながら


「はい、召し上がれ♪」


と返してきた。


それを受けおそらく気を利かせてあらかじめ食べやすいサイズに切り分けてくれたのであろうパンケーキを一切り口に入れ、生地の甘みとベリーソースの酸っぱさによる絶妙なバランスに……取り敢えず超美味しくて自分でも分かるくらいにテンションが爆上がりした瞬間。


どこかの誰かと同じように勢いよくこの部屋の扉を開け、そのままの勢いで入ってきたとある男がこちらを見るや否やすごい剣幕で


「やっと見つけた! 坊主、テメェ今日は遅くても13時ちょいには帰ってくるっていってやがったのになんでこんなところにいやがるんだよ‼」


と怒鳴りはじめた。


「………俺がどこにいようとお前には関係ねえだろ。あと俺はちゃんと13時過ぎに一回家に帰ったし、リビングにも顔を出した。分かったら今すぐここから出て行け」


今回俺がこうなった原因であり張本人の一人でもあるアベルが目の前に現れたどころか、昼飯の時間を邪魔されたともなれば本来返事をする必要すらないのだが


少し心に余裕ができたことで己の視線は目の前にあるパンケーキに向けながらではあるものの、最低限言いたいと思ったことは言えた。


それに若干の満足感を抱いていると、向かい側から身を乗り出してこちらに手を伸ばしてきたリーナ姉が頭を撫でてきながら


「は~い、よくできました。偉いえら~い♪」


「………俺は幼稚園児のガキか? あと飲み物欲しい」


「あっ、ごめん忘れてた。今あるものだとコーヒーか紅茶ですけれど、どちらにします? ちなみにどちらを選んでいただいてもデカフェのものがありますのでそこは大丈夫ですよ」


つい数日前のことだというのに、もう既にリーナ姉までもがこの件を知っているとは。


やっぱりこっちの城内メンバー(一部の人達)にスマホを渡したのは失敗だったか?


………スマホがあろうがなかろうが多分この状況は変わってなかっただろうな。


「温かい紅茶。砂糖とかミルクはいらない」


「は~い。茶葉に関してはいつも通りお任せでいいよね?」


「んっ」


リーナ姉がうちに遊びに来ることもあれば、逆に俺がこちらに遊びにくることもあり、特に前者の場合は基本リビングに行けばお互いが顔を合わせる可能性はかなり高い。


そしてタイミングが合った時は決まって彼女がお茶を入れてくれる。


その為俺はいつもの癖で適当に返事をし、それを聞いたリーナ姉が再びキッチンへと向かったところで入れ替わるかのようにアベルが目の前の席に腰を下ろした。


「なに人の存在を無視してイチャイチャしてんだよ、このクソガキが! こちとらお前のことを散々探し回ってやっと見つけたっていうのに、優雅にお洒落なパンケーキなんか食いやがって」


「……誰も探してくれなんて頼んでねえだろうが。あと今俺は優雅にお洒落で超美味しいパンケーキを今日のお昼ご飯として食べてるところなんだから、これ以上邪魔すんな。つかお前がいると不愉快だから今すぐどっか行け」


折角のパンケーキが不味くなるとか思いながら引き続き目の前にいる男とは一切目を合わせずそれを食べ進めていると、ティーポットと二人分のティーカップが乗っているお盆を持ったリーナ姉が戻ってきた。


そして一度テーブルの上にそれを置いてから、まるでゴミ虫でも見るかのような冷たい視線を実の兄に向けながら


「お兄ちゃん邪魔」


ただ一言そう発した直後、そこを今すぐどけろという意味なのかそのまま右手の人差し指の先っぽで軽くアベルの額を小突いた。


なんて憶測をしていたのも束の間のこと。


次の瞬間には抵抗はおろか指一本すら動かすことができずにただただ後ろに倒れていくアベルの姿が俺の目に映っていた。


おいおいマジかよ。


今リーナ姉が何をしたのか全く分からなかったぞ。


しかも魔力を一切感じなかったところをみるに…あれは武術とかそういう系統の技ってところか?


少し前にリーナ姉が『姉より優れた弟なんてこの世には存在しないんですよ』とか言っていたが、冗談抜きで兄貴と違って魔法の才能もあるこの人が本気を出したら……今の俺じゃ本当に勝てないかもしれない。


「さっき私がお兄ちゃんに何をしたのか理解できていないようでは誇張なしに今のシーちゃんじゃ相手にならないのですから、もしもの時のことを考えるだけ無駄ですよ? ということで折角の紅茶が冷めてしまう前に飲んで味の感想をお姉ちゃんに聞かせてほしいな?」


前半はいつもの彼女からは到底想像できない冷徹な声で俺に対して釘を刺すかのように、後半はいつも通りの優しい声でそう言ってきた。


それを受け完全降伏するしかなくなった俺は表には出さないものの、心の中で一旦負けを認め大人しくリーナ姉が入れてくれた紅茶に口を付けた。

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