第202話:約束
いくら心に余裕がないとはいえ自分のところの子供を適当に扱うなど絶対にしてはならないことくらいは分かるため、セリア達5人とユリーの背中が完全に見えなくなるまで玄関で待つこと数十秒。
おそらく部屋の配置的にリビングへと入っていたであろうことを確認した瞬間、俺は次の目的地ことマリノにある王城の玄関前へと転移した。
そして自分で取り付けたインターホンを横目に誰の許可を得るわけでもなくノータイムで勝手に目の前にある扉を開けた後、そのままここの厨房へと一直線に突き進み
それへと繋がる扉に手が届くや否や、そのまま怒りに任せて思いっきり開けた。
「リーナ姉、お昼ご飯食べさせて‼」
続けて帝〇ホテルにも負けないくらい立派なキッチンで一人お昼ご飯の後片付けを行っていた、リーナ姉に対してそう怒鳴りつけるかのように言葉を発した。
「うぉっ⁉ びっくりした~。なになに、どうしたのさぁ…そんなにイライラしちゃって。というかこの時間にお昼ご飯って……確か今日はシーちゃん、学校はお休みですよね? であればリアーヌ先輩なりエメ先輩が無理やりにでも食べさせているはずじゃ」
「今日は卒業研究の件で朝から大学に行ってたの。あとなんか知らんけど家に帰ったらリアはいなかった! それからエメさんは知らん‼」
「あー、そっか…リアーヌ先輩とミナ様、それからマイカちゃんは今こっちにいるんだから、そりゃあ家にいるわけないか」
なんて独り言を呟いて自己解決したらしいリーナ姉は再び不思議そうな表情を浮かべながら
「ん? でもリアーヌ先輩が今あっちにいないってことは普通エメ先輩はお留守番しているはずですよね? しかも自分の旦那様であるシーちゃんがお昼前後に戻ってくるとなれば尚更どこかへ出掛けたりするはずがないし……」
「だからエメさんは知らん‼ ついでにアベルも知らん‼」
「お兄ちゃんも知らん? ……あっ、もしかして」
何か思い当たる節でもあったのかそこで一度言葉を切ると、『も~う、本当にシーちゃんは可愛いなぁ♡』といった雰囲気を前面に押し出しながら
「もしかしてお兄ちゃんとエメ先輩がお付き合いしていることを知って、お姉ちゃんを取られたからってヤキモチ焼いちゃったの?」
「………はぁ?」
あまりにも予想外な発言に脳が上手く処理できず、それしか自分の口から出てこなかった。
しかしたった今、俺の心の中で渦巻いていた不快感が一気に上がったことだけは分かる。
そしてそれがもろに顔に出ていたのであろう。
あっちはあっちで『やっば‼』という心の声が思いっきり表情に出ている状態で、『一応聞きますけれど……』と前振りするかのようにゆっくりと口を開き始める。
「あれ、もしかしてこの件に関してシーちゃんはまだ何も知らなかった…り?」
そう問いかけてきたが時既に遅し。
アベルとエメさんの関係及び、その事実を知ったことにより生まれた感情の正体を嫌でも理解できてしまったが最後。
自分の意思とは関係なく普段の背伸びをしている精神状態から、本来の未成熟なそれへと切り替わってしまった。
その結果、何とか堰を切ったかのように溢れ出ようとする言葉の数々を抑え込もうと頭では考えるものの
何とか相手を傷付けてしまうような言葉、完全に感情に任せた無責任な発言をしないようにするので精一杯な俺は取り敢えずこの話題を一旦終わらせようと……。
いや違う。
「そんなこと知らん、知らん、知らん‼ それよりもお昼ご飯早く‼」
実際は二人の関係を認めたくないが故に、ここまで声を荒げたのであろう。
しかしそんな事実を今の精神状態では素直に受け止められるわけもなく、兎に角何かに当たり散らしたくて仕方がない状態一歩手前まできていたところで
こちらの気持ちに気が付いたのかリーナ姉は無言で近くにあった椅子へと強制的に座らせてき、そのまま真正面から俺の頭を自分の胸元へと優しく抱き寄せ…ぎゅ~っとされること数十秒。
今度は左腕は後頭部に回したまま、右手でゆっくりと頭を撫でてきながら
「少しは落ち着きましたか?」
先程までの実年齢はおろか自身が置かれている立場に不相応過ぎる態度を叱るわけでもなく、ただただ純粋な優しさだけが感じられる声でそう問いかけられた。
しかしその優しさは白崎宗司の人生でも、ソウジ・ヴァイスシュタインの人生でも感じたことがないものであったが故に
安心感と共に得体の知れない恐怖心がどこからか込み上げてき、気が付けばまるで『リーナ姉は絶対にどこにも行かせない』といった感じで彼女の腰へと両腕を回しながらただ一言
「………うん」
とだけ返していた。
「そっかそっか。でもお姉ちゃん的にはもう少しだけこのままがいいんだけれどなぁ~」
「………………」
「ふふっ、急に大人しくなったりして…私に甘えているのが恥ずかしくなっちゃったんですか?」
この問いかけが完全に図星である以上今すぐ無理やりにでもリーナ姉から離れればいいだけなのだが、羞恥心よりも心地よさの方が上回っているせいで中々それができない俺は抱き着く力を少し強めながら
「んーーー!」
「あははははは、流石に今のは意地悪が過ぎましたかね? でも丁度いいしもう少しだけシーちゃんに意地悪をしちゃいますね?」
口ではそんなことを言いつつも頭を撫でる手つきは相変わらず優しく、でも抱きしめる力はあちらも少し強めてきてから
「お兄ちゃんとエメ先輩の件は冗談でも何でもなく本当のことだし、少なくともミナ様達年長者組は皆さん知っています。それどころかここに住んでいる人達はほぼ全員が知っている事実です」
「………………」
「ちなみにシーちゃんだけがそのことを知らなかった理由は、ようやく本当の家族というものを理解し始めたばかりの子に突然自分のお姉ちゃんが他の男に取られたとなれば、また元のシーちゃんに戻っちゃうかもしれないとみんなが考えたから」
「………………」
この間の誕生日で22歳になった奴のことを何だと思ってるんだ、と言ってやりたいところだがこの発言を真っ向から否定できない心情にあることは確か。
何よりこの件以外でもそうだが今までであれば大概のことは別に気にならない、もしくは仕方がないかといった感じで済んでいたはず。
済んでいたはずだというのに、特にここ最近は己の中で生まれた一喜一憂を自身の中に留めておくことができずそれをすぐさま吐き出そうとしてしまうことが多々ある。
流石に小さい子供みたいにそれを即実行することはないが、逆に感情を素直に表に出せないせいでどんどん溜まっていき……気が付けば自分の意思とは関係なく勝手に爆発している。
おそらくこの症状の原因の答えはこれまでのリーナ姉の発言の中にあり、多くの人はここまでの会話を聞いただけで理解できているのであろうが、俺にはふわっとしか理解できない。
それがまた―――
「シーちゃん、またイライラしてるでしょ?」
「………してない」
「何かを理解できなくてストレスが溜まるってことはその何かを認識できているっていう証拠。本人的にはあまりいい状態じゃないだろうけれど、周りから見ればそれは目の前の子が順調に成長していってくれている証だから」
何故かそこで一度言葉を切ったリーナ姉からは何かを考えているような雰囲気を感じたものの、それもほんの数秒。
「難しい話は一旦置いておいて、結局私が何を言いたかったかって言うと」
そう言いながら急に体を離してきたかともえば今度は椅子に座っている俺と目線を合わせるために中腰になった後、しっかりとお互いの目と目を合わせてき
「エメ先輩やこのお城で働いている私以外のメイドの子達。つまりはシーちゃんのお姉ちゃん達に今後恋人ができたり、結婚したりしたとしても私だけは絶対にシーちゃん以外の男の人のところにはいかない。例えシーちゃんが拒絶してきたとしてもずーっと、あなただけのお姉ちゃんでいてあげる」
「………………」
「その代わりシーちゃんはずーっと私の弟。もし今後私のことが大嫌いになったとしても、逆に今以上に大好きになってくれたとしても…あなたはイリーナお姉ちゃんの大事な弟。ということで約束のゆびきり…しよっか♪」
この言葉の真の意味を理解できない程俺はガキじゃないし、冷静さを失ってはない。
しかしゆびきりを言い出してきた張本人はこの先起きるかもしれないあれこれ想像して心を躍らせているのか、実に愉快そうな笑みを浮かべながら右手の小指をこちらに差し出してきている。
こんな狂った約束、例え姉弟間でのものであったとしても絶対にしてはいけない。
それが永遠にも近い年月をこれから先、歩み続ける二人ならば尚のこと。
つまりここで俺は自分の右手を己の意思で持ち上げ、小指を立て、目の前にある綺麗で細い小指にそれをくっつけ………互いに小指をまげてひっかけあうべきではない。
「指切りげんまん、うそついたら針千本の~ます、指切った♪」




