第201話:理解者と半理解者
月曜日の5限の講義をサボリ、ユリーを連れてマリノ王国にあるエレイシア魔法学院へと足を運んでから早4日。
結局あの日はレディに対して祝勝パーティーの日のことを全て白状したのに加え、ここにいるユリーは勿論婚約者であるミナ達とさえまだ公式の場では一度もダンスを踊ったことがないことを伝えたうえで
『こんな私でもよろしければ、次回は是非一緒に一曲踊っていただけませんでしょうか?』
そう言った瞬間、ほんのわずかにだがユリーの片眉がピクリと動いたのが見えた。
そしてそれを目敏く見ていたらしいレディは
『ユリーの反応 = 俺の発言は嘘偽りのない真実であり、心からのお誘いである』
と判断したらしい。
先程までのお上品な笑みとは違うどこか年上の余裕? みたいなものを感じさせる、しかし嫌みなどは一切感じられない柔らかな表情で
『そいうことでしたら次の機会を心より楽しみに待たせていただきます。それとこれはお伝えするだけ無駄かもしれませんが、万が一の際は私がソウジ様のことをリードをさせていただきます。ですから次回は絶対に逃げてはいけませんよ?』
一人の女性が一人の男に対する好意を前面に押し出したうえでの発言。
『………………』
そんな今の汚れ切った俺には不相応過ぎる相手からの気持ちににどう返せばいいのか分からず言葉に詰まってしまった。
しかし咄嗟にレオンとアランの2人が何か下手なことを言ったらまずいと思い、あいつらの周りに消音結解を張ろうとしたその時
………既に張られてるな。しかもやったのは魔力の波長的にユリーか。
使ってる魔力は相変わらず人のだけど。
まあいい、今のコンマ数秒で大分冷静さは取り戻せた。
取り敢えずこの場を乗り切ることくらいは何とかできる。
『ええ、もちろん。マリノ王国の一貴族という高貴な立場にあられるお方が私のような男に限りなく素に近い状態でお誘いをお受けしていただけたのです。そのうえでレディ様のお気持ちを蔑ろにすることなど絶対にあり得ません』
騙し騙されが当たり前の世界で生きている人間が本心で言葉を発してくれたのに、こっちは魔法を使って返事をするのは失礼にあたると考えた俺は
あくまでもポーカーフェイスは使わず、限りなく白崎宗司に近い状態での丁寧な言葉で返した。
すると少なくとも自分の気持ちは汲んでもらえたと思ったのかようやく繋いだままだった手を離してくれたおかげで、ようやく本題へと入ることが出来た。
ちなみに結界が張られていることを理解したうえであろうが、先程まであーだこーだと言い合っていたレオンとアランはというと
『おいおい、さっきは冗談で言ったけどよぉ。この馬鹿、本当に他国のお嬢様も誑し込んできたわけじゃねえよな?』
『う~ん、この場合誑し込んだというよりかはソウジ様には女誑しの才能があった、と言った方が正しいのではないでしょうか。まあ、もしレディさんのお気持ちが本気であるというのであれば僕は同級生としてではなく、アラン・スロベリアとして全力で協力する気ではいますけれど……』
2人とも俺と同じ側の人間であるためこちらの心境を察することなど容易にできるはずだというのに、完全に他人事ムーブを決め込みやがった。
あと俺が5限をサボったことはしっかりとユリーがミナ達にチクったせいで普通に怒られた。
情けを掛けてくれたのかレディのことは完全に伏せてくれたようだが………。
とはいえこれはこれで問題があった。
仮にレディのことも全てバラされていたら間違いなくあの程度の説教では済まなかったであろう。
済まなかったであろうが、あの日の出来事を知っている人がいないということは俺の中にあるこのモヤモヤを吐き出すことなど出来るはずもなく。
心の整理がつくどころか日に日にイライラが増していき、かなり限界が近付いてきている今日この頃。
今日は金曜日ということで講義自体はないのだが10時から1時間ほど所属ゼミでの集まりがあった俺は気分転換も兼ねてマイカに嘘の予定を伝え、朝食後から城内メンバーがお昼の休憩を終えるであろう13時までずっと日本の方で過ごした。
そうして今俺は自分の城の玄関前へと転移してきたところであり
結局気分転換にすらならなかったどころか、みんなに隠し事が増えたせいで逆に追い詰められた気がする。
なんて考えながら目の前の扉を開けるとどこか困惑した様子のアリス・サラ・エレナ・リーザの4人と、『これからどうしようかしら』と言った感じで困り果てているセリアの姿があった。
「えっ、なにこの状況? みんなしてこんなところで何してんの?」
「ソウジ! はぁ~、やっと帰ってきた。ちょっと早くあの二人をどうにかしてよ!」
相当ストレスが溜まっていたのか人の顔を見るや否やセリアは両手を腰に当てながら、大変ご立腹な表情でそう言ってきた。
「待て待て、一旦落ち着け。それだけじゃ何があったのか全然分からん。もう少し詳しく話してくれ」
「私達が話すよりも直接見た方が早い。サキ兄ぃ、一回リビングに行く!」
さっきまでいなかった大人が自分達の前に現れたことで少し余裕が生まれたのか、リーザは明らかに怒りながら背中を押してきた。
そんな状況に頭の中は?で一杯なのだが、他の子達も似たような表情をし出したものの誰一人として事情を説明してくれる雰囲気ではなかった。
ということで大人しく子供達に従い城内を移動、リビングへと繋がる扉へと手をかけそれを開けた瞬間
「だから、俺の何が悪かったのか教えてもらえればちゃんと自分で考えたうえで反省するし! 次から気を付けるって言ってんだろうが‼」
「人から何が悪かったのかを教えてもらわなければ分からないようでは本当の意味で私が何に怒っているのかを理解できないのは勿論、どうせ心からの納得はしてもらえないのでしょうから絶対に嫌です」
「………………」
俺の大っ嫌いな喧嘩がアベルとエメさんの2人のみで行われていた。
しかもレベルとしては俺が帰ってきたことはおろか、この部屋の扉が開いたことにすら気付いていない程までにお互いヒートアップしているという最悪な状態である。
いったいミナ達がどこまで知っているのかは知らないが俺は自分が育った家庭環境上、こういった光景を見聞きすることが一種のトラウマのようなものになっていたりする。
つまり今の精神状態でそんなものを目の前で見せられて平気なわけもなく、考えるよりも先に子供達5人を抱き寄せた俺はそのまま騎士団員女子寮 玄関前へと転移した。
ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン、ピンポーン。
「ちょっ、ちょっとソウジ⁉ あなたが最近何かにイライラしているのは知っていたけれど少し落ち着きなさい! 子供達が若干引いてるわよ!」
「………………」
ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン、ピンポーン。
「はーい、もう今行きますからそれ以上インターホンを押さないでくださいな」
「………………」
ユリーの言葉を無視して3回目の呼び鈴連打をしようとした瞬間
「まったく、どなたかと思えばソウジ様ですか。子供達もいるというのにそんなに分かりやすく荒れたりして、どうなされたのですか?」
「ちょっと何日かこの子達のこと預かってくんね」
「えっ? 別にそれは構いませんが…お城の方で何か問題でもあったのですか?」
「………………」
「はーぁ、分かりました。丁度今日、明日とお休みを頂いておりましたのでこの子達のことは私が責任をもってお預かりさせていただきます。ということで皆さん突然のことで困惑されているかもしれませんが、取り敢えず中でお話を聞かせてくださいな」
完全にガキな俺とは違いちゃんとお姉さんなユリーは、今回一番の犠牲者である子供達を安心させるために順番に頭を撫でながら鎮静魔法をかけてあげた後…そのまま寮内へと入っていった。




