第195話:零/ZERO
「それでは早速ソウジ様が出した答えを聞きましょうか」
「その前に一個だけ。ついさっき
『今更そうやって素直に甘えてきたところで、もう今の私は完全に先生モードに入っているので何もしてあげません』
って言ってたのはどこの誰でしたっけ? 自分の記憶が正しければそれを言った人と、今俺のことをぎゅ~してくれてる人は同一人物だと思うんですけど」
事実ミナの精神年齢は自身の立ち位置が王女ということもあり実年齢よりもかなり上である。
しかし最近は普通の女の子として過ごす時間が多いせいか、本人の意思とは関係なくそれが自然に逆転していることは珍し事でもなんでもない。
そこに今回の一件である。
きっとリアをはじめとする周りの人達は皆、この一週間彼女にのし掛かっていたプレッシャーや精神的負担に気付きはしていたものの誰一人としてその苦しみを100%理解することはできなかったであろう。
それに加えてきっとこの小さな体では抑えきれない程の今すぐ自分がやりたいこと、今すぐ自分がしてあげたいことがあるはずだ。
少なくとも俺が同じ立場だったのならば確実にそうなっている。
そんな背景があったからこそ今日のミナはこの短時間の間で王女様になったり、可愛い女の子になったり、ちょっとエッチで独占欲の強い女の子になったりしていたのだろう。
ここまで彼女のことを理解しているにも関わらずまだ意地悪をするのはどうかと自分でも思うが、やはりやられた分はやり返さなければ気が済まないということでああ言ってみたものの……。
流石は本物のマリノ王国が第一王女。
一度意識をそれに切り替えた以上、もうおふざけの時間はおしまいということらしい。
その証拠に俺の膝の上から近くにあった椅子へと移動したミナからは一切の感情の動きが見られないし、感じられない。
「では改めまして。まずは何故ソウジ様がレオンさんに対してあそこまでの怒りを覚え、死ぬギリギリまで痛めつけたのか。そんなあなたらしからぬ行為を行った理由を聞きしましょうか」
「単純にアイツのことが面白くなかったから」
ついでにレオンの奴のせいで久々のミナとの時間を邪魔されているこの状況も面白くない。
「もう一度聞きます。何故ソウジ様はレオンさんに対してらしくもない対応を取られたのでしょうか?」
「………ただこの世界で普通に生活してるだけでも勝手に俺に対する周囲の期待が上がり続けるし、何か少しでも行動を起こせばそれは更に膨れ上がる。こっちの気持ちなんてお構いなしに」
「………………」
ここで普段のミナならばこれ以上は言わせまいとどうにかして俺の発言を遮ってくるし、優しく抱きしめてくれると同時に頭を撫でながら
『ソウジ様は本当によく頑張っています。だからもう今日はそんなに苦しそうな表情を浮かべながら無理に頑張ろうとしなくていいですよ。また明日から二人で一緒に頑張っていきましょう』
と言ってくれるであろう。
しかし今日のミナにそんな過保護な気配は皆無。
正真正銘、何もかもが王族教育中のそれである。
「今も尚そんな生き地獄に閉じ込められているという事実から目を逸らし続けることで何とか平常心を保っているっていうのに」
「………………」
「規模は違えど俺と同じ立場にあったはずのアイツは何の迷いもなく、自分の気持ちを優先したっていう事実がどうしても許せなかったから…です」
「………………」
said:ミナ
私が出した宿題に対するソウジ様のこの回答。
それ自体には嘘偽りのない本心みたいですしなんの問題もないのですが。
先程の質疑応答の時もそうですがこっちも0点。
0点なんですけれども、それは評価対象の精神年齢が一定の基準を上回っていればの話であって
「いいですかソウジ様?」
先程までの王族教育モードから若干甘やかしモードを交えた状態でそう声を掛けた瞬間、不安げな表情から一転明らかに安堵のそれへと変化した。
とてもこの一週間ずっと周囲の人間を誤魔化し続けてみせた方と同一人物とは思えませんね。
「今回あなたが国民の皆様を相手に通して見せた、国家公認の成人向け店舗の正式運営というあまりにも無謀な提案。これをソウジ様一人で行ってみせたことは確かに凄いことです」
きっとこの世界で生まれ育った多くの人は今の私の発言を聞いたらこう思うことでしょう。
¨凄いなんてレベルではない¨
¨今日という日は間違いなく歴史に残る一日であった¨
と。
しかしここでソウジ様が成し遂げて見せたことの凄さを一から十までの全てを教えてしまえば今以上に間違った道へと進んでしまうことは確実。
だからこそ私はここであなたのことを褒めて差し上げたりはしません。
「凄いことですがそうやって何か凄いことをし続けなくとも私達は既にソウジ様の良いところを、凄いところを沢山知っています。このお城に住んでいる方々は皆さんあなたのどんな小さな成長も、大きな成長も例外なく見逃すことはありません」
「………………」
「ですからソウジ様が無理に何かを成し遂げ続けようと頑張る必要はないんですよ」
「………………」
said:―――
ソウジとミナ。この二人が部屋へと入っていってからそろそろ一時間ほどが経つだろうか。
その間ずっと扉の横で自身の背を壁へと預け、腕を組みながら目を瞑り続けていたユリーは何かを察したのかスッとそれを止め静かに姿勢を正した。
直後彼女の隣にある扉が開かれ、そこからジュースの缶に刺さっているストローを加えた状態のソウジが現れた。
そして彼は目線だけを左へと動かし、
「人のイチャイチャを盗み見とはいい趣味だな」
「王女とはいえやはりミナさんも年下の女の子ですのね」
自分が睨みつけるかのような目で見られているにもかかわらず、どこ吹く風と言った感じでそう言葉を返すユリー。
そのまま続けて
「本当は誰よりも一番ソウジ様が他人に甘えたかったでしょうに」
「………………」
「ミナさんから今回の一件に関しては絶対に褒めて差し上げないという強い意志は感じられはしたものの、同時に何か他の件で沢山褒めていただけることを本能的に察していたでしょうに」
「………………」
「あなたは自らの選択でそれを捨てこの一週間で傷付いた心を、ぽっかりと空いてしまった心の穴を埋めて欲しいというミナさんのお気持ちを優先された」
「………………」
「ご自分はまだ期待していたそれを何一つ手に入れられていないというのに」
「………………」
「今回の一件、彼女同様確かに凄いことは認めます。誰よりもソウジ様の頑張りを間近で見て、直接肌で感じて、唯一最初から最後まであなたの裏表関係なしに協力させて頂いた私が言うのです。どうぞ自信をお持ちください」
「………………」
「ですがそれを手放しで褒めて差し上げるのは間違っているというこのお考え。私も同感です。それをしてしまえば誤った認識をされたソウジ様がまた同じようなことをしようと間違った方向の努力をされることは明確ですからね」
「………………」
ここまでユリーの言葉に対して何一つ納得はいっていないものの、それが正しいということはちゃんと頭では理解しているらしくずっとだんまりを決め込んでいるソウジ。
そんな目の前の男に自身の一切を悟られることなく、つま先立ちでで正面から優しく抱きついたユリー。
誇張なしに今のソウジに勝てる人間はかなり限られているし、それは自他ともに認める事実である。
だからであろう。たった今自分の身に起こったことを脳が処理しきれず、驚きのあまり手に持っていたエナジードリンクの缶を床へと落としてしまった。
しかしそのことに対して誰かの反応が返ってくることはない。
この場にいる二人に聞こえているのはお互いの呼吸音と床にこぼれた炭酸の泡がはじける音のみ。
「でも私だけはその間違った頑張りを褒めて差し上げます。もちろん今日だけじゃなくこれからもずっとです。例え世界中がソウジ様の頑張りを否定されたとしても私だけは絶対に肯定して差し上げます」
先程までの発言とは真逆なそれと、光が消えつつも相変わらず美しい二つの瞳。
「俺の知らないところでお母さんにでも何か言われたか?」
普通はここで何かしらの反応や行動を起こしそうなものだが、どうせ誰かに何かを言われたのであろうと考えたソウジはただただ冷静にそう返す。
と同タイミングで完全に輝きを失った両目に新しく宿された怪しくも綺麗に煌めくそれ。
ユリーが正面から抱きしめている以上ソウジが彼女の目の変化に気付くことはできない。
その状況を理解しているからであろう。
ソウジの首に回していた自身の両腕を解き、そのままお互いの体を離した流れでそれぞれが己の考えのもと目と目を合わせる。
「―――――ッ⁉」
「別に。ただ私は今回の件を通して二人っきりの時だけはユリー・シャーロットを辞めようって。これからはソウジ君の全てを肯定してあげる女の子になろうと思っただけだよ」