第194話:国王と女の子
久しぶりのミナと手を繋ぎながらの会話。
何かに追われることもなく、好きな子と二人でゆっくりと歩いて
帰路を辿る時間。
その他にも今までは何とも思わなかったあれこれが今回の一件を経たためか、一つ一つが特別に感じるようになっていた。
しかしここ一週間まともな生活を送っていないのに加え、つい先程までの極限状態の維持。
いくらこの時間が今まで以上に貴重且つ幸せなものであると理解できるようになったとはいえ、限界なものは限界なわけである。
ということでミナの意見を聞く素振りすらも見せず、なんならここ一週間まともに顔を合わせていない城内メンバーに会いに行くことすらせず黙ってそのまま自分の部屋へと帰ってきた。
ちなみにこの間ミナの口からは一言の文句も注意も何もなく、ただただずっと何気ない会話をしていただけ。
そう、不自然なまでに何もないのだ。
………普通に怖い。
なんてことを考えながら自室の扉を閉めた瞬間、凄い勢いで抱き着いてきたかと思えば人の胸に顔を埋めながらくぐもった声で
「う~、本当はあっちのソウジ様は出したくなかったのに~。ソウジ様の成長の為とはいえ本当に申し訳ございません」
「………………」
そんな反省の言葉を述べてはいるものの明らかに声色が甘々のそれである。
「………………」
「………………」
つまり
「………………」
「………………」
確かに先程の件に関してミナは罪悪感を抱いてはいるものの
「………………」
「………………」
それを軽く上回るだけの何かがあるということで
「………………」
「………………」
一体それは何なのかというと
『はぁ~、久しぶりのソウジ様の体温、感触、匂い♡ えへへ~、他の方達には申し訳ないですがこのまま私が全部独り占めしちゃいますし、堪能しちゃいます♪』
相変わらず女心がよく分からない俺だが、実は最近婚約者の子達且つ限定的場面だけではあるものの相手の考えていることを読み取ることができるようになっていたりする。
ということで時間が経つにつれて抱きしめる力が己の欲求と連動してどんどん強くなってきているミナちゃんの声でそう言ってやると、凄い勢いで顔だけ離してき
「そそそそそっ、そんなはしたないこと一切考えていませんよ⁉ 本当ですよ‼」
「じゃあちょっと今からリアのところに行ってきていい?」
「駄目です‼」
「………………」
「絶対に駄目です‼ 今この場にいるソウジ様は誰が何と言おうと私だけのソウジ様なんです‼ だから他の人のところに行くなんて絶対に許しませんし、名前を出すことはおろか顔を思い浮かべるのも禁止です‼ 私のことだけを見て、考えて、頭の中をいっぱいにしてくれなきゃ嫌なんです‼」
あれから数分後。
独占欲にまみれたミナにあのまま抱き着かれているのも悪くはなかったのだが、時間が経つにつれて立っているのがきつくなってきた俺はそれをミナに悟られないよう自然な形でベッドへと誘導。
そのまま俺が普段ミナ達にしてもらっているように膝枕をしてやりながらゆっくりと頭を撫でている状況である。
「むぅ~、本当はこれも私がソウジ様にしてあげたかったことの一つなのに。いつものソウジ様だったらこういう時、自分から素直に甘えてきてくれるのに…なんだか今日のソウジ様は少し大人で可愛くないです」
そうミナが発した言葉に対して自身の態度や表情が明らかに真逆なそれだったため、
『そうやって素直になれないならもう止めてもいいだぞ』
といったニュアンスを込めて
「別に嫌なら止めてもいいんだぞ」
と言うとミナは唇を尖らせながら
「それは駄目です。さっきも言いましたが今は私だけの旦那様なんですから、ちゃんと私が満足するまで一緒にいてください」
「俺の可愛いお嫁さんが素直にそう言うのであればいくらでもお相手しますよ。って言いたいところなんだけど、その前にこの空気を壊すのにうってつけな話をしておかなきゃな」
「………………」
「そんな不満そうな顔するなよ。第一この宿題を出したのはお前だろうが。それとも何か? ミナは今以上に良い雰囲気の中で突然この話題を振ってほしかったのか?」
「っ~~~」
今以上に良い雰囲気という言葉に対し、頬を赤く染めながら若干もじもじし出すという実に分かりやすく…そして王女らしからぬはしたない態度を取り出した彼女の姿に内心興奮を覚えつつそれをぐっと抑え込んでから
「何も言わないってことは話を進めてもいいってことでいいのか? それとも逆にミナは新手の焦らしプレイをご所望だったか? 俺も焦らしプレイは嫌いじゃないけど、そういう雰囲気の最中に自分の好きな子が他の男のことを考えてるとかいう寝取られプレイもどきはちょっとなぁ……」
「そんなもの私だってお断りです! それから意図的にその場の空気を一瞬で変える為の話術をソウジ様に教え込んだのはどこのどなたですか? 私の貴重な時間を台無しにされたことに対する文句をあとで言いに行きますから今すぐ教えなさい」
「俺の可愛いお嫁さんがそんな怖~い王女様みたな顔しながら怒るなって。ほら、今度はどんな態勢がいいんだ? まだ膝枕のままでいいか?」
「………ご機嫌なところお邪魔するようで大変恐縮なのですが、ミナお嬢様がこの態勢をご所望なさった理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
先程まで主導権を握っていたはずの俺が何故こんな質問をしているかというと、全ての原因はお互いの格好にある。
「理由…ですか? そんなのこうすればお互い相手の顔を見ることが出来るだけではなく、もしも目の前にいる想い人に甘えたくなったのならば自身の感情に従って即それを実行できる態勢の一つだからに決まっているじゃないですか」
今俺の膝の上にはミナが真正面を向いた状態で座っている且つ、お互い両腕は相手の腰へと回している。
しかし俺達の間には丁度人一人が入れる位の空間が空いていたりする。
つまり先程ミナが言った通りどちらかが甘えたくなったのならば自身の腕の力を強めればいいという訳なのだが……。
好きな女の子が自分の膝の上に座ってこちらを見つめてきているだけでも拙いというのに、この五感全てと三大欲求のうちの一つをいい感じに刺激してくる絶妙な距離感。
「そ・れ・と、ソウジ様は相変わらずこういった状況には弱いですからね」
「………………」
「大人なソウジ様もいいですが、そうやって恥ずかしがっているソウジ様も可愛らしくて良いですよ~♡」
「っ~~~」
誰だ、昔はキスするだけで恥ずかしがってた王女様を女王様にした奴は。
「ふふっ、それではソウジ様のご希望通り先週私が出した宿題に対する答えを聞きましょうか」
とそこで言葉を切ったミナはスッと自分の口元を俺の耳元まで持ってき小声で
「(お互いの体が触れそうで触れていないこの距離感。でも私の体温や匂いが感じられるこの距離感。………別に答え合わせなんて後でもできるのですから、まずはこのまま…ソウジ様がしたいことをしてもいいんですよ? )」
………………。
「ちなみにミナが思う俺がしたいことって何なんだ? ちょっと口に出して言ってみてくれよ」
「そそそそそっ、それはですね!」
「それはですね?」
「それは…その……」
「その?」
「そ、の……ぅ~~~。そんなことよりも早くソウジ様がこの一週間で出した答えを私に聞かせてください! 大体あなたの先生でもある私が授業中に生徒に対してエッチな誘惑などするわけないじゃないですか‼」
この発言からも分かる通り恥ずかしさから顔が真っ赤になっているだけでなく、とうの昔に真横にあったミナの顔は元の位置へと戻っている。
俺の先生として一切の甘えを見せず今日までずっと一人で頑張ってくれた女の子に対して、今のはちょっと意地悪し過ぎたか?
「………………」
「なっ、なんですか? そんなに私の顔をジッと見て―――きゃっ⁉」
「やっぱり好きな子をこうやってぎゅ~ってするの好きだわ。自分が精神的に追い込まれるとそれをしたくなる癖があるにも関わらず、ずっと我慢してたから尚更これいい~」
「………今更そうやって素直に甘えてきたところで、もう今の私は完全に先生モードに入っているので何もしてあげません」
「ミナとこうやってくっ付いていられるならあとは何でもいいよ」
個人の感情を優先して若干横道に逸れたとはいえ、これで予定通り本来の目的は達成できそうだしな。