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第193話:――――――

「そんなに顔を真っ白にしながら初代さんのお墓の前で立ちすくしてどうしたんですか、レオンさん?」


レオンと同じく初代のお墓参りに来たのか手には花束とお供え物らしきお酒を持っている●●●は、自分が目の前にいるにも関わらず何の反応も示さないどころか目の焦点が合っていなかったり呼吸すらしていない彼のことを不審に思ったためかそう声を掛けると


「はぁっ⁉ おい、ソウジとあのふざけたスケはどこに行きやがった‼」


正気を取り戻すや否や…折角あの二人がいなくなったことで再びこの場に相応しい静寂が流れていたというのにもかかわらず、場違いもいいところなほどの怒声でそう目の前の女性に対して問いかけた。


それに対し相手の女性はこういったことには慣れているのか、はたまた最初からレオンがこういった反応をしてくるであろうことが予測できていたのかは不明だが特段驚いた様子はなく


「ソウジ様とミナ様のお二人でしたらつい先ほどここの出入り口付近ですれ違いましたよ。………普段外ではそういった言葉を使わないよう気を付けているにも関わらず咄嗟にそれがあなたの口から出たということは、画を描いていたつもりが逆に描かれていた…といったところですか?」


自分達の会話を誰かに聞かれたくないのか●●●も業界用語を交えつつ、実に愉快そうな表情を浮かべながらそう問いかけると


「最初からソウジの周りにいるスケ達が何かしらの画を描いているであろうとは思っていたが、あれはマジでヤベェ。登場人物全員がいかれてやがる。もしあの場で俺が引き際をあと一歩間違えていたらと考えるだけで今すぐバクれたくなるね」


「それはそれはご愁傷様ですね。いえ、ご愁傷様なんて言葉では全然足りなかったでしょうか? なんせソウジ様の周りには奥様方の他にもたくさんの味方が、あの方を大切に想っておられる方々がおられますからね。例えば…元お宅のお嬢さん二人とか?」


余程目の前の男が嫌いなのか長年携わっている仕事の影響で本人の性格や人格とは関係なく勝手に染みついたであろう柔らかな雰囲気とは裏腹に


彼女は普段通りの柔らかい表情であるにも関わらず唇の両端はこれでもかという程までに吊り上げ、目は口ほどに物を言うという言葉通りそれ以上に厭らしい目を浮かべていた。


この女性のことを少しでも知っている人が今この場にいたのならば間違いなく皆口を揃えてこう言うだろう。


『これは●●●ではなく別人だ』


否、突然の変わりようにパニックになり上手く声を発することもできずただただ泣き出す子供も少なくないであろう。


別にこれは私が大袈裟に表現しているとかではなく、それほどまでに●●●の変わりようが凄まじいのだ。


しかしそんな彼女の二面性を最初から知っていたのかレオンは自身の中にある怒りを一切隠そうともせず、再び本業モード全開で


「随分と愉快そうじゃねえか。俺がカタにはめられたのがよっぽど嬉しいかったようだな? ついこの間までお互いの利益が為だけに真っ黒な手を仲良く取り合っていたっていうのに、例の件をきっかけに自分は足を洗ったからもう関係ないってか? 表向きにはいち聖職者であるはずのアンタがそんな簡単に手のひらを反してちゃ他の奴らに示しがつかねえぞ」


「私の態度なり言葉が気に障ったのであれば…あなた達流に倣ってこの場でエンコを詰めましょうか?」


エンコを詰める。つまりこの女性は今、自ら自分の指を切りましょうか? と提案したのである。


にも関わらず相変わらず実に愉快そうな●●●と、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべているレオンというこの奇妙な光景。


ここで一つレオンと●●●に関する情報だが


今更言わずもがなレオンはかなりの戦闘力を有しているし、その道のプロである以上たとえ彼が行った殺しを王族貴族が本気で調査しようともしっぽさえ掴ませないであろう。


それに対して●●●はというと、戦闘技術は皆無。それに関しては丸っきりのド素人。もちろん隠し玉なんてものも存在しない正真正銘ただの一般人。


だというのに何故こんなにも彼女は強気でいられるのかというと


「まあ、その時はソウジ様が……いえ、この国のお偉い方が黙っていないでしょうけどね」


「………………」


「別に私は飼い主様が変わっただけであって元よりプライドもへったくりも持ち合わせていませんので、生憎レオンさんの心境を察することはできませんが…今のご主人様にしっぽを振らない人はあの方と対等な関係を築いているか、何か他の理由があるごく一部の方々を除いてどこにもいないと思いますよ。……個々人、集団、組織、国……そしてあのギルドすらも」


「………………」


「『弱い者からは吸い上げ、強い者には即取り入れ』そう初代さんに教わらなかったのですか? 人間時には諦めも肝心ですよ。………それともあの子の父親に代わってお義母さんである私から言ってあげましょうか?」


「ッ⁉」


ここまでどんなに煽られようとも無反応を貫いていたレオンだが、●●●の最後の言葉を聞いた瞬間…ほんの僅かにだが確かに反応があった。


そして職業柄かただの一般人にも関わらずそれを見逃さなかった彼女はこれまでの人間の醜さを凝縮したような表情ではなく、普段のそれでもなく…とある子のお義母さんとしての人格で何かを言おうとした瞬間


レオンの中で何か決心がついたのか再び初代の墓前へと向き直った。そしてそのまま膝を折り


「親父……。この一週間、一番ソウジの隣に居たのは間違いなくこの俺だ。そしてアンタの遺言通りしっかり見極めさせてもらった。俺達のタマを預けるに値する男なのか……そして何よりもアンタ達夫婦にとってかけがえのない宝物を渡しちまっていいのかってことをな」


「………………」


いくらここが魔法の存在する異世界であるといっても当たり前のことながら死人が喋ることはない。


しかしレオンには初代の声が聞こえているのか、はたまた勝手に脳内で彼の言葉を予測しているのだろうか。その答えは本人達にしか分からないし、●●●を含め我々部外者は知る必要もないであろう。


「最初は世間知らずのガキが調子に乗りやがってとか、どうせアイツも他の奴らと同じでウチの従業員のことを下に見ているんだろうとか考えてたんだけどよ……実際はなにも分からないガキなりに毎日一人で勉強して、色んなことを考えて、挙句の果てには自分の睡眠時間まで犠牲にして…俺達の大事な家族の人生相談にまで乗ってやってくれたんだぜ。ホント、馬鹿だろ?」


「………………」


「そんな馬鹿なクソガキだけど…ソウジ・ヴァイスシュタインっていう男は宣言通りたったの一週間でこの国の住民達に政府公認の花屋の運営を認めさせやがった。しかも少し前に話した通り戦闘力も折り紙付きときたもんだ」


「………………」


「流石にここまでやられちまったら俺達も認めてやらず負えないってもんだろ?」


「………………」


「でもよー、アイツ一人にしとくと危なっかしくてよ。現にこういうソウジの善意に付け込んで甘い汁を啜っている、弱者の皮を被った底なしのクズ聖職者とかいるし」


間違いなくレオンは自身の後ろで黙って立っている人物のことを言ったのであろうが、本人には本人なりの正義があり、守るべきものがあるからだろうか。どこ吹く風といった感じで完全に聞き流していた。


しかし今の彼にとってそんなことはどうでもいい…というよりかは初代とレオン二人っきりでの会話といった感じなのであろう。その為先ほどの言葉に続けて


「だからこれからは俺も一緒に着いててやろうと思うんだ。……つうことで取り敢えず俺とアンタで親子の杯を交わしたように、今度は俺とソウジで兄弟の杯を交わそうと思う」


「………………」


「てことでまあ、少なくとも俺はアイツのことを全面的に認めてやることにしたけれどよ……あとはそこにいる義母の話でも聞いて判断してくれや。んじゃ、また来るわ」


そう会話を締めたレオンはスッと立ち上がると●●●に何かを言うわけでもなく、黙って出口を目指して歩き出したのもつかの間のこと…勢いよくその場で振り返り


「最後の最後にとんでもねえ遺言なんて残しやがって‼ 聞かなきゃよかったぜ、この馬鹿親父が‼」


口ではそんなことを言いつつも、実に楽しそうな表情を浮かべながら大声で叫んだ後…再び彼は前へと向き直り歩き出した。

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