第192話:人為的に作られし人格の片鱗
今更そうやって慌てて本当のことを話し出そうとしようが今の俺にはレオンによる全てが嘘にしか見えないし、聞こえない。
「………帰るぞミナ」
ミナによって抱き着かれている自分の右腕をそっと抜き、そのまま彼女の左手を握り一人先に出口へ向かうため後ろを振り返り…歩みを進めようとすると
ミナは特に何かを言うわけでもなくただただ優しく手を握り返してき、ちょっと小走り気味に再び俺の隣にやってきて…一緒に歩を進めながら
「これから先も何があろうとずっと変わらず私はあなたの味方ですし、行く先々にどんな困難が待ち受けていようとも必ず隣をご一緒する…あなたの最愛の妻であり続けます。もちろんソウジ様に何か危険が迫っていればそれを未然に防ぎますし、相手が何者であろうとも絶対にお守りもして見せます……と言いたいところですが既に私は一度あなたのことをお守りするこができなかった」
「………………」
「ですからそんな無責任なことはもう二度と言いません。ですが可能な限りの努力はしますし、もし今回のように悪意を持った者からの攻撃によって傷付いたのであれば私が付きっ切りでそれを癒してあげます。ですから……どうかこれからも今まで通りのあなたで、ソウジ・ヴァイスシュタインではないあなたで。この世にたった一人しかいない本当のあなたで。私が好きになったそんなあなたで。白崎宗司でいてください」
こんだけ己の身をもって他人の悪意を、人の努力を踏みにじるような行為を散々された奴相手に…ましてや自分の将来の旦那に対してそんなお願いをするようになるなんて……随分と我が儘なお姫様になったもんだな。
あまりにも我が儘が過ぎるせいで他の子達がこの場にいないことをいいことに、一人だけ抜け駆けをしようとしている腹黒さが可愛く見えるね。
まあ、そんな我が儘で独占欲が強いミナも可愛いけど。
「ふん、俺はお前達に見捨てられないようにっていう一心で勝手に突っ走って簡単に命を懸けるような人間だぞ。そんな奴が好きな女の子から直接お願いされたってなったら、何がなんでもその願いを叶えなきゃだろうが。……って言ったらミナは怒るんだろうな」
「むぅ、分かっているなら最初からそんなこと言わないでください! その様子ですとまだ自分では一体何が悪いの全く理解できていないのでしょう?」
「………………」
そうミナに図星を突かれたため俺は無言を貫いていると、少し離れた場所から俺達の背中に向かって
「おい、ソウジ! 確かに俺はこの一週間常にお前が隙を見せる瞬間を狙い続けていたし、その時がくればなんの迷いもなく即裏切るつもりで行動を共にしていた。お姫様に言わせれば底なしのクズ男だ。でもよ、それは今お前の隣で味方面してるお姫様にも言えることなんじゃねえのか?」
最初は無視するつもりだったのだが、ミナの名前が出されたともなれば話は別である。
ということで一旦その場で立ち止まり…しかし後ろを振り向きはせずにそのままの格好でいるとアイツは続けて
「お前、もしかしなくても今回の件を含め…ほぼ100%の確率で自分の為ではなく自身の周りにいてくれる大切な存在の為だけに頑張ってただろ? それこそ文字通り命懸けでやってたことだって少なくないはずだ」
「………………」
ここまでの話を聞いて二代目が一体何を言いたいのかは理解できたものの、決定的な間違いが一つだけある。そのため最後にそれだけはちゃんと自分の口で訂正してから帰ろうとしたのだが
その前に俺と同じくアイツに対して背中を向けたままの状態で
「はーぁ、まあ先程私はそんなソウジ様の心理を利用させていただいたわけですし今回の件については目を瞑りますが……」
と一度そこで言葉を切ったミナは顔だけ振り返り
「私とソウジ様の間には目に見えない、しかし確かな信頼関係があります。そしてあの瞬間、あの場にはソウジ・ヴァイスシュタイン様を成長させられるきっかけがいくつかありました。だからこそ私はあのような禁じ手をこの方に対して使いました。……この言葉の意味、レオンさんなら分かりますよね?」
「ははっ、国王であるソウジ・ヴァイスシュタインと…この世にたった一人しかいない、お姫様が好きになった本当の白崎宗司は全くの別人格だからセーフってか? その思考といい、今この瞬間俺にだけ見せているその表情といい…とんだ極悪非道王女だな、おい」
「別人格として考えているという点に関しましては嘘偽りのない事実ですので否定しませんが、私は冷酷な国王ソウジ様も無邪気な一般人ソウジ様も…両方大好きですし、その両方を狂おしいほど愛しております。……ですのでこの方の為ならば私はどんな極悪人にでもすぐになって見せますよ?」
「んなこと俺がさせるわけねえだろ。ほら、さっさと帰るぞこのヤンデレ王女が」
こうやって直接本人の口から国王としての人格と一般人としての人格の二つを作ろうとしている云々という話を聞いたことはなかったが、普段行っている王族教育や模擬戦の最中になんとなくそれは感じていた。だから別に今更驚きはしないし、ショックも恐怖心も何もない。
まあ俺にはよく分からないがミナ達が入念に計画を立て、それを嘘偽りのない愛情と組み合わせた形で実行してくれているおかげなんだろうな。
「誰がヤンデレ王女ですか、誰が‼ あなたにとって最愛の妻であり続ける健気で可愛い奥さんに向かって失礼な!」
いったいミナが二代目に対してどんな表情を向けていたのかとかは知らないが、少なくとも今こうして俺の隣で手を繋ぎ、ふくれっ面で顔を覗き込んできている彼女は見紛うことなく正真正銘、白崎宗司にとって………。
「知ってるかミナ? 最愛って言葉は『一番愛していること』を意味していてだな―――」
said:■■■■■
レオンとしてはソウジの婚約者であり絶対的な信頼を寄せているどころか、今となっては完全に無防備な状態で身を預けている相手であるミナも自分と同じ側の人間だぞと。
あの場でその点を突けばミナ・マリノはともかく白崎宗司の心を再び揺さぶることはできたであろう。当事者であったレオンを含め多くの者がそう判断し、彼のように実際に行動に移す人も少なくなかったはずだ。
なんたってこっちは最悪命が懸かっている状況……というのは流石に大袈裟だが、本来の予定とは全く違った結末を迎えたとはいえ折角手に入れた大チャンス。
大チャンスどころか、この機を逃がすなどという選択肢は愚策中の愚策。論外である。
例え彼らが17年間掛けて進めてきた計画をたったの数ヶ月でパーにされてしまったことがどんなに面白くなかろうとも、自分達のこれまでの努力とプライドを踏みにじってきたソウジ・ヴァイスシュタインのことが憎かろうとも…である。
だからこそせめてものという一心であの瞬間レオンはほんの微かに見えた一筋の光に手を伸ばしたし、それを起点に全身全霊を掛けて今回の一連の件をお相子に持っていこうとした。
しかし結果は惨敗。蓋を開けてみれば両人ともに底が見えないレベルで頭がいかれていていた。
もしそんな二人にあのまま食い下がっていたのなら、今頃彼は一体どうなっていたのだろうか? それは本人にも分からない。否、分からなかったのだ。
つまりあの伝説の喧嘩師と杯を交わし、ともに国を相手に戦い続けてきた男でさえ瞬時にそれを理解させられてしまったということである。
しかし彼にとってそれはまだ序章に過ぎなかった。