第177話:結局どこまでいっても普通の女の子…みたいなユリー・シャーロット
「………………」
「まさかとは思うけれどこの期に及んで何のことを言っているのか全く分からないなんて言わないわよね? 冗談でもそんなことを言ってみなさい。………そんな戯言を吐いた瞬間殺すわよ」
自分が一国の王妃になってからというもの誰かの前でこんな風に普通の人間らしく感情的になるなんてことは滅多になかったどころか一度もなかったというのに……
いつもはどんなことがあろうとも自身の感情をコントロールし場合によっては見えない箱の中にそれを封じ込めるだけでなく幾重にも鍵を掛け
記憶から完全に消えたと脳が錯覚する程のとてつもなく深い場所へと閉じ込めていたはずだったのにも関わらず勝手にそれが開き、心の奥底から浮上してき、一番最初に感じたあの感情が鮮明に蘇り
そしてたった今私は数百年ぶりに完全に自分の意思とは関係なく
ただただ言いたいことだけを言い
とてつもない満足感を得たと同時に先程まで頭に上っていたはずの血がサーッと引けていくにつれてどんどん頭の中が冷静になっていくこの独特な嫌~な感覚。
そんな久しく感じていなかった一般人特有のそれを痛感させられたと同時に後先考えずに口を開いてしまった己の失態に対しての後悔という波が襲い掛かってくるよりも早く
なんで私の目の前にいるこの子はここまで言われてもなお、何も言い返してこないのかしら?
そんな疑問が頭の中に浮かんだと同時に、完全に意図してのものではないものの冷静になった思考をフル回転させながら注意深く観察すると
確かに一定以上の付き合いがないと気付けないくらいには分かりにくいものの、相手に自分の気持ちが悟られないよう意識しながらも悔しそうな表情を浮かべ、しかしそれは顔のみの話であり爪が手のひらに食い込んでおり今にも血が流れだすのではないかと心配してしまうほどギュッと右手を握りしめらているの、に―――ッ⁉
それの感情とは真逆の…貴族のお嬢様らしくどんな状況であろうとも自身の立場を第一に考えていることが窺える優雅でありながらも腹の奥底が全く見えない王貴族間でよく見るあの独特な雰囲気を纏った状態でソウジの右手を握っている左の手………なるほど、ね。
「………ふ~ぅ、生憎私はアンヌみたいに魔法の方はあまり得意じゃなくてね。正直この結界を維持し続けるのも簡単じゃないどころかこう見えて実は結構限界が近かったりするから手短にお願いしたいところなのだけれど」
「………………」
「さっきの大人げなさ過ぎた自分の行動に対する謝罪の意味と、いくら私個人としてははらわたが煮えくり返る程今のあなたのことが気に食わないとはいえ遠くない未来では他人じゃなくなっている可能性がある以上この空間が維持されている間だけなら話を聞いてあげてもいいわよ?」
別に改まって話を聞かずとも一から十までの全てを理解できてしまっている以上、正直私が嫌いな女相手にこうして無理をし続ける義理も理由もないのだがそこに最愛の息子であるソウジが関係してくるともなれば、いくらその子自身が思い出させてくれたものとはいえ己の一時の感情に任せて行動を起こすなど愚策中の愚策。
という感じで実際は謝罪の気持ちもへったくりもないのだがそこを何とかグッと堪え、この数百年間という私達にとってはあまりにも長すぎる時間を掛けて作り上げたレミア・マリノという数あるうちの1つの人格として話し掛けたつもりだったのだが
「………そのご様子ですとレミア様的にはこの方達のお母様としてではなく一国の王女、レミア・マリノ様として声をお掛けになったつもりなのでしょうが今の貴女からはその両方が感じられましてよ?」
「あら、私ともあろう者がそんな初歩的なミスをするなんていつぶりかしら? という嫌味兼自慢はまた今度にするとして…その美しい顔の右半分は悔しさに歪められ涙を流しているにも関わらず、もう一方の左半分は相変わらず何も読み取れない王貴族特有の嫌~な表情。随分と器用なことをするのねユリー・シャーロットちゃん?」
「………言われた側の気持ちなど一ミリも考えられていない、嘘偽りなく心の奥底から湧き上がってきたのであろう本心という名のご自身のお気持ちをただただ勢いに任せて後先考えずに発せられている時並びに発せられた直後の高揚感に満ちておられる雰囲気から一転、まるで自軍が圧倒的不利な戦場にて自分の喉元に敵の剣先を押し付けられているかのような絶望感を思わせる血の引きかたとあの表情」
「………………」
「私が家を追い出されると同時に強制的に旧ボハニア王国の騎士団に入団することになり、そこで出会ったリサさんとミリーさんのお二人とともに過ごしてきた今日この頃までの間にそういった状況を目の当たりにしたのは一度や二度ではありませんでしたし、なぜ頭では駄目だと分かっていてもそういった言動をとってしまうのか…個人的な憶測にはなってしまいますが理解しているつもりです」
「つもりなのにも関わらずユリー・シャーロットのあなたは同い年であり同性でもあるその二人のように後先考えずに行動してしまったことはおろか同じ気持ちを抱いたことすらないと」
そう敢えて相手を挑発するような表情や声色で言うとこちらの狙い通り右手の方に表れている感情が強めに反応したらしく
「今レミア様が仰ったことは全て事実ですし、それを目の当たりにする度に心のどこかで羨ましいという感情が確かにありました。ですがこれほどまでに羨ましいと! 悔しいと‼ 思ったことは一度もありませんでした‼」
「………それがあなたの今の気持ちということで受け取っていいのかしら? もしそうであるならば今すぐにでも――――」