第174話:剣舞姫の逆鱗に触れし者達と、触れに行きし者
………今回の計画を進めるにあたりソウジに対しティアはほぼ全てを五歳児にしている。
そのため子供特有の言いたいことを上手く言葉にできないというごくごく当然の、年齢相応の自然な様子を見せてくれる反面家庭環境がという言葉だけでは到底説明がつかない違和感。
この不快感のせいで私の中にあるイライラが限界に達する寸前であると同時に、もう今すぐにでもこの計画を止めて少なくともこの子が落ち着くま………。
あーーー、もうっ‼ そうよ、ソウジが落ちつくまでってのも嘘じゃないけけれど一番の理由は私の気が済むまで昨日みたいにこの子の母親として一緒に色んなことをしたくて仕方がないのよ‼
白崎家、ヴァイスシュタイン家、マリノ家、ベルナール家、アベラール家、etc.の誰よりも私がこの子を独り占めしたくてしたく堪らないし、さっきの言葉は冗談でも八つ当たりでもなんでもなく本当はブノワ抜きの二人だけで楽しくお出掛け親子デートをしたかったっていうのに‼
―――ちなみにこのことを後から冷静になって思い出すといくらソウジのことが愛おしくて仕方がないとはいえここまで完全に飲み込まれてしまっていたとはと、あまりにもうちの子の魔性さが凄過ぎるためイリーナをはじめとしたマリノ家に仕えてくれているメイド達が余計なちょっかいを出したりしないだろうかと心配になったりなんなりでまた一歩わが子にベタ惚れになったことは置いといて。
(………ようやく動き出したわね。この感じだとあと数秒後には仕掛けてくるってところかしら?)
一応マリノの王妃をやっている私とその旦那にしてマリノ王国の国王ことブノワの二人がただ息子の国を歩いているだけなら今更何の問題も無いのだが、今日に関してはこの国の国民にとっては全く面識のない子供ソウジが一緒であること。
また今回の計画を進めるにあたり協力者が多いに越したことはないということ。(………ついでにこれ以上私の楽しみを邪魔されたくないetc.)
という2つの理由から
あらかじめミナが国内各所に設置してあるモニターやスピーカーを使って事情は説明済みであるが故に実は家を出た時からずっとソウジのことを付け狙っている奴らが5人ほどいたのだが、これがまたワザと下手くそな尾行を行って私のイライラを増させているんじゃないかと疑いたくなるほどの酷さ。
まあ、この私に気付かれずに近付ける人なんて片手で数えられるほどしかいないけれどね……というものは置いといて。
(どうせこの国の警備隊の方でもこのことに関しては最初から察知して気付いているにもかかわらず現在進行形でなんの動きも見せないということは、今この国にいる者だけでなく他国でこの子のことを面白くなく思っている連中に対する見せしめの意味も込めてあいつらを現行犯で取り押さえたい)
(もっと詳しく言うならばヴァイスシュタイン王国の警備システムの凄さ等を見せつけてたとえこの国の重鎮はおろか国民一人ひとりがどんな状態にあろうとも、何をどうしようが無駄であると再度釘をさしたいのでしょうけれど……)
(あと数秒後に警備室に設置してある転移システムを使ってそれをやりに来るであろうソウジ専属護衛騎士の小娘3人にこれ以上デートの邪魔をされたんじゃ堪ったものじゃないからね、この計画を考えたであろうミナ達には悪いけれど…こっちはこっちで勝手に動かせてもらうわよ)
そう心の中で思ったと同時に一応念話を通して自分の心の声が聞こえるようにしておいたため私の今後の行動等全てを把握済みであるブノワは呆れと不満が入り混じった表情を浮かべながらも完璧にタイミングを合わせてきたのを受け、このままソウジに気付かれないよう片付けてしまうつもりだったのだが
これ比喩でも強がりでも何でもなく私達二人がそこら辺のSランク冒険者ごときでは残像すら見えなかったであろう速さでお互いソウジから手を放し、目障りなゴミ共を排除するために振り返ったはずだというのに目の前にあった光景といえば
1人は右腕を、1人は左腕を、1人は右足を、1人は左足を、そして最後の1人は首を切り落とされた状態で地面に倒れており普通に考えて1人以外は全員痛みに苦しみはすれど死ぬ程ではないにも関わらず己の思考が何故まだ生きているのかと疑問に思ってしまうほどの
よく戦場などで見かける心臓が止まった後も脳が完全に死ぬまでの数秒間だけ苦しみ続ける兵士のように、しかしこの5人は間違いなく死ぬことはないであろうという長年の経験と勘がこれでもかというほどまでに訴えかけてくるという不気味な状態と
「………………」
周囲にいる一般人同様まだこの場で何が起こったのかすら気付いていないかのようにただジッと背中を向けて立っている小さいままの……返り血を全身に浴びたソウジの姿。
そして私とブノワが動き出してから1秒程が経った頃、ようやく自分達の周りで何が起こっているのかを理解できるようになったらしい人達が悲鳴を上げたり、それに釣られて野次馬がやってきたり、逆に人それぞれ理由は違えど足早にこの場を離れて行く人達がいたりと他にも三者三様といった感じで数えきれない程の反応がある中
あれからまだ2秒しか経っていないというのに警備室に設置してある転移システムを使用してやってきたらしいリサとミリーの2人は軽くこちらに頭を下げてきた後手慣れた感じで各々の仕事を始めたの受け
流石はあのティアがアベルを除いた騎士団員の中で唯一認めている3人のうちの2人だけはあるわね。
なんて感心していたのもつかの間のこと。どうやらその3人のうちの1人はこちらの予想を軽く上回る程の実力を身に着けていたらしく
「駄目ではないですかソウジ様‼ いくらご自身がお強いからとはいえこんな危険なこと絶対になさってはいけないと私いつも言ってますわよね?」
いくら騎士団員の一員とはいえ元はかなり高位のお嬢様だったというのに自身の洋服や手足が汚れることなどお構いなしといった感じで地面に膝をつき、お説教の相手ことソウジと強制的にでも目を合わさせるためにコンマ数秒の迷いもなく返り血を浴びて汚れている肩を掴みながらそんなことを言うとあの子的にはそれが面白くなかったらしく
「………ふんっ」
「『ふんっ』ではなく他に言うことがありますわよね?」
(こうやって彼女達が現場で仕事をしている姿を見るのは先日のクロノチア兵との戦争の時以来ですが特にあのユリーという子…随分と凄い成長速度ですね。……人は何か守りたいものができると言葉の通り一生懸命になる、ですか)
(なによ、言いたいことがあるならハッキリ言いなさいよ。怒らないから)
(確かに怒りはしないかもしれませんが言ったら絶対に今以上に不機嫌になりますよねレミアさん?)
「ないもん」
「はぁ、そうですか。じゃあ私はもう知りません」
そうユリーが言うと一応パッと見であの子が怪我をしていないことを確認済みであるとはいえ返り血すら拭いてあげることすらせずに立ち上がっただけでなく、どこかへと歩き出そうとした瞬間
(いつもだったら俺のことを怒りながらもどこか怪我をしていないか直接体を触って確かめてくれて、なにもなければそのままギュッてしてくれるし…ちょっとしたかすり傷程度でもあった時には更に怖くなりつつも本当は凄く、すご~く、優しくなって魔法でそれを直してくれるのに)
いつもとユリーの対応が違うせいで軽く困惑しているせいもあってかソウジは涙目になりながら彼女の服の裾を血まみれの手でギュッと掴み
「ぅ~ん、ごめんなさい。もうしないから許して」
「口だけのごめんなさいはもう聞き飽きました。ですのでこれからはどうぞご勝手にしてくださいませ」
「ん~ぅ、ごめんなじゃい‼」
「………………」
「ねぇ、ごめんなざぃ! ごめんなじゃぃってば!」
「先ほども言いましたが口だけの謝罪はもう聞き飽きましたし、なによりも私にはまだ仕事がありますので早くその手を離してくださいな」
(あ~あ、今日ユリーが着ている服にして今ソウジが一生懸命裾を握りしめ、引っ張っている服ってあの子が持っている物の中で比べてもかなりの値段がするブランドものでしょうに)
「ぅん、行っちゃヤダ! もうじないがら…ゆるじでぐだじゃい‼」
(血を落とすのだってそう簡単じゃないのにそのままの状態で無理やり歩き出そうとしちゃ裾が伸びちゃうわよ。って、既にソウジのことを引きずりながらゆっくりと前へ進んでいる時点でもう遅いけど。………こちらに向かって、ね)
「人の可愛い息子を泣かせただけでなく引きずってまでして私達の前に歩いてきて、一体何を言いに来たのかしら?」
「確か私達ソウジ様専属護衛の3人はミナ様をはじめとした奥様方はもとい、この方のご両親であられるレミア様達4人から護衛及び監視の仕事と一緒に総合教育の方も申し付かっていたかと思うのですが。それから何か言いたいことがあるのはそちらではないのですか……レミアお母様?」