第173話:母の目に入らぬ限り祟りなし
「ほら、そうやってパパとの距離を開けていると変な人達がその間に無理やり入り込んできたりして危ないかもしれないから嫌でも我慢して手を繋ぎなさい」
「イヤッ! 絶対にイヤッ!」
「………………」
「あなたもさっきから落ち込んでないでちょっとは自分から仲良くなる努力をするなりなんなりしなさ―――」
(家にパパがいなかったからてっきり母さんと二人で食べに行くと思ったら玄関になんかいたし、なんかついてきたし……また始まったし。やっぱり来なきゃよかった)
今の会話の内容は兎も角ミナやリアーヌがこの子と同じ歳の頃は、というか普通の子供ならこれくらいのことではここまで酷い心情にはならないでしょうに………チッ、この子の両親はうちのソウジにどれだけの負の感情を植え込んでくれたのかしらね、本当に。
(レミアさんが息子の親御さんのことで腹立たしい思いをしてらっしゃるのは分かりますが間違ってもそれを彼に向けてはいけませんし、ましてや―――)
(普段の姿だけ子供ソウジならまだしも正真正銘本物の子供ソウジとの初親子デートが邪魔された時点で若干イラッときていたっていうのに、これ以上私の機嫌を悪くさせないでくれるかしら?)
(いや、別に私は望んでレミアさんの邪魔をしたわけではなく…どちらかと言いますとその点に関しましては私も若干被害者なような気がするのですが? って、これ以上はいくら念話越しであっても止めましょう。このまま続けてしまったら私達も同じになってしまいますからね)
本人やミナ達には自分の立場がどうのとか言ってワザとお互いの距離を取っているくせに、そんな嫌味を言うくらいなら素直に自分の息子として普段から接すればいいものを。
なんてことを一人考えていると私の言葉を聞いてか今度は自分から動くことにしたらしいブノワが普段よりもワントーン柔らかめの声で
「なぁソウジ、私に悪いところがあるなら直すから…教えてくれないか?」
「ふんっ」
(あー、気持ち悪い! そのいつもと違う声、本当に気持ち悪い‼ もう喋らないでほしい。というか今すぐどっかに行ってほしい、つか行ってよ)
…………あれ、もしかしていつの間にか見た目は5歳児だけど中身は思春期に変わってたり? するわけないわよね~。
あんまりこういう時に物で釣ったりするのは好きじゃないのだけれど、まあ今回は仕方ないか。
そう結論付けた私は早速
「ソウジがパパのことを嫌いなのは知ってるし無理に仲良くしなさいとは言わないけれど、せめて『ふんっ』じゃなくて理由くらいは言いなさい。そしたら特別に好きなお菓子とジュースを買ってあげるから」
と言い、この子の中で一体何がそこまで実の父親を嫌わせているのかを聞き出そうとしたところ
「………………」(………………)
こちらの作戦が成功したのか表裏ともに無言状態になったためやっと少しは原因が分かるかと思ったのもつかの間、凄い勢いで真っ黒な感情が魔法の効果によって直接流れ込んでき
「分かんないけど嫌いなものは嫌いなの! ずっと昔から嫌いだからもう分かんない! ん~、嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い‼ 早くどっか行ってよ‼」
「そんなこと言わないで一緒にお昼ご飯を―――」
「嫌だ‼ 絶対に嫌だ‼ 無理‼ 無理、無理、無理、絶対に無理‼」
(あー、もう終わった。今日一日どころか当分の間終わった。どうせここからいつも通り母さんが)
『あなたがそんなんだから宗司が~』
(とか言い出して、それに対してパパがさっきみたいに気持ち悪い感じで話しかけてきてなんとかしようとしたりしてきて)
(それをまた俺が拒絶することで今度は)
『じゃあどうすればいいんですか‼』
『そんなことも分からないから、こうなってるんでしょうが‼』
(という言い争いが始まり)
(そこからどんどん話がズレていくどころか変わっていき、行き着く先はお互いの不満のぶつけ合い。からのパパがそれに負けて許してもらおうとずっとキッチンでご飯の用意だったり、片付けをしている母さんの近くに反省してますみたいな感じで身も心もヨワヨワな状態で立ち続け…あー、思い出すだけでも気持ち悪い‼)
(お互いしばらくその状態で口を開かなかったかと思えば母さんの)
『いつまでそうやって立ってるんですか? 早くお風呂にでも入ったらどうですか?』
(だの)
『そこにいられると邪魔だし、早くお風呂に入ってくれないと後がつかえて寝るのが遅くなっちゃうんですけど‼』
(だの)
『こうやって毎日私がご飯を作ったり片付けをするのが当たり前だと思っているんでしょうけど‼』
(という毎回お馴染みのものが聞こえ始め、これまた毎回お馴染みの)
『ですから私がやりますっていつも言ってるじゃないですか!』
『真面に料理もできないくせに何を言ってるですか‼』
『確かに料理はできないですけれど洗い物や洗濯ぐらいなら私でもできますので、どうぞ先にお風呂に入ってきてください!』
『今更そんなこと言われても嬉しくもなんともありませんので結構です‼ それよりも早くお風呂に入ってください‼』
(といった感じで完全に支離滅裂なことを母さんが言い出し、これに対しパパがお風呂に入ることにより一旦終了)
(するわもなくそこから数日から数週間の間パパが何を言おうと母さんはガン無視。パパはパパで母さんから逃げるかのように基本誰も来ない客間で夜でも電気をつけず、冬でも暖房をつけずにずっと顔を伏せた状態で体育座り)
(何故自分の家の中なのにそんなことをするかって? そんなの言われた通り手伝おうとするのではなくこうやってできる限り自分の存在を消し去るのが一番得策だからに決まってるじゃん。というか俺もこの後必ずやってくる)
『誰のせいでこんな風になっていると思ってるの⁉』
(という謎の母さんによる罵声が飛んできたら速攻でテレビがあるリビングから2階にある自分の部屋に移動して閉じこもるし、その人が洗濯物をベランダに干すために俺の部屋に入ってくるともなれば…階段を昇ってくる気配を感じた瞬間に一旦トイレに隠れ、そこから出ても姿を見られずに済む段階になった隙を狙って脱出、1階にある別の部屋へ移動)
(もちろん1階に降りてくる気配を感じれば再度あれこれ駆使して自分の部屋へと戻るのが当たり前)
(この期間中は数秒間でも一緒の空間にいようものなら俺があんまり自分から友達を遊びに誘えないタイプだって知ってるくせに)
『いつまでも家の中にいないで外で誰かと遊んできなさい』
(とか)
『そうやって自分から遊びに誘わないから誰も誘ってくれないし、仲間外れにされるのよ』
(とか、これは一例に過ぎずありとあらゆる嫌味を言われ続けるからな。まさに『触らぬ神に祟りなし』ならぬ『母の目に入らぬ限り祟りなし』だよ本当に)




