第171話:白崎家の問題Ⅱ
というのが今から30分ほど前のことなのだが、どうやらあの子にかけた魔法はそのままにしていったらしく自分達がいなくなったと同時に何もなかったかのように目を覚ましたソウジからは再び父親に対する嫌悪感や恐怖心といった感情から生まれた心の声やら何やらが聞こえ始め―――
「(まあ、簡単にここまでのソウジの感情等を要約すると)」
・昔からソウジの父親は色んなことに厳しかっただけでなく幼少期からそういった接し方をされ続けた結果、物心ついた頃には既に普通に話しかけることすら怖くなってしまっており言いたいことが上手く言えなくなってしまった。
・そのため今度は話しかけたいオーラを出しながら近くをウロウロしたりするようになったものの、そんなこの子の姿がウザかったらしく『言いたいことがあるならはっきり言え』とあからさまにイライラしながら言われ続け、実父に対する恐怖心は常に最高潮状態。同じ部屋にいるのですら嫌だと思うように。
・そんな自分の旦那に対しイライラするソウジの母親。そしてそれについて喧嘩が始まることなどしょっちゅう…だけでは済まないのが白崎家。
・誰であろうと自分の目の前で喧嘩が行われれば嫌な気持ちになるし、それがまだ小さい子供と自分の両親ともなればもう最悪。
とはいえ私も同じ一人の母親である以上自分の旦那と喧嘩くらいはするし、何度かミナの前でそれをしてしまったことだってある。しかしこの子の場合
物心がつく前からそれが頻繁に行われていたどころか現在進行形でよくあることらしく、気が付けば小さな頃から基本自分の部屋に閉じこもっていた&できるだけ家にはいたくないと毎日思っていたのは当たり前。
とまあここまで色々とそれっぽい情報を要約する形で整理してはみたものの、本当は外にお昼を食べに行きたくてしょうがないのにそれを正直に言えない一番の理由はというと
「(家族全員で外出すると必ず喧嘩が始まるプラス…日常的に自分の旦那の稼ぎが少ないせいでお金がないといった趣旨の独り言という名の嫌味をワザと周りに聞こえるように喋っていたせいとはねぇ)」
「(メイドとしてはもちろん人としてもあまりこういうことを言ってはいけないのでしょうが夫婦間での事情がどうであれ、どれもこれも子供の前でやっていいことではありませんし……なによりもそれだけには留まらず先日マイカ様がお聞きになったという旦那様に対するお母様の言動を知ってしまっている以上少なくとも私個人としましては―――)」
「はいはい、それ以上はストップ。今エメが言おうとしたことは手に取るように分かるし正直私も同じ気持ちだけれど…たとえどんなに酷かろうとソウジにとっての実の親は私達ではないのはもちろんどんなに凄い魔法が使えようともそれは決して変えることのできない事実であり」
一応私もアンヌ同様魔力さえあれば高難易度な魔法であっても使用可能ではあるのだが、あの子とは違いそっち系統はあまり得意ではないためどうしても難しければ難しいほど時間が掛かってしまう関係でようやっと再度眠りにつかせることに成功したソウジを抱えなおすため一度そこで言葉を切ったついでに
己の中にある嫌悪感からくる負の感情を、そしてなによりも絶対に覆すことのできない悔しさを心の奥底へしっかりと押し込めてから
「この子が自分から拒否しない限りそれを止める権利なんてないのよ」
そうエメだけでなく自分自身を戒める意味も込めて言ったのだが
「………………」
「なによそのあからさまに納得いかない、みたいな反応は?」
「………止める権利はない…ですか。ちなみに私は現在進行形で一切の魔法を使用しておりませんが、レミアお母様のお考えになっておられることが手に取るように…いえ、目に見えて分かりますよ」
「ふふっ、随分と言ってくれるじゃない…エメお姉ちゃん。何歳になろうとも子供は子供、親は親なのだからいつでも甘えていいのよ。幸い今この場には私とあなたしかいないようなものなのだから、なおさらね」
お互い言いたいこと・思っていること・考えていることの全てが全く同じであることは最初から分かっている。分かっているからこそ相手より先にそのうちの1つでも自分の口から発してしまえば、それは私達3人の中で暗黙とはいえ負けを意味する。
そんな普通ならば一国の王妃と元一国の王女の専属メイド件現国王の専属メイドが絶対にすることはないであろう無言の駆け引きを、睨み合いを続けること数分。突然アンヌの魔力が感じられたかと思えば、まるで初めからこれまでの会話を聞いていたかのように
「はいはいは~い♪ じゃあもう私が負けでいいからここから先は私がソウ君のママ役として今回の計画を進めていきたいと思いま~す♪ ということでレミアちゃん……いえ、レミアお母さん。ソウ君は今後私達夫婦の子供として育てていくから返してもらってもいいかな?」
「ついさっきまで自分の娘に対して本気の殺気をぶつけていたどころか親子喧嘩という名の殺し合いをしに行っていた子が今度は私に狙いを定めてくるなんて……いつからあなたはアンヌママから恐ろしい通り魔に変わったのかしら?」
「ちょっとちょっと、いくら旧友の仲とはいえ通り魔は酷くない? だいたいレミアちゃんが自分の娘相手につまらない意地の張り合いをしていたのが悪いわけであって私は何も悪くないどころか、人がいないことをいいことに危うくソウ君だけでなくエメちゃんまで取られるところだったんだけど?」
「(先ほどまで自分も同じようなことで意地の張り合いどころか本気でわらわのことを殺そうとしおってきたくせに、よく言うわい)」
アンヌの魔力が感じられた時点で察しはついていたけれど…ティアがふて腐れているってことはさっきの喧嘩で負けたのはこの子であり、まるででもなんでもなくエメの件まで知っているということは私達2人の会話及び事情の全てがあの子には筒抜け状態なのは確実。となれば私が取るべき行動は
「………ふーぅ、ちょっと私も人のことを言えないくらいには大人げなかったわね。ということでこの話は今後一切無しよ」
「(私達には旦那様を止める権利がないだけであってその他のことに関しては一切の縛りがないことをいいことにアンヌ様をはじめ、それぞれの役割や立場は違えどずっとこの方の隣にいて差し上げることを既に決めている人には黙ったまま…どうせ2人っきりの時にでも隠れて色々しようとしていた方が何を言ってらっしゃるのやら)」
いくら小声でとはいえ普段のエメなら絶対に言わないであろう独り言という名の嫌みのようなものが聞こえてきた瞬間、私は抱っこしているソウジがずり落ちないようしっかりと抱えなおしてから片手でエメの頬を、アンヌは両手でティアの頬を抓りながら
「姉としてソウジの相手はしているのに中々私達相手には母親として接してくれないと思っていたら…いきなり随分と言うようになったじゃない。これはようやくエメが素直になったと受け取っておけばいいのかしら?」
「ほうひうエミアおははさまおふほいあうあのにあられあおおがほおしいおでああいおでうあ? おくにあ゛んはしゃまあんえいえ゛(そういうレミアお母様も少しは素直になられた方がよろしいのではないですか? 特に旦那様関係で)」
「あれだけ私にコテンパンにやられてたっていうのに…このお口はまだ理解し切れてないみたいだね?」
「あんはゃお! あえあおえんばんひあらえはしゃ‼ えふいあわわあひはああおおひいおあっておおいおあゃお゛‼(なんじゃと! 誰がコテンパンにやられたじゃ‼ 別にわらわは今からもう一度やってもよいのじゃぞ‼)」