第132話:緊張感のない初陣
最初に宣言していた五分は優に超えてしまっていたもののなんだかんだでギリギリ間に合った俺は並列思考を使って講義を聞きながらさっきまでの弱気な気持ちを心の奥底に封じ込め、己の意識を徐々に普段のものへと近づけていった結果
「――――――」
やっべ、精神的にはマイカのお陰もあって割と早く復活したけど…今度は調節をミスって耳が聞こえなくなっちった。……まあそのうち元に戻るだろうし別にいっか。
なんてさっきまでの弱気な人間と同一人物とは思えないほど呑気なことを考えつつ、耳が元に戻るまで教授の口元と黒板の二つを見ながら講義を受け続けた後急いで戦場へと戻り、椅子には座らず立ったまま例の結界内へと目をやり
「それで、結局降伏したのは合計で何人だ?」
『俺の数え間違えでなければ32人+坊主の張った結界の機能でこっちに転移してきた人達ってところだな』
32/100だから残りは68人か。それに対してうちの兵士はキッチリ50人+αの5人だが、戦力的には十分過ぎるのに加え相手は軍用兵器を運ぶ必要があったせいか今持っている武器は皆簡易的な物ばかり。まあこの世界には魔法があるので見た目だけで判断するのは危険といえば危険なのだが、うちにもリアをはじめ魔法を専門にしている者をちゃんと連れてきているわけだし、このまま作戦通りいきますか。
「あーあー、……えー、残り68人のクロノチア軍の兵士に告ぐ。今から一分後に私が張ったその結界を解除し、それと同時に我が軍は一斉攻撃を始める。もしあなた達の中でまだどうしようか迷っている者や考えが変わった者はスグに降伏することをお勧めいたします。以上」
『一分後⁉ いくらこっちの準備は既に整ってるとはいえいきなり過ぎだろ!』
「別に準備できてるならいいじゃん。どうせティアのことだから寝込みを敵に襲われたとしても瞬時に適切な対応をできるよう訓練はされてんだろ? それに俺もこの戦いに―――」
自分の部屋のクローゼット内にある隠し武器庫からこの間ティアに作らせておいたよく切れて耐久値が半端ないだけの黒色ががメインで金色の装飾がされている剣と、形は全く同じで黒色が赤色になった物の二本を転移魔法で呼び出しながら『参加するし』と言おうとした瞬間、横からそれらを引っ手繰られ
『お主はもちろんアベル以外の四人はこの戦いに関しては全員見学じゃ馬鹿者』
「ああ゛っ? んなの一言も聞いてねえぞ」
『今から始まる戦闘にこの四人のうち一人でも入ってみぃ。間違いなくその一人でこと足りてしまうじゃろうが』
えっ、俺とティアは兎も角ミナとリアってそんなに強いの?
『これでも私達はギルドランクで言えばSランク級ですからね、少なくともティアさんと修行に行かれる前のソウジ様と模擬戦をした場合、勝つのは間違いなく私達だったと言ってもいいくらいには自信がありますよ』
『ですが最近はよくティア様が私達に「今日は何が出来るようになった」「あの攻撃を躱せるようになった」「これだけ強くなった」などなどご主人様の成長をご自分のことのように話してくださいまして、それを聞く限りでは異常なスピードでお強くなられているようですから今私達と模擬戦を行えばどうなるかは分かりませんが、それでも他の方達より強い自信はあります』
『まあソウジとわらわの模擬戦はそのうちお主等にも見学させてやるが、今はまだ時期じゃないというのもあるが故…取り敢えずはこの後起こるであろう戦闘でこやつの成長具合を見てやってたもう』
なんか師匠面してるとこ悪いけど俺はお前の弟子になった覚えはないぞ。いつか絶対にティアよりも強くなって見せるし。……まあ時間の流れは全員同じらしいからティアを超えようと思ったら鍛錬の時間はもちろんあり得ないレベルのセンスを要求されることになるんだけど。
………あー、こりゃあ少なくともティアには一生追いつけんかもしれん。だって俺よりも高スペックな奴が自分と同じチート能力を使えるとか絶対無理じゃん。
それでも絶対に俺の方が強くなって見せるけどね!
などと一人で絶望して一人で決意表明をした直後、耳が聞こえないので音は聞こえなかったものの明らかに爆風らしきものが真正面から襲い掛かってきたので咄嗟に防御結界を張り、色んな物が混ざってそうな煙が晴れた瞬間目に入ってきたのは
「なんで俺の知らない間に戦争が始まってんだよ⁉ 誰だ敵陣に張っておいた結界を勝手に解除した吸血鬼わ!」
『なんでも何もお主が自分で一分後と言いおったのに、わらわより強くなれる・なれないなどとウジウジ下らんことを考えておる間に時間がきてしもうたから代わりに開戦の火蓋を切ってやったんじゃから文句を言われる筋合いはないどころか、逆に感謝してほしいくらいじゃが…まあ今回は爆風からわらわを守ってくれたから目を瞑ってやるとするかの♪』
『ちょっとちょっと、なにティアさんがソウジ様に守ってもらったみたいな言い方してるんですか! どう考えても私達がじゃないですか。というか私とリアーヌはこれが初めてだったのに、自分だけ二回目とかズルいですよ』
自国の兵が戦っているというのに一人は上機嫌、一人はヤキモチ、そしてもう一人はというと……なんか人がいない間に出したらしいソファーにお淑やかに座りながらも右のお手てでこっちこっちをしているので呆れ半分珍しさ半分でそちらに近づくと、手を伸ばせば俺の体に触れられる距離になった瞬間腕を引っ張られ半ば無理やりに座らせられた挙句腕組の状態で抱き着かれた。
「いくら暇とはいえこんな状況でこの格好をしていますと、今戦ってるうちの誰か一人がかすり傷を負っただけでも一部の人達から物凄く叩かれる可能性が出てくるんでんですが…それくらいリアーヌさんなら分かってますよね?」
『それは勿論理解しておりますが、今回の戦争での一番の目的はスロベリアの奪還でも勇者様率いるクロノチア軍殲滅でもなくヴァイスシュタイン王国の軍事力・個々の戦闘力の高さを世界に知らしめることです。その為ご主人様が見ていない間にアベルが指揮を執って魔術兵に各自一番火力の出る遠距離魔法を使わせて先制攻撃を行いましたし、その後もむやみやたらに近距離戦を挑むのではなくご覧の通りまずは兎に角魔法による遠距離攻撃の繰り返し…と言おうと思ったのですがどうやら後衛部隊が援護しながらの近距離戦に移ったようですね』
うーわ、誰がこの作戦を考えたのかは知らねえけど唯でさえ真面な武器がなくてサブ武器っぽいものや魔法で作った簡易武器を使わざる得ない相手に向かって嫌がらせのような遠距離からの魔法攻撃。そしてそれによって弱ったところを今度は後方からの援護がある状態で前衛部隊が特攻とか、結構エグイことするな。
「しかも敵は俺のせいで強制的に結界の中に閉じ込められた挙句円陣を組まされている状態だったから、各自で戦闘準備はできても軍としての連携は中々難しいうえに陣形を整える前に攻撃されてご覧のザマと」
『それに加えて私達五人以外はティア様がお作りになった装備を身に着けていますし、武器に関しては今戦っておられる方全員がこちらもティア様がお作りになったものを使っておりますので割とスグに勝敗がつくかと。なんたってそれらを作ったご本人が「流石に攻撃を食らえばある程度怪我をするように調節はしておるが、それでも必ず後遺症などが一切残らず完治すればすぐに現場復帰できるくらいにしてある」と仰っていましたのでこの程度の相手でしたら逆にかすり傷を負うのが難しいと思いますし、それ程の装備を準備した方が普通の武器を…なんてことは考えにくいですからね』
そんな戦場で好きな子とイチャつくには十分過ぎる理由を一から十まで説明された俺は自分の視力をリアの顔がボヤけて見えるくらいにまで落とした後、勝利に対する絶対的な自信を感じさせるような雰囲気を纏わせながら戦場へと目を向けた。