第118話:死の恐怖は死そのものよりも怖ろしい
なんて過去の反省を踏まえて次は絶対に同じ失敗はしないと誓った俺はティアを連れてリビングに戻り、メイドの仕事の休憩も兼ねてお菓子を食べていた子供達を横目にさり気無くエメさんを居間のソファーに呼び寄せ向かい側に座ったのを確認してから
「取り敢えず勇者連中にはお帰り頂いたのはもちろん、城内に異変がないのは既に確認済みですのでご安心ください。それから子供達に今回の件をどう説明するかについてなんですが、自分じゃどうするのが一番いいかよく分からないのでエメさんに判断を委ねたいんですが…お願いしてもいいでしょうか?」
俺はこの世界で育ったわけではないので正直あれくらいの子達にどう説明するのが一番いいのかが分からないのは勿論のこと、ティアにはカッコつけて戦争宣言をしたものの本当はかなり一杯一杯な状態なのでそんなお願いをするとエメさんは透明なティーポットに入っていたお茶を静かにカップに注ぎ、それを俺に差し出した後
「こちらカモミールティーになります。リラックス効果がありますのでよろしければどうぞ」
「………いただきます」
完全にアニメで覚えた知識だが俺もカモミールの効果は知っていたので少し間を置いた後に一言そう言ってから口を付けると、それを確認したエメさんは
「どうしても今回の件で耐えきれないことがあるようでしたら、私はマイカちゃんにご相談することをお勧めいたしますよ」
「あの、一つ聞きたいんですけど…もしかしなくてもティアが何者か知ってます? というか俺以外全員知ってたりする感じだったり?」
エメさん的にはミナ・リア・セリアの三人は生まれた時から周りの環境や自分の立場のせいで戦争・人殺しが当たり前な世界で生きてきたのに対してマイカなら比較的俺に近い立場で相談に乗ることができるってことを言いたいんだろうけど、ならティアでもいいはずだ。……普通に考えるならば。
「そろそろ私達はお仕事に戻りますので何かあればお声をお掛けください。それからリアーヌちゃん達がいるので大丈夫だとは思いますがあまり無理をなさってはいけませんよ」
俺のオデコに貼ってある冷え○タを髪の毛の上から優しく撫でるように触りながらそう言ったかと思えばエメさんは一人立ち上がり、リビングにいる子供達を連れて部屋を出て行った。
はぁ、まあいいや。取り敢えずこっちも仕事を進めるか。
「マイカ、一先ず今日から来週の日曜日まで俺の予定は空けとけ。戦争自体は一日で片付けるつもりだがその後がどうなるか分からないからな」
「はーい、かしこまりました」
「んで次にミナはブノワの親父に今回のことについて報告し、時間が合うようならそのままこっちに連れてこい。リアは母さんの所に行って戦争当日は姉…じゃなくてイリーナ達十人を貸してくれって頼んどいてくれ」
「恐らくお父様をうちに呼ぼうとした場合スロベリア側も何人か来ようとするでしょうがどうします?」
ッチ、いつ会っても面倒臭いのは同じ…どころか後出しであーだこーだ言われた方がもっと面倒臭いか。
「邪魔者は一気にぶっ潰してやるから全員連れてこい。先手必勝だ」
「あ、あのー、少なくとも今のとこは味方ですのでぶっ潰すのは止めてくださいね」
「なら真面な奴だけ連れて来い。正直俺の中でこの世界の王族貴族ってのにはいいイメージがないんでな」
他国にお邪魔すれば殺されかけ、王様と謁見すれば暗殺者みたいなのが十人も待機しており、パーティーに招待してやった貴族に舐めた態度を取られたりと溜まったもんじゃねえ。
「あ、あははははは……。お父様達と相談して選抜したメンバーだけ連れてきます」
それから俺はミナが連れてきたミナ・リア・アベルの親父が三人に加えスロベリア側が国王含め数名を引き連れて帰ってきたためそれらを会議室に通し、俺の計画を一方的に話してはミナが適宜フォローするという形を取ることでこれらは滞りなく終了。
その後も特に問題なくことは進み、今は寮の近くに作っておいた集会場に騎士団の連中を全員集めて今回の件についての説明や戦争に参加するメンバーを俺の口から伝え終えるたところなのだが、そうしたらティアに『あとはわらわ達でやっておくからお主は先に帰っておれ』と言われた。
その為大人しく外に出た俺は誰もいない女子寮に行き、ユリー達に頼まれたお土産+新しく入った子達の分のケーキとメモを玄関に置くと…脳が勝手にこれで国王としての仕事が終わったと判断したらしく今まで我慢していたものが一気に膨れ上がり、寮の外に出たと同時に我慢の限界が訪れた。
先程まで自分に向けられていた覚悟と恐怖が入り混じった目による感じたことがないほどの重圧
誰も死なせずに帰還できるかという不安
泣きたくて
誰かに抱き着きたくて
もう一人では抱えきれないほど色々と溢れ出してて
兎に角叫びたくて
兎に角暴れまわりたくて
そう思った瞬間ギリギリ残っていた理性が働いたのか無意識のうちに俺は適当な山の中へと転移した。そして右手に村正を、左手に村雨を召喚し…目に付くモンスターを、盗賊を殺し始めた。
「はぁ、はぁ、はぁ………」
Fear of death is worse than death itself. (死の恐怖は死そのものより人を悩ます)
多分プブリリウス・シルスの名言を元に考えたんだろうけど、なんで頭がいい人ってのはこんなにも的確で上手い言葉を思いつくかね。しかも元ネタよりこっちの方が今の俺にピッタリじゃねえか。
いつものコートやチョッキを着ていないため白シャツが返り血を吸い込み続けるせいで若干息を切らせながら、少し落ち着いた頭でそんなことを考えていると遠くに人影らしきものが見えた。
その為俺は警戒しつつ、しかし善良な一般人の可能性も考えて驚かさないようにゆっくりと近づいていくとお互い月明かりのお陰で徐々に相手の顔が見え始め、それがハッキリと見えるようになった瞬間あちら側は何故か元気よく手を振りながら
「ソウジくーん!」
「『ソージくーん!』じゃねえ馬鹿が‼ こんな危ないところで何してんだ‼」
さっきまでの兎に角暴れまわりたいという感情に関しては確かに落ち着き始めていたものの、脳はまだ戦闘モードが完全に解けきっていないせいで盗賊を相手にする時と同じノリで怒鳴ってしまったのだが、マイカはそんなこと一切気にしてないかのような顔でこちらに走ってきたかと思えばそのまま真正面から抱き着いてきて
「はい捕まえた~♪」
「はあ?」
「も~う、ティアからソウジ君を先に帰したって連絡がきてから私ずっと玄関で待ってたのに全然帰ってこないから人工衛星を使って探してみれば……、今度からは私に頼ってって言ったばっかりなのに一人で何とかしようとしてる姿で見つかるとか…私に喧嘩売ってる?」
流石は最新の人工衛星に俺が魔法で見ようと思えば毛穴まで綺麗に、しかもリアルタイムで見えるように改造しただけはあるな。完璧にこっちの動きがバレてる―――じゃなくて‼
「すーーーはーーー。こんなところに何しに来た? つかどうやって来たんだよ?」
「何しにって、そりゃーソウジ君が心配だからに決まってるじゃん。それとここに来た方法は玄関にある転移システムを使って一番安全に(でも今いる山の中で)ソウジ君と会える場所って入れたらここだっただけだよ」
「………………」
何事も認めなければ何の問題もない。例え目の前の女の子に俺の気持ちがバレていようと。