第111話:都合のいい子、悪い子
クロエが家の中に入るのを見届けた俺はティアに歩いて帰ることを伝えると何も言わずに馬車を収納ボックスに仕舞ってくれたので魔法で何時もの服装に着替え、二人で少し歩いてから
「………お茶」
「ほれ、わらわが直々に水筒へ入れてやったのじゃからありがたく飲むのじゃぞ」
「ペットボトルじゃなくわざわざ水筒に入れて持ってくるとは随分と家庭的なことで」
だいたい麦茶を作ってるのはエメさんかリアのどっちかであってお前はマジで水筒に入れただけだろうが。なのになんでお前はそんなに偉そうんだよ。……お茶うま。
「それにしてもお主勿体ないことをしたのう。あの店にはホテルもあったのじゃし、あの感じだと自然な流れで誘えばそのまま落とせたのではないかの?」
「はっ、俺にそんな気が一ミリもないのは勿論あの子と関係を持つわけにはいかないことを知っておきながらよく言うぜ」
「ほ~う、それは誰かに教えてもらったのかの?」
「こんなこと誰かに教えてもらわなくても少し考えればサルでも分かるわ。まったく王様ってのはハーレムを作るのも一つの仕事みたいになってるくせに相手の立場によっては自分がどんなに好きになった子であっても関係を持つことは許されない。これほどまでに自由そうで全然自由じゃない立場が王様とは、物語に出てくる主人公に夢みてる奴が知ったら絶望しそうだな」
俺はこの国の王様でありクロエはこの国にあるギルドの一職員。そしてギルドの立ち位置は殆どが各国と同じでありながらも一部違う部分がある。それは何か? 答えは国とギルドが友好関係を築くことはあってもそれ以上の関係を結ぶことは絶対に許されないということだ。
何故ならば国とギルドはお互いを見張るために存在しており、俺はそれを理解した上で今日クロエには自分の意見があれば遠慮なく言えといった。つまりどっちらかが自分の立場を捨てない限り関係を持つことは許されないし、少なくとも俺はそんなことを望んではいない。
「ここまでの考察をお主一人で導き出したとは、相変わらず皆に見えぬところで努力するのが好きじゃのう」
「いきなり大人状態になったかと思えばそのまま勝手に腕を組んできた挙句人の心を読むとは。図々しメイドがいたもんだな」
「そこまで言わんでもよいではないか。それにわらわのような美少女が一人で歩いておったら勘違い男にナンパされて面倒じゃからのう。ちゃんと守ってたもう」
………もし間違ってたら今後の関係に影響してきそうだし当分は様子見だな。
「今からサムールに行くけどどうする?」
「お主から誘ってくるなど珍しいこともあるもんじゃのう。また何かわらわを便利に使うつもりかの?」
「あんまり人聞きの悪いことを言ってると無理やり家に帰すぞ」
だいたい便利云々の話は予定であってまだ使ってはないだろうが。……マイカを誘った方がよかったか? いやでもな~。
「人のことを誘っておきながら他の女子のことを、しかも自分の婚約者の誰かではなくマイカとは…大層なご身分じゃのう」
「それで、結局行くのか?」
「まあ折角マイカではなくわらわを誘ってくれたのじゃしこのままご一緒させてもらうかのう」
なら最初からそう言えよ。面倒くせ―――
(痛い痛い痛い‼ いきなり腕を組む力を強めるな! お前は怒った時のミナか⁉ 折れる折れる折れる、何が悪かったのか全く分からないけど取り敢えず謝るから今すぐやめろ!)
「この間の初デートからちょっとは成長したかと思えばすぐこれじゃ。……まあお主と一緒に歩いておるわらわに恥を掻かせぬよう感情を表に出しておらんのは評価してやるがのう」
クッソ、なんでこいつはこんなに偉そうなんだよ。……後でゆっくり考えるか。
そんな奥が深すぎておバカな僕にはまだまだ理解できそうもない女心に振り回されながらもなんだかんだサムールまで同じ格好で歩き続け、そのまま扉を開けるとたまたま近くにいたナナが
「いらっしゃいませ~、ってソウジ様と……そちらの魔女みたいな方はどちら様?」
「さあ、誰だろうな。そんなことよりもナナは俺達をお席にご案ないしてどうぞ」
「いやいやいや! この前いきなりマリノ王国の第一王女様との婚約を発表したばかりの人が見たことない美少女と腕を組んでうちにご来店しておいて何の説明もなしとか、店長のお父さんが許してもこの私が許しませよ‼ というか皆さんも気になりますよね?」
まるで同意を求めるかのように周りの客にナナが問いかけるとチラチラこっちを見ていた奴らが一斉にこちらを向き、これまた一斉に頷いた。
「はあ、一回元の姿に戻ってやれ」
「こういう時お主の知名度は邪魔じゃのう。まあ皆に注目されるのもわらわ達の仕事の一つなんじゃが」
などと不機嫌そうな顔で言いながらも大人しく元の姿に戻るとこれまたまた一斉に
「「「「「うえええええ⁉」」」」」
「えっ? ええ゛っ⁉ もしかして、もしかしなくてもティア様ですか?」
「もしかしなくてもわらわはティア様じゃが、よくも貴重な二人っきりの時間を潰してくれたのう…ナナよ」
潰したも何もまだここに入ってから一分ちょいしか経ってないじゃん。あとなんでお前は大人の姿に戻った挙句またくっ付いてくるわけ? 僕は貴方と違って心を読めるわけではないので言いたいことがあるなら直接言ってくれませんかね。
「あー、あははははは。……取り敢えずお席にご案内いたしますね」
「次わらわ達の邪魔をしおたらこの店に置いてある業務用冷蔵庫を使えなくするからの」
「それだけは絶対にやめてください! あれがなくなったらうちの新デザートが出せなくなっっちゃいます」
新デザートってことはアイスとかパフェでも出し始めたのか? 一応セレスさんから貰った報告書には何店舗かから食材目当ての交渉にきたってあったし。まあ業務用冷蔵庫をお買い上げになったのはこの店だけだし、食材に関しては国からの信頼度別によって売れるものが変わってくるのので地球の料理を食べたければここにくるのが一番いいと俺は思うけど。
なんてことを思い出しながらお席にご案内され、メニュー表を渡されたのでそれを二人で見ていると
「それでお主は何を食べにここへきたんじゃ? お高いコース料理とはいえそこそこの量はあったじゃろうに」
「なんでこの世界のコース料理ってのは主食が出てこないんだよ。普通に考えて足らねえだろ」
「まあ元々日本と違ってこっちの世界の夜ご飯には主食が出てこんのが一般的じゃし、出てきたところでパンしか出てこんと思うがの」
「もしかして今日はお二人でコース料理を食べてきた……の割りには格好がちょっとあれですね」
「確かにこやつはお主の言う通りじゃが、相手はわらわではのうてギルドで仲良くしておる女子じゃぞ」
また余計なことを。お陰様でこっちの事情を知らない男達が睨んできてるじゃねえか。あとナナはお客様に向かって『うわ~』みたいな顔をするな。こっちの気持ちも知らないくせにみんな好き勝手想像しやがって。
「言っておくけどギルドの子とは仕事で一緒に飯を食っただけで特別何かがあるわけでもなければ、今後も絶対にないから勘違いするなよ」
「なんかちょっと怒ってます?」
「ちと疲れておってお眠なだけじゃから気にするでない。……ほれ、お主は何にするんじゃ?」
どうやら俺の気持ちに気付いたらしいティアはナナに適当なフォローを入れた後、そう聞いてきたので
「………フルーツパフェと果実酒」
「じゃあわらわはチョコレートケーキと紅茶を二つ頼む。ということでこやつの果実酒は無しじゃ」
「フルーツパフェとチョコレートケーキが一つずつに紅茶が二つですね。では少々お待ちください」
おい、なんでこの国の王様の注文じゃなくそいつの専属メイドの言うことに従ってんだよ。おかしいだろ。
「お主、本当はワインが嫌いなくせに無理して飲みおったじゃろ?」
「身内同士ならまだいいけど、それ以外の人と一緒に飯を食いに行った時は出来るだけ相手に合わせろってリアに教えられたからな。まあ相手が誰れであろうとそうするのが一番いいんだろうけど…それは時と場所によってだな」
「わざわざ言わんでも分かっておると思うが、今は何も気にせずいつも通りで大丈夫じゃからのう」
「ちょっと言い方が悪いかもしれないけどミナ・リア・セリアの三人は自分を偽りながら生きるのが当たり前になってるせいで今日みたいなことがあった後に相談というか…愚痴りにくいのに対してティアとマイカは俺に近い気がするら話しやすいんだよ」
とか言っておいてなんだが本当はティアも前者の仲間なんじゃないかと思っていたりもする。なんつうか…殆ど素の状態でありあがらも所々で俺に合わせてくれている気がするんだよな。
「まあうちにはいい意味でも悪い意味でも色んな者がおるからのう。それぞれがそれぞれの得意分野で今後もお主のことを支えてくれるじゃろうよ」
それがハーレムを作るメリットであり、そのことを考えてそれを作ろうとしている人間は誰彼構わず女の子を増やせばいいというわけではない。つまりは自分に都合のいい子を都合のいい人数揃える必要がある。……もうホント嫌になっちゃいますよ。
出来ることならハーレム作って毎日朝から晩まできゃっきゃっ言ってる脳みそ空っぽ主人公にどうやったらそんな行動がとれるのかレクチャーしてほしいくらいだわ。
「お待たせしまた~。こちらフルーツパフェと―――」
まっ、こんな所で悩んだって仕方ないしんだし一旦忘れてパフェでも食べよう。