第96話:建国宣言前日の朝 (下)
結局なんの説明もなしにそれぞれが朝ご飯を食べだしたせいで尚更イラついてきた俺は一瞬不貞腐れてやろうかとも考えたのだが、いくら体が小さくなったお陰で食べる量が減ったとはいえお腹は空いているので渋々ながらもこのままの状態で食べることにした。
「おい、いい加減何かしらの説明くらいしろ。つかなんで俺達の前に焼き魚が一つしかねえんだよ。別に一匹丸ごと出されても食べきれないからいいっちゃ、いいんだけど」
そう言うと俺の左隣に座っているリアが若干申し訳なさそうに
「何と言いますか…実はその焼き魚が原因でじゃんけんが始まりまして」
「アンヌ達がいきなりきたりしたから急遽朝ご飯の材料を買い足しに行ったのだけれど、魚だけ一人分用意出来なかったのよ」
などと少し不機嫌そうに教えてくれたのは俺の右隣に座っているセリアだ。
「だって、昨日の夜イリーナが『お兄ちゃんが今住んでる宮殿が色んな意味で変わってるって本当ですか?』って聞いてきたから、『そんなに気になるなら明日朝一で一緒に行ってみる?』って言ったら凄い勢いでその話が広まっちゃって。しかもいつの間にか誰が行くかでくじ引きまでしてるし。本来約束してた時間は朝の十時だったからこんなに大人数でくるつもりなんてなかったのに」
「聞きましたソウジ様。この人私達のメイド長なのにサラッと裏切りましたよ。ちょっと何とか言ってやってくださいよ」
流石はアベルの妹、相手が誰であろうと言うことはハッキリと言うんだな。とか思っていたのもつかの間、それに続いて他の子達が
「だいたいその話をしてたのってお台所だったじゃないですか。それも丁度後片付けをしいる時間帯で結構な人数がいる時でしたし」
「そんな所で話してたら凄い勢いで広まるもなにも、最初からみんなに聞こえてましたから」
「それにアンヌさんはリアーヌがいることをいいことに、しょっちゅうこちらに遊びに行かれては私達に旦那様の自慢話をされて…を何度も繰り返されたら自分達だって行きたくもなりますよ。私達なんて旦那様のお姿を一度見ただけでお近づきになれたことがないのは勿論のこと、お話をしたことだってないんですよ」
いや、他所の王族と他所のメイドがそんな簡単に仲良くなるとか普通はあり得ないんじゃないの。別に俺は偉いんだぞ! とか言うわけではないけど…君が言ってることって当たり前のことじゃね?
「……あんまりソウジ様には教えたくないのですが、どうやらマリノ王国の方でもソウジ様はかなりの人気があるそうで、特に宮殿内では直接お母様達から話が聞けることも影響していて…この様な子達が他にも大勢いるとか」
「それに加えて坊主はうちの国最大レベルの攻撃魔法を瞬時に消して見せたり、一回目の陛下との謁見中にド派手なストレス発散をしたせいで城内は連日大慌て。つまり同じ城内で仕事をしているイリーナ達にも噂ぐらいは伝わるわけで、そこに更に追い打ちを掛けるかのように二回目の謁見で婚約宣言ときたら…もう分かるな?」
「自分で自分の首を絞めてるじゃねえかよ。……あとやっぱり魚食べたい」
よく分からないが俺達が喋っている間ずっと母さんが箸で焼き魚を解し続けていたのでついそんなことを言ってしまった。だが一度はいらないと言ったのだし、折角の和食なので今回は我慢しよと思った時
「じゃあママと半分こしよっか」
「……なるほど、これがじゃんけんをした理由か。別に母さんが全部食っていい―――んむ⁉」
喋り終わる前に母さんが自分の箸で魚の身を掴んだのでそのまま食べるのかと思いきや、いきなり俺の口にそれを入れてきて
「子供が一々母親に遠慮するんじゃないの。子供は少しくらい我儘な方が丁度いいのよ」
「俺は年齢的にも中身的にもちゃんとした大人だっつうの」
「確かにソウちゃんは年齢だけで言えばもう立派な大人だけど、中身はどうかな~。はい、あ~ん」
たまに羽目を外して遊んでる時とかはよく子供みたいにはしゃいでるなと感じることはあるけど、基本的には中身も大人だろ。小さい時から色んな大人に『宗司君は大人っぽいね』って言われてたし。……最近はちょっと子供っぽい姿を見せすぎている気もするけど。
「ちょっ、なんでお母様がご主人様にあ~んしてさしあげてるんですか⁉ しかもちゃっかり間接キスまでしてくれちゃって! というかご主人様もそれくらい気付いてください!」
「いや、別に俺はそういうの気にしない派だし…そもそも母さんって人間なんだからリア達と違ってそのままの年齢なわけで、いくら見た目が若くても中身は800歳越えの婆と間接キスしたところで何とも思わねえだろ」
「あらあら、いけないお口はこのお口かな~?」
どうやら女性にとって年齢というものは何歳になってもタブーな話題だったらしく、母さんは両手で俺の口を引っ張ってきた。
「ふぉい、やへろ! こへでほはすつぁはへひっほふおほふいはふほへいおほどおあ゛お゛!(おい、やめろ! これでも明日から一国の王になる予定の男だぞ!)」
「私からしてみれば何時までもソウちゃんはこの国の王様の前に息子だも~ん。ほら、ごめんなさいは?」
自分で喋っといてなんだけどよく分かったな。流石はティアより400年以上も長い生きしてるだけはある。
「ああはああだろおが! づがひふんのおごろのえ゛いどあ゛だお゛ぐのいんげんいえいわくお゛がええるんあ゛らあ゛やぐどえ゛お゛お!(婆は婆だろうが! つか自分のところのメイドが他国の人間に迷惑を掛けてるんだから早く止めろよ!)
「え~と、そんな私達の方を睨みながら言われましても、正直なんと仰ったのか分からなかったのですが。お兄ちゃん分かる?」
「いや、全然。つか逆に分かる方が俺はおかしいと思うんだが」
「ごのあぐあ゛あふ‼(この役立たず‼)」
「誰が役立たずだボケ‼ 元はと言えば坊主が悪いんだろうが‼」
なんでこれだけ分かるんだよ。
「同じ女性としてアンヌが怒りたい気持ちは分かりますが、イリーナ以外のメイド達がドン引きしてるからそろそろ止めなさい」
「え~、まだ私のお説教は終わってないんだけど。……あっ、そうだ! じゃあじゃあ今日一日、私にソウ君を貸して…は親子としておかしから、今日は帰るまで一緒にいさせてくれるならいいよ」
いいわけあるか!
「大体人の予定も聞かずに勝手に話を進めようとするな。一応こっちにも予定があるんだよ。……マイカが勝手に何か予定を入れてなければ何もないけど」
「今日は何の予定も入ってないから丸一日空いてるよ。ってことでソウジ君のことはよろしくお願いしま~す」
「ふむ……。マイカがこう言うのならば、今日はわらわ達が我慢するしかないのう」
などと意味の分からない言葉を発したティアに続き、ミナ・リア・セリアも渋々ながら了承してしまったせいで俺の今日の予定が勝手に決定されてしまった。
朝ご飯を食べ終え一通りの後片付けが終わった後、俺の所に母さんがやってきたかと思えばそのまま抱っこしてきて
「さっ、移動するから落ちないようにちゃんと私に抱き着いててね」
「普通に考えてそんなことするわけねえだろ。自分で歩くから早く下せ」
そんな俺の抗議など完全に無視しただけでなく、こっちの方が力が弱いことをいいことに無理矢理抱きしめてきた。そしてどこかに向かって歩き出したかと思えばいきなり真剣な声で
「私はソウ君を何かの代わりとしてこうやって接してるわけじゃなくてね、私が貴方にしてあげたいって思ってやってるの。そしてこれは私とレミアちゃんだけがしてあげられること。……だから最初は嫌かもしれないけれど慣れるまでは我慢してね」
「………………」