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甲殻大怪獣デボラ  作者: 彼岸花
2029年

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37/55

山下蓮司の初恋

 デボラの甲殻が開いている。

 そうとしか言えない光景に、『一式』の砲台の操縦席に着いていた蓮司は呆気に取られた。

 その変化は突然起きた。一千メートルは離れた位置で蹲っているデボラの胸部甲殻の一部が、まるで捲れるかのように浮かび上がったのだ。最初はこれまでの戦いによる怪我かと思ったが、しかし開かれた甲殻は昆虫の『翅』のように整った形をしており、傷口のようには見えない。

 甲殻は蓮司の印象に応えるように、翅のように二枚に別れて広げられた。翼の生えた甲殻類……イセエビやザリガニに似ていたデボラの姿が、一瞬にして『怪獣』のそれへと変貌する。

 この変形が何を意味するのか、蓮司には分からない。ちらりと後ろを振り返りレベッカの姿を見たが、レベッカもまた僅かながら動揺しているように見えた。感情が薄い彼女ですら困惑しているのだ。他の乗組員については言わずもがなである。

 だが、黙ってそれを眺め続ける事ほど愚かな行為はないだろう。

【全砲門、攻撃を開始せよ】

 放送により伝えられる攻撃指示。我に返った蓮司はすぐにレールガンを起動させようとした

 が、その手が一瞬止まる。

 デボラが赤く輝いていた。

 輝き自体は、最早人類にとって見慣れたものだ。デボラが己の身を守る時と同じ輝きである。しかし今度の輝きは、熱波を撒き散らしてなどいない。

 それどころか、デボラの周りが凍り付いている。

 デボラが赤くなるほど、周りの家々が白く染まっていく。靄のようなものが漂い始め、デボラの姿を覆い隠した。

 気温が急激に低下している。蓮司はそう思った。

 デボラには熱を吸収する性質がある。それにより地球環境は激変した。今のデボラも同じく大気中の熱を吸い取っているのだろうが……あまりにも急激だ。靄が外の空気との寒暖差で起きたとすれば、瞬く間にデボラ周辺の気温が十数度以上下がった事を意味する。いや、周りの家々が凍結している事を思えば、二十数度は下がってるかも知れない。

 デボラは何かをしようとしている。

 あまりにも明白な事柄に、蓮司含めた誰もが慌てて動き出した。呆けて止まっていたのは精々数秒。数秒の間に出来た事など、砲の照準をデボラに合わせるぐらいだろう。

 だからその結末は、例え呆けていなくとも変わらなかった。

 デボラの全身の発光が赤から白へと変わった、その瞬間に何もかもが終わったのだから。

 ――――デボラの開かれた『翅』の先端から、二本の光が放たれる。

 光は雪のように真っ白で、けれども周りの大気を吹き飛ばすほどに熱くなっていた。光速で飛来するエネルギーに、『一式』は、蓮司はなんの反応も取れない。

 二本の光はそれぞれ『一式』を撃ち抜いた。

 文字通り、貫通したのである。三百五十万トンの機体を支え、百五十万トンの物体とのぶつかり合いに耐える超合金が、なんらかの抵抗を見せる事なく。

 そして次の瞬間『一式』は弾けた。貫かれた装甲周りが赤黒い液体へと変化し、激しく四方に飛び散る。その衝撃により更に外側の、無事だった装甲までもが砕け、バラバラに吹き飛ばされる。時間にして一秒も掛かっていない。瞬きする暇もなく、何もかもが粉々になっていく。

 『一式』の上半身は粉砕された。溶解した金属と、粉微塵に砕けた破片へと変わり、瞬きする間もなく原形を失う。上半身には前方腕部の制御や、砲台の整備を担う人材が居たが……彼等がどうなったのかなど、語るまでもない。

 その意味では、蓮司は幸運と言えた。

 激しい揺れが操縦室全体を襲う。立つどころか座り続ける事すら難しく、蓮司は座席から放り出された。身体が金属の床に叩き付けられ、酷く痛い。けれども先程まで自分が座っていた場所に、五メートルはあろうかという金属の板が突き刺さるのに比べれば、遙かにマシだった。

 揺れそのものはすぐに収まった。

 蓮司は顔を上げ、辺りを見渡した。自分がずっと居た筈の操縦室は、すっかり様変わりしている。巨大な金属板や柱が床や人を貫き、照明は危険を知らせる赤ランプが薄らと光るだけ。『一式』を動かすためのコンソールパネルの画面は黒くなり、あちこちから火花が散っていた。

 そして『一式』正面を映し出す巨大モニターの姿は何処にもない。

 代わりに、彼方に広がる真っ白で美しい雪景色と、だらだらと天井付近から流れ落ちる液化した金属……その中心に佇むデボラの姿が見えた。

 『一式』の上半身が消し飛び、機体中央に位置する操縦室の壁面の一部までもが破壊され、外の景色が丸見えとなった――――順序立てて考えればすぐに出てくる答えに、蓮司は中々辿り着けない。自分の置かれている状況が理解出来ず、目の前の雪景色と同じように頭の中が真っ白になる。

 ただ一つ分かる事があるならば。

 ……『一式』をじっと見つめているデボラの怒りは、収まる気配すらないという事だ。

「ひっ!? ひぃ!」

「た、たす……!」

 蓮司と同じく難を逃れた乗組員達が、続々と逃げ始める。彼等は極めて合理的だ。『一式』は破壊され、最早デボラに立ち向かう事すら出来ない。だけど命を繋げば次があるかも知れない。なら、逃げるのが正解だ。

 蓮司は逃げなかった。

 崩れた金属の瓦礫の下敷きになっている、レベッカの姿を見付けたのだから。

「レベッカ!」

 少女の名を呼びながら、蓮司は瓦礫の方へと駆け寄る。

 蓮司が見付けた時、レベッカは巨大な金属の下でうつ伏せに倒れ、上半身だけが外に出ている状態だった。蓮司が声を掛けると、レベッカは上体を起こし、真っ直ぐ蓮司の事を見据えてくる。瞳はしっかりと開かれ、起こした身体も揺れたり震えたりはしていない。

 どうやら死んではいないし、死にそうという状態でもないらしい。

 その事には蓮司も安堵するのだが、されどレベッカは自力で這い出そうともしない。蓮司がすぐ傍に来てからも、レベッカはその場から移動しようとはしなかった。

「レベッカ! 大丈夫か!?」

「……一応。身体の内側に痛みはないから、骨折とか臓器の損傷はないと思う。だけど足が挟まって動けない」

 レベッカは淡々と答える。口調はやや拙くなっているものの冷静で、自己診断の通り重篤な怪我はしていないのだと蓮司も納得出来た。

 同時に、足が挟まっている、という言葉も嘘ではないのだと理解する。

 蓮司は身を伏せ、レベッカの下半身を下敷きにしている瓦礫の隙間を見る。よくよく見れば瓦礫はレベッカの身体には乗っておらず、強い圧迫はしていないのだと分かったが……足は、確かに瓦礫の隙間に入り込んでいた。

 恐らく瓦礫を退かさないと取り出せないだろうが、何分金属の塊だ。いくら訓練しているとはいえ女の子一人、足の力だけで動かせるものではない。

「待ってろ、今瓦礫を退かす!」

 蓮司は瓦礫を退かそうと隙間に手を入れ、持ち上げようとする……が、ビクともしない。何しろデボラと殴り合って戦うために開発された合金である。それなりのウエイトが必要だからと、重量はかなりあるのだ。とても一人では動かせない。

 誰か協力してくれる人は居ないか。気絶している人や、隅で蹲ってる人は……助けを求めようとして蓮司は辺りを見渡す。

 尤も、モニターのあった場所から見えるデボラが再び赤く輝き始めたと気付けば、その行為が如何に無駄かは察せられた。

 しばし呆然とデボラを眺めてから、蓮司は腰が抜けたようにへたり込む。後はもう、動こうともしない。デボラの輝きの意味は分かっているのに。

「……逃げないの?」

「いやぁ、ありゃ無理だよ。一人で全力疾走しても間に合わない。それに」

「それに?」

「好きな子を置いて逃げるぐらいなら、好きな子と一緒の時間を過ごす方が遙かに有意義だ」

 蓮司の答えに、レベッカは「成程」と呟き相槌を打つ。

 二人は口を閉ざし、デボラを見据える。一発目の発射を見たから分かる。あと十数秒もすれば二射目が放たれるだろう。

「……ここでクイズです。今、俺はどんな気持ちでしょうか」

 蓮司は、ぽつりと呟く。

 小さな呟きだったが、レベッカには聞こえていたらしい。顎に指を当て、考え込む素振りを見せる。

「……すごく、怖い?」

 やがてレベッカは淡々と答え、

「正解」

 蓮司はその答えに丸を付けた。

 するとレベッカは目をパチパチと瞬かせ――――ふにゃりと、笑った(・・・)

 天使のような微笑みだった。無意識に言葉に例えてその笑みを記憶しようとするが、心の中があっという間に塗り潰され、浮かぶ側から言語が消えてしまう。

「おんなじ気持ちだぁ……」

 そして柔らかそうな唇から紡がれた言葉は、もう、過去に掛けられた全ての声を忘れそうになるほどのものだった。

 蓮司は思った。

 仇は討てなかった。人の世を守る事も出来なかった。

 だけど見たかったものが見られた。感じたかったものを感じられた。

 なら多分、これは悪い人生ではなかったのだろう、と。






















 恋よりも熱い波動と、微笑みよりも眩い輝きが、二人を飲み込んだ。

愛も想いも希望も、

全て焼かれて灰になる。

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