港町 アブド 3:洞窟
ウツワの案内でずんずんと3人は森の奥深くまで進んでいく。すると大きな岩壁に穴の空いた洞窟が姿を現した。
「ここみたいだね、ほらさっきのゴブリン」
穴の中に逃げたゴブリンが周囲を警戒して入っていく。ゴブリン達は体が小柄で大人の腰くらいしかないのにそれに不釣り合いな程大きな洞窟に入っていくのでドロは首を傾げる。
「精々自分達が入れるくらいの大きさの洞窟だと思ってたんだけどな。まさかここまで大きいとは思わなかった」
「い、いたのか」
荒い息を吐きながらペンルトはなんとかドロとウツワに追いついた。ドロに「いたぞ」と言われると倒れこむようにペンルトはその場に座り込む。ウツワがドロに視線で「どうする?」と問いかけると「小休憩しよう」とペンルトに向かって言う。ペンルトは心底助かったような顔でコクコクと頷き地面に大の字で寝転がった。
「てっきりペンルトさんは置いて洞窟を見に行くかと思ったよ」
「ん、まあな」
「ええ!そんな!」
ペンルトはばっと飛び起きる。
「さっきまではそう思ってたけど置いていかねえよ」
ドロは溜息を吐き頭を掻く。
「それよりもそれくらい動けるようになれば大丈夫だろ。休憩終了だ。行くぞ」
パッとドロは腰掛けていた木の幹から立ち上がりポンポンとズボンについた汚れを払う。地面に直に座っていたウツワも立ち上がると軽く土をほろう。ペンルトはがっくりとうなだれ仕方なく起き上がる。
ウツワが先行し先を歩き次にドロ、ペンルトの順で洞窟に入る。洞窟の中はひんやりとしていて涼しく壁は湿ったように濡れている。洞窟の中は真っ暗でそれでも迷わずずんずんと先へ進むドロとウツワにペンルトは必死にドロの服をつまみついていく。暫く洞窟を歩くとウツワが何かに気づいたように立ち止まる。
「この先は開けてるね。何かの空間みたい。僕より前に出ないでね。落ちちゃうから」
「落ちるってどういうことだ?ウツワみたいに俺はそんな見えてないんだ。うわっ!」
ドロがウツワの先にあるはずの道に足を踏み出すと空を切り体勢を崩す。分かっていたかのようにウツワはすぐさまドロの首の裾を掴むと自分の後ろに立たせた。
「だから落ちるって言ったでしょ?ドロは落ちそうだなあと思ったから予め言ったのに本当に落ちそうになるなんて」
「だって洞窟だぞ!下に空洞なんてあると思うか?」
憤慨してドロは言うがウツワは呆れたように「それじゃあほいほい罠にかかるのも頷けるね」と言われ言葉に詰まる。
「魔ペットが起きてたら盛大に溜息を吐かれてるところだよ。その後に絶対ご主人様情けないデス。それでもドロボウデスカって言われるよ?」
暗闇の中でドロが説教をくらっていると不意にほんのりと洞窟の中が明るくなりドロとウツワは辺りを見回す。最初に気がついたのはドロだった。
「この洞窟ただの洞窟じゃない」
「え?それってどういうこと?」
「しっ静かに。」
そう言うとドロは先程落ちそうになった地面へ目を向ける。そこには淡く輝く湖が洞窟内を照らしていた。
そして湖を取り囲むのは赤いゴブリン達。まるで絨毯が波打つようにガサガサと動きその数が数百にも及ぶのが見てとれる。ドロとウツワは地面にピッタリとくっつくようにして横になり小声でやりとりを交わす。
(こんなの2人で全力でやらないと流石に辛くない?それにこの数外に出たら町が大変なことになるよ!)
(そんなの分かってる!でもそれよりもヤバイのがいる!絶対に物音は立てるなよ!)
(ヤバイのって?)
(見てれば分かる。ほら来るぞ!)
ゴゴゴゴゴッ
地面が揺れ洞窟内全体が大きく揺れだす。パラパラと岩が崩れ湖に落ちる。すると大きな水しぶきが上がりそれは現れた。茶色く細長いブヨブヨとした体、何重にも及ぶ切り刻むような歯が立ち並ぶ口内、四肢はなく這いずり進むことに特化したフォルム。
食べることにしか重きを置かない特殊な竜種。
ワームである。
ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォオオッ!!
身の毛もよだつような雄叫びが洞窟内に響き渡る。ゴブリン達は呼応するかのようにぎゃっぎゃっと喚き散らす。それこそ洞窟の中に響き渡り大コーラスのように喚き声が響く。
(っっ!でかい!)
(ドロ!!あれ……)
(この洞窟はワームが作ったんだ。森に動物が一切いなかったのはせっせとゴブリン達がここに運んでいたんだろう。ゴブリンは働き蟻みたいな役割だったってことだな)
(じゃあ、あれが女王蟻?ちょっと想像の斜め上をいった気がするんだけど。いや竜って本の中でしか知らなかったけど実物は会いたくないね)
(ああ、目の前にいるけどな。ワームは聴覚だけ異常に発達してる。少しの音で反応して襲いかかってくるから気をつけろ)
(分かった)
ぎゃっぎゃっぎぇっぎゃっぎぇっ
ゴブリン達の悲鳴が上がりドロとウツワが視線を移すと
ワームはゴブリン達を喰っていた。今まで餌を運んできたであろうゴブリン達を端からまるで吸い込むように切り刻んで飲み込んでいく。
ドロとウツワはその光景に絶句し、ただ見ていることしか出来なかった。全てのゴブリン達を喰いつくすとワームはその場で動かなくなりまるで死んだように動かなくなった。
(ゴブリン達を全部喰った!)
(見ていていい気分にはなれないね)
(ウツワ……)
(?なあ……に?え?)
動かなくなったワームの背中がピシピシと割れる。するとその倍もあるであろう大きさのワームが体をくねらせ殻から這い出る。
(脱皮するの!?)
(知らねえよ!とにかく町まで戻るぞ!)
(あれ……そういえばペンルトさんは……)
いない人物に気がつき2人が固まるのも束の間静寂を破る大音声が洞窟内に響き渡る。
「おーーーーーーい!ドロ君ウツワ君!どこだーーーー!いたら返事をしてくれーーーーーーーー!」
((!!))
その声に反応するかのようにドロとウツワの2人の方をワームが見る。実際には目がないので顔を向けているだけだが確かにドロとウツワには目が合ったような感覚があった。
ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!
ビリビリとこちらに向けられる咆哮にドロとウツワはビクリと震え飛び起きる。
「ウツワ」
「ドロ」
「ペンルトを見つけたら」
「どっちでもいいからかつぐか引っ張る」
「そしたら」
「洞窟から出る」
「オーケー!じゃあ!逃げろーーーーーーーー!」
2人は踵を返し全速力で来た道を戻る。
ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!
という咆哮と共に後方から岩を削り喰いながらワームが迫る。
「おーーーーい!2人ともーーーーーーーーーー!あ!いた!おーーーーい!」
無我夢中で走る2人に呑気に手を振るペンルト。2人は一目散に脇を抜け様にペンルトの両脇を抱えひた走る。後方ではガリガリと削る音が聞こえますます2人の速度が上がっていく。
「ひええええええええええ!どうしたんだ2人とも!そんなに焦って……ひゃああああああああああああああああああああああああああ!!」
両脇を抱えられながらペンルトは悲鳴を上げる。
「出口だ!」
「急げえええええええ!!」
2人は一目散に洞窟を抜けると横っ飛びに洞窟の穴から飛び退く。その後から巨大なワームが通過しごっそりと地面を削りとっていった。
「あ、危ねえ」
「こんなところで解体なんてごめんだよ」
2人は脇に抱えていた手を離すとドスンとペンルトが地面に倒れる。
「気絶してる」
「まあ間近であんなの見ればな」
「ねえ、ドロ」
「ん?なんだ、一旦逃げられたんだし後はワームをどうするかだな」
「そのワームなんだけどさ……なんかこっち見てない?」
「そんなわけないだろ。森の中まで突っ込んでいったんだか……ら」
ウツワの見つめる先をドロも見るとワームが鎌首をもたげるようにして口を開きこちらを向いている。さあっと2人の血の気が引き咄嗟にもう一度ペンルトの手を脇に抱える。
「レディ!ゴー!」
珍しい竜種、ワームからの逃走劇が始まった。
次から短くなるかもしれないです