ミント
少女はそっと床に足を下ろしました。ぺたり。ベッドから立ち上がり、少女は背伸びをしてドアノブを回して、部屋を出ました。
屋敷の全員が、エントランスに集まっておりました。少女もその輪に加わります。
「やぁ、やぁ、お嬢さん。どうしたんだい?」
真っ黒なシルクハットとタキシード。遠出用の大きな鞄を持っていた男性はしゃがみ込み、駆け寄ってきた少女を抱きしめました。
ぎゅっと抱き合う二人を、使用人たちは冷めた目で見てました。
「……いくの?」
男性は驚いて、少女を見ました。そしてその瞳に横たわる不安や孤独を見て、思わず笑みがこぼれます。
「うん、うん、行くよ」
そう言って、男性は更にきつく、少女を抱きしめました。
男性はこれから、この屋敷を、街を、国を旅立ちます。男性は少女に妻のことを話してから少しして、それを決めたのでした。
あれ以来、男性はまるでふわふわと浮いていた体が地に着いたかのように感じていました。
男性は、妻を異性として見てはいませんでしたが、確かに情は抱いていたのでした。そんな妻が亡くなり、男性は一人ぼっちになりました。
そんな時に出会ったのが、少女でした。男性は少女と交流し、今度は彼女と共に生きようと、そう思えたのでした。
「あのね、あめ、あめ」
「うん、分かった、分かったよ。飴だね、飴」
男性はそう言って、ポケットから飴玉を取り出しました。
少女はそれを受け取り、すぐさまぱくり、と食べました。少女は顔を歪めます。
「……なんか、へん」
「うん、うん、今日はミント味だからね。これも苦手かな?」
「みんと」
少女はそれっきり何も言わず、口の中で飴玉をコロコロと転がしました。男性はニコニコと少女を見つめます。
パキリ。少女が飴玉を噛み砕きました。
「……さびしいの?」
少女は男性に尋ねます。
「うん、うん、そうだね。寂しいよ。けど、楽しみでもあるかな」
そう言って、男性は少女を撫でました。きょとん、と少女は男性を見つめております。
「飴、いっぱいお土産に買ってくるからね。だからお嬢さんもいっぱい食べておくれ。私は、飴を食べるお嬢さんを見るのが、好きだから」
「おみやげ?」
「うん、そう」
「旦那様、お時間です」
使用人の一人が話に割り込みました。
男性はもう一度、ぎゅっと少女を抱きしめました。
「じゃあ、行ってくるよ。ここで待っててね」
そう言って、男性は玄関から出て行きました。
後に残ったのは、涙を流す少女でした。