りんご
それはそれは、とても星空の綺麗な夜でした。
少女は椅子に座って、窓から空を見上げてました。月の光がきらきらと輝き、少女の青白い頬を更に青く染め上げます。整った顔立ちの少女は、まるで月の精霊のよう。
「やぁ、やぁ、お嬢さん。どうしたんだい?」
キィ、と音を立てながら、男性が部屋に入ってきました。何故か部屋の中でもシルクハットを被ってます。
ここは男性の屋敷でした。とても広く、家具も豪奢です。少女は知りませんが、男性は街でも有数の資産家なのです。
「そら」
少女が、ぽつり、と言いました。視線は既に、空ではなく男性に。
「ああ、空を見ていたのかい」
そう言って、男性はポケットの中から飴玉を取り出しました。コロリ。手のひらの上で、飴玉が揺れます。
「さぁ、ご飯の時間だよ」
少女はじっと飴玉を見つめ、言いました。
「……あめ?」
「そう、飴だよ。どうやら君は飴が大好きなようだからね」
少女が屋敷に来てから幾日か経っておりました。その間、男性は飴玉しか少女に与えておりません。しかし、これは決して虐待なわけではなく、少女が飴玉以外を口にしないからでした。
少女は椅子から降り、テトテトと歩いて男性の元へ行きます。男性は少女がやって来るのを待っていました。
男性の元に着くと、少女は男性に手を出します。
「あめー」
舌足らずな言葉が、少女の口から紡がれました。
男性は嬉しそうに、少女の頭を撫でます。
「うん、うん、いいよ、いいよ。はい、どうぞ」
そう言って、男性は少女の手のひらに飴玉をコロリ、と落としました。少女はそれをコロコロと転がして遊びます。
コロリ、ポロ。遊びすぎたのか、飴玉が少女の手から落ちてしまいます。
「おっと」
男性が落ちかけた飴玉を、何とか床に落ちる前に取りました。
「ほら、ほら、もう落としてはいけないから、食べなさい」
「うん」
少女はそう言って、飴玉を口に放り込みました。口の中でコロコロと飴玉を転がします。
「……おいし」
「そうかい、そうかい。今日はりんご味さ」
男性は笑みを深めて言います。「りんご」と少女が繰り返すように呟きました。
「うん、そうだよ、りんごだ。さあさ、もう寝る時間だろう? ベッドで眠りなさい」
「うん」
少女は男性の言うことを聞いて、ベッドへと潜り込みました。あらかじめシャワーは浴びていました。何しろ、男性の帰りは遅いので、いつも男性から飴玉をもらうと、すぐに寝なければならない時間なのです。
「おやすみ、お嬢さん」
「……おやす、み」
そう言って、すぐに少女は眠りに落ちました。
月明かりに照らされながら、男性は少女の髪を撫でていました。
「子供に、罪はないよね」
小さな呟きは、月の光と共に消え去ります。後に残るのは暗闇だけでした。