路地裏にて
トマトの入った袋を持たされたジョーは何かサッパリとした物が食べたいと伝えると、男は少し考えるように中空を見た後「冷や中食いに行こうか」と云って歩き始めた。恐らく夜になるとピンク色のネオンが犇めく道に出る。ポン引きが掛ける声を躱して奥へと進む。暗い路地に入った所で爬虫類顔とスーツ姿の男二人とが出会い頭にぶつかった。飲みかけの牛乳が黒いスーツを濡らした。
「あ、すんません。大丈・・」
男が気遣う言葉を言い掛けた所で胸ぐらを掴まれて路地の奥に引っ張り込まれている。素早い展開にジョーは戸惑った。
「何しとん」
「ごめんなさいって、」
美香が、この男はヤクザだと言った。酔っ払って居るが大丈夫だろうと思って男の後ろに隠れるように移動する、と肉を打ち付ける音がして男がジョーの方によろめき尻餅を付いた。キョトンと男を見ると殴られたらしい頬を押さえキョトンとする顔があった。
「このスーツ高ぇんやけど」
「お金?」
「誠意よ」
見上げる爬虫類顔は、スーツの男よりも幾らか背が高いが凶暴な部分は感じられない所でジョーは大変不安になった。美香が云うヤクザと云うのはチンピラの間違いでは無いかと思った。
男は立ち上がることもなくボンヤリとしていると、蹴りが入った。咄嗟に防ごうと腕を出したもの、その衝撃を緩和出来ず横に転がる。もう一人のスーツの視線がジョーに向く。
「あんた、この人のツレ?」
逃げ出してしまいたい、と強く思う。一秒に物凄い早さの瞬きを繰り返し、どう返答しようかと考えていると地面から何とも情けない声が上がった。
「本当に申し訳ない、許して下さい」
土下座だった。見間違える事無いくらい土下座だった。ジョーは、とにかく落胆した。とにかく情けなく思った。男の後頭部を踏み
「何や、このドヘタレ」と、唾を吐いた。男は何も言わなかった。ただ謝った。この場に居ることを、ジョーは恥ずかしく思った。
「許したるわ」
「すいませんでした」
頭から足を退けて、また唾を吐いた。男達が去るまで、土下座は続いた。顔を上げた男に、ティッシュを差し出すと「君は本当に優しい奴だね」と云われた。ジョーは優しさと同情と云うのは何だか違うような気がして苛々した。膝を払い、立ち上がった男の背中は酷く小さなものに見えた。壁に設置されたダクトが発する鈍い音が響いていた。