煙草とライターとヨッパライ
苫前の出したパプリカのマリネに手を付けず、酒ばかりを胃に流し込む爬虫類顔は舌の回転が怪しくなって来た頃に「帰る」と言ったのでジョーは伝票を締め、合計部分を切り取り、裏返して男に渡した。
「タクシー呼びましょうか」
「要らない、トモダチが迎えに来るから」
釣りを受け取って席を立った男は、厨房に向かって「連絡待ってるね、ケンちゃん」と言って店を出ていった。
苫前は、パイプ椅子から立ち上がり裏口から出ていった。ジョーも、それに続いた。
川から立ち上がる藻の腐った臭いを嗅いで夏だと思う、明日は雨が降るだろう。街の明かりが、垂れ下がった雲を映し出していた。
ビールケースに腰掛けている苫前の隣に立ち、煙草をくわえた。ライターは持っていたが、何となく苫前に火を貸してくれないかと言うと何処かのクラブの赤いライターを差し出された。苫前の様な地味な男でもクラブなんかに行くのかと思うと、何だか少しだけ苫前というニンゲンに触れた気がした。
その日は、矢口がヨッパライすぎて仕事を放棄し、イヤッホーゥと言いながら欽ちゃん走りで逃亡した為に早々に店を閉めざるをえなくなった。ジョーは何時もの様にカウンターを片付け店を出て、サァ一杯呑みに行こうかと時計を見ると、大抵の飲み屋が閉まる時間だった。
煙草を吸おうと、ポケットを探る。
ラッキーストライクの箱に苫前から借りたライターが入っていた。
ライターを借りパチするのは、ジョーの悪いところだ。本人も悪気が有る訳ではないのだが、何時も気付いた時はシマッタと思い持ち主に謝るのだが大抵の場合、良いよライターくらいと言われるのでまた同じような事を繰り返してしまう。
ふと、苫前は一体どんな店に出入りするのだろうと興味が湧いた。ライターに印刷された住所は、フィニスティルから歩いて行けそうな距離だった。苫前から借りたライターで煙草に火を付け、歩き始めた。