元勇者一行の半魔族
どうも、みなさんこんにちは。
私の名はフィレイアです、どうぞよろしくお願いします。
さて、私は今とても忙しいのですよ。
「フィレイアちゃんただいまー、依頼のもの狩ってきたよ」
「ここは冒険者ギルドの受付窓口です。依頼達成はあちらの達成窓口へどうぞ」
「フィレイアちゃん何か割の良い依頼ない?」
「そのような依頼は朝早くになくなりますから、今の時間では全くこれっぽっちも残っていませんよ」
「フィレイアちゃん悪いんだけど……」
「悪いと思うなら頼まないで下さい」
と、このように有象無象の冒険者どもが私に話しかけてくるのです。受付窓口担当ですから話してくるのは構わないのですけど、用事もないのに来るなと思っています。
このような感じで朝早くからお仕事をしていて、ようやく午前中の時間も終わりお昼休みになりました。
今朝来るときに買っておいたパンを取り出して、かじり付きます。
もともとこの街は数千人と周囲に比べ人口も少なく、冒険者もせいぜい五十人程度しかいません。そのため窓口の数も四個しかなく、また忙しいのは朝と夕方頃でそれ以外の時間帯は基本暇です。
そのためか、お昼休みは外食する職員もいますが、私は受付の椅子に座りながらのんびりパンをかじっています。
ぼーっと建物の中を見渡す。
二十年ほど昔に一度内装を取り替えて綺麗にしましたが、それももう過去の話。今はあちこち汚れがこびりついています。
あ、私は人とは違い長命種族ですので、二十年はあっという間なのです。なんせ生まれてから既に……いえ、年齢の話はやめておきましょう。
そんな年齢でも未だにちゃん付けで呼ばれているのは、外見のせいです。人で言えば十代中頃でしょうか。
でも肌の色は褐色で髪も黒、更に背中にはコウモリのような小さな羽、おまけに細く黒い尻尾まで生えています。羽と尻尾は服の下ですから見えませんけど。身長も十代中頃の女性に比べ若干小さいです。ダークエルフと小悪魔のハーフですから黒いのは仕方ありません。
小悪魔は最下級とはいえ人と敵対している魔族ですし、ダークエルフとのハーフとはいえ私がこうして人の住む街にいるのは、百五十年ほど昔勇者一行のメンバーだったからです。
元々ダークエルフも魔族側でしたが魔族を裏切り人側に付きました。私はダークエルフの母親に育てられていましたので、必然的に人側についたのですが……ま、父親がインプだったので当然迫害の対象となりました。
あの頃はまだ若くやさぐれて、あちこち喧嘩を売る毎日でしたが、そんな時勇者と出会い、何故か魔王討伐の旅に無理矢理連れられました。
私は真眼と呼ばれる物質の流れを読む力を持っています。
その流れを断つ事によりどのような、例え魔法で生み出したものですら物質化すれば斬る事が出来ました。あ、物質化しない精神攻撃はマナー違反ですよ。
その力を使い勇者を助け、とうとう最後には魔王を斬りました。その時ついたあだ名が「断斬姫」。
そして魔王を倒したあと、私は少し縁のあったこの街に住み、今に至っています。
とはいえ、それももう過去の話。百五十年も経てば人や街は変わります。
当初は勇者一行の一人が住んでいる、と噂になって訪れた人も多かったのですが、今はそんな事もなく、気の向くまま暮らしています。
冒険者ギルドの職員になったのも、当初はその力を使って街の安全を守っていたのですけど、途中面倒になって後進育成の建前でギルドの職員となったのです。
それから百年、私はこの受付窓口を担当しています。
最も魔王が滅んでから百五十年、魔族もめっきり減り、従っていた魔物も数を減らし、昔とは打って変わって平和になりました。
最近、とは言っても二十年ほど昔ですが、遙か昔に偉大な魔法使いや力ある魔族たちが作った迷宮と呼ばれる場所へ行く冒険者が増え、迷宮が近くにない街に滞在する冒険者も減りました。
また若い人も迷宮へ行ってしまうので高齢化社会となり、見た目は十代中頃の私がちゃん付けで呼ばれるようになっています。
さて、パンも食べ終わりましたし残りの休憩時間は本でも読みましょう。
♪ ♪ ♪
≪ゆうしゃ≫ものがたり。
ひとからうまれた≪ゆうしゃ≫、かみさまからちからをもらい、あくの≪まおう≫をたおしました。
≪ゆうしゃ≫といっしょにたたかったひとはよにん。
ひとりは≪けんじゃ≫、あらゆるまほうをつかいこなす。
ひとりは≪せんし≫、けんをふるだけであくはふっとぶ。
ひとりは≪せいじょ≫、どんなけがもたちまちなおす。
さいごのひとりは≪まのてさき≫、≪ゆうしゃ≫にかいしんされ、なかまとなった。
≪ゆうしゃ≫は≪まおう≫をたおしたあと、せいじょとけっこんし、すえながくしあわせにくらしました。
≪けんじゃ≫はもりのなかでずっとひとりでくらしました。
≪せんし≫はきしとなってくらしました。
≪まのてさき≫はひととなかよしになってくらしました。
めでたしめでたし。
♪ ♪ ♪
………………。
誰が魔の手先ですか、誰が改心されたのですか。
『うはっ、悪魔っ娘キター! きみ、とっても可愛いね! 一緒にいこうよ!!』
偶然森の中で出会い、いきなりそう言われ腕を掴まれ、そのまま拉致されたのですよ。問答無用ですよ。何ですかねあの傍若無人なやつは。
今の世なら人さらい確定です。
『私は半魔族ですよ? あなたは怖くないのですか?』
『ばっかお前、そこが可愛いんじゃねぇか。だがケモ耳も捨てがたいし、ふさふさ尻尾もありだがな』
『よくわかりました。あなたは女性なら誰でも良いのですね』
『ばっかお前、女ならOKなんて俺は言ってないぞ? 可愛い女ならOKだがな。いいか今から言う言葉は全世界共通だ、よっくおぼえとけ。可愛いは正義! はい、復唱!』
『え? あ? えぇ!?』
『はい、可愛いは正義!』
『か、可愛いはせ……じゃなくて!』
それからというもの迫害されやんちゃだった私に毎晩『フィレイアはかわいいなぁ、いくら撫でても飽きない。ずっと一緒に居ようよ』なんて言葉を言われ続け、そして最後には悪女……もとい聖女の手管にあっさり陥落して結婚させられているし。馬鹿もいいところですよ、少しでも期待していた私含めて。
……ま、今となっては過去の話です。それより何故こんな本がギルドにあるのでしょうか。
窓口の下には書類が入る棚があります。私はギルドの書庫から何冊か適当に見繕ってこの中へ仕舞い、空いた時間に読んでいます。
でも……≪ゆうしゃ≫ものがたり、ですか。どう見ても子供向けの本ですし、私が選んだ記憶もありません。
となると、誰かがこの中へ入れたのでしょう。
この場所は私が百年前から占領しているのです。例えギルドマスターといえど無断で使用はしません。
他の職員も当然馴染みの顔ですし、そもそもこの十年ほど顔ぶれは変わっていません。
あ、先月解体屋のホウリムさんが高齢で引退したくらいですね。まだ解体部署には一人いますけど、集中してますからね。誰かもう一名人員の増強は必要でしょう。
それはともかく職員にも私の場所へ勝手に本を入れるような人は思いつきません。
となると部外者?
しかし基本的にこちら側はギルド職員以外立ち入り禁止です。
「フィレイアちゃん、この依頼頼むわ」
犯人捜しに没頭していると、声をかけられました。
ちらと時計を見ると、既にお昼休みは終わっていました。ちっ、お昼休みなら無視したのですけどね。
顔を上げるとオーハイツさんでした。確か年齢は四十を超えたくらいで、このギルドでも上位に位置するランクCです。
四十歳ともなれば、もう引退している人も少なくない年齢です。だいたい三十代前半頃から徐々に身体の動きが鈍くなり、後半に差し掛かるとそれが顕著に表れてくるらしいです。こうなると命の危険度が増すので概ね三十代後半から引退する人が目に見えて増えてきます。
魔法を主体に戦う人なら六十近くまで現役な方もいらっしゃいますけど、そもそもそこまで高齢になると移動も辛くなるので、大抵は街中、或いは街近辺の依頼を中心にこなしています。
オーハイツさんもそろそろ引退を考えていると思いますが、彼が引退するとこのギルドの戦力が落ちてしまう事も知っているから、無理にでも頑張っているのでしょう。冒険者の顔ぶれもここ何年か殆ど変わっていませんし、あと十年経てばどうなるか、少し怖いです。
ただ冒険者のやり手がいなくなれば、私もこの街を出るつもりです。
元々ちょっとした縁があってこの街に住み始めたのですけど、もう百五十年ですし最近は惰性で居るだけですから良い区切りですね。
「……シャリッドスネークの討伐ですか。少し危険なのでは?」
シャリッドスネークはランクCの冒険者が相手する魔物です。もちろんこの強さの指定は余裕を持たせていますので、ランクだけで言えばオーハイツさんでも可能なのですが、彼は先ほど言ったとおり年齢的に厳しい状態で、余裕を持つならこの依頼は受けないほうが良いはずです。
でも……。
「ランクCは誰も似たり寄ったりなんだよ。誰かがやらなきゃいけないなら、ここは一番年長者の俺がやるべきだろ? それにこいつは街の近くに現れたそうだし、出来るだけ速やかに排除すべきだ」
他のランクCの冒険者も全員三十代後半で、オーハイツさんが一番年上なのは事実です。全員と言っても、ランクCの冒険者は五人しかいませんが。
それだけ考えると、既にこの街の冒険者ギルドもおしまいかも知れません。迷宮のある都市なら十代前半からいるのにも関わらず、この街で一番年齢の若い人でも二十代前半なのです。更に新規登録した人なんてもう五年ほど居ません。
既に末期状態です。
この職場もそう長くはなさそうですし、移住も本気で考えた方が良いかもしれません。
迷宮のある街に住み移るのも一つの手ですし、どこかの森に引っ込むのも手です。
「なーに、心配するな。差し違えてもそいつは倒すよ」
私が心配しているのは冒険者ギルドという組織の状態だったのですけど、何を勘違いしたのかオーハイツさんは私の頭をぽんぽんと撫でてきました。
私はオーハイツさんの何倍も長生きしているのですけどね。それに私はギルド職員になる前は冒険者登録しているのです。
「申し訳ありませんが、オーハイツさんにこの依頼は任せられません」
「え?」
「先ほどオーハイツさんは一番年長者がこの依頼を受けるべきだ、とおっしゃいました。その理論からすれば私が一番年長者なので、私が受けざるを得ません」
「あ、いや、確かに俺がガキの頃からフィレイアちゃんの見た目は全く変わってないけど、これは冒険者の仕事であってギルド職員の仕事じゃ」
ぶつぶつと何か言うオーハイツさんの前に私のギルドカードをばばんと提示してやりました。
最初胡散臭そうな目でギルドカードを見て、色と内容を確認したあと、愕然と私のほうを見てきました。
「断斬姫フィレイア……ランクが……オーバー……? うそだろ?」
冒険者は一番下のランクFから一番上のランクS七段階あります。でも国家的、或いは大陸的規模の災害などを防いだ冒険者はランクオーバーという栄誉が与えられます。
歴史上ランクオーバーとなった人は僅か九名しかいません。そのうち五人が勇者一行で占められていますけどね。
「私は魔王を倒した勇者一行の一人ですよ」
「その話、本当だったのかよ」
魔王を倒してから既に百五十年、私という生ける証人がすぐ近くにいても、時と共に忘れ去られていくのでしょう。
私も特に宣伝してませんしね。
ただ、私もここ数十年まともに戦っていませんから腕が鈍っていそうです。数十ヶ月ではなく数十年、ですからね。
私は窓口に外出中の札を立てかけ、そして隣の扉からカウンターを出てオーハイツさんの腕を取った。
「ではオーハイツさん、いきますよ。案内お願いします」
「俺が!?」
「はい、私も実戦は久しぶりですから道中戦いながら移動したいのです」
「そりゃーかまわないけど、武器は?」
そう尋ねてきたオーハイツさんの顔近くに自分の手を手刀の形にして突き出しました。
「手です」
「は?」
「手で切ります。私は『断斬姫』ですよ? 魔王の防御もこの手刀で斬り裂きました」
「は、はぁ……」
突き出された手を見て、曖昧な返事をするオーハイツさん。
確かに大柄なオーハイツさんに比べ私の手は半分くらいしかありませんし、それにずっと事務職をやっていたせいか、堅くもなく、むしろ柔らかいほうかと思います。
普通に考えれば無茶な話だと思います。
でも論より証拠、私の戦いを間近で見れば分かるでしょう。
オーハイツさんを引き連れて私は意気揚々とギルドを出ました。
♪ ♪ ♪
体長一メートル半の魔物、ランクDのペルネシスウルフと対峙しています。
私の目にはベルネシスウルフという生き物を構成している物質の流れが線のように浮かび上がっています。それは呼吸や身体の動きに合わせ刻一刻と目まぐるしく変化しています。
真眼は強力な能力ですがそれだけでは魔物には勝てません。流れを見切り斬れるようになるまで随分時間がかかりました。
「はっ!」
私のかけ声と同時に届かない位置から手刀を振るうと、音もなくペルネシスウルフの身体が縦に真っ二つに裂かれました。
舞い散る血しぶきを避けるように、後ろへ跳んでオーハイツさんの横に並びます。
「……すっげぇ」
感嘆の声をあげるオーハイツさんですが、自分自身は全く動きがなってないと思っています。
今も五カ所ほど線からずれた場所がありました。しかもあれだけ動きが遅いにも関わらず、です。低ランクの魔物だったので無理矢理斬る事は出来ましたが、もっと高位の頑丈な魔物だと途中で止まっていたでしょう。
正直ここまで腕が落ちているとは思っても居ませんでした。数十年のブランクはそう簡単に埋まりそうもありません。
「どうしたフィレイアちゃん? 不満そうな顔してさ」
「いえ、あんな雑魚の動きすら見切れなかったので、悔しいだけですよ」
「雑魚って……あいつ意外と動きが速いし倒すのに結構苦労するんだけど……」
街の近く、たまに遠出する程度のオーハイツさんと、魔王やその幹部など高位の魔族を相手してきた私では、経験が違いすぎますからね。
ま、それも百五十年も昔ですが。
しかしこれは少し真面目に鍛錬し直す必要があります。もし賢者が生きていて今の私を見ればため息をつくでしょうし、鼻持ちならない聖女が見ればそれこそ鼻で笑われるでしょう。
……何となくむかついてきました。
「次です! 次いきましょう!」
「お、おう。肝心のシャリッドスネークも忘れるなよ」
「この際みんな纏めて退治してしまいましょう!」
私は感知の範囲を広げ、手当たり次第駆逐を始めました。
「こ、ここってこんなに魔物がいたのかよ」
戦っていないオーハイツさんが何故か疲れたような声を漏らしました。
小悪魔は最下級の魔族ですがそれ故小技に長けており、感知能力や幻覚、不意打ちなどの魔法と非常に相性が良いのです。今回も感知能力を使って見敵必殺で次々と倒していきました。
おかげで斬る分にはそこそこ慣れてきましたが、やはり身体の動きは全然なっていません。幸い私は半分魔族の血を引いていますので、どれだけ月日が経過しようが筋肉や魔力が落ちるということはありません。つまりカンさえ戻れば昔とほぼ同じ状態へ持って行くことも可能です。
そのカンを戻すのにどれほど年月がかかるかは分かりませんけど。そもそも低級の魔物相手では、戦いではなく殺戮となってしまいますからね。多少歯ごたえのある魔物など今の時代では迷宮へ潜るくらいしかいないでしょう。
「なぁフィレイアちゃん、このペースじゃシャリッドスネークがいる場所に着くまでに日が暮れちまうぞ」
「そうですね、確かに数をこなせば良いと言うものでもありません。では速やかに移動して退治して撤収し、夕食までに戻りましょう」
颯爽と前を歩き始めましたが……ふと思い立って後ろにいるオーハイツさんに尋ねました。
「ところでシャリッドスネークがいる場所はどこにありますか?」
「……ギルド職員が依頼内容を忘れるなよ。ヴェイツ爺さんの管理している田畑だ」
先ほどよりも疲れた声で答えてくれました。
ヴェイツさんは二十年ほど昔に引退した元冒険者で、街から徒歩三十分ほどのところでのんびり一人暮らししています。
なるほど、彼が発見者ですか。結界魔法を得意としたランクCの魔法使いでしたので、攻撃はともかく守りならシャリッドスネーク程度の魔物では傷一つ負う事もないでしょう。
しかし街から徒歩三十分の距離にランクCのシャリッドスネークは確かに脅威です。早めに対処が必要でしょう。
今、私のいる場所は街から南の方向へ二十分ほど歩いたところにある林近辺です。そしてヴェイツさんの家はここから西へ二十五分くらいのところです。
「オーハイツさん、方向が九十度ほど違いますよ!」
「フィレイアちゃんが勝手に先へ進むからだろ!」
それは失敬。
♪ ♪ ♪
「これで終わりですか」
シャリッドスネークを輪切りにして、私は一仕事終えた感じで額の汗をぬぐう仕草をしました。
もちろん汗一つかいていませんけど。
それにしてもシャリッドスネークは意外と早く見つけることができました。というより、どうやらこの周囲一帯を縄張りにしていたようで、部外者が入ってきた為か自分から姿を現したのです。
スネーク系の魔物は鼻の先に熱探知の能力が備わっていて、かなり遠距離からでも生きているものの熱を感じ取る事ができるそうですけど、それはそれで凄いですよね。姿を消す魔法を使っても体熱を消さないとスネーク系の魔物はあっさり見つけるということですから。
ま、とにもかくにも依頼は終わりましたし、部位証明の牙を取って街に戻りましょう。
そう考え、輪切りにしたシャリッドスネークの死体へ近づいた瞬間。
「避けろ!」
オーハイツさんの叫びと共に真横から衝撃が飛んできて、私は吹き飛ばされました。
♪ ♪ ♪
「……っ!?」
少し意識を失っていたようです。
すかさず周囲の状況を判断、剣戟音が聞こえていますが、おそらくオーハイツさんが私を襲ってきた何者かと戦っている音でしょう。音から判断するに、どちらもまだ比較的余裕がありますので、少しは猶予がありそうです。
次に自分の状態を確認。
痛みはあるものの、どこにも怪我らしい部分はありません。骨にヒビは入っているかも知れませんが、折れている訳ではなさそうなので、今のところ問題はないでしょう。意識が飛んだのも、久しぶりに受けた比較的大きなダメージのショックを和らげるためでしょうか。意識が無ければ痛みも感じませんからね。
小悪魔の血を引く私が奇襲を喰らうなんて、これは聖女に鼻で笑われても良いレベルの失態です。
頭を振り、両肩や腕の痛みを無視してて立ち上がりました。
ふと自分の周囲の地面が少し陥没している事に気がつきました。吹き飛ばされた衝撃でしょう。確かにこれは痛いはずです。
そしてようやくオーハイツさんと戦っている相手を見てみると、そこにいたのは魔族でした。
ただ高位ではなく下位、もっといえば私と同じ小悪魔タイプです。なるほど、自分で言うのもなんですが小悪魔系の魔族は小技に長けていますが、魔力も筋力も他の魔族に比べるとかなり弱いのです。そのためランクCのオーハイツさんでも何とか対応できているのでしょう。
私に当てた衝撃は小悪魔にしては強力でしたから、きっと最終手段か奥の手だと思われます。私もいくつか持っていますからね。
しかし……あんな小物に私は吹き飛ばされたのですか、しかも気を失うレベルで。
常日頃から気を張り寝ている間もゆっくり休むことが出来なかった頃とは違い、今の生活は本当にゆったりです。安心して寝られます。そして先ほどまで私は見敵必殺の勢いで自分より遙かに弱い魔物を倒していました。
一言で言えば油断、そして慢心、驕りです。
戦場では気を抜くな、なんて初歩の初歩を忘れていたなんてまぬけも良いところです。
そうです、戦うべき相手にはきちんと全力を持って相手しなければなりません。
オーハイツさんは善戦していますが、小悪魔とはいえ相手は魔族です。ランクCの、しかも引退しても良い年齢の方では少々荷が勝っているはずです。
事実小悪魔の困惑魔法で剣を逸らされ、逆に相手の槍でかすり傷が増えている様子です。
「オーハイツさん、そこから離れて下さい!」
「悪いがそれはできねぇ! 俺が戦っている間にフィレリアちゃんは街へ戻って援軍を呼べ! ついでにヴェイツ爺を呼んでくれりゃ暫くは持つぞ!」
私が逃げろと叫んだにも関わらず、何故かオーハイツさんはまるで私の知っている勇者のように、より一層激しく小悪魔へと攻撃を始めました。
どうやら私が逃げられるよう、攻撃をこちらへ向けさせないようにしているようです。
ちょっとムカついてきました。
私は全力で戦うと先ほど決めたのです。
人より遙かに魔力の多いダークエルフの血がざわつき、それが小悪魔の血と反応し、私の身体が変化していきました。
背中に生えていた小さなコウモリの羽が服の背の部分を破り私とほぼ同じくらいの大きさへと巨大化し、そして頭部に黒い角が二本生えました。更に手の爪が数十センチほど伸び、普段は深緑色の目の眼孔が縦に伸び紅く染まります。
確か勇者はこの姿の私を「フィレイア激おこモード」と言っていましたっけ。
勇者の使う言葉はいまいち分かりませんが、何故こんな時にそんな事を思い出したのか……きっと昼に読んだあの本の影響でしょう。
ふぅ、とため息をついて私は未だ小悪魔と戦っているオーハイツさんに命令しました。
「オーハイツ、そこを退け」
真眼は物質の流れを見るものです。普段はその線をなぞる事で物質そのものを斬るのですが、流れの線を魔力で無理矢理変えてやれば身体の制御を奪うことも可能です。
魔力抵抗の高い種族だと効き目はありませんが、普通の冒険者であるオーハイツさんには効果覿面でした。
私の言葉に反応した彼は剣を引き、そして一目散に後退していきました。
「ちょっ、何する……」
抗議しようとオーハイツさんの目が私に移動し、そしてこの姿を見て絶句しました。
普段の私は少し肌黒いダークエルフのように見えますが、今の私の姿はどこをどう見ても悪魔族にしか見えません。
あまりこの姿は人目に晒したくなかったのですけどね。
小悪魔のほうは私を見て一瞬怯んだものの同族と気がついたのか構えを解きました。
確かに半分は同族ですが、あなたは私の敵です。というか、よくも先ほどは私を吹き飛ばしてくれましたね。
無言で私は腕を上げ、そして振り下ろしました。
その瞬間小悪魔の身体が吹き飛び、私と同じように地面に叩きつけられ私より少し大きめに地面が陥没しました。やられたらやり返さなければなりませんよね。
ふらふらと立ち上がる小悪魔に、私は無言で次々と手刀を放ちました。四肢が斬られ、更に背中の羽までも千切りです。
倒れ込んだ小悪魔に私は地面を蹴って瞬時に近寄ると、小悪魔を見下ろしました。
彼の目は、何故同族を殺そうとする、と訴えていましたが、あなたから先に手を出したからでしょう?
それに同族といっても半分ですし、私は魔王を斬った勇者一行の一人ですよ?
わざと口を歪め、そして彼の首を切り落とすとその瞬間、小悪魔の身体は霧のように溶けて消え去っていきました。まるで最初からそこに居なかったかのように。
♪ ♪ ♪
「はぁ……どうしましょうか」
シャリッドスネークの討伐が終わってから既に一週間が過ぎました。
オーハイツさんは小悪魔にやられた傷を癒すため入院中だが、元々そこまで深い傷は負っていなかったのでもう退院しても良い頃でしょう。
ただ、問題は私のあの姿をオーハイツさんに見られたことです。
どう見ても魔族ですから怖がられるのは当たり前で、もっと言えば疎まれたり、最悪追い出される可能性もあります。私がこの街を訪れた頃はまだ勇者フィーバーの真っ最中で私の事も簡単に受け入れられましたが、既に百五十年も経過していますからね。
ま、このギルドもあと十年もすれば冒険者がいなくなり廃業になりそうですし、追い出されたとしても早いか遅いかの違いだけですから良いのですけどね。
問題は次の就職先をどうするか、です。
街を出るのは確実として、どこへ向かうべきか。当分山か森の中で一人暮らしでもしてみようか、それとも迷宮へ潜ろうか……。
「フィレイアちゃん何か割の良い依頼ない?」
そんな事を俯いて考えていると誰かが声をかけてきました。
既に時刻はお昼に差し掛かろうとしています。割の良い依頼なんて朝早くに並んだ人が取っていくので、こんな時間に残っているはずがありません。
「そのような依頼は朝早くになくなりますから、今の時間では全くこれっぽっちも残っていませんよ」
そう言いながら顔を上げると、窓口の正面に立っていたのはオーハイツさんでした。まだ包帯は一部巻いたままですが、かなり元気そうです。しかしまだ足の一部は完治していないのか、たまに動きがぎこちない様子です。
それはそれとして、彼は私のあの姿を見たあとでも、今までと変わらず普通に声をかけてきています。
「相変わらず冷たいなぁ」
「……あの、オーハイツさんは私が怖くないのですか?」
「俺がガキの頃からツンツン返事されているからもう慣れたよ。むしろそうでないと、フィレイアちゃんじゃねぇ」
私の言葉遣いが怖くないのか、と勘違いされたようです。
「そう言った意味でなく、殺されるとか思いませんか?」
「んー? だって俺が生まれる前からずっとここに居たんだろ? しかもランクオーバーの冒険者サマだろ? 心強いじゃねぇか。そんな事よりさ、何か依頼ない?」
そういった彼の目は、『可愛いは正義』と馬鹿な事を言ってきた勇者によく似ていました。
男性はみなこういう人なのでしょうか。
怒鳴られ追い出されるかな、と少しだけでも思ってた自分も馬鹿みたいですね。
「……そんな都合の良い依頼なんてありませんし、あったとしても誰かが先に取ります。もう四時間早くきてください」
一呼吸おいて、続けてオーハイツさんに伝えました。
「それに、まだ本調子じゃないんですから、あと数日は安静にしていてください」
「ありゃ……ばれたか」
「歩いている動きを見れば分かりますよ」
「ああ、じゃ完治したらまた来るからそれまでにおいしい依頼残しておいてくれよ」
「善処します」
手を振ってギルドから出て行くオーハイツさんの後ろ姿を見て私は、もう少しここに居てもいいかな、と思いました。
ふと足下を見ると、以前読んだゆうしゃものがたりの本が落ちて、ページが開かれているのに気がつきました。
≪まのてさき≫はひととなかよしになってくらしました。