ハルト、開墾する
【前回まで】
・雨宮晴人は無事「石を投げるのが上手い村人A」として転生を果たした
・幼なじみたちが領主の息子に取られてしまう
・兄さんはイケメン
「ファイトォォォォォ!」
「え?」
「・・・兄さん、俺が『ファイト』って言ったら、『いっぱぁぁぁぁつ』と叫んでください。」
「何かのおまじないかい?」
「そのようなものです。いいですか、ファイトー!」
「い、いっぱぁぁぁぁつ!」
俺とオーランド兄さんは力を合わせて、地面から掘り出した大きな岩を台車に乗せた。農民生活で鍛えたはずの筋肉が悲鳴を上げている。身体は重く、ここ数日分の疲労が蓄積しているのを感じる。
「ふぅ・・・それじゃあ、少し休憩して・・・それから、この岩を捨ててこよう。身体は大丈夫かい、ハルト?」
「ええっと・・・はい、なんとか。」
正直今すぐ横になって休みたいぐらい疲れているが、泣き言は言っていられない。時間はたくさんあるようでいて、しかしそれほど残っているわけではないのだ。
俺たちが何をしているのか説明しよう。それは、開墾だ。岩が埋まり木が生い茂る土地から邪魔なものを取り除き、土を耕して田んぼや畑に適した土地に切り拓く作業のことだ。
ジルとエレノールを取り戻そう。そう言って、兄さんが立てた作戦はこれだった。
話は数日前に遡る。
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「2人を取り戻すって・・・どうするんですか?」
俺は泣き顔の俺に、兄さんは不敵に笑ってみせる。
「土地を切り拓くんだ。開墾して、僕たちの土地を手に入れるんだよ。」
「かいこん・・・?」
兄さんは力強くうなずいた。
「そう、僕達が領主様に逆らえないのは、要するに土地を借りているからだ。土地を借りられなければ農作ができないから、この村で生活することができなくなってしまう。」
「・・・。」
俺は真剣に兄さんの説明に耳を傾けている。イケメンの兄さんはまっすぐに俺の目を見て、真剣な表情で話を続けた。俺が女子だったら頭がフットーしてまともに話が聞けないかもしれない。ここは畑の真ん中でシチュエーションも何もないが、長い茶髪を風になびかせて俺を見る兄さんは男の俺でさえずっと見ていたくなるほど絵になる。ふぇぇ・・・兄さん、カッコいいよぉぉぉ・・・。
「・・・ん、聞いてるかい、ハルト?」
「へ?あ、はい。もちろんですよ。」
いかんいかん。今は兄さんのイケメンぷりは置いておこう。
「ええと、どこまで話したかな?そう、僕たちが住んでいるこの国『ヴァータリア』には、開墾した土地は10年間、開墾した者の所有地になるという法律がある。未開の山野が多い国だからね。農作地を増やすためにそういう政策があるのさ。」
「へぇ・・・よく知ってますね、兄さん。」
「・・・まぁ、色々と調べたことがあってね。で、これがどういうことかわかるかい?」
「ええっと・・・俺たちが新しく農作地を作れば・・・少なくとも10年はそこで農業ができますね。ということは・・・。」
「そう、もし食べていくのに十分な広さの農作地があれば領主様から土地を借りる必要もなくなるから、少なくとも10年はギリアム様の言うことを聞かなくてもいいということさ。納税の義務はもちろんあるけど、専有地では税率も低い。納税の義務さえ果たせれば僕たちは自由だ。10年後には土地はまた領主様のものになってしまうけど・・・先のことは、また10年後に考えればいい。10年あれば、また新しい土地も拓けるかもしれないしね。」
「おお・・・なるほど・・・!」
「というわけで、2人で土地を手に入れよう。そうすればその土地の独立した農家として、ジルやエレノールを妻として迎えることができる。どうだい、ハルト?」
さすが兄さんだ。まるで前々から準備していたかのように色々と知っているのが気になるような気もするし、うまい話に乗っかると酷い目にあうというのも身をもって学習しているが・・・兄さんが俺を騙すようなことは絶対にないから大丈夫だ。俺は二つ返事で了承した。
「やります!やりましょう!」
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というわけで希望を胸に開墾作業を始めてから、はや数日。今のところの成果は・・・大きな岩を3個どかしたのと、木を倒そうとして少しだけ切り込みを入れたぐらいである。数日かけて、これっぽっち。目の前には岩がゴロゴロと埋まる大地と、自然のままに木々が生い茂る森が広がっている。
作業が進まない理由のひとつは、使える時間の少なさだ。
今までやっていた実家の農作業も当然やらなければいけないわけで、他の家族は反対はしないまでも、積極的に協力してくれることもなかった。台車やらスコップやらといった道具も日中の農作業が終わった後でしか借りれないため、作業は必然的に夕暮れ近くから始めることになってしまう。真っ暗になれば作業どころではなくなる上に危険なので引き上げざるを得ない。作業できる時間は想像以上に少ない。
そしてもう一つ。
「ああハルト・・・こんなに開墾が辛いものだとは思わなかったね。」
「ホントですね・・・。」
そう、辛いのだ。開墾ヤベェ。
地面に埋まる岩を人力で掘り起こし、一抱えもある木を切り倒してどかし、切り株とそこから大地に深く食い込んでいる根をなんとかして掘り返す。これらは想像を絶する重労働で、毎日ほんの2、3時間しかやっていないはずなのに、俺も兄さんもボロボロだ。
よくあるウェブ小説では、俺が現代日本の知識を活用して超効率よく開墾を進め、村でも最大規模の土地を持つようになってジルもエレノールも俺のもの、ついでにギリアムをけちょんけちょんにした挙句、オーランド兄さんも俺のものに・・・いや、兄さんは違うか。違うな。とにかくそんな感じのサクセスストーリーになると思うのだが、ぜんぜんそんなことはない。
というか考えてみて欲しい。俺の前世は普通の男子高校生だ。出来ることといえば作者の気持ちを考えたりxとyに代入して点pの移動距離を求めたりすることぐらいだけど、それが未開の山野を切り開くのに何の役に立つだろうか。立たない。それはもうクソの役にも立たない。せいぜい、おおざっぱに書かれた村の地図の縮尺から開墾すべき場所と面積をおおざっぱに計算して、ここ数日の進捗のなさに絶望するぐらいしか役に立たなかった。
「・・・む、来たぞハルト、台車の後ろに隠れなさい!」
「はっ、はい!」
兄さんが声を上げ、俺は慌てて台車の後ろに隠れた。進まない開墾作業に追い打ちをかけるように、さらなる問題が定期的にやってくる。
魔物や野生動物の襲撃だ。
眼前に広がる鬱蒼とした森の中から小さな黒い影が2つ、走ってくるのが見えた。影の正体は人食兎と呼ばれる魔物。ウサギに角が生えたような姿をしていて非常に獰猛な、要するに肉食のウサギである。日光を嫌うので普段は森の中にいるが、こうして日が落ち始めると平地にも姿を現すのだ。開墾とは村を囲む深い森を切り開くことであり、こうした魔物に襲われるのは必然であった。
「・・・シッ!」
兄さんが小さな人食兎目掛けて矢を放つ。消えかかる夕陽に紅く染められながら弓を構える兄さんはとても絵になるが、今は兄さんよりも矢の行方を見たほうが良さそうだ。まっすぐに飛んだ矢はしかし、小さくて敏捷な魔物を捉えられずに地面に突き刺さる。
「クッ・・・2匹同時は少しまずいな。接近されるかもしれない。ハルト、逃げる準備を!」
「はい!」
兄さんは美しい顔を歪めて、次の矢をつがえる。イケメン超人の兄さんは弓の腕も決して悪くないが、的が小さい上に動きが早く、おまけに周囲は薄暗くなり始めていて、あまり射撃に適した状況とはいえない。このまま接近されると、俺たちはナタやスコップで人食兎と肉弾戦を繰り広げるハメになるが、それは非常にまずい。
あのウサギはれっきとした魔物であり、その一撃は十分に人間を殺せる力があるのだ。それに、ここはファンタジーな世界ではあるが、こんな田舎の村には回復薬もなければ回復魔法が使える人もいない。ひと噛みでもされれば傷から細菌が入り、それが元で普通に死ぬこともあり得る。ケガひとつするわけにはいかない。俺はまだ死んだばかりだし!
「あたれっ!」
兄さんの第2射は命中したかに見えたが、かすめただけのようだ。2匹の影は構うことなくまっすぐに走ってきて、10メートルほどまで接近すると、ふいに左右に分かれた。2匹で俺たちを取り囲み、挟み撃ちにする気らしい。肉食のウサギは連携プレーまでできるのか。いよいよ接近戦を覚悟した俺の心臓はバクバクと跳ね、冷たい汗が頬を伝った。
「せめて1匹だけでも・・・ハルト、接近されたら構わず逃げなさい。僕が相手をする!」
イケメン兄さんのイケメンな言葉に返事もできずしゃがみ込んでいると、俺の方に回り込んできた人食兎と目があった。10メートル離れてはいるが、ヤツの速度ならほんの1、2秒でここまでやってくるだろう。あの角で突進されたらケガでは済まない。前回死んだ時は、わけがわからないうちにぺっちゃんこになって死ねたが、アレにやられたら相当苦しんで死ぬことになりそうだ。
人食兎はじっと俺を見て、その口からダラリとヨダレを垂らした。時間にしてほんの数秒、しかし俺にはヤツが舌なめずりするのがまざまざと見えた。あいつ・・・完全に俺を食料だと思ってやがる・・・!
瞬間、俺の全身に鳥肌が立ち、本能的な恐怖が頭を支配した。パニックになった俺は、足元に落ちていた石を掴み、右手と左手でがむしゃらに投げつけた。
「うわぁぁぁぁっあぁぁぁぁぁ!」
「ハルト、落ち着くんだ!ハルト!」
兄さんが何か叫んでいるが、聞こえない。苦しいのは嫌だ。痛いのは怖い。魔物に角で突かれ、生きたまま食われるなんて絶対にイヤだ。ロボットに潰されるほうが10000倍マシだ。
俺が右手で投げた石は情けないスピードで緩やかな放物線を描き、人食兎の近くの地面にボトリと・・・
「ンギャッ!」
・・・あれ?当たった?兄さんの弓矢に比べると10000倍ぐらい避けやすそうな俺の石は、どういうわけかウサギの脳天を直撃したらしい。
奇跡は続く。
まさかのクリーンヒットを受けた人食兎が2、3歩、よろよろと歩く・・・ヤツが移動した位置は、左手で投げた大きめの石がまさに落ちようとしている地点だ。・・・人食兎は真上から落ちてきた石に頭を潰され、ピクピクと痙攣した。
「え?・・・あれ?死んだ?」
状況を飲み込めず兄さんの方を振り返ると、人食兎が兄さん目掛けて飛びかかろうとしている。兄さんは十分に引きつけてから矢を放つが、素早く跳ね回る人食兎の身体をかすっただけで、矢は背後の暗闇に消えた。
「くッ!」
兄さんが弓を捨て、ナタを抜く。だが接近戦は良くない。俺はほとんど無意識に足元から石を拾い上げ、川で水切りするかのようにサイドスローで投げつけた。不思議なことに、「絶対に当たる」という確信があった。
石はまるで吸い込まれるかのように、空中に跳んだ人食兎の小さな脳天に直撃する。地面にひっくり返ったウサギに驚きつつも、兄さんは冷静にナタでトドメを刺した。
「ハルト・・・川で石を投げるのが得意なのは知ってたけど・・・まさかこんなに上手だとは・・・。」
兄さんは驚いて俺を見るが、俺は俺で自分に驚いている。
「自分でもビックリしました・・・。マ、マグレですよ。たぶん・・・。」
「マグレ・・・そうかい?いや、いずれにせよハルトのおかげで助かった。本当にありがとう。」
「俺と兄さんの仲じゃないですか、言いっこなしですよ。ふへへ・・・。」
いつも助けてもらってばかりの兄さんに感謝される日が来るとは・・・俺はニヤニヤしながら、今、目の前で起きたことについて考える。
これは本当に勇者の力の一端なのかもしれない。しかし、石を投げるのが上手いだけってこれ・・・まぁ、役に立ったからいいか・・・。
だがこの日以降、作業は格段に安全になった。
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1ヶ月後。
今日は安息日とかで実家の農作業が休みのため、俺と兄さんは朝から開墾に精を出している。足元には30匹分にもなる人食兎の皮と干し肉。いずれも作業中に襲ってきたので、俺の投石で仕留めたものだ。
あれ以来、何度も人食兎に襲われたが、その度に手近な石を投げつけるだけですべてが片付いた。俺の投石能力はまさにチート級だったのだ。できればもっとすごい能力だと嬉しかったのだけど・・・まぁ、役に立っているのだから文句は言うまい。
「おーいハルトー、オーランドさーん!」
「わぁーすごーい!ホントに畑を作ってるのねぇー!」
俺と兄さんがせっせと切り株を掘り起こしていると、華やかな声が響いた。手を振りながらやってくるのは、ジルとエレノールである。2人はそれぞれ片手に包みのようなものを持って、のんびりと歩いてきた。
「ジルとエリー?どうしたの?」
俺の言葉に、ジルは掴みかからんばかりの勢いで俺に詰め寄ってくる。気が強いジルに迫られるとけっこう怖いが・・・近くで見るジルの肌は農民と思えないほど白く、まつ毛は長い。どういうわけかちょっといい匂いまでして、思わずドキドキしてしまう。
「どうしたのじゃないわよ!急に開墾なんて始めて・・・もう1ヶ月もほとんど会ってないじゃない!」
「え・・・ああ、もうそんなに経つっけ・・・。」
「そうよ、そんなに経つのよ!」
そんなジルを見て、エレノールはクスクスと笑う。
「ふふふ・・・あのねハルト、ジルが寂しがって大変だったのよ?いつもいつも『今日もハルトが来ない』とか、『ハルト、ケガとかしてないかな』ってずーーーーっと」
「ぬあああああああん!?エリー、ちょっと黙って!!」
「ふふふふふふ・・・別にいいじゃないの、隠さなくても。私もハルトが来ないから寂しかったのよ?」
「ああ・・・ごめん。グヘヘ・・・。」
「くっ・・・そのイヤらしい笑い方やめなさいよ・・・ッ!」
真っ赤になって目を逸らすジルは大好物だ。もちろん、その横で楽しげに笑うエリーも。ジルはプンプンしているが、エリーはかまわず手に持っていた包みを俺たちに差し出した。
「お弁当を作ってきたの。みんなでお昼にしましょ?」
適当に日当たりの良い草地に座り、みんなで昼食にする。メニューは黒パンと鍋に入ったスープ、それから人食兎の干し肉を焼いたものだ。黒パンはこの地方の主食で、保存をよくするためにむちゃくちゃ固く焼かれている。味も香りも悪くないのだが、あまりにも固いのでスープに浸して食べるのが一般的である。
塩気の効いたスープにはゴロゴロと野菜が入っており、それぞれの具材から染み出した旨味がスープに溶け込んでいる。黒パンをその黄金の液体に浸して口に入れると、黒パンの優しい甘さとスープの複雑な旨味が相まって口の中で荘厳なオーケストラを奏でた。
「う・・・美味い・・・!スープのMVPだ・・・ッ!」
俺の言葉に、ジルが嬉しそうに笑った。
「え、そ、そう・・・(エムブイピーってなんだろ)?へへ・・・お世辞でも嬉しいな。」
「いやいやお世辞じゃない・・・ああ・・・スープの黄金郷・・・ひとつの到達点がここにある・・・おかわり・・・圧倒的・・・おかわり・・・っ!っていうかこれジルが作ったの?」
「ええ、そうよ。はい、おかわりどーぞ。」
嬉しそうにスープをよそうジルを、エレノールが優しく撫でる。
「良かったわね、ジル。早起きして作ったんだものね?」
「ぬあああああああん!?エリー、余計なこと言わないの!!」
真っ赤になって手をバタバタするジルは大好物だ。平和そうな顔をしてジルをからかいまくるエリーも。2人はやっぱり一緒にいないとダメだな。
「それにしても、オーランドさんもハルトも無事でよかった。森との境界は魔物が出るって聞いてたから・・・。」
エレノールの言葉に、ジルも同意する。
「ホントだよ!村の大人が開墾に手を出さないのは、このあたりの森には人食兎がいっぱい出て危ないからだって聞いたんだよ!でも、2人を見るとそんなことなさそうだね。・・・ところでこの肉、何の肉?ちょっと筋っぽいけどすごく美味しいよ!」
「人食兎。」
「え?」
「人食兎の肉だよ、それ。」
「ほえええーーーー!?」
ジルの絶叫が響く。定期的に叫んでもらったら魔物よけになりそうな大声だ。
「だって、人食兎ってすばしっこくで悪賢くて、プロの狩人でも油断したら危ないって・・・ええ!?オーランドさんって、そんなに弓が上手いんだ!カッコいい!」
「オーランドさん、カッコいいしなんでもできるのねぇ・・・。」
2人の言葉に、兄さんは苦笑する。
「それは全部、ハルトが倒したんだよ。」
「「ほえええーーーー!?」」
2人の絶叫が響く。魔物よけの効果は2倍だ。
「どうやって!?ハルト、弓なんてやったことないでしょ!?」
「ああ、うん。石を投げたら倒せた。」
「え・・・?マグレってこと・・・?」
「かもね。まぁ、そのマグレがもう30回ぐらいは続いてるけど。」
俺は近くに山のように積んである人食兎の毛皮を指差した。
「「ほえええーーーー!?」」
耳がキーンってしてきた。付近の魔物もさぞ迷惑しているだろう。
ジルとエレノールはモグモグと肉をかじりながら、不思議なものを見るような目で俺を見る。
「ハルト・・・石を投げるぐらいしか能がないと思っていたけど、まさかそこまで石投げがうまいなんて・・・。」
「驚いたわ・・・ハルトの唯一の絶対なんの役にも立たない特技が、まさか日の目を見る時が来るなんて・・・。」
「お、お前ら・・・俺のことを何だと思ってたんだ・・・。」
そうやって賑やかに昼食を楽しんでいると、ふと思いついたようにジルが言った。
「そういえば・・・どうして急に開墾なんてしてるの?危険だし、大変だから村では誰もやろうとしないのに・・・。」
その言葉に反応したのは兄さんだ。「ちょっといいかい」と一言、俺を引きずって2人から離れていく。
「に、兄さん・・・?」
「ハルト・・・まさか、2人に何も言ってないのかい?」
ぐふっ・・・痛いところを突かれて、俺は兄さんから目を逸らす。兄さんはひとつため息をついてから、話を続けた。
「わかってるとは思うけど・・・開墾して土地を手に入れたところで、2人のどちらもハルトについてきてくれなければ君の努力は水の泡だよ?確かにギリアム様はちょっと・・・人間的には2人に好かれる可能性は限りなくゼロに近いように見えるけど・・・それでも彼は次期領主だ。開拓した土地で必死になって生きるより、領主の妻や妾になって贅沢に暮らすことを選ぶ可能性は少なくないんだ。わかるだろう?」
農民の生活はリアルだ。お金はほとんど持てず、病気になっても医者にかかれることはまずない。森から出てきた魔物に襲われることだってある。毎日土にまみれて働くより、領主の屋敷で裕福な生活をする方が良いに決まっている。それに、ジルやエリーが領主の元へ行けば、彼女たちの家族も領主の庇護を受けることになるだろう。彼女たちにとっては本当に悪い話ではないのだ。俺は兄さんの話に黙ってうなづくしかない。
「いいかい、なるべく早いうちに、2人の意思を確認するんだ。いや、もちろん2人と結婚できるわけじゃないから、2人のうちのどちらかになるけど・・・。いいね、ハルト?」
「・・・はい。」
ジルとエレノールのうち、どちらかを選ぶ。そんなことが俺にできるだろうか?というか、そもそも2人のどちらからもフラれるのではないだろうか。なんだか無心でここまでやってきたけど、「領主の妻になるわね!贅沢できちゃう!うふふ!」なんて言われる可能性を1ミリも考慮してこなかった。2人は別に俺の恋人でもなんでもない、ただの仲の良い幼なじみなだけだというのに。
俺はトボトボと2人のところに戻っていく。ジルは人食兎の干し肉を口いっぱいに頬張っている。。
「おはえりぃー。ほれで・・・なんで開墾なんてしてんの?」
「ええっと・・・うん・・・まぁ、なんでだろうね・・・。」
俺が歯切れ悪く干し肉をかじりながら言うと、俺の言葉に被せるようにエレノールが言った。
「あら、わたしはてっきり専有地を手に入れて、私たちをギリアム様の手から救ってハルトのお嫁さんにしてくれるのかと思っていたわ?」
「「!?」」
俺とジルは同時に干し肉を吹き出し、激しくむせた。そんな俺たちにかまわずエレノールは続ける。
「わたしとジルならいつでもハルトのお嫁さんになってあげるけど・・・もちろん、2人一緒に、ね?ねぇ、ジル?」
「ゲッフォ!ゲッフォゲッフォ!」
「ほら、ジルも『もちろんよ、ハルト!』って・・・。」
兄さんが苦笑しつつ冷静にツッコミを入れる。
「いや、ゲッフォゲッフォしか聞こえないし、どう見ても否定してるよ、エリーちゃん・・・。」
「オーランドさん、乙女心は複雑なんです。これは『イヤよイヤよも好きのうち』っていうやつですよ?」
「ゲッフォゲッフォ!」
「ほら、ジルもこの通り・・・」
「いや、だからゲッフォゲッフォしか・・・。」
むせつづけるジルの背中を優しくさすりながら、エレノールは俺の方を見た。エレノールの態度は冗談のようだが、その目には切ないほどの真剣さを感じる。俺は自然とむせるのが止まった。
「ねぇ、ハルト・・・私たちじゃ・・・だめ?」
彼女から視線を外すことが出来ず、俺は固まる。
2人一緒に嫁に来てくれる。
正妻以外の妻や妾を迎えることは、王侯貴族のやることであって農民のやることではない。かといって、法律で禁止されているわけでもない。っというか、妻が2人いるからといってわざわざ罰しようとする暇人はいないだろう。ちょっと村内でのイメージは悪いかもしれないが・・・。
だが、それは村人Aである俺にとって、これ以上ないほどのハッピーエンドと言っていいだろう。
幼なじみにここまで言われて、ハッキリした態度に出れないようでは男として失格だ。きっとエレノールは俺の弱気な性格をよく知っているから、逃げられないようにストレートな質問をぶつけてきたのだ。
俺は意を決し、自分の気持をまっすぐに伝えることにした。心臓が急に早鐘を打ち、緊張で喉がカラカラになる。だがここは逃げていい場面ではない。俺の、俺たちの将来がかかっているのだ。
さあ、言うぞ!
「ゲッフォゲッフォ!」
ブックマーク200件超えました。
いつもありがとうございます!