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晴人、直撃される

雨宮晴人(あまみやはると)は都内の高校に通う、普通の男子高校生である。


特に勉強ができるわけでも運動が得意なわけでもなく、かといって人生に悲観してしまうほど成績が悪いというわけでもない。スポーツが得意というわけでもないが運動神経がナメクジ以下ということもなく、身体に運動できないような問題抱えているわけでもない。顔も決してイケメンではないが、かといって絶望するほどブサイクでもない(女性とはことごとく縁がないが)。両親は健在で、他に兄弟姉妹はいない。ものすごく仲のいい家族というわけではないが、かといって夫婦ゲンカが絶えないとか父親が浮気しているとか暴力を振るうということもなく、極めて淡々とした家庭である。


要するに普通の高校生である・・・と、少なくとも本人はそう思っている。自分で「普通だ」と思えるということは、実はこの上なく恵まれているということなのだが・・・そういうことが分からない程度には晴人はまだ子供であり、そういう意味でもやはり普通の高校生であった。


帰宅部のエースを自称する晴人の趣味はアニメ鑑賞とウェブ小説を読み漁ること。お金のかからない趣味である。彼は今日もこれといったイベントもなく学校での一日を終え、早々と家路についていた。帰ってお気に入りのウェブ小説の更新をチェックしなければならないのだ。


毎日楽しくも、十代の若者にはどこか物足りない日々。そんな晴人の日常は、唐突に終わりを告げた。


「な・・・なんだ・・・?あれ・・・?」


本当に、唐突だった。人通りの少ない裏路地を歩いていたはずなのに、気がつけば真っ白な空間を歩いていた。周りの建物は消え、人間はもとより生き物の姿はない。ただ境界も曖昧な白い地面と白い空がどこまでも広がっている。


「え・・・ええ・・・?」


混乱する晴人の前に、白い空間においてもさらに白く輝く光の柱が現れた。眩しさに思わず目を閉じて顔を背け、それからゆっくりと目を開くと・・・そこには、形容しがたい美しさの女性・・・いや、女性というには、その美しさと放っている雰囲気が、あまりにも人間離れしすぎている存在が、高みからこちらを見下ろしていた。


これは、神だ。間違いなく、女神様だ。神の存在など信じたこともなかった晴人だが、しかしその圧倒的存在を前にして確信せざるを得なかった。知らず、姿勢を正してしまう。どのような態度をとればいいのか分からず、ソワソワと落ち着かない。彼は典型的日本人。その信仰はどこまでも曖昧であり、神を前にした時の作法など知るはずもない。


女神は慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、優しく晴人に語りかけた。その声は深く優しく、晴人の心はえもいわれぬ安心感に包まれる・・・ああっ、女神さま!


「晴人・・・雨宮晴人・・・異世界の勇者よ。突然の召喚という無礼、心から謝罪いたします。私は女神、光の女神『アルファルリア』と申す者。」


その一言で十分だった。ウェブ小説マニアの晴人は、女神の言葉ひとつで全てを理解した。気分は「これ、進◯ゼミで出たところだ」状態、すなわち自分は、夢にまで見た異世界召喚に巻き込まれているのだ。


内心、大興奮を隠せない晴人。女神はそんな彼に気づいているのかいないのか、話を続ける。


「400年に一度だけ可能となる勇者召喚・・・私の世界を救う勇者として、あなたは選ばれました。・・・無理なお願いであることはわかっています。ですが、どうか貴方の力を私たちに貸してはいただけないでしょうか・・・。」


「・・・剣と魔法の世界ですか?」


「・・・ほぇ?」


突然の晴人の質問に一瞬、素っぽい返事をしてしまった女神だが、しかし慈愛に満ちた表情は崩さない。仮にも神なのだ。唐突に召喚された当の本人が興奮しながら変な質問をしてきたとしても、簡単にはうろたえないのだ。


「ええと、はい。私の世界【アルリュイト】では、貴方の世界にはない『魔法』という概念が存在します。武器も主に剣や槍、それから弓矢などですね。」


「召喚されたら、俺も魔法を使えますか?」


「もちろんです。召喚に応じていただけるのであれば、長年に渡り練り上げた【勇者の力】を貴方の魂に付与させていただきます。目線ひとつで海を割り、指先ひとつで大地を揺るがす・・・そんな、世界でも最高の魔法を行使できるようになるでしょう。」


「剣かぁ・・・俺、運動神経はあまり良くないですけど・・・。」


「心配はありません。【勇者の力】により、貴方の身体能力は極限まで引き出されます。最初は戸惑うでしょうが、すぐに馴染み、貴方を天下無双の戦士へと成長させるでしょう。」


「おお・・・!」


妙にグイグイくる晴人に若干の戸惑いを覚えつつも、女神アルファリアは淀みなく質問に答える。彼女の言葉を聞いた晴人の興奮はとどまるところを知らない。


「あの・・・見た目は?俺の見た目はイケメンになりますか?」


「イケ・・・?いえ、貴方は貴方のまま、私の世界に召喚されます。・・・もし・・・もしですが、女性に好かれたいという意味でおっしゃっているのでしたら、心配はありません。【勇者の力】を付与することにより、人々は誰もが自然と貴方に惹かれるようになります。」


「え・・・それは・・・モテモテ・・・ハーレムし放題・・・ということですか?」


「モテモ・・・?ええ、正直、困るほどに女性に囲まれるでしょう。また勇者というのは、その使命を終えた後、自然と人々に望まれ、王になるものです。多くの側室を抱えることになるでしょう。たくさんの子を為すことは【勇者の力】の一端を広く人間たちの血脈に伝えることになりますから、私としても是非にお願いしたいところです。」


神様公認ハーレム!晴人はその言葉だけで一通り妄想を楽しめそうだ!なにせ、これまでの人生で母親以外の女性と触れ合う機会なんてなかったのだから!おっぱい!


もうこれ以上ないほどの好条件を提示されているが、少しはもったいぶってみたほうがいいだろう。神様を相手にゴネて、さらに凄いチート能力を貰えるという展開もまた、ウェブ小説ではベタだからだ。読んででよかった、ウェブ小説!


「でも俺、自分で言うのもなんですけど、けっこう間抜けで・・・凄い力があっても、階段を踏み外したり暗殺されて死んじゃうかも・・・。」


「それも不要な心配です。貴方には【勇者の力】が付与されますので、強い運命の力で守られることになります。」


「運命の力?」


「はい。生きて使命を全うするまで、ありとあらゆる奇跡や偶然が貴方を守り、生かすのです。よって、偶然や事故などで死ぬことはまずあり得ません。自分より強い敵と戦い敗れることになっても、自然と命は助かるように世界そのものが味方してくれます。」


「おお・・・ぉぉぉ・・・。」


晴人は感動した。つまり、少年マンガなどでよくある展開・・・主人公を瀕死まで追い詰めておきながら、なぜか敵が「ふん・・・トドメを刺す価値もない」とか言い出して殺さずに帰ってしまうアレ・・・の理由をリアルに垣間見たのだ。あれは話の都合ではなく、運命の力で守られていたのか!


ハァハァする晴人を若干不審な目で見下ろしながら、しかし女神は丁寧に言葉を続ける。


「他に聞きたいことはありますか?雨宮晴人よ。」


「・・・えっと・・・あ、元の世界に戻ることは・・・?」


女神は初めて悲しげな表情になった。


「残念ですが、一度召喚した勇者を元の世界に戻すことは私にもできません。本当に心苦しいのですが、元の世界にメッセージや何かの痕跡を残すこともできないのです。貴方はある日、失踪したことになってしまいます。」


「え・・・。」


「今、話をしているここはまだ、私の世界ではありません。物質界ではなく、距離も時間も関係のない精神界というべき場所。貴方はもちろん、召喚を拒否し、元の生活に戻ることもできます。・・・拒否されるのであれば、貴方はすぐに元の」


「いえ、やります!」


「・・・は・・・え・・・え?ほんと?」


質問が質問だけに、これから渋るのかと思いきや、いきなりの了承。女神はさすがに少し混乱した。そしてまた、ちょっと素が出た。


晴人にも、両親や友人と別れること、伝言も残せずにいなくなることに悲しさや罪悪感を感じなかったわけではない。だが、どちらかを選べと言われれば断然チートハーレムおっぱい揉み放題生活に決まっている。彼はだって、非モテ非リア充、青いパトスがほとばしる十代の男子高校生なのだから。


一瞬の沈黙の後、女神は正気を取り戻し、そして喜んだ。


「ありがとうございます、雨宮晴人・・・いえ、【勇者】雨宮晴人よ!私の世界を・・・私の愛する世界を頼みます!やったぁ!」


女神の喜びようは大変なもので、ちょっと神の威光的なものが薄れて普通の女の子みたいになっている。晴人は「女神もハーレム入りするパターン、あるある〜」などと失礼なことを考えていたのだが、ふと大事なことを聞いていないことに気がついた。


「あ・・・そういえば・・・具体的になにをすればいいんですか?魔王を倒す、とか?」


女神は自分がキャッキャしていることに気がついて居住まいを正し、また女神らしい神々しさを放ちながら言った・・・若干の手遅れ感はあった。


「心配はいりません。すべて運命が導いてくれます。」


「運命・・・ですか?」


心配そうな晴人を優しく諭すように、女神は答えた。


「その通りです。貴方は、自分の心のまま・・・自分が正しいと思ったことを為し、自由に生きてくれればよいのです。」


「自由に・・・わかりました。」


神妙にうなずく晴人。だが脳内はすでに自由度マックス。ピンク色の妄想でいっぱいだ。


「それでは勇者よ、お行きなさい。召喚に応じてくれたこと、感謝します。もう会うこともないでしょうが、私はいつでも貴方のことを見守っていますよ・・・。」


「は、はい・・・女神様・・・ありがとうございました!」


そして晴人は光に包まれた・・・。



「おお、よくぞ参られた勇者どの・・・余はこの国の」


ズドォン!



「・・・あの・・・女神様・・・?」


気がつけば、晴人はまた真っ白な空間にいた。最後に覚えているのは自分がいたはずの場所に突き刺さる棺桶のような形の金属の塊と、そこから出てくる人型ロボットを空中から見下ろしていたこと・・・いわゆる臨死体験とか幽体離脱というものだろうか。


目の前には、両手で顔を覆い、しゃがみ込んでいる女神。その姿に神々しさはなく、ただの落ち込んでいる女の子である。10秒ぐらい前に「もう会うこともない」とか言ってたのに、早すぎる再会に戸惑いを隠せない。


そして、さっきから視界の上のほうに、チラチラと光る輪っかのようなものが見える。マンガでよくある、死んだ人の頭の上に浮かんでいるヤツだ。晴人は思う。・・・俺、死んだ?しゃがんだまま微動だにしない女神に、恐るおそる声をかける。


「あの・・・なんか、ロボットが降ってきて死にました・・・。」


しゃがみ込んでいる女神が、神々しさの欠片もない情けない声で言った。


「なんで・・・なんでいきなり死んでるのよ・・・。」


「え、やっぱり俺・・・死んだんですか?ホントに?」


「死にましたぁ!召喚から5秒しか経ってないのに!ペッチャンコ!即死ですぅ!」


「ええ・・・?」


女神のお願いを聞いたら、即死した上に怒られたでござる。おまけに女神の話し方からちょくちょく神々しさが消える!はるとはこんらんした!


「う、運命の力がどうとかで死なないって言ってたじゃないですか・・・?」


「そうですよ!絶対に死なないんです!なんで死んでるのよ!」


「ええ・・・この人、ものすごい矛盾してる・・・。」


「なんなんですかアレは!私の力が及ばない、あまりにも遠くから・・・因果律を無視した存在がピンポイントで直撃するなんて!貴方、どんだけ運がないのよ!?」


「えええ・・・?」


泣きながら喚き立てる女神に、さっきまでの神っぽさはない。ただのダメな子だ。駄女神だ。


しかし死んだと言われても全然実感がない。それに、駄女神でも相手は神なのだし、まだどうにかしてもらえるだろう・・・晴人は、そう考えていた。


「あの・・・生き返ったり、できるんですよね?」


「はぁ?」


だが、駄女神の反応はよろしくない。というか、軽くキレている。いちおう彼女の名誉のために言っておくが、普段はこんなにキレることはない。彼女は今、ものすごく取り乱しているのだ。普段はキレてないっスよ。駄女神をキレさせたら大したもんですよ。


「死んだ人間が生き返れるわけがないでしょう・・・貴方は死にました。私が与えた【勇者の力】も、あなたが死んだ衝撃でどこかに消えてしまいました。」


「・・・え?えええええええ?」


「なんですかその反応は・・・当たり前でしょう。死んだ人間が動き出したらそれはゾンビですよゾンビ。」


「じゃ、じゃあコレで終わり?俺のチートは?ハーレムは?異世界チーレム生活は?」


「チーレム・・・?よく分かりませんが、終わりですよ。死んだのですから人生は終わりです。私にもどうにも出来ません。」


「うそ・・・。」


ここにきてようやく晴人は事態の深刻さに気づき、足元から崩れ落ちた。ただ、すでに死んでいる彼の足は透けていたが。


そんな晴人を見て、駄女神は少し冷静さを取り戻した。取り乱している他人を見ると、なぜか冷静になれるものである。彼は何も悪くない。むしろ自分の願いを聞いてくれたのにいきなり事故死して・・・信じられないほどの犬死にっぷり。なんだか申し訳ないぐらいである。


駄女神・・・いや、光の女神アルファリアは、ひとつ深呼吸をしてから背筋を伸ばし、慈愛に満ちた表情を浮かべた。その姿は、初見なら十分に神々しさを感じるものだ・・・物凄く手遅れ感はあったが・・・。


「晴人・・・雨宮晴人。悲しい事故でしたが、死んでしまったものは仕方ありません。せめて貴方を、私の世界の輪廻の輪に加えて差し上げます。また次も動物や植物ではなく、人間として産まれるように取り計らいましょう。」


そんな女神を、晴人は虚ろな表情で見た。チーレム・・・。


「あの・・・せめて何か・・・モテる能力だけでも持ち越しを・・・。」


「無理です。」


「そんな・・・。」


「そうして差し上げたいのは山々ですが、勇者のために練り上げた力は、貴方の死とともに霧散してしまいました・・・私にも、どうにもできないのです。」


「じゃ、じゃあせめて、お金持ちの家に産まれるように・・・。」


「それも無理です。」


「な・・・」


「お金があるということは、他人に与える影響力も大きいということ。強い運命の力を持ち、因果の要所となる家柄であるのが普通です。そのようなところに異物を加えては、予期せぬ因果のほころびが産まれていまうかもしれません。」


「異物・・・俺は異物ですか・・・。じゃあ、俺は、どんな家で・・・どんな人間に産まれるんですか?」


嘆きにも似た晴人の声に、女神の言葉はしかし突き放すようだ。


「村人Aです。」


「村人Aって・・・。」


「・・・ナメクジとかカタツムリの方がいいですか?」


「村人Aがいいです。」


げっそりした晴人を慈愛の表情で見下ろしながら、女神は高らかに宣言した。精一杯の神っぽさを振り絞って。


「雨宮晴人・・・勇者になるはずだった者よ。力を失った貴方ですが、美しい一つの生命であることに変わりはありません。我が世界の一員となることを歓迎します。さぁ行くのです。精一杯生き、生命を謳歌なさい。」


そして晴人は光に包まれた・・・(2回目)。

序章は終わりです。


次回から、晴人転生村人A生活編になります。変態ロボはしばし引っ込みます。

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