ソロ、伝説になる
「ガハッ・・・なんという力・・・これが、勇者か・・・!」
大理石の柱にめり込んだ魔族、【絶黒の爪】ンジャール・バルメッドはボロボロになりながらも生きていた。手加減したとはいえ、地獄案内人であるソロのパンチ力は尋常ではない。普通の人間なら簡単に壁のシミになっていたであろう一撃を受けてなお生存し、あまつさえ意識を保って喋っているのだ。すでにボロボロで威厳もなにもないが、魔王軍四天王の肩書は伊達ではない。
柱から崩れ落ちるように地面に降りたンジャールは膝をつき、肩で息をしている。全身から止めどなく血が流れ、誰がどう見ても瀕死の重症だ。しかし、にわかにその身体が黒い光で包まれたかと思うと、みるみるうちに傷が塞がり始めた。
ソロは目の前で起きている未知の現象を、興味深く眺めている。
(ドロシー殿、魔法、回復魔法でありますよ!先ほどの炎といい、この惑星ではゲームのような魔法が存在するのでありますな!めっちゃテンション上がるであります!)
(・・・信じられないけど、そうみたいね。完全に未知の現象よ。となると、魔法でどんなことが可能なのか分からない分、私たちは不利ね。次に何を仕掛けてくるのかまったく予想できないから、油断しちゃダメよ。)
(了解であります!マジカッケーであります!録画しとくであります!)
(油断すんなって言ってるでしょこのバカ!)
ンジャールは憎々しげにソロを睨む。自分はソロの目の前で堂々と回復魔法を使用しているのに、追い打ちをかけてこないのだ。ンジャールはそれを、ソロが自分を見下しているが故の余裕であると解釈した。実際には、初めて魔法に興奮して、じっくり撮影していただけなのだが。
「貴様・・・余裕のつもりか・・・ッ!俺様が回復しても、まるで問題ないと・・・そういうのかッ!確かに魔力を大きく失ったが、まだ勝負は決まったわけではないぞ!」
「いやいや、余裕なんて・・・あの・・・その魔法って、こむら返りとかも治るのでありますか?」
「こむら返り・・・だと・・・!?どこまで我を愚弄する気なのだ!許さん、絶対に許さんぞ・・・ッ!」
ソロの言葉は純粋な疑問なのだが、ンジャールの受け止め方はそうではない。なにせ相手は、自分が最も得意とする黒炎魔法を無傷で破ったばかり。魔法の達人に違いないと確信しているのだ。ちなみに回復魔法でこむら返りは治る。この星では常識である。
「いでよ、我がしもべ達よ!その力を存分にふるい、愚かな人間どもに偉大なる魔族の力を示せ!」
ンジャールの言葉とともに、彼の周囲にいくつもの魔法陣が生じた。そこから現れたのは、大小様々な形態の怪物である。
人間など軽くひと飲みにしてしまえそうな大蛇、【アポカリプス・ボア】。
大人の一抱えもありそうな棍棒を軽々と振り回す1つ目の巨人、【シンサイクロプス】。
毒々しい色の息を吐く不気味な怪鳥、【コーカトリス】。
恐怖に怯える人間たちを見て唾液を滴らせる獰猛な獅子、【ブラックガンドロス】。
勇者の攻勢を見て希望を取り戻していた人々の間から、悲鳴が響いた。それは無理もないことだろう。目の前に次々と現れたのは、いずれも伝聞でしか聞いたことがないような高ランクの魔物である。それぞれが放つ殺気、圧倒的な存在感から、その1体1体が災害クラスの強さを持っていることがはっきりとわかった。
これほどの魔物となれば、たとえ1体が相手だとしても、トップクラスの冒険者たちが数ヶ月かけて作戦を練り、罠を張り、それでもギリギリの戦いの末にやっと討伐できるような相手なのだ。勇者は魔法の達人であるようだが、いくらなんでも多勢に無勢。人々の心が、再び絶望に侵されていく。ある者は恐怖のあまり石造りの壁を壊して逃げようと爪を立て、両手の指から血を流した。ある者は知らず、股間を温かい液体で濡らした。だが、そんな醜態を気にする者は誰もいない。その場の全員に平等に、不可避の死が迫っているのだから。
「いかな魔法の達人とて、単純な物量と暴力の前には為す術もあるまい!大人しくしていれば楽に死ねたものを・・・俺様への数々の侮辱、後悔しながら生きたまま食われ、果てるがいい!」
ンジャールは、肩で息をしながらそう叫んだ。実際、これは彼の最後の手である。チビチビと力を小出しにしても、あの勇者には通用しないだろう。そう考え、一気に残った魔力の大半をつぎ込んで配下の魔物たちを召喚したのだ。
「ははは・・・自分はロボットでありますから、食べられる部分はないでありますよ。」
強力すぎる魔物たちを前にして、しかしソロの態度は変わらない。笑いながら、なにか筒のような道具を持って・・・なんだ、あれは。いつの間に手にした?いつの間にかンジャールの気づかぬうちに、ソロの手に見慣れぬ道具が握られていた。
「ドロシー殿、しかしこれハンドガンって・・・もう少しマシな武器を出してくれてもいいと思うのですが。」
(普通に声出して話しかけるんじゃないわよ。っていうか武器を出してあげただけでも感謝しなさい。エネルギーも物資もほとんど残ってないし、そもそも許可したのは「最低限の攻撃」なのよ?っていうか、これで十分でしょ?)
(まぁ、確かに・・・普通の動物相手なら十分でありますな。)
ソロの手に握られていたのは、彼が持っている中で最も弱い兵器・・・ハンドガンである。とはいえ、普通のハンドガンではない。存在自体が厄災である最凶の宇宙生物「ゲノム」と戦うために作られたそれは、見た目の小ささとはかけ離れた破壊力を有し、単なる護身用のサブウェポンの枠に収まるようなものではないのだ。それは【グラディウス】の愛称で地獄案内人たちに親しまれてる、立派な殺傷兵器である。
【グラディウス】の特徴は、まず第一にその静かさだ。火薬を用いず、電磁加速にて超高速の弾体を射出する。火薬の爆発音がしないため、電磁力を調整すればほとんど無音に近い発砲が可能である。
次に、その破壊力。加減しなければ、たとえ戦車の装甲でも簡単に貫通することが可能である。また同時に、柔らかい生物のようなターゲットを相手にした時、早すぎる弾速のせいで弾体が敵を貫通し、思うようにダメージを与えられないケースがある。ターゲットによって最適な弾速を選ぶことで、もっとも有効なダメージを与えることが可能なのだ。
最凶宇宙生物と戦うことすら可能であるその性能を、ンジャールは嫌というほど思い知ることになる。
「かかれ!」
ンジャールの合図で、獰猛な獅子のモンスター【ブラックガンドロス】がソロに飛びかからんと、身体を大きく沈み込ませ・・・たまま、飛びかかることなく地面に倒れ伏した。【グラディウス】から発射された弾体が、音もなく獅子の頭を吹き飛ばしたからである。
飛び散った血肉が、現実を直視できずに目を開いたまま固まっているンジャールの顔を汚した。
「は・・・?は・・・?」
猛烈な毒を吐く怪鳥【コーカトリス】が自慢のブレスを吐こうとしたが、動き出した瞬間、胴体に大きな穴が3つも開いて絶命した。
恐ろしい大蛇【アポカリプス・ボア】は注意深くトグロを巻いて様子を見ていると思いきや、トグロの頂点にあるはずの頭部はすでにふっ飛ばされた後だった。
「え・・・?は・・・?」
事態についていけないンジャールが、唯一生き残っている【シンサイクロプス】と目を合わせた。【シンサイクロプス】は呼び出した中でもっとも知能が高く、強力なパワーに加えて高レベルの魔法まで行使する最悪の魔物である。
そのひとつ目の巨人は気まずそうにンジャールに頭を下げると、そそくさと自分で魔法陣を展開し、その中に消えていった。知能が高いがゆえに、危険を察知して帰ってしまったらしい。
「え・・・え、ちょ待っ・・・え?」
ンジャールは目を見開いたまま、グルリと周囲を見回す。・・・いつの間にか、召喚した魔物たちは全滅していた。1匹は無事に帰宅したが。
「・・・え?・・・・・・・・・・は?」
ンジャールは、あまりの事態にまるでついていけない。ただ呆然と、魔物たちの死体を見ては声を上げるのを繰り返している。
そんなンジャールに、そっと・・・静かに銃口が向けられた。それだけで、ンジャールは全身に鳥肌が立ち、麻痺したように身体が痺れて動けなくなる。
ソロはまるで変わらない、これが日常であるといわんばかりの態度でンジャールに声をかけた。
「ええっと、ンジャール殿でしたか?・・・ひとつ、聞きたいことがあるのであります。」
「・・・ひっ!」
「隠さずに、正直に答えるのでありますよ・・・わかったでありますか?」
「ひっ・・・ひっ・・・!」
ンジャールは壊れた玩具のように、カクカクと首だけを縦に振る。その顔は恐怖に引きつり、もはや毛ほども抵抗の意思を感じない。
ンジャールは思った。
一体何を聞かれるのだろうか・・・自分の知っていることだろうか?魔王軍の戦力か、魔王様の情報か・・・いずれにせよ、1秒でも長生きしたければ、正直に話さなければいけない・・・だが魔王様の情報を漏らせば、どのみち自分は処刑されてしまう。どうすれば・・・いったい、どうすれば・・・
そして、ソロは、質問をぶつけた。
「あの魔法・・・こむら返りは治るのでありますか?」
「・・・は?」
こむら返りの話かよ!その場にいた全員の気持ちがひとつになり、一瞬だけ空気が緩んだ。腐っても四天王のンジャールは瞬間、恐怖の支配から脱し、ためらわずに天井の穴に向けて飛び上がった。ちなみに回復魔法でこむら返りは治る。この星では常識である(2回目)。
「ふはははははははは!今日のところはここまでにしてやる!勇者よ、忘れるな!貴様の命は必ずこのンジャール様が貰い受ける!」
ソロは面倒くさそうに銃口をンジャールに向け、ノータイムで引き金を引いた。・・・が、しかし弾は発射されず、ンジャールはどこかに飛び去ってしまう。
(ドロシー殿・・・なぜ安全装置を?)
(あんた、バカなの?「最低限の攻撃」以外は規律違反だって言ってるでしょうが。逃亡する相手にトドメを刺すのが最低限なわけないでしょ?)
(はぁ・・・ドロシー殿はクソ真面目でありますな。105年間も彼氏がいないわけであります。)
(・・・死ね!)
(はっはっは・・・シンプルに死ねと言われると興奮してしまうでありますよ!)
(・・・・・・・死ね!)
ソロがそんな漫才をしているとは露知らず。気がつくと人々がソロを囲んでひざまずいていた。その中には、あろうことか、ヴァータリアス王その人の姿まである。ここに集まっているのはこの国の重鎮たちであり、王以外の人間にひざまずくのは平素であれば大変な問題であった。ましてや王が家臣が見ている前で他人にひざまずくなど、絶対にあってはならないことである。
しかしそれは、この場・・・伝説が産まれた瞬間であるこの場においては全く問題ではなかった。人々は皆、この国の・・・いや、人類の希望そのものである勇者を、その力を目の当たりにし、一瞬で心を奪われてしまったのだ。
「勇者様、バンザイ!」
人々の間から、声があがった。それをきっかけに、弾かれたように次々と勇者を称える声が響き、それは大きな歓声となった。
「勇者様、ああ、勇者様!」
「伝説・・・ワシたちは今、伝説に立ち会っているのじゃ!」
「光の女神よ・・・感謝します!」
立ち上がり、万雷の拍手をする人々をかき分け、ヴァータリアス王がソロの前に進み出た。その目は赤く腫れ、瞳は感動の涙で潤んでいる。
「勇者殿・・・見事な・・・見事な戦いぶりであった。余を、余の民を助けてくれたこと、どれほどの言葉を尽くしても感謝を伝えきれぬ。」
ソロは黙ってそれを聞いていたが、内心焦っていた。人々に囲まれて、空気的にも物理的にも、非常に脱出しづらい。とりあえず誤解だけでも解いておかないと、あとでドロシーにどやされるのも間違いないし・・・。
「いえ、あの、自分はただの量産型ロボットなので、勇者などというスゴイものではないかと・・・」
言いかけたソロの前に進み出たのはリリエット姫だ。その美しい少女の瞳は王と同じく涙に濡れ、上気した頬が彼女の魅力を否が応にも高めている。
「勇者様・・・女の身でありながら、このようにはしたない言葉を口にすることをお許しください。しかし、もはやこの気持ちを抑えてはおけないのです。」
「え?いや、あの、しかし、自分は勇者では・・・」
否定の言葉が出かかったソロに、しかしリリエット姫は瞳を潤ませながら、さらに一歩距離を詰めた。手を伸ばせば届く距離で、頬を染めてソロを見上げるその表情はまさに恋する乙女そのもの。
王の策略など関係なく、彼女は本当にソロに恋してしまったのだ。ドロシーは頭を抱え、姫はかすれる声で、切ない想いを口にした。
「私を、どうか勇者様の妻にしてください。あなたのお側に私を、どうか・・・。」
「はい喜んで。自分が勇者です。」
ソロは若干カブり気味で彼女を受け入れた。その言葉をきっかけに歓声は一層強くなり、今度は祝福の言葉が飛び交う。邪悪な魔物を見事に打ち払い、姫は勇者と婚姻の約束をする。・・・まさに伝説。絵に描いたような伝説の瞬間が、ここに現出したのだ。
だから、ドロシーの悲痛な叫びは1ミリもソロの耳には届かなかった。
(もう・・・この・・・こいつ・・・この・・・・・・・・・死ね!)




