ソロ、老人と出会う
- 勇者様御一行 -
ソロ・・・ロボット。つよい。
ドロシー・・・AI少女。馬。好きなものはソロ。
サーリア・デリンノーリス・・・女性騎士で槍の達人。得意技は触りたくないものを槍の穂先でつまみ出すやつ。
ヘンリエッタ・マグニカル・・・魔法の達人(ただし魔法は使わない)。射撃フェチ。15歳。
「ご老人、お加減はいかがでありますか?」
「おかげ様でずいぶん良くなり申した。それと勇者殿、吾輩、老いぼれて身体は衰えても騎士の端くれ。お気遣いは無用です。」
ソロが声をかけると、馬の背に揺られている老人はシワだらけの顔で神妙な表情を作った。
ソロ達の旅は順調であった。各地で凶悪な魔物を退治し、町や村に立ち寄っては人々から盛大な歓迎を受ける。そんな日々を繰り返すこと早5ヶ月。ソロの名前はもちろん、その特徴的な|甲冑姿(ロボ的外見)、そして女性と交わると相手の頭が爆発する呪いのことを含めて、ヴァータリア王国は彼らの話題で持ちきりである。もちろん呪いのくだりが有名なのはドロシーの努力の成果であり、ソロが今もなんとかして誤解を解こうと画策しているのは言うまでもない。
「それにしても、まさか勇者様の一行に拾っていただけるとは・・・吾輩のツキも捨てたものではありませんな。」
「ん、何か言ったでありますか?」
「ふぉふぉふぉふぉ・・・なんでもありませぬよ、勇者殿。」
今、馬に擬態したドロップシップの背に1人の老人が横たわっている。歳の頃は80・・・いや、ひょっとしたらもっと上かもしれない。白く立派なヒゲを蓄え、身体はシワだらけで細く、腰はすっかり曲がっている。言い方は悪いが、馬上で横たわっている姿は死体のようにすら見える。どこからどう見てもお迎えが近そうな老人であるにもかかわらず、本人の言うようにまるで騎士のような銀の胸当てと兜をかぶり、立派な剣を帯びている。さすがに全身甲冑を装備しているわけではないが、これはおそらく装備の重さに耐えかねて小手やすね当てをどこかに捨ててきたものと思われる。
ソロ達は「勇者の足跡」を辿る旅の途中、人里離れた山の中で、腰を痛めて動けなくなっていたこの老人を発見して保護したのだ。
馬と並んで山道を歩いていたサーリアが、自慢の槍を軽々と担ぎながら言った。
「しかしご老人、こんな山道で何を?このあたりは人里から離れているし魔物も出ます。失礼ですが、ご老体が旅をするには少々厳しい場所かと思いますが・・・。」
「ふぉふぉふぉふぉ・・・いえ、大した話ではないのですが、ちょっと思うところがありましてな。この先にある場所に用事があるのです。」
「この先?・・・この先は・・・勇者様の試練を行う危険な地だと聞いていますが・・・他に何かあるのですか?」
「ふぉふぉふぉふぉ・・・。」
どうも変な老人だ。サーリアは怪しんでいたが、不思議と嫌な感じはしない。そもそもこの老人がとんでもなく悪党とか魔族の手先だったとして、ソロをどうこうできるとはとても思えなかった。ソロの並外れた強さはもう嫌というほど認識しているし、老人は立派な剣を持っているが、それすらまともに振れるとも思えないほどヨボヨボなのだ。
「まっすぐ近くの町までお送りできればいいのでありますが・・・もう目的の遺跡は目の前であります。ご老人も申し訳ないのでありますが、ちょっと付き合ってもらえると嬉しいのでありますよ。我々と一緒にいたほうが安全ですありますから。」
ソロの言葉に、老人は馬に揺られたまま鷹揚に笑った。
「ふぉふぉふぉふぉ・・・もちろん、構いませんよ。ふぉふぉふぉふぉ・・・あた、あたたた・・・。」
腰をさする老人を見て、ソロはドロシーに通信を飛ばす。
(ドロシー殿?背中に乗せるより、ご老人を|ドロップシップ(ドロシー殿)の中に入れてあげればよいのではないでありますか?)
(はははははははははぁ!?『知らない男を挿れろ』ですって!?どうしてそんなことしないといけないのよ!?)
(いやだって・・・腰が痛そうでありますし。そのほうが輸送も安定するでありますよ?ドロップシップからご老人が落ちたら大怪我しそうであります。いいではないですか、減るもんじゃないのでありますし。)
(イヤよ!!だってドロップシップはアンタ専用っていうか・・・その・・・あの・・・ほら・・・)
(はい?なんか急に通信状況が悪くなったであります。なんでありますか、ドロシー殿?もしもーし!?)
(・・・・・・死ね!)
(ええっ?突然の罵倒に戸惑いと興奮が隠せないであります!)
無音の通信を行いつつ歩みを進めていくと、ふいに少し先を歩いていたヘンリエッタが立ち止まり、振り返った。
彼女の肩には、小柄な彼女より大きいのではないかと思うような大型の重機関銃が担がれている。これはもちろんドロシーが新しく生成した武器であり、当初はソロが装備するために用意したものだったが・・・ヘンリエッタの(軽く狂気を感じる程度の)強い希望によって、現在は彼女が装備している。
屈強な大男でも扱いに苦労する重さや反動は、彼女が得意とする魔法によって見事にコントロールされているらしく、小柄な身体で不自然なほどに軽々と振り回されていた。
「勇者様・・・見えてきた。ここが次の目的地・・・【剣の墓場】」
ヘンリエッタが指差す先には、石造りの古代遺跡がどこまでも広がっていた。かつて世界中の剣士が栄光を求めて集い、腕を競い、そして命を散らしていった誇ったという伝説の都市である。今ではそこに生きた人間の姿はなく、魔物が我が物顔で歩き回る巨大なダンジョンと化していた。
もともと魔力が溜まりやすい地形の上に構築された都市であるために生息する魔物にとって住みやすい地であるらしい。無数の剣士のゾンビやスケルトンに加え、【大灰甲虫】【死噛鳥】【邪悪猿】といった単体でも十分な脅威となる魔物が無数に生息しており、たとえ軍隊でも容易には侵入できない危険な場所なのだ。
そんな危険な廃墟の中を、ソロ達は構うことなくずんずんと進んでいく。
激しい銃声が響いていた。
音の中心にいるのはヘンリエッタだ。少々は薄い笑みを浮かべながら、大型のマシンガンを片手で振り回し、前から、後ろから、頭上から、足元から・・・ありとあらゆる方向から飛びかかってくる魔物を、暴力的な火力で圧倒していた。魔物たちはソロ達の誰にも触れることはおろか近づくことすらできず、無残に命を散らしていく。ソロは地面でピクピクしている魔物の残骸を横にどける作業を続けながら、無心に弾丸をばら撒いているヘンリエッタに声をかけた。
「ヘンリエッタ殿・・・疲れたら交代するでありますから、いつでも言って」
「不要。勇者様はバックアップをよろしく。」
「あ、はい。」
ヘンリエッタが装備しているマシンガンは、ソロの装備の中ではもっとも原始的なもののひとつ。【ミートチョッパー】という愛称で呼ばれるこの武器は、電磁加速等を用いず、昔ながらの火薬の力で弾丸を発射する。単純な動作原理でありながら、嵐のような速度で連射される弾幕の破壊力・制圧力は驚異的である。比較的低コストで生成でき、また信頼性が高いために乱戦時に特に活躍する武器だが、大きな反動と取り回しの悪さで普通の人間が扱うのは容易ではない。
「それにしても・・・せっかく魔法を使うなら、もっと派手なヤツが見たかったでありますなぁ。」
「いやいや、あれは極めて高度な魔法ですよ。」
ソロとサーリアが言うように、ヘンリエッタが軽々と【ミートチョッパー】を振り回しているのは彼女の高度な魔法あってこそである。武器にかかる重力を制御し、360度全方位から迫る敵に対し、恐ろしいほどの速度と正確さで弾丸を叩き込んでいるのだ。銃に続々と飲み込まれていく弾帯が目に見えない助手が常に支えているかのように宙を浮かび、弾づまりや動作不良を未然に防いでいる。これも恐らくは彼女の魔法だろう。凄いことをしているはずなのだが、次々と魔物たちがミンチにされていく絵面のインパクトが凄すぎていまいち彼女の魔法技術の高さが伝わってこない。
「はぁ・・・今日もやっぱり、私の槍の出番はなさそうですね。」
サーリアは自慢の槍で魔物の残骸を横にどけながら呟いた。彼女のため息は深い。
「まぁいいじゃないの。安全第一よ?」
「はぁ・・・ドロシー殿、ご存知ですか?この旅が始まってから5ヶ月、私が何回、この槍で戦ったか。」
「・・・えっと・・・2回ぐらい?」
「ゼロ回ですよゼロ回!このままだと私は『勇者についていったなんか長い棒を持ったやつ』として後世に語り継がれるんですよ!」
「えっと・・・ほら、今も使ってるじゃない?落ちてる死体をどけたりとか。」
「『勇者についていったなんか長い棒を持ったやつ』が『勇者についていった死体どけ係』になったからなんだっていうんですか!?うわーーーん!」
「ええっと・・・アタシはサーリアの良いところ、たくさん知ってるわよ?気配り上手だし、美人だし・・・?」
「ドロシー殿の優しさがつらい!うわーーーん!」
そんなのんびりしたやり取りをしているサーリア達の前方で、ふいに銃声が止んだ。見ればヘンリエッタの持つ【ミートチョッパー】から伸びていた弾帯が無くなり、銃身は赤熱して煙が出ている。再装填と砲身の交換が必要なのは明らかだが、ここは文字通り魔物の巣窟、敵がそんな時間を与えてくれるはずもない。魔物たちは好機とばかりに牙を鳴らしてヘンリエッタに飛びかかった。
「ああ!ヘンリエッタ殿!?」
サーリアは後悔した。
自分の槍はヘンリエッタのような魔法使いを守るためにあるというのに、なぜ彼女を前線で戦わせてしまったのか。たとえ邪魔だと罵られようとも、彼女の傍で守護するのが自分の役割ではなかったのか。慌てて駆け出そうとするサーリアだったが・・・しかし、その足はピタリと止まった。見てしまったからだ。ヘンリエッタの表情を。
「・・・ヘンリエッタ殿、笑って・・・?」
今まさに魔物たちがヘンリエッタの小さな身体に食いつこうという瞬間。彼女の両手首、ローブの袖から何かが飛び出し、両手に新しい武器が出現した。それは【拳銃】。彼女の初めての武器であり、もっとも使い慣れた愛銃だ。二丁拳銃スタイルになったヘンリエッタは、魔物の方を見ることもなく、身を躍らせながら四方八方に弾丸をばら撒き、そして今まさに牙を剥いていた魔物たちは一瞬で肉塊と化していった。
「なんなの・・・あの子、なんなの・・・。」
呆然とするサーリアの横をすり抜けて前に出たソロが、地面に落ちていた【ミートチョッパー】を拾い上げ、流れるような手つきでリロードと銃身の交換を終える。すると【ミートチョッパー】は自然とソロの手を離れ、空中を飛んで吸い付けられるようにまたヘンリエッタの手元へ戻っていた。またも彼女の超絶技巧的地味魔法である。
「わたし、いらないじゃん・・・槍とかなんなの?こんなんただの棒じゃん・・・死体どけ棒じゃん・・・?」
完全に自信をなくした死体どけ係のサーリアを慰めながら進むと、ほどなくして魔物の襲撃はピタリと止んだ。ヘンリエッタの恐ろしさをようやく理解し、退散したものと思われる。銃声が収まり、先ほどまでの|戦闘(惨劇)が信じられないほどの静寂があたりを包んだ。
「ヘンリエッタ殿、お疲れ様でありました。」
「・・・はぁ。」
「おや、さすがのヘンリエッタ殿も疲れましたか?それはそうでありますな。もう30分も戦いっぱなしでありました。」
ソロの言葉に、しかしヘンリエッタはかぶりを振った。
「調子に乗って射ちすぎた。もっとこう・・・やられそうな感じを演出すれば、敵のやる気を煽ってもう少しぶっ放せたかもしれない。反省。」
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「あた、あたた・・・ここが勇者殿の目的地ですな?」
「おっとご老人、無理は禁物でありますよ。」
かくして、ソロの一行は【剣の墓場】の中心地にたどり着いた。
老人が腰をさすりながら馬を降りたのは、地下に広がる広大な空間の中である。空間の中心にはただ1体、中身のない甲冑が飾られていた。
ヘンリエッタが進み出て、甲冑を指差す。
「ここが私たちの目的地【剣聖の間】。勇者様は、あの甲冑型ゴーレムを剣術だけで倒さなければいけない。」
「剣術で?」
「そう。ここは初代の勇者とその仲間が作った特別な修練場。あの甲冑は初代勇者の剣の技術がすべて詰まっている強力なゴーレム。」
「なるほど・・・初代勇者の剣の技を伝えるための場所でありますか。まずはやってみるであります。」
「ちょっとソロ、大丈夫?アンタ、剣なんて使えるの?」
「まぁ、最悪はぶん殴ってやれば勝てるでありますよ。たぶん。」
ソロが近づくと、甲冑はまるで中に人間が入っているかのような滑らかな動きで剣を構えた。古い甲冑のはずだが錆一つなく、薄暗い空間に剣の刃先がギラギラと光っている。
「フン!」
ソロの剣は無茶苦茶で素人丸出しだが、しかしその速度とパワーは完全に人知を超えている。人間が肉眼で捉えることはほぼ不可能で、ただ剣を振っただけなのに強烈なソニックブームが発生して、少し離れた位置にいるヘンリエッタのローブの裾を激しくはためかせた。
こんな不条理な攻撃の前では、ただの甲冑ゴーレムなどひとたまりもないだろう・・・誰もがそう思ったが、次の瞬間。
「・・・なっ!?」
「うそ・・・!?」
ソロの剣は何もない地面に突き刺さり、代わりにゴーレムの剣がソロの喉元にピタリと当てられていた。
「も、もう一度であります・・・!」
ソロは何度も剣を振った。強烈なソニックブームが何度も発生し、その衝撃で老人が何度も地面に転がった。
だが結果は同じだった。ソロの剣は当たらず、甲冑の剣がソロの首筋にピタリとあてがわれる。圧倒的すぎる技術の差がそこにあった。
「こんな・・・こんなことが・・・信じられないであります!」
かれこれ1時間ほど戦いは続いたが、その間にソロは100回以上負け、甲冑には傷一つ付くことはなかった。初めての経験に戸惑うソロは、思わず口走った。
「ぬぅ・・・銃を使えば自分の勝てるでありますが・・・!」
「それは無理。見て。」
ヘンリエッタはまるで躊躇なく、甲冑に向けて弾丸の雨を振らせた。甲冑はボロ雑巾のように穴だらけになって崩れ落ちるが・・・まるでビデオの逆再生のようにたちどころにダメージが修復され、元のように剣を構えた。
「なんと!」
「このゴーレムは破壊不可能。剣で倒す以外に勝つ方法はない。」
「それは・・・困ったでありますな・・・。」
「ただ・・・勇者本人だけでなく、その仲間が戦ってもいいらしい。かつてそうやってここを突破した勇者もいたと聞く。」
その言葉に反応したのは、我らが死体どけ係・・・いや、槍の達人、サーリアである。彼女は目を輝かせ、自慢の槍を担いで飛び出した。
「私の・・・私の出番ですね!」
「お、おおう・・・お願いするであります、サーリア殿。」
「お任せください、勇者様!」
今やサーリアの目は光に満ち溢れ、みなぎる闘志が空気を焦がさんばかりに燃えている。今こそ槍の達人サーリアの出番・・・そう、自分は今この瞬間のために、勇者の旅に同行したのかもしれない。彼女はそう思った。いや、確信した。もう死体どけ係なんて呼ばせない。
「さあ、いざ尋常に勝負・・・って、あの、ご老人?」
進み出るサーリアの前に立つ、1人の人物。ヨロヨロとおぼつかない足取りで立ち、重そうに自前の剣を引きずって、おまけに腰をさすりながら歩いている。あろうことか老人はサーリアより先に前に出て、甲冑ゴーレムの眼前に立った。ゴーレムは相手を選ぶような機能はないのか、滑らかな動作で剣を構えた。
「ご老人!危険であります!」
「ふぉっふぉっふぉっ・・・。」
「いや、あの、私の出番・・・!」
ソロと老人とサーリアの声が錯綜し、そしてゴーレムが動いた。無防備な老人の頭部目掛けて剣が振り下ろされ、ドロシーが小さく息を飲んだ。
「ひっ・・・え?」
誰にも、何も見えなかった。
ただそこにあったのは、ゴーレムが縦に両断され、老人が変わらぬ姿勢で剣を鞘に収めているという「結果」だけである。
2つに切り裂かれたゴーレムは地面に倒れた。
広い地下空間に大きな金属音が響き渡った。
老人はただ、何事もなかったかのように剣を持ち、小さく「重い」と呟いた。
「ご老人・・・そういえば、お名前を聞いていなかったでありますな。」
老人は腰をさすりながら振り返ると、深いシワの刻まれた顔の奥、深いブルーの瞳でまっすぐにソロを見た。その視線の鋭さがこの人物がただの老人ではないことを何よりもハッキリと証明している。
「ワシの名はファーガス・・・聖騎士ファーガスなどと呼ばれていたこともありますじゃ。」
その名を聞いて、いつも無表情なヘンリエッタでさえも驚きを隠せなかった。それはこの国に住む者なら誰もが知っている、伝説の騎士の名前であったから。
「聖騎士ファーガス・・・この人が・・・!」
ヘンリエッタは驚いた。驚いたあまり、そのすぐ横で、同じく目を見開いて硬直しているサーリアのことには気が付かなかった。
「うそ・・・嘘だ・・・私の出番は・・・!?」
去年はどうやって毎日更新とかしてたんだろう・・・




