表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/23

ソロ、登場する

昨日無事に前作が完結したので、今日からこっちを更新していきます。よろしくお願いします。

落ちてきたロボットについて話そう。


彼の名前は、217372361009号という。名前というか、識別番号だ。彼はとある文明に所属するロボット兵の1人である。正式には「対ゲノム強襲戦闘機械兵」、通称「地獄案内人(ヘルダイバー)」と呼ばれる、極めて特殊な戦闘用ロボットである。


地獄案内人(ヘルダイバー)の敵は、「ゲノム」と通称される凶悪な宇宙生物だ。ゲノムは特定の形状を持たない、アメーバのような生物である。あらゆる無機物・有機物を取り込み、その力を自分のものとする性質を持つ。その形態は取り込んだ生物を模倣することが多く、ネズミのように小さな姿をしていることもあれば、高層ビルのように巨大な形態を取ることもある。


驚くべきは、取り込んだものを再現する能力だ。ある時は戦車を紙のように切り裂く大型プラズマカッターを再現し、またある時はレーザー砲を再現し、遠距離攻撃をしかけてくる。中でも最悪だったケースの一つとして、核兵器を再現したことが記録に残っている。ゲノムはそんな恐るべき能力を持ちつつ、繁殖力も凄まじい。手のひらサイズのゲノム1匹が瞬く間に増殖し、1年ほどで惑星を丸ごと食い尽すのだ。そして惑星そのものがゲノムと化すと、今度は宇宙に分散し、次の惑星(ターゲット)に向かうという最悪の生態を持つ。


地獄案内人(ヘルダイバー)の仕事は至極単純である。ゲノムに襲われている惑星に突入し、白兵戦にてこれを殲滅するのだ。彼らはドロップシップ・・・通称「棺桶」と呼ばれる大気圏突入用のカプセルに乗り込み、宇宙空間に漂う母艦から直接、惑星に向けて撃ち込まれる。棺桶(ドロップシップ)に乗った数万・数十万という地獄案内人(ヘルダイバー)をもって、対象の惑星から細胞ひとつ残さずゲノムを消滅させる。それが彼らの仕事であり、存在意義そのものである。


ちなみに彼ら地獄案内人(ヘルダイバー)の軍隊を生み出したのは、ネコのような通信機器を用いて高度な情報ネットワークを構築し、人工知能と人類が仲良く共存しながら10000年以上も繁栄を続けている不可思議な文明なのだが・・・これについて語ると長くなるので、ここでは割愛する。


その日も、217372361009号はいつものように棺桶(ドロップシップ)に乗り込み、出撃の瞬間を待っていた。新兵にとっては最も緊張が高まる瞬間だが、ベテラン中のベテランである彼にとっては、もはや日常といって差し支えない。


というのも、彼の年齢・・・ロボットなので機齢・・・は、人間換算で105歳であった。


通常、地獄案内人(ヘルダイバー)として生産されたロボットは1〜2年以内に戦場に散り、その役目を終える。高性能な戦闘用ロボットである彼らにとっても、ゲノム相手の戦争では決して生存率は高くないのだ。


だが、彼はそんな戦場で不思議と生き残り続けた。理由は不明だが、こういうロボットは稀に存在する。同じラインで生産され、同じスペックを持ち、同じ戦場で戦うロボットたち。産まれては消えていく仲間たちの中で、まるで運命に愛されたかのように生き残り続けるもの。彼の出撃回数は、今回で9999回目を数える。9998の戦場を駆け抜け、生き残ってきたのだ。


そんな彼には、識別番号以外の名前があった。


かつて100万の地獄案内人(ヘルダイバー)を投入し、1体を除く全てのロボットが破壊されるという最悪の戦闘があった・・・。その戦場でただひとり生き残ったために、人々は畏敬の念を込めて、彼をこう呼ぶようになったのだ。


ひとり戦場に立ち、敵を滅ぼすもの・・・「ソロ」と。



「フンフンフーーーーン♪今日も戦争日和でありますなぁ。」


狭い棺桶(ドロップシップ)の中、ソロはひとり呟く。長く生きた人工知能は人間のようにカオス化が進んでおり、鼻歌も歌えば独り言も言う。ソロがパラパラとめくっているのは・・・なんと、セクシーな女性たちが、あられもない姿で映っている姿が満載された雑誌であった。


ロボットのくせに、エロ本を読んでいるのである。


「ああ・・・たまらんですなぁ・・・とっとと終わらせて、楽しいお店に繰り出したいところであります・・・。」


ソロはふと思いついたように、キョロキョロと狭い棺桶(ドロップシップ)の中を見回す。


「ドロシー殿?ティッシュはちゃんと積載してくれたでありますか?」


ドロシーとは、棺桶(ドロップシップ)に搭載された管理用AIである。ソロの眼前に、身長10センチほどの少女が出現した。それは、ドロシーのコミュニケーション用ホログラム体である。青い髪に、青い瞳。透き通るような白い肌はまるで陶器のようで、少々人間味に欠けている。真っ白なワンピースの長いスカートをひらめかせる姿は、まさに電子の妖精といった風情である。


そんな妖精は、整った顔をしかめながら面倒くさそうに答えた。


「うっさいわね・・・ちゃんと積んだけど・・・もうすぐ出撃よ?っていうか、ドロップシップ(あたし)の中を汚したら承知しないからね!?」


「中を汚したら、なんて・・・ドロシー殿の下ネタも相当でありますな!」


「サイテー!死ね!」


本来は必要最低限の知能しか持たないはずの棺桶(ドロップシップ)管理用AIであるが、しかし105年の戦いを共にくぐり抜けたドロシーは、ソロと同等レベルのカオス化・・・人間臭さを持つようになっていた。この漫才も、いつものことである。


「とか言ってる間に、出撃時間だわ。5、4、3、2、1・・・降下(ドロップ)開始!」


「はぁ・・・お預けでありますな・・・。」


「なによ!なにしようとしてたのよ!サイテー!」


母艦から棺桶(ドロップシップ)が射出される激しい衝撃に襲われながらも、2人はくだらないやり取りを続ける。棺桶(ドロップシップ)はまっすぐに今回のターゲット、眼下に広がる美しい惑星に向かっていった。小さな窓から、仲間の地獄案内人(ヘルダイバー)たちが同じように宇宙空間をまっすぐに、ターゲットである惑星に向かっていく様子が見える。


「死ね死ね言われても、自分はどうせ、今回も生き残るんでしょうなぁ・・・。」


「そーね、憎まれっ子世にはばかるってヤツね!」


「その理屈で言うと、自分と連続生還記録タイのドロシー殿も憎まれっ子ということになるのでありますが・・・。」


「うっさい!」


今回確認されているゲノムは、まださほどの能力を持っていないと報告されている。取り込んだ能力によっては、大気圏突入中の地獄案内人(ヘルダイバー)たちを地表から対空砲火で攻撃してくるケースがあるのだ。だが、今回のゲノムはまだ近接攻撃しかできないという話である。地表に到達するまで、のんびりとアダルトな本を眺めていても大丈夫そうだ。


「ドロシー殿、地表到達までどれくらいでありますか?」


「ん・・・あと371秒よ。」


「むむ・・・じゃあ、急げば1回ぐらいは・・・ティッシュ、どこでありますか?」


「ちょ、何よ、何が1回なのよ・・・!?きゃっ!?」


その時だった。近くを飛んでいた仲間の棺桶(ドロップシップ)が突如として爆発した。無数の破片となり、宇宙空間に散っていく。ドロシーは混乱しながらも、自軍のネットワークからリアルタイムに情報を取得する。


「うそ・・・地表からの対空砲火を確認!大型の荷電粒子砲よ!報告と違うじゃない!」


「ああ・・・今の衝撃でお気に入りの雑誌が破れてしまったのであります・・・。」


「あんた、ちょっとは焦りなさいよ!」


「昔から、『急いては事を子孫汁』と申しまして・・・」


「うっさい!」


最初の1体を皮切りに、次々と地獄案内人(ヘルダイバー)達が爆散し、宇宙のチリと化していく。棺桶(ドロップシップ)は基本的に宇宙を航行するための機能を持たず、地表に向けて弾丸のように撃ち込まれているだけである。姿勢を制御する程度の動きは可能だが、荷電粒子砲を避けるような急激な動作は不可能。つまり、対空砲火を受ければ回避不能、文字通りの棺桶と化してしまう。


本来なら、敵の対空砲火を防ぐため、地獄案内人(ヘルダイバー)の投入前に敵の対空兵器を黙らせるための攻撃を行うのだが・・・今回の攻撃は、完全に想定外であった。万全な状態の敵から砲撃を受け、為す術もなく仲間たちが破壊されていく。


「あはははは・・・これは、さすがの我々も死んだでありますな、ドロシー殿?」


「なんで笑ってんのよ!ホントに死ぬわよ!?」


「おお・・・では、死ぬ前に急いで1回・・・」


「だ!か!ら!何よ!何をする気なのよ!・・・きゃああああああ!」


ドロシーの悲痛な叫びが響き、激しい衝撃が2人を襲った。しかし幸いにも、これは荷電粒子砲によるものではない。近くを飛んでいた仲間が爆散し、その衝撃の余波を受けただけだ。彼らの棺桶(ドロップシップ)に目立ったダメージはない。


「はっはっはっは・・・今のはビビったでありますな!」


「もう・・・なんでそんなに余裕なのよ・・・でも、これ、まずいわ。」


「む・・・どうしました、ドロシー殿?」


「惑星への突入軌道を外れてしまった・・・このままだと、外宇宙まで飛んでいってしまうのよ。」


「それでは、ずっと2人きりで宇宙をさまようことになるというわけですな・・・ふふん、自分はそんなに嫌ではありませんが?」


「私は嫌よ・・・!絶対に、絶対に、絶対に、嫌・・・!」


「はっはっはっは・・・そんなに拒絶されると、それはそれで興奮しますな!」


「ああもうコイツ・・・ホントにどうしよう。とりあえず、母艦に救援要請を・・・ああっ!?」


無限の宇宙に向けて飛び出していったドロシーが見たもの・・・それは、絶望的な光景だった。地表から発射された信じがたいほど巨大な光の柱が、まっすぐに自分たちの母艦を貫いていたのだ。強固なシールドに守られてるはずの母艦が、紙くずのようにバラバラにされて宇宙の藻屑と化していた。


「うそ・・・母艦が・・・。」


「母艦が・・・ボカーン・・・ですな。」


どこまでも暗い宇宙空間に、ソロのしょうもないダジャレが響いた。救援の望みも絶たれた2人を乗せて、棺桶(ドロップシップ)は無限の宇宙へ向かい、あてのない航海を開始する。彼らはエネルギーを節約するために休眠状態(スリープモード)に入り、ひたすらに奇跡を祈って眠り続けることになったのだ・・・。



次に彼らが目覚めた時には、すでに出撃から200年が経過していた。休眠状態(スリープモード)中のソロの耳元で、聞き慣れた声が叫んでいる。


「・・・ロ!ソロ!起きなさい!」


「ぬ・・・おはようであります、ドロシー殿。まだ我々のエネルギーは底をついていないようでありますな?」


「ええ、なんとかね。あんたの装備まで分解して燃料に転嫁しちゃったけど・・・まぁ今はいいわ。それより、未知の惑星の重力に捕まったの。大気もあるし、大地もある星よ。何より、植物が存在しているのが観測できた。おそらく生物もいるわね。」


「おお・・・それはそれは・・・楽しそうでありますな。お昼寝には少々飽きたのであります。」


「このまま突入軌道に入るわ。200年ぶりに、地面に降りるわよ!」


棺桶(ドロップシップ)の小さな窓が真っ赤に染まる。大気圏に突入し、摩擦熱が生じている・・・それは、この星に大気が存在する証。なんと、生物がいる惑星なのだ。月や火星のような、何もない惑星に墜落するよりずっと楽しそうなのはもちろん、仮に知的生命体が存在していた場合、文明の発展度合いによっては自分たちの帰還を助けてもらえる可能性すらある。2人の期待は、否が応でも高まっていった。


間もなく彼らは無事に大気圏を突破し、この星に住む人間たちの、とある王国の、勇者召喚の儀式の、呼び出された勇者を叩き潰して着陸することになるのである。



人々が注目する中、墜落してきたドロップシップの(ハッチ)が開く。200年間ずっと閉じていたと思えないほどスムーズに開閉メカニズムは動作し、彼らの技術力の高さを物語っている。


ソロは周囲を見回した。たくさんの人が、ぽかんと口を開けてこちらを見ている。


「む・・・どうやらこれは・・・空気を読めない登場をしちゃった感じでありますな・・・。」


周囲にいる人たちの見た目は、自分やドロシーを作った「人間」とまったく変わらない。だが服装や建物から察するに、文明は中世かそれぐらいの発展度のようだ。間違っても宇宙港(スペースポート)を持っていて、自分たちを宇宙に送り返してくれそうには見えない。


周囲ではしばらく静寂が支配していたが、少しずつガヤガヤと話し声が聞こえ始めた。未知の言語だが、間もなくドロシーが翻訳データを作製してくれるだろう。キョロキョロしていると、目の前に転がっていた偉そうな人物が側近たちに抱き起こされ、恐るおそるこちらに近づいてきた。


「余は、この国の王・・・ドライドフ・ヴァータリアス三世と申す。それで、貴殿は・・・その・・・一体、何者ですかな?」


偉そうな人・・・ヴァータリアス王は、いきなり城の天井をぶち破って落ちてきた挙句、召喚したての勇者を叩き潰した相手をどう扱っていいのか測りかねているようだ。とりあえず、下手に出ることに決めたらしい。


ソロもどういう態度をとったものかわからなかったが、とりあえずドロシーのお陰で言葉が理解できているようで安心した。彼はゲノムに敵対すると同時に、知的生命体にはなるべく親切に接するように命令されている。なので、まずは礼儀正しく返事をすることにした。


「自分は地獄案内人(ヘルダイバー)のソロ。周りの人間には、『勇者』などと呼ばれております。」


ここでひとつ、解説しておこう。ソロが言うところの「勇者」は、彼が人間の友人と夜のお店に行く際、いちいちマニアックそうな初見の店を選ぶことから付けられたアダ名であり、いわば彼なりに場をほぐそうとした冗談である。


・・・しかし、残念ながらこの場においては、これ以上ないほどに誤解を招きやすい言葉であった。王はソロの言葉を聞き、目を輝かせている。


「おお・・・勇者・・・!やはりあなたが召喚された勇者様でしたか・・・!」


「召喚・・・?いや、自分は作戦中の事故で・・・」


「みな、聞けぇい!我々はついに、勇者召喚に成功した!こちらのお方こそ魔王に対抗できる唯一にして至高の存在!光の化身、我々の希望の剣・・・勇者、ソロ殿であるッ!」


ソロの言葉を遮って、ヴァータリアス王は高らかに宣言した。一瞬の沈黙の後、大広間に集まった人々から大きな歓声が上がった。


「勇者様・・・なんと神々しい・・・!」


「あの甲冑は、神々の与えし装備品だろうか・・・見たこともない輝きだ!」


「まさか、空から舞い降りるとは・・・てっきり魔法陣から出てくるものかと・・・さすが勇者様、そこにしびれる憧れるゥ!」


「・・・なんか、一瞬だけ魔法陣から人間が出てこなかったか?」


「そうだったか?いやいや気のせいだろ。・・・気のせいだろ?」


人々は、口々に勇者を称えた。ソロはどこからどう見てもロボットであるが、たしかにロボットという概念を知らない人が見れば、甲冑(フルプレートアーマー)を装備した騎士に見えなくもないかもしれない。


おまけに登場の仕方にインパクトがあったせいか、最初に召喚された本当の勇者のことは、すでになかったことにされつつあった。そもそも王がソロを勇者だと宣言したのだ。国のトップが白といえば、どう見ても黒かったとしても白なのである。ましてやここに集まる人々はこの国の重鎮、いわばのし上がってきた管理職の皆さんだ。この場で「こいつ勇者じゃなくね?」などど口にする愚か者は1人としていない。


なんだか面倒なことになってきた・・・そう考えながらキョロキョロとあたりを見回すソロの頭に、ドロシーの声が響く。無線通信のため、2人の会話は他人には聞こえない。


(ちょっとソロ!なんかあんた、地雷踏んだんじゃないの!?)


(・・・そのようでありますな。ちょっとしたジョークだったのでありますが・・・「勇者」がNGワードだったようであります。あっはっはっは・・・!)


(何を笑ってんのよ!さっさと否定しなさいよ!勇者とか言われて、この人達の戦争に巻き込まれるのはダメよ。ゲノム相手以外の戦闘行為は原則として規律違反!わかってるでしょ?)


(もちろん分かってるでありますよ・・・光学迷彩でも展開して、とっととこの場から離れま・・・ん?)


その時、ふいにソロの(アイカメラ)がある人物に釘付けになった。


王の背後から静かに進み出たその女性は、例えるならば、瑞々しく、華やかに咲き誇る白百合の花。


金色に輝く美しい髪は、腰のあたりまで伸びて輝きを放っている。どこまでも白く透き通った肌に、すべてを見透かすような黄金色の瞳。シンプルながら仕立てのよいドレスに包まれたその身体は完璧なバランスで成り立っており、豊かに膨らんだ女性の象徴から引き締まった腰のラインが、さながら芸術作品のように美しい曲線を描いている。


まるで神話の女神のようでありながら、その顔はどこかあどけなさが残っていて、彼女がまだ10代の少女であることを感じさせる。そのわずかに残った少女らしさも、彼女を引き立てる魅力のひとつになっていた。


ヴァータリアス王はその少女に気がつくと、そっとソロの前に導く。少女はスカートの端を持ち上げ、優雅に礼をしてみせた。それは美しく、非の打ち所がない、完璧な所作であった。


「勇者ソロ殿。こちらは余の娘、リリエットです。リリエット、挨拶せよ。」


「リリエット・ヴァータリアスと申します。勇者様におかれましては、ご機嫌麗しゅう・・・勇者様?どうかなさいましたか?」


ソロはしばしの間・・・思考を停止していた。


目の前にいる、本物のお姫様。その美しさ、存在感に魂を奪われたように呆然となっている。いつも行く店にいる女たちとは違う、天使か女神のような美しさ、溢れ出す気品。コスプレではない。イメクラでもない。・・・本物のプリンセスがそこにいる。ソロは自分のCPU(演算装置)が焼け付くように熱くなるのを感じる。


そんなソロの様子を見て、ヴァータリアス王には内心ガッツポーズを決めていた。リリエットは美しい。近隣諸国からもひっきりなしに縁談を持ちかけられ、民からの人気も高い。勇者といっても、やはり男。自分の身内に取り込むのなら、リリエット以上の適役はいないであろう。


彼の作戦は完璧であった。・・・相手を間違っていること以外は。それはロボであって勇者ではない。強いて言えば夜の勇者だ。


(ちょっとソロ!ボケっとしてないで、早く誤解を解くか、逃げ出すかしなさいよ!)


(・・・。)


(聞いてるの!?ソロ!?)


(美しい・・・自分はこの方に巡り合うために、200年も宇宙をさまよったのでありますなぁ・・・。)


(はぁ!?なに言ってんのよ!?さまよったのは、ただの事故よ、遭難よ、漂流よ!ちょっと、ソロ!?)


なんだか不味いことになってきた。だが、まだなんとかなる・・・ドロシーはそう考えた。ソロが本気を出せば、今すぐにでもこの場から姿を消すことは可能だ。逃げてしまえば、余計な問題に巻き込まれることもない。それに、ソロはなんだかんだ言っても、れっきとした軍事組織の戦闘用ロボット。彼にとって、規律は絶対である。ゲノム相手以外の戦闘行為は規律違反。ちょっと美しい少女を見て頭がイカれているようだが、頭を冷やしてやれば問題ない。


だが、ドロシーの気持ちを無視して、事態はさらに悪化していく。


「ふん・・・なるほど、貴様が勇者か。」


突如、大広間に男の声が響いた。


声の主は頭上の、ソロたちがぶち破った天井の穴からこちらを見下ろしている。男は不敵な笑みを浮かべながら、おもむろに穴から飛び降りた。地面までは20メートルほどあり、普通であれば無事では済まない高さであるが・・・しかし男は静かに音もなく、ふわりと着地してみせる。その背中には、漆黒の羽が生えていた。


ヴァータリアス王が驚き、声を上げる。


「な、なぜ魔族がここに・・・!?どうやって・・・!?」


この大広間は、王城の中心に位置している。周囲には無論、大量の見張りと魔族の侵入を防ぐ結界が展開されており、ネズミ一匹侵入できないほどの警備体制が敷かれているのだ。


周囲の人間たちは瞬間、パニックに陥り、我先にと広間の外に逃げ出そうとした。しかし男がパチンと指を鳴らすと、唯一の出口である扉は黒いモヤで覆われ、どうしても開けることができない。


「俺様は、魔王様に仕えし四天王の1人・・・【絶黒の爪】ンジャール・バルメッドだ。勇者召喚などという、カビの生えた古臭い儀式をするという噂を小耳に挟んだのでな・・・わざわざ見物に来てやったのだよ。」


すぐにヴァータリアス王とリリエット姫の周りを親衛隊が囲み、また先ほど勇者召喚を行った魔法使いの女性も杖を手にして王を守らんと立ち上がる。


彼女はこの国の筆頭魔道士。魔法戦においては人類でも最強レベルの1人である。王を守る親衛隊も、言うまでもなくこの国で最強の剣士たちだ。たとえ敵が本当に四天王のひとりだとしても、多勢に無勢。たった一人では何もできるはずがない。ヴァータリアス王は落ち着きを取り戻し、冷静に言葉を発した。


「そうか・・・伝承によれば、召喚したばかりの勇者は、その力を使いこなせないと言われておる。勇者殿を恐れた貴様らは、成長する前に彼を始末するべく、わざわざ海を超えて魔王軍の幹部を送り込んできた・・・というわけだな?」


王の言葉に、ンジャールは不愉快そうに顔をしかめる。


「言葉に気をつけろ、人間の王よ。魔王様は勇者など歯牙にもかけておられぬ。ただ、面倒事の芽を先んじて潰しておこうという、我ら四天王の魔王さまへの配慮でやってきたに過ぎん。なあに、勇者の命を貰えれば、余計なことはせん。・・・そうだな、そこにいるのはその名も高き美姫、リリエット姫だな。ついでだ、姫を魔王様への土産にしてもいいかもしれんが、な・・・?」


「ぬぅっ・・・!貴様っ・・・!・・・ゆ、勇者殿?」


ここまでのやり取りを黙って眺めていたソロが、ふいにンジャールの方に身体を向けた。その表情は(ロボなので)わからないが、ンジャールは背骨が一瞬で凍りついたような殺気を感じて、思わず一歩後ずさる。


(なんだ、この凄まじい殺気は・・・!?とても力を使いこなせない勇者のものではない・・・ッ!これはまるで、歴戦の戦士が放つような・・・まるで魔王様のような・・・ッ!)


身構えるンジャールに、ソロは無造作に歩み寄っていく。その耳には、ドロシーの悲痛な叫びが響いているが・・・まるで聞こえていないようだ。「リリエットを土産にする」という言葉を聞いてカチンときたらしい。


(ちょっと、ソロ!ダメだってば!関係ない戦争行為への介入は規律違反!規律違反はプレス機で処分よ!ソーーーーーローーーーーー!)


だがンジャールは腐っても四天王、魔王軍の頂点に立つ、たった4人の幹部のひとりである。すぐに冷静さを取り戻すと、右手にあらん限りの魔力を集中させた。瞬間的に10000度を超える熱量を持った魔力の球が形成される。それは圧倒的な魔力量と高い技術によって初めて可能となる、絶技ともいうべき魔法。


「・・・ッ!こんな・・・まさか、これほど、なんて・・・っ!」


それを見た筆頭魔道士は、思わず顔を引きつらせた。ンジャールの身体から発せられる膨大な魔力に、その圧倒的な力の差を感じ取ったのだ。彼の言葉に嘘はなく、間違いなく魔王軍四天王の1人なのだと確信した。あの攻撃を防ぐには、自分と同じレベルの魔法使いが5人は必要になるだろう。勇者召喚で消耗した自分では、たとえ命と引き換えても防ぐことはかなわない。


その圧倒的な魔力の前に立つのは、召喚されたばかりの勇者。敵の恐ろしさに気づいているのかいないのか、まったく無防備に、まっすぐにンジャールに向かって歩いて行く。


「愚かな!死ね、勇者よ!【黒炎之爪(ブラックインフェルノ)】!」


ンジャールの手から放たれた黒い炎が生き物のようにソロに飛びつき、その身体を包んだ。それはンジャールが最も得意とする、彼の代名詞ともいえる魔法。魔力を伴う超高温の炎が狙った敵にまとわりつき、込められた魔力が尽きるまでその身を焦がし続ける。シンプル故に防ぐことが難しく、仲間からも恐れられている必殺の魔法だ。凄まじい熱量が広間を焦がし、離れている王たちでさえ、ジリジリと肌を焼く熱量に恐怖した。


これではいくら勇者でも、ひとたまりもあるまい。人々はその光景に絶望し、天を仰いで神に祈った。筆頭魔道士は自分の無力さを呪い、王は血が滲むほどに唇を噛みしめる。


そしてンジャールは依然として燃え続ける黒炎を、油断なく睨みつけていた。


「・・・やったか?」


思わず漏れた言葉。


言ってはいけない言葉。


案の定であった。


死の黒炎の中から、ソロは何事もなかったかのように現れ、ノシノシと歩みを進めていた。


「そういうフラグは全宇宙共通でありますな・・・。」


「ばっ・・・バカな!なぜだ、なぜ生きている!?」


「ふん、この程度の炎・・・サウナの代わりにもならないであります。」


いまだ黒炎に包まれながら、しかしまるで焦りも苦痛も感じさせない平坦なソロの言葉。ンジャールは全身から冷や汗が噴き出すのを感じた。そんなやりとりを見ていたドロシーは、呆れた声を上げる。


(なにカッコつけてんのよ・・・。5分くらいで耐熱限界になるわ。急速冷却機能(クーラントフラッシュ)の使用を進言します。)


(了解であります。急速冷却機能(クーラントフラッシュ)起動、あいあい。)


ソロの身体のあちこちから白い消火剤が噴き出し、生き物のようにまとわりついていた黒炎が消失した。ソロはどこにも燃えたり焦げたりした様子もなく、平然としている。


人々は思わず息を飲み、そして歓声を上げた。強力な魔族に正面から立ち向かい、その呪文をこともなげに打ち破る。・・・まさに彼こそは勇者その人!最初にチラッと召喚されてた人?そんなのいたっけ?勇者バンザイ!大広間は割れんばかりの歓声に包まれ、人々は涙すら流して勇者ロボに声援を送る。


「お・・・俺様の【黒炎之爪(ブラックインフェルノ)】をかき消しただと・・・!?他の四天王でさえ、食らってしまえばレジストは不可能な俺の魔法を・・・!?いったい、どれほどの魔力と知識があればそんなことが・・・!?」


あっさりと自慢の魔法をかき消され、絶望するンジャール。実際には普通に消火剤で鎮火されたのだが、この惑星に消火剤という概念はない。そんな彼の目の前、手を伸ばせば届く距離に到達したソロ。彼は身長が2メートル近くあるので、180センチほどのンジャールを自然と見下ろす形になる。


圧倒的な強者に見下されるンジャールは、知らず身体を震わせていた。彼を支配する感情は、圧倒的な恐怖。数百年前に、魔王に出会って以来の感情であった。


(ゲノム以外の生命体への攻撃は規律違反。しかし、相手から一方的に攻撃してきた場合に限り、自己防衛のための最低限の攻撃を許可される。・・・自分は今、一方的に攻撃されましたな、ドロシー殿?)


(え・・・あ・・・うん・・・まぁ、そうね・・・いや、でも・・・)


次の言葉は無線ではなく、口に出して言った。一応、ンジャールに勧告するためである・・・それはもう、ただの言い訳のように。


「自己防衛のため、最低限の攻撃を行使するであります。」


「え・・・な、なんだとぐぼふ」


ソロが放ったパンチは相当に手加減していたものの、しかしンジャールのみぞおちに深々とめり込んだ後、その体を10メートル以上吹き飛ばして大広間を支える大理石の柱に埋め込ませた。ンジャールが普通の人間だったらバラバラ死体か柱のシミになっていたことだろう。魔族は身体が丈夫のようだ。


パンチを振り抜いたソロは、無駄にカッコいいポーズのまま固まっている。油断なく敵を見ている風を装いながら、ドロシーに通信を飛ばした。


(ドロシー殿、今の自分、カッコよかったでありますか?リリエット姫の反応はどんな感じです?ジュンってきちゃってる感じ?どうでありますか?ねぇ、ねぇ?)


対するドロシーの通信は、いつも端的で的確だ。


(うっさい。)

更新間隔は毎日ではなくなりますが、代わりに1話あたりを長くしたいと思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ