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勇者様はロボットが直撃して死にました  作者: じいま
狩人の生活
19/23

ゼンラドゥゲザー

オーランド視点からスタートです。

「イレーヌ、もうやめよう!話し合えばきっとわかりあえるはずだ!ハルト頼む、武器を下ろしてくれ!」


僕の言葉は虚しく響いた。ハルトは弓を構えたままちらりと僕を見ただけで、すぐにイレーヌの方に視線を戻した。イレーヌは変わらず立ち尽くしているが、フードを深くかぶっているので表情まではわからない。


「兄さん、武器を捨てるならイレーヌが先です。彼女の戦闘能力は知っているでしょう?この距離なら圧倒的に僕が有利とはいえ、油断すればどうなるかわかりません。」


ハルトの言葉はどこまでも冷たく、イレーヌを射つことにいささかのためらいもないことを感じさせる。僕がいなければとっくに攻撃していたのだろう。


「イレーヌ、武器を捨ててくれ!大丈夫だ、ハルトは僕が説得するから・・・身の安全は僕が保証する!」


「はっ・・・オーランド、アンタはどこまでいっても甘ちゃんだね!殺し合いは始まっていて、もう10人以上死んじまった!今さら身の安全なんて言ってる場合じゃないだろう。殺すならとっとと殺しな!」


「イレーヌ!」


こうなることはわかっていたはずなのに・・・ハルトの邪魔はしないと決めたはずなのに。気がつけば僕はイレーヌを助けようとしている。ハルトは油断なく弓を構えたままつぶやいた。


「兄さん・・・ここからは兄さんにとって、見るに耐えないものになると思います。ちょっと離れていてもらえませんか?」


「ハ・・・ハルト?」


「大丈夫です、余計な抵抗をされなければ命までは取りません。」


「ハルト・・・。待て、待ってくれ、頼む・・・。」


「待てません。兄さん、イレーヌの言うとおりですよ。もう話し合いで解決する段階はとっくに終わっています。」


ギリギリと弓を引く音が聞こえる。この矢が一発でも放たれれば、それこそ話し合いで解決する段階は本当に終わってしまうだろう。


だが、まだ間に合う。間に合うはずだ。


瞬間、僕の脳裏にまだモーリス村にいた頃の記憶が蘇った。



あれは開墾を始める少し前のことだ。どんなきっかけだったか、ジルとエリーが近所の小さな子どもたちを集めて童話を聞かせたことがあった。それはとても有名な「聖騎士ファーガスの冒険」という話で、どこの家でも母親が子どもに話して聞かせる物語の定番である。人を脅かす悪魔や悪い王様をファーガスという騎士が次々と退治していく勧善懲悪の物語だ。子どもをさらう悪い悪魔をファーガスがやっつけたくだりを聞いた時、僕は思わず呟いた。


「この悪魔、そこまで悪いわけじゃないよね・・・。」


するとハルトは軽くうなづいた。


「そうですね。子どもも何もされてないようですし、どうも自分から悪魔についていったみたいです。そもそも悪魔の目的がなんなのかわかりませんから・・・問答無用で斬り捨てるより、その前に落ち着いて話し合いをした方がよかった気がしますね。」


「そうだよね。でもこの聖騎士ファーガスって、人の話を全然聞かないタイプだから・・・ハルトはさ、どうしたらいきなり斬りかかられずに話ができた思う?」


ハルトは宙を見上げて考えるような動作をしてから、こう言った。


「全裸土下座じゃないですか?」


「ゼンラ・・・ドゥゲザー?それはなんだい?」


ハルトは僕に単語の意味が通じなかったからか、「おっと」という顔をしてから説明してくれた。最近では少なくなったが、この頃はよく僕の知らない言葉を使っていた気がする。


「全裸土下座というのは最上級の謝罪方法で・・・」



まずは腕だ、それから足だ。手足に一発ずつ射ち込んでやればイレーヌといえど何もできなくなるだろう。俺は弓を構えたまま、冷静に考える。


抵抗される可能性もあるが、これだけの距離で、さらに今は兄さんの【武器強化(ブレッシング)】の魔法もかかっている。俺の弓の腕も向上しているし、まず遅れを取ることはない。


(イレーヌ、殺してでも金は返してもらうぞ・・・)


心の中でつぶやき、弓を引く手に力を込める。イレーヌに動きはない。何かを企んでいるのか、それともただ諦めているのか。だがどうであろうと関係はない。あの女が何を企んでいたとしても、俺は淡々と矢を射ち込むだけだ。


「ハルト・・・。待て、待ってくれ、頼む・・・。」


兄さんはまだ、イレーヌを攻撃するのを止めたいらしい。だがもう無理だ。遅すぎる。俺はガンドさん・・・いや、ガンドを殺したし、兄さんは10人ぐらい焼き殺している。ここが日本なら普通にやりすぎだ。


もう後戻りはできない。行くところまで行こう。


覚悟を決め、今まさに矢を放とうとした瞬間・・・。それは起きた。


「に・・・兄さん・・・何を・・・?」


「・・・。」


兄さんが、脱いでいた。ただ黙って黙々と服を脱いでいる。薄っすらと雪が積もり、吐く息が白い屋外で・・・兄さんはその芸術品のように美しい裸体をさらし、そして俺の弓の前に立つ。俺は事態についていけず、心の中で「お兄ちゃんどいて!そいつ殺せない!」という小ボケをかますのが精一杯だ。


「ハルト・・・いや、ハルトさん。どうか・・・どうか武器を下ろしてください、この通りです・・・。」


下座(ゲザ)った。兄さんはこの寒空の下、あのクソ女(イレーヌ)のために全裸で下座(ゲザ)ったのだ。俺は完全にあっけに取られて弓を下ろした。音速の剣士たるイレーヌがまだ悪あがきする可能性が残っているというのに・・・武器を下ろしてしまった。


「兄さん・・・どうしてこの女のために、そこまで・・・ハッ!」


そして、イレーヌが動いた。


フードをはねのけ、この世界の鍛え上げられた戦士にのみ許された尋常でない加速をもって、俺と全裸土下座する兄さんの方に跳躍した。


しまった。


そう思った時にはもう遅い。俺は慌てて弓を構えなおそうとするが、イレーヌは想像以上の速度で距離を詰めていた。どう考えても、俺が矢を放つよりイレーヌが斬撃を放つほうが早い。着ている外套(がいとう)のせいで剣を抜いているかどうかが見えず、イレーヌの次の行動が予測できない。瞬間、俺の脳内は混乱する。右に避けるか左に避けるか、それとも先に狙われるのは兄さんか?


イレーヌの鋭い目は、殺意を込めてまっすぐに俺を捉えたまま・・・


捉えたまま・・・


あ?泣いてる?


イレーヌは凄まじい勢いで兄さんの隣に身を投げ出すと、地面に頭を擦り付けながら大声で泣きだした。


「うぉぉぉぉぉぉぉん!!アタシはアンタにそこまでしてもらえるような女じゃないんだよぉぉぉぉぉぉぉ!ウォォォォォォォォォン!やめとくれ!アタシを憎んで、痛めつけて、殺しておくれ!なんなら手足の腱を切って娼館に売り飛ばしてもいい!アタシはクズだ、そうなって当然さ!でも、アタシのせいでアンタたち兄弟が仲違いするのは耐えられない・・・オーランドが全裸土下座(こんなこと)するのは耐えられないんだよぉぉぉぉぉぉ!」


「いいんだ・・・イレーヌ、いいんだよ・・・これは僕がやりたくてやっていることなんだから・・・。」


「おおおおおおらんどぉぉぉぉぉぉぉ・・・あ゛い゛じでる゛ゔゔゔゔゔゔゔゔゔゔ・・・うぉぉぉぉぉぉぉぉん!」


なんだこれ。


・・・なんだこれ(2回目)。



「じゃあ、もう本当に金はないんですね?」


「はい・・・すべてギャンブルで溶かしちまいました。本当にすみませんでした。」


イレーヌはまた深々と頭を下げ、テーブルに涙の雫を落とした。俺たちは今、イレーヌの隠れ家でテーブルを囲んで話し合いをしている。さすがの俺も、あの状況から弓矢をブチ込めるほど鬼畜ではない。ちなみにテーブルのこちら側には俺一人、反対側に兄さんとイレーヌが身を寄せ合って座っていて、なんだか俺が2人を責めているような格好だ。なぜこうなった。


「お金は、アタシが必ず返します。何年かかるかわからないけど、この身体を売ってでも・・・。」


「イレーヌ、君だけに辛い思いはさせない。自分で言うのもなんだけど、僕は男だけど、身体を売ればそこそこ稼げるはずだ。2人できっとハルトにお金を返そう。」


「オーランド・・・ダメだよ、アンタ・・・。」


「愛してるよ、イレーヌ。」


「ああ、アタシもあ゛い゛じでる゛・・・ごめんなさいオーランド・・・ああ・・・。」


イレーヌは兄さんに抱きつき、また大声で泣き出した。なんだこれ。さっきからこの繰り返しである。もうなんでもいいから早く爆発してほしい。


「・・・いや、もう金はいいです。イレーヌさんがどう頑張っても返せるような額じゃないのはわかっているので。」


「ゔゔ・・・ごめんなさい、ごめんなさい、ハルト・・・。」


「でもひとつだけ、やってほしいことがあります。」


俺の真剣な声色を聞いて、イレーヌは涙でグシャグシャの顔を拭い、姿勢を正した。


「なんでも言っとくれ。アタシにできることならなんだってやるよ。」


その言葉に嘘をついている雰囲気や浮ついた空気はない。きっと心からの言葉なんだと信じられる、そんな声だった。1年ぐらいずっと騙されていた俺が言っても説得力ないが・・・それでも、もうイレーヌは裏切らない。そんな気がする。


だから、俺の要求はこうだ。


「じゃあ言います。・・・兄さんを幸せにしてあげてください。兄さんを裏切らないと約束して、兄さんが望むだけ傍にいてあげてください。いいですか?」


「そんな・・・だってそれじゃあ、アタシは何も・・・」


「い い で す か ?」


「はっ・・・はい!約束するよ!アタシはオーランドを裏切らない。死ぬまで愛し続けることを誓う!」


「イレーヌ・・・!」


「オーランド・・・!」


えんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁと歌が聞こえてきそうな甘い雰囲気になったので、俺はそそくさと隠れ家を出て行くことにする。これは近い将来、甥っ子か姪っ子が生まれることになりそうだ。頑張って稼ぎましょうね、兄さん・・・。


しかし、ドアを開けて出ていこうとする俺を、イレーヌの声が呼び止めた。


「待っとくれ、ハルト・・・ハルトさん。」


「『さん』はつけなくていいですよ・・・なんですかイレーヌさん?ほぇぁっ!?」


振り返ると、イレーヌが鎧を脱ぎ、その下のシャツを脱ぎ始めているところだった。シャツの下の鍛えられた腹筋はしかしバキバキに割れているわけではなく、白く滑らかでどこまでも女性らしい。シャツがまくりあげられるにつれて、その上の豊かな膨らみが明らかに・・・っておいおい、(にいさん)(もの)をじっくり眺めるような下衆な男じゃないぞ俺は・・・たぶん・・・ゴクリ。


「ちょちょちょちょ、待ってください、何をしてるんですか!?」


イレーヌは脱ぐ手を止めて、意外そうな顔で俺を見た。俺はちょっと残念な・・・いやいや違う、違うぞ。違うからねジル、エリー?


イレーヌと兄さんは目を見合わせ、それから俺を見て言った。


「え・・・?だってアレなんだろ?ゼンラドゥゲザーっていうのが最高の謝罪のやり方なんだろ?」


いかん、この世界に変な文化が伝わりつつある。



「ハルト、すまない・・・いや、ありがとう。」


「もう済んだことですから。それより、これからのことを考えましょう。」


俺と兄さんはいつもの酒場で、暖炉の火を囲んで座っている。俺たちの顔を見ると、店の人間や何人かの狩人(ハンター)は一瞬驚いた顔をして、それから慌てて平静を取り繕った。おそらくイレーヌに買収されていた連中だろう。聞き込みしても情報が集まらないと思ったら、相当な人数に金を掴ませて嘘の情報を話させていたようだ。俺たちは偽情報に踊らされ、もう死んだものと思われていたのかもしれない。


ちなみにイレーヌは宿泊用の部屋で眠っているようだ。何に突かれて・・・いや、疲れて眠っているのか、俺は知らない。だってまだ子どもだもん。


「もう(ドラゴン)は狩れないと考えたほうがいいでしょう。新しい稼ぎ方を考える必要があります。まぁ、普通にカニとか熊とか狼を狩ってもいいですが・・・。」


「今さら普通の獲物を狩るのもちょっとね。それに、今は冬だから狩りをするには厳しいコンディションだ。寒さの危険性は嫌というほど体験したしね。」


「ですね。」


ぱちぱちと燃える火を見ながら、しばし2人で考える。口には出さないが、俺の中にはイレーヌを信頼しきれないというか、モヤモヤする気持ちもある。さすがにもう裏切られることはないと思いつつも、そう簡単に割り切れるようなものではない。そんなイレーヌにまた前衛を任せて、森の中で魔物と戦うのはちょっと気が引ける。


酒場の中にはほとんど客はいない。時間は夜で、雪も深い。ほとんどの人間はもう眠っているか、自分の家に帰っているのだろう。


俺も今日は疲れたし、もう寝ようか・・・そう思って立ち上がろうとした瞬間、耳元で突然声が聞こえた。


「チーム・オーランドの皆さんですね。」


「!?」


とっさに椅子から飛び退き、護身用の短刀に手をかける。兄さんも同じように飛び退いて杖を構えていた。


そこに立っていたのは、ひと目で魔法使いとわかる女性だ。水色の髪を肩まで垂らし、黒いローブに身を包んでいる。この世界ではあまり見かけない眼鏡をかけていて、知的な雰囲気を漂わせていた。


女性は警戒する俺たちに深々とお辞儀をした。


「驚かせてしまい、申し訳ありません。転移の魔法で大雑把に飛んできたもので・・・。私はヴァータリア王国の次席魔道士を務めております、コーネリアと申します。本日は仕事の依頼で参りました。」


「・・・依頼?」


「はい。皆さんの(ドラゴン)狩りの活躍は、王国にも届いております。その武勇を見込んで、お願いしたい仕事があるのです。」


コーネリアはどこからともなく一枚の羊皮紙を取り出し、俺たちに差し出した。それは俺たちのようなただの狩人(ハンター)では一生見ることもないような、王のサインと印が押された正式の依頼書のようだった。きっと無茶苦茶な難易度の仕事と、それに見合った無茶苦茶な額の報酬が書いてあるんだろう。


コーネリアはニッコリと微笑み、そして王国の意思そのものとでもいわんばかりに堂々と宣言した。


「王国のため、魔王を討ち取っていただきたい。」


そういうのは勇者の仕事だろ。


・・・ん、俺か?

・オーランドの魔法一覧

武器強化(ブレッシング)】・・・なんか光る魔法

炎柱(ボルカナス)】・・・耐炎装備がないと死ぬ自爆魔法

全裸土下座(ゼンラドゥゲザー)】・・・弟が無理を聞いてくれて、ついでに彼女ができる魔法


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