地獄の取り立て人
イレーヌさんの視点から始まります。
昨夜は結局、一睡もできなかった。
ひとりで使うベッドは妙に広く感じる。ここしばらく、寝る時はずっとオーランドと一緒だったせいだ。それに近ごろ急に冷え込んできたせいか、なんだか寒くて仕方がない。
「ようイレーヌ、ひどいツラだな。」
部屋を出て階段を降りると、昨夜と同じ格好のままでガンドが声をかけてきた。一晩中飲んでいたのかと思ったが、しゃっきりしているところを見るとちゃんと寝たようだ。コイツは金で雇っただけの男だけど、契約期間中はきっちりアタシの周辺から離れずに警護を続けているらしい。顔に似合わず真面目な男だ。
「余計なお世話だよ・・・なんだか妙に寒くてね。」
「風邪か?それとも男と一緒じゃないと寝れないってか?」
「そうだとしても、アンタみたいな悪人ヅラの男はお断りだよ。」
「がっはっは!俺もお前はお断りだ!死にたくないからな!」
ガンドを適当にあしらい、1人で窓際の席に座った。ここはよくある酒場兼宿屋で、アタシたちみたいな流れ者がよく利用する。だから食事は無骨で量を重視したものが多い。朝食も大きくて硬いパンと、呆れるくらい大きな器に入ったシチューだけのようだ。悪くはないけど、アタシみたいなレディにはもう少し気の利いた食事を用意して欲しいもんだね。
「はぁ・・・。」
自然とため息が漏れた。窓の外は雪。昨夜のうちにかなり積もったようで、すっかり景色が銀世界に変わっている。
あの悪運の強い坊やたちのことだ。きっと今も雪の中を生きてウロついていることだろう。さすがにアタシの作戦に気がついて戻ってくるなんてことはないだろうが・・・それでも、どういうわけかあの2人が死ぬとは思えなかった。それともこれはただの願望だろうか?あの2人に死んで欲しくない?アタシは、ハルトとオーランドを裏切ったことを後悔しているのか?この【黒鴉】のイレーヌ様が?
(何を、バカなことを・・・。)
大体、もうヤツらに許してもらうことなんてできやしない。金を盗って、逃げて、あまつさえ嘘の情報で雪の中に送り出して殺そうとしたんだ。情状酌量の余地なし、ハルトはアタシを視界に入れた瞬間に矢を射掛けてくるだろう。それだけのことをアタシはしたんだ。
だいたい許して貰おうにも、返す金がない。
連中はまだアタシが金を持っていると思っているのだろうが、実際はそうじゃない。アタシは最初の竜を狩った直後から、ちょくちょく商会に預けた金を拝借していたんだ。ハルトはアタシを怪しんで時々残高を確認していたようだけど、アイツは鋭いようでいてまだまだヌルい。窓口の人間を買収しておいたおかげで、見事にアタシの行為に気づかなかった。もし気づかれればすぐに姿を消すつもりだったけど・・・まさか残高が底を尽くまで気づかれないとはね。
こんなことになったのは、アタシの中に住む魔物のせいさ。「博打好き」っていう最悪なヤツ・・・。しかも悪いことに、「賭け事に弱い」っていう魔物までアタシの中に同居しているらしい。負けた分を取り返そうとすればするほど負けは膨らんで、いつの間にかすっからかんだ。ありえないぐらいの大金があったはずなのに、どこに消えちまったんだろうね。
「おいイレーヌ、場所を変えるぞ。そろそろ人が増えてくる時間だ。お前はこの町にはいないことになっているんだからな。」
ため息をついていると、ガンドに声をかけられた。やれやれ真面目な男だ。
目深にフードをかぶって顔を隠し、ガンドが用意した隠れ家に向かう。町の外れにあるボロ小屋だ。そこにはガンドの部下が10人ぐらい集まっていて、アタシの護衛を務めている。これにはそこそこの金を払うことになったが、背に腹は代えられない。もしハルトが生きていれば、アタシを暗殺するのは簡単だろうからね。なにせヤツの矢は、届きさえすれば絶対に命中するんだ。これほど暗殺者に適した能力は他にないだろう。
「おい、異常はないな?」
「へい、お頭。寒くって仕方がありませんや。」
「おう、風邪ひくなよ。・・・バカだから引かねえか。がっはっは!」
ボロ小屋に近づくと、物陰からガンドの部下が出てきた。話を始める2人を無視して、アタシはさっさと小屋のほうに向かった。なるべく視界の開けた場所には立っていたくないんだよ。いきなり矢が飛んできたらと思うと気が気じゃないからね。
「はっ!?」
トスッと軽い音を立てて、どこからか飛んできた矢がアタシの足元に突き刺さった。思わず足を止めて振り返ると、そこには見慣れた2人の人影。
「イレーヌ、金を返してもらうぞッ!」
ほらね、言わんこっちゃない。
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凍死しそうな夜を乗り切った後、僕たちはハルトの放つ矢を案内人にしてイレーヌの追跡を再開した。ハルトが矢を放ち、それを追う。矢に追いついたらまたハルトが矢を放ち、追う。途中、もといたアルナスの町に引き返していることに気がついて半信半疑になったが、ハルトはそんな僕を見て不敵に笑った。
「兄さん、心配いりません。なんだかわかりませんが、イレーヌが矢の方向にいる確信があります。」
理由はさっぱりわからないが、ハルトには自信があるらしい。彼の能力は未だに謎が多いが、検証していたイレーヌいわく重要なのは「ハルトができると確信していること」だそうだ。ハルトが当たると信じていれば矢は必ず命中するし、貫通すると信じていればどんなものが相手でも貫通する。人探しまで出来るとは知らなかったが、きっとハルトが確信しているならその方向にイレーヌはいるのだ。そもそもハルトが間違っていたとして、僕はもうハルトに何か意見できるような身ではないので黙って従うばかりだが。
まだ雪がチラつく中を引き返すこと2日、僕たちはついにイレーヌを見つけた。数日ぶりに見た彼女はフードを目深にかぶって顔を隠していたが、チラリと見えた瞳には怯えと疲れのようなものが見えた気がした。
隣にはガンドさんが険しい表情で立っている。元の町に引き返してきた時点でなんとなく察していたが、やはり彼もイレーヌ側の人間だったのだ。ハルトは彼を信頼していたようなので傷ついていないか心配だったけど、彼は無表情のまま弓を握っていた。僕の弟は強い。
イレーヌはフードに顔を隠したまま、ボソリと言った。
「なんとなくそんな予感はしていたけど・・・やっぱり見つかっちまったね。」
ハルトはイレーヌの言葉に答えず、黙って矢をつがえ、彼女に狙いをつけた。
「余計なことを話すつもりはない。いいから金を返すんだ。」
「・・・そうしたいのは山々だけどね。それは無理さ。もう全部使っちまった。」
「ふざけるな!あれだけの額をそんなに簡単に使い切れるわけがないだろ!残っているだけでも返せ!」
「いや、本当に1デルも残ってないんだよ。信じてもらえないとは思うけどね。」
「・・・俺が子どもだと思ってバカにしてるのか?痛い目に合わないと返す気にならないか?」
ハルトが弓を強く引く音が聞こえた。僕は慌てて声を出す。
「イレーヌ!」
気のせいか、イレーヌはビクリと身体を震わせたように見えた。そんなに大きな声を出したわけでもないのに、まるで僕の声に怯えるかのように。
「イレーヌ、やめようこんなことは!君だって、なにか事情があってやったんだろう!?話し合えば解決できるはずだ!」
「クックック・・・」
「イレーヌ?」
「まったく、甘ちゃんだねオーランドは・・・事情なんてないさ。アタシはギャンブル狂いなんだ。」
ギャンブル?確かに僕が魔法の修行をしている間、イレーヌはふらりと何処かに行っていることが多かったけど・・・あれは賭博場に行っていたのだろうか。
「知らなかっただろう?何度か抱いただけでその女のことがなんでもわかった気になるのは男の悪い癖さ。ま、おかげでたっぷり楽しませてもらったよ。いや、もちろん倍にして返してやろうと思ってたんだけどね?」
イレーヌの表情は見えない。だがその言葉にハルトが激昂した。
「こいつ!もう許さない!」
「許さなければどうするっていうんだい!?」
その時、周囲の茂みから一斉に男たちが飛び出して俺と兄さんを取り囲んだ。人数は10人前後で、全員が剣や槍で武装している。ここまで気配を感じさせずに接近していたとは、おそらくプロの傭兵だろう。
「ハルト、アンタの弓は脅威だが、それは距離が開いている時の話さ。こうやって取り囲まれれば普通の弓と変わらないよ。アンタの能力はアタシが一番よく知ってる。嫌というほど検証したからね。」
男たちは僕たちに刃先を突きつけたまま、円陣をジリジリと小さくしてくる。確かに僕とハルトの弱点は接近戦だ。なにせ今まで僕たちを守ってくれていた頼れる前衛は、今や敵の筆頭なのだから。少し前だったらかなり焦っているところだろうが、残念だが今の僕たちはもうイレーヌが知っている僕たちではない。
ハルトは黙って弓を下ろし、僕に視線を送った。僕は耐炎ローブのフードを深くかぶり直し、呪文を詠唱した。制御も何も考えない、ただ持っている全ての魔力で炎を吹き上げるだけの魔法だから発動は早い。一番近くにいた男が剣を突き出してきたが、僕の方が1手早かった。
「【炎柱】!」
瞬間、巨大な炎の柱が足元から発生して僕とハルトを包む。可能な限り地肌を出さないようにローブを引っ張り、息を止めたまま転がって炎の中から脱出した。今回はしっかり準備したとはいえ、やっぱり熱い。指の先や耳の端が焼ける痛みに顔をしかめながら振り返ると、炎に包まれた10の人影と、僕と同じように転がって脱出しているハルトが見えた。燃えている傭兵たちはあまりの高熱に立ったまま絶命し、倒れることなく燃え続けている。つくづく高級な耐炎装備を整えていてよかったと思った。
「ば、バカな・・・アンタたち、なんて無茶なことをしやがるんだ・・・!」
イレーヌはあまりの驚きと肌を焼く高熱を目の当たりにして2、3歩あとずさった。ハルトはケホケホと咳き込みながら、端が焦げて煙を出している弓を構えて彼女を狙った。
「イレーヌとガンドさんが俺たちを凍死させようとしてくれたおかげで生まれた戦法ですよ。殺そうとしてくれてどうもありがとうございました。」
立ったまま燃える人間を背に弓矢を構えるハルト。その姿は兄の僕からしても空恐ろしいものがあった。ハルトは何か、女性に騙されることにトラウマでもあるんだろうか?僕が知る限りではそんなことはなかったはずなのだけど。
イレーヌはそんなハルトを前に、ただ立ち尽くしている。燃え盛る炎が一瞬だけ照らし出したフードの奥の顔は、明らかな恐怖に引きつっていたが、しかしまだ目から光は失われていない。僕たちとイレーヌの間には20メートルほどの距離があるので、完全にこちらが有利な状況だが・・・まだ何か奥の手があるのだろうか。
「なっ・・・なんだこりゃあ!俺の部下ともが!」
突然、イレーヌの背後から大きな声が響いた。そこにいたのはガンドだ。そういえばイレーヌの横にいたはずなのに、いつの間にか姿を消していた。彼の手には渦巻きのような不思議な模様が刻まれた大盾があった。ハルト対策のアイテムだろうか、アレを取りに行っていたようだ。
「貴様ら・・・許さんぞ!部下の仇だぁぁぁ!」
ガンドは頭の先まで真っ赤にして叫んだ。あまりの悪人ヅラに思わず萎縮しそうになるが、ハルトはまるで気にした様子もない。僕たちは地上最強の生物、竜を8頭も始末してきたのだ。あれに比べればどんな人間だって可愛く見えるし、実際に弓矢を射かけていたハルトは肝のすわりかたも半端ではない。
「こっちを殺そうとしておいて逆に殺されたら怒るなんて、プロ失格ですね。」
そんな軽口すら叩いてみせるハルト。僕の弟は本当に強くなった。弓の弦を引き絞るハルトに大して、ガンドは大盾をドスンと地面に突き立てて身を隠した。大きな盾は重厚で威圧感があり、とても弓矢で撃ち抜けそうには見えない。このまま盾を構えて突進されれば危険である。
僕の心配に追い打ちをかけるように、イレーヌは高らかに宣言した。
「ハルト、その盾に刻まれた文様に見覚えがあるだろう!?それはアンタの能力を検証した時にも使った『対弓矢魔法』の魔法がかかっている印だよ!アンタにその盾は貫けないってことさ!」
なんだって?僕は内心で舌打ちした。
ハルトの能力は要するに、「ハルトが撃ち抜けると思えばなんでも撃ち抜けるし、撃ち抜けないと思えば撃ち抜けない」というものである。そのことを重々承知しているイレーヌは、検証の段階からハルトにあの文様を仕込んでいたのだ。対弓矢魔法などという嘘の魔法をでっち上げ、「あの文様が刻まれたものは撃ち抜けない」とハルトに刷り込んだのだ。きっとあの盾には魔法なんてかかっていない。イレーヌが自分で文様を刻み込んだだけの普通の盾だろう。おまけに見た目が重厚で、撃ち抜けそうもないとイメージさせるのに適したデザイン。そして今の宣言で、ハルトに「撃ちぬけない」ということを強く意識させた。まったくもって抜け目がない。
見ればハルトは悔しそうに歯噛みしている。これでは竜の鱗さえ容易く貫通するハルトの矢も、その能力を発揮することはできないだろう。
あとは僕がまた【炎柱】を使うというアイディアもあるが・・・魔力の残量が心もとない。そもそもあれだけ強力な魔法、僕の魔力では1日に1回発動するのが精一杯なのだ。あと数秒以内にガンド氏は僕たちに肉薄してくるだろう。接近戦となればまず勝ち目はない。
「くっ・・・汚いぞイレーヌ!」
「はっ!狩りは準備が大事だって教えただろう?」
闇雲に矢を発射しようとするハルトを、僕はそっと手で制した。そして彼の肩に手を置いて魔法を使う。ただ光らせるだけの魔法だから、魔力はほとんど必要ない。僕がまともに行使できる数少ない魔法のひとつだ。
「【武器強化】!」
「兄さん?」
光っているだけでなんの意味もない魔法がハルトの身体を包む。彼は僕に魔法の才能があると信じている。僕はとてもそうは思えないのだけど、それでも弟は信じてくれているのだ。騙すようで申し訳ない気持ちになりつつも、不安げな彼の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「ハルト、大丈夫だよ。僕の魔法の方が強い。これでお前の矢は、あの盾を紙みたいに貫通できる。・・・さぁ、後は頼んだよ。」
「・・・はい!」
ガンドは大盾で身を隠しながら、真っ直ぐに俺たちに突っ込んできた。距離はもう5メートルもない。ハルトは流れるような動作で弓を構え、矢を放った。
貫けないことを信じさせようとしたイレーヌ。
貫けると信じさせようとした僕。
これはつまり、ハルトがどちらを信じているかという心の勝負だ。
ハルトが無意識にでもイレーヌのことを信じていれば矢は弾かれ、僕を心の底から信じてくれていれば矢は大盾を貫通するだろう。
この無意識に、というのが問題だ。頭で考えて納得して、表面的に信じること、信じようとすることは簡単にできる。でも無意識のレベルで信じるには理屈だけではダメだ。それまでの実績、経験、色々なことが作用して、意識する心とは別に無意識の中に定着していく。
イレーヌは頼れる女で、現実主義者で、いつも結果を出してきた。
対する僕はいつも頼りにならない兄で、ハルトにいいところを見せたことなんて一度もないかもしれない。
極限の状況で、ハルトは僕を信じてくれるのだろうか。僕は、ハルトが信じるに値する兄なのだろうか。不安が心を支配した。僕がハルトの立場だったら、矢は確実に盾に弾かれるだろう。
矢はまっすぐに、まるで時間が引き伸ばされたようにゆっくりと飛んでいく。僕はただ、祈るような気持ちでその矢の行方を見ていた。
そして。
「あ゛っ!?」
矢は当然のように盾を貫通し、その後ろのガンドの胴体も貫通した。ガンドは走り出した勢いのまま前のめりに転がって倒れ、そしてそれきり動かなくなった。
「なっ・・・バカな・・・仕込みは完璧だったはずなのに・・・」
イレーヌはその光景を見て青ざめ、よろめいた。僕も思わず「嘘だろ!?」と言いそうになって、慌てて口をつぐむ。
「なぜ・・・なぜこんなに簡単に・・・撃ち抜けるはずがないのに・・・なぜ・・・」
イレーヌのつぶやきに、ハルトは次の矢をつがえながら面倒くさそうに答えた。
「兄さんが撃ち抜けるっていうんだから・・・そんなん撃ち抜けるに決まってるだろ!」
不可能を可能にするブラコン




