遭難
「現在、チーム・オーランド様からのお預かり金はありません。」
巨乳のお姉さんは素敵な営業スマイルを浮かべて、絶望的な言葉を発した。ここは俺たちが竜を狩った金をすべて預けていた商会の窓口である。
「え?1デルもないんですか?」
「はい。最後に引き出されたのは1ヶ月ほど前で・・・そこで全額引き出されたと記録されていますね。」
いつもなら見た目が子どもなことを利用してお姉さんのお胸をガン見するところだが、今はそれどころではない。俺たちが命懸けで稼いだ金が一切合切なくなっているというのだ。世界がグルグルと周り、膝から力が抜けて座り込みそうになる。見れば兄さんは顔面蒼白で口元に血が滲んでいた。本人も気づかないうちに唇を噛み締めてしまったのだろう。
俺たちはフラフラしながら商会の建物を出た。いつもなら半日は頭の中を支配するであろう巨乳は、すでに消え去っている。代わりに頭に浮かぶのは黒髪の女、イレーヌの顔だ。
一緒に命を張ってきたイレーヌ。
兄さんと付き合っていたイレーヌ。
この俺でさえ、もう仲間だと信じていたイレーヌ。
そのイレーヌが裏切り、俺たちの金を持って消えたのだ。
季節はもう冬の始めである。外はしびれるように寒く、吐く息は白い。俺がショックを受けて頭を抱えていると、兄さんがボソリと言った。
「・・・すまない、ハルト。君が最初からイレーヌに懐疑的だったのには気づいていたんだ・・・でも、僕は気づかないフリをした。・・・この事態は僕のせいだ。僕がこの状況を招いたんだ。」
「何を言ってるんですか、兄さんが悪いわけがないでしょう。悪いのは金を盗ったヤツ・・・イレーヌですよ。」
俺の言葉が聞こえているのかいないのか、兄さんは虚空を見つめてブツブツと言葉を発している。そうだ、彼は俺よりもショックを受けているだろう。たぶん初恋の相手で、初めての彼女。その彼女に裏切られたのだ。
「イレーヌは・・・最初からそのつもりだったんだ。僕たちが商会に預けていたお金は、すぐに現金で受け取れるような額じゃあない。それを綺麗に全額盗っていったということは、何ヶ月もかけて準備していたということだ。商会に現金を用意させて、逃走の準備を進めて・・・そうか、彼女はこの季節を待っていたんだ。もうすぐ雪が降り始めれば、移動するのが難しくなる。僕たちを雪に足止めさせて、逃げる時間を稼ぐつもりなのか・・・。」
「兄さん・・・?」
「ああ、なんてことだ。僕は彼女に浮かれて、騙されて、自分だけでなくハルトの未来まで奪ってしまった。あれほどの額、もう二度と手に入れるチャンスはないかもしれない。あのお金のほんの一部でもあれば、ハルトはジルとエリーを迎えにいくことができたのに・・・。」
「兄さん、兄さん。」
「ああ済まないハルト・・・。かくなる上は、僕の命に変えてもお金を作ってみせる。竜を狩った時のような金額は無理でも、なんとか最低限の額を・・・」
「兄さん!」
俺が声を荒げると、兄さんはようやく我に返って俺を見た。その目は虚ろで落ち着きがなく、さすがのイケメン兄さんでも絵にならないほどに憔悴しているのがわかる。・・・いや、憔悴してるけどやっぱり絵になるな。タイトルは「悩める美少年」「美しき苦悩」・・・それともシンプルに「苦しむイケメン」とかどうだろうか。どうでもいいな。
兄さんは完全に打ちひしがれて自分を責めまくっているが、俺には兄さんを責める気持ちなどまったくない。そもそも今こうして狩人をしていられるのは兄さんのおかげだし、イレーヌが仲間に入る時点で強く止めなかった俺にも原因はあるのだ。そのイレーヌがいなければ、竜を狩るなんてことを思いつかなかったわけだし。多少の時間は無駄にしたかもしれないが、もしこのままお金が戻らなくてもゼロに戻っただけでマイナスになったわけじゃあないんだ。ポジティブにいこう。
ボロボロの兄さんを見て、逆に俺の心は落ち着いたようだ。ひとつ深呼吸してから兄さんの背を叩く。
「追いましょう、イレーヌを。」
兄さんはハッとして、それから力強く頷いた。そうだ、諦めるのはまだ早い。俺と兄さんが力を合わせればなんだって出来る。イレーヌを探し出すのなんて簡単だ。
「・・・そうだね。本当にすまない。ハルト、行こう!」
こうして俺たちのイレーヌ追跡が始まった。
ここはヴァータリア王国の北にある、アルナスという漁師町である。このあたりは積雪が多く、冬を迎えると雪に閉ざされるため移動が困難になる。すでに雪がチラつき始めており、おそらくイレーヌは本格的な冬が到来する前に積雪が少ない南方に逃げ、俺たちが身動きできないうちに姿を消すつもりなのだろう。
まず、俺たちは町にある3方の出入口に行き、イレーヌの目撃情報を集めた。町の出入り口には門番がいて、簡単だが人間の出入りをチェックしているのだ。だがこれといった目撃情報は集まらなかった。ここ半年ほどで、俺たちは【竜退治人】としてそこそこ有名になってきている。たった3人で竜を次々と仕留めるなど普通ではあり得ないので半分は都市伝説のような扱いだが、この町では実際に1体の竜を仕留めて売り払ったことがあるので事実として認識されている。そんな俺たちのメンバーであるイレーヌが町を出れば目立たないはずはないのだが・・・変装したか、大きな団体に紛れ込んで町を出たのだろう。
仕方がないので、町の中心にある狩人御用達の酒場で情報を集めたが、ここでも収穫は少ない。これだけ痕跡が少ないのは、イレーヌの能力の高さと、周到な計画に基づいたものであることを感じさせる。
歩き疲れた俺と兄さんが酒場で休憩していると、見慣れた顔が声をかけてきた。無茶苦茶に人相が悪いことで(俺の中で)有名なハゲのガンド氏だ。彼は悪人ヅラだが本当に良い人で、まだ若い俺たちのことをよく気にかけてくれている。
「よう二人とも。どうしたそんな不景気なツラをして。イレーヌは一緒じゃないのか?」
「そのイレーヌを探してるんですよ。」
「・・・なんだって?詳しく聞かせてみな。」
俺たちは今の状況を、かいつまんで説明した。黙って話を聞いていたガンド氏はしかし、俺の話が終わるとハゲ頭を真っ赤にして激怒した。
「なんて女だッ!そいつは許せん、めちゃ許せんよなぁぁぁぁぁ!」
「お、落ち着いてください・・・人の目もありますから。」
「ああ、ス、スマン。だがそうだな・・・もしイレーヌが逃げるとすれば、まずは南にあるロイハスの町を目指すだろう。」
「え?なぜです?」
「そりゃお前・・・この町の北は海だし、東も西も次の町まで2週間はかかる。もう雪が降り始めてんだから、天気が大きく崩れれば遭難の危険もあるぞ。ロイハスの町までは歩きで5日、馬なら2日もあれば着く。選択肢は他にないだろうな。」
「な、なるほど・・・!」
「さあ、追いかけるなら急いだほうがいいぜ。お前たちが雪で身動き取れなくなるのもイレーヌの狙いだろうからな。」
「はい、ガンドさんありがとうございます!このお礼は必ず!」
「子どもが余計なことを気にするんじゃねぇよ!それよりも気をつけろよ。イレーヌは抜け目のない女だ。お前たちが追いついてきた時の備えもしてやがるに違いないからな。」
「はい!」
俺と兄さんは再び闘志を燃やし、追跡を再開した。酒場を飛び出し、薄っすらと雪が積もり始めた町の中を早足で進む。思い切って馬を借りたいところだが、この季節に馬を貸してくれる店はなく、買取りになるだろう。俺たちの手持ちは相当に心細く、馬を買うような余裕はない。
簡単に食料品を買い込むと、すぐに町を出た。気温は低く、装備も不十分だが・・・イレーヌを逃がすわけにはいかない。
「ハルト・・・僕たちの持っている防寒具では、次の町に着くまでに凍えてしまうかもしれない。」
「でも兄さん、今を逃せばイレーヌを捕まえるのは不可能になります。幸い僕たちは若くて体力もある。ガンガン進んで、1日でも早く次の町に到着することにしましょう。」
「・・・そうだね、わかった。そうしよう。」
兄さんはこの時、雪の中を進むことを止めたかったのだと思う。でもイレーヌの件は自分のせいだと思っているから、俺に反論することをやめてしまったんだ。そして気持ちばかりが焦っていた俺は、寒さというものを軽く見ていた。敵はいつも魔物や人間のように明確な形を持っているわけではないということを忘れていたのだ。
進みだして間もなく・・・俺たちは遭難した。
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「・・・坊やたちは町を出たようだね。」
「ああ。俺の言葉をすっかり信じて、な。今ごろは雪の中で仲良く氷漬けになっているかもしれんな。かわいそうに・・・。」
クックックッ・・・悪そうな顔を悪そうに歪めて笑いながら、ガンドは言った。それから温かくスバイスの効いたホットワインを飲み、目の前に座る女を見る。艶やかな黒髪に、何を考えているのかわからない真っ黒な瞳。透き通るような白い肌は剣士のものとは思えないほど滑らかで傷一つなく、こんな田舎町には似つかわしくないほどの美女であるのは間違いない。だがこの女・・・イレーヌには決してを許してはいけない。コイツはどこまでも自分以外の人間に興味がない、文字通りの魔女なのだ。今回は金をもらって子ども2人を騙すのに協力したが、うっかり近づきすぎれば次に死ぬのは自分になるだろう。コイツは「不幸を呼ぶ女」・・・【黒鴉】のイレーヌなのだから。
「まさかアタシがまだこの町にいるなんて、夢にも思わなかっただろうね。まぁあの2人は若いし体力もある。ひょっとしたら無事にロイハスまだたどり着けたかもしれないよ?」
「・・・いや、それはないだろうな。昨日から南の方では吹雪になっているらしい。もう少しマシな防寒具を持っていれば助かるかもしれんが、あの2人は防寒具を買う金も持っていないだろう?誰かさんが全部持っていっちまったからな。」
「・・・そうかい。まぁ、そうだろうね。」
「なんだ?【黒鴉】のイレーヌともあろうお方が、騙したガキのことを気にしているのか?」
「へっ・・・。そんなわけないだろう。アンタ、ホットワインの飲み過ぎなんじゃないかい?いざという時、ちゃんと動けるんだろうね?」
「ああ、この程度、飲んだうちに入らん。ずいぶんと警戒してるが、あの坊やたちが戻ってくる可能性があると本気で思っているのか?もう町を出て2日だ。順当にいけば凍死してるだろうし、そうじゃなければ半死半生でロイハスに向かっているだろう。だいたい、万が一戻ってきたとしても体力を使い果たしたガキふたりぐらい、お前の剣の腕なら簡単に返り討ちにできるだろう?」
「・・・忘れちゃいけないよ。あの坊や・・・ハルトは本物の【竜退治人】なんだ。普通じゃないんだよ。」
「ふん・・・まぁいい。もし俺の前に姿を現すようなことがあれば、きっちり始末しておいてやる。」
イレーヌは頷くと、黙って酒場の2階にある宿泊用の部屋に引っ込んでいつた。ガンドはその美しい後ろ姿が消えるまで眺めてから、2杯目のホットワインを口にして外を見た。雪は強く、外はしんしんと冷え込んでいるようだ。
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「ハルト・・・しっかりするんだ、ハルト。」
「うう・・・にににににににいさん・・・。」
兄さんに揺り起こされて、押しつぶされそうな眠気からなんとか意識を引き上げる。
寒い。
俺と兄さんは吹雪に襲われ、完全に方向を見失った。白い雪がすべてを覆い隠し、どこが街道なのか、どちらがロイハスの町なのかもわからない。進むことも戻ることもできなくなった俺たちはどうにか見つけた大きな木の下に避難したものの、途切れることのない吹雪の前に完全に無力であった。
「本当にすまない・・・この事態はみんな僕のせいだ。ハルト、お前だけは絶対に助けてみせる。」
「ににに兄さん・・・。にににいさんのせいじゃありません、悪いのはイレーヌででででですすすすす・・・。」
「ハルト、危ないから少しだけ離れていてくれ。火を起こす。」
「ひ?火って・・・どどどどどうやって?」
積雪のせいで薪もなければ風も強い。これでは火を起こすどころではない。目の前に大木はあるが、ちょっとやそっとではこの吹雪の中で火をつけることはできないだろう。戸惑う俺に、兄さんは笑ってみせた。
「上級炎魔法を使う。さぁ、ここにいるんだよ。」
「に、兄さん!?」
兄さんは俺を抱きかかえると、大木から離れた場所にそっと下ろした。
俺は知っている。兄さんは俺が弓の練習をしている間、同じようにずっと魔法の練習をしていた。しかしこの世界の魔法というのは、才能がある人間が幼い頃から修練を積み重ねて初めて自由に使えるようになるものだ。天才である兄さんは【武器強化】の魔法をすぐに習得したものの、それ以外の魔法の習得に苦戦していた。
特に上級炎魔法は難しく、ひとつ間違えば自分自身が火だるまになってしまう非常に危険な魔法である。初級炎魔法である火球魔法でさえまともに使えない兄さんが無理やり行使しようものならば、確実に魔法は暴走する。その結果は文字通り火を見るより明らかである。
「ににに兄さん、ダメです!」
兄さんの意図に気がついた俺は慌てて彼を止めようとするが、寒さのせいで身体がまともに動かない。兄さんはすでに大木の根本に立ち、振り返って微笑んだ。こんな時でも兄さんは最高に絵になるが・・・でも、兄さんの最後の姿なんて俺は見たくない。絵にもしたくない。
「本当に済まない、ハルト・・・でもお前の能力なら、きっと僕がいなくても・・・いないほうが、うまくやっていけるだろう。どうか幸せになるんだよ。」
「兄さん!やめて!」
「さぁ、いくよ。【炎柱】!」
兄さんの足元から炎が吹き上がり、彼の身体を包んだ。離れている俺の頬をジリジリと熱が焼き、あまりの熱さで周囲の雪が溶けていく。簡単には燃えそうもない大木はしかし、巨大な炎の柱に焼かれて巨大な焚き火と化した。吹雪をものともしない強烈な炎が周囲の空気を一気に温めていく。
「にいさん!にいさん!いやだ!にいさーーーーーん!」
「ゴホッゴホッ!ああっつぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
「ほぇぁっ!?」
炎の柱の中から転がって出てくる人影がひとつ。それはゴロゴロと地面を転がって積もった雪に接触すると、ジュウっと小さな音を立てた。
「ああああああつかった・・・!ゲホッゲホッ!」
「兄さん!?なんか生きてるぅぅぅぅぅ!?」
俺は大慌てで持ち物の中から高級回復薬を取り出して兄さんに飲ませ、酷い火傷に振りかけた。高級回復薬は指の欠損ぐらいならたちどころに修復してくれる凄い薬で、1本50万デルぐらいする高級品。竜狩りのために、常に複数本用意してあったのだ。いつも手元に置いておき、このような事態でも売り払わなかった俺たちの切り札だ。
「・・・ああ暖かい。っていうか、ちょっと熱すぎですね。」
「ああ。もうちょっと離れようか。」
兄さんは元通りケガひとつなく、俺と並んで燃える大木を見ている。兄さんと俺の装備は竜の炎の息対策のため、強力な耐炎・耐熱性能があるんだった。そのために兄さんは炎に包まれながらも即死せずに済んだのである。備えあれば嬉しいな。兄さんはなんか良いこと言って自爆しようとしていたので、ものすごく居心地悪そうにしている。俺もなんか気まずい。
大木はなかなか燃え尽きず、夜になり、朝になってもまだくすぶって熱を放っていた。気がつけば吹雪も止み、あたりには青空が広がっている。
俺は大木の熱で作った干し肉のシチューをすすった。身体が芯から温まり、死にかけて失われていた闘志が再び湧いてくる。やっぱり俺と兄さんが揃えば不可能なことなどないのだ。
「よぉぉぉぉぉし!待ってろよ!?イレーヌ!」
「ハルト?」
俺は闘志に突き動かされ、空に向かって矢を放った。まっすぐ真上に射った矢がイレーヌに当たるはずなどないが、それでも彼女に命中するように願って。
「あ、危ないよハルト・・・矢ももったいないし・・・。」
「すみません、兄さん。」
兄さんは落ちてくる矢を警戒して、じっとその行方を見つめている。俺も同じように、真上に飛んでいく矢を見ていた。
矢はまっすぐに空に向かって飛んでいき・・・
飛んでいき・・・
あれ?曲がった?
突然カックンと、まるで糸に引っ張られたように空中で方向を変えて飛んでいき、遠く離れた地面に落ちた。
「・・・なんだい、今のは?」
「イレーヌに当たれ!って考えながら射ったんですけど・・・。」
「ええ?ハルト、もう一度やってみてくれるかい?」
続けて何本も射ったが、どれもすべて空中で突然向きを変え、同じ方向に飛んでいった。それはまるで・・・「その方向にイレーヌがいる」と俺たちに伝えているようだ。
「兄さん・・・。」
「ああ、ハルト。信じられないけど・・・どうやらお前の能力は人探しにも使えそうだね。」
勝利が見えてきた。俺、狩人はやめて探偵とかやったほうがいいかもしれない。
オーランドはボルカナスをとなえた!オーランドに100のダメージ!




