盛者必衰
「はぁ・・・遅いね、イレーヌ。」
「遅いですね・・・。」
竜を仕留めてからはや5日。俺と兄さんはまだ湿原の真ん中、竜の死骸の前にいる。張り込みを始めてからすでに8日。水はそのへんの汚い水があるからなんとかなるとしても、食料が底を尽きそうだ。ん、竜の肉を食べればいいのか?っていうか食えるのか?なんか超パワーに目覚めたりするのだろうか。ないか。
【竜殺矢】(無事に沼から回収済み)のおかげで竜を仕留めることに成功した俺たちだが、問題はその獲物の運搬だった。一番近い町まで距離的には徒歩で約2日程度だが、竜の重さは尋常ではない。俺と兄さんとイレーヌだけではどう頑張っても運ぶのは無理なので、イレーヌが町で人間を集めてくることになった。俺たちは竜の死体が野生の魔物に食べられたり、通りすがりの人間に奪われてしまわないように見張る役目だ。間近で見る竜は死んでいるとはいえすごい迫力で、これがとんでもない大金になるというのもわかる気がする。なんていうかオーラがあるな。死んでるけど。
「ハルト、そんなに警戒しなくても大丈夫だよ?少し楽にしていたらどうだい?」
「え?ああ、いえ。霧も濃いですし、魔物に不意打ちされたら大変です。」
「そうはいっても、あれから生き物の一匹も見かけないじゃないか・・・羽虫は山ほど飛んでるけど・・・。」
兄さんが言うように、俺は非常に警戒している。竜の死骸の背に乗り、いつでも攻撃できるように常に弓矢から手を離さない。
・・・俺が警戒しているのは魔物や通りすがりの盗賊ではない。イレーヌだ。
彼女が近くの町から応援を呼んでくると言った時、確かに彼女が町に行くのが適役だと思った。剣士として顔が広く、経験も豊かなイレーヌなら、スムーズに人集めができるに違いないだろう。だがこうして兄さんと待つうちに、モヤモヤとして疑念が湧いてきた。
本当に彼女を1人で向かわせて良かったのだろうか?もし彼女が竜を独り占めしたいと考えていたら?町で腕の立つゴロツキを何人か雇って、俺たちを半〜全殺しにすべくこちらに向かっている可能性はないだろうか?
イレーヌについて、俺はまだ完全に信用していない。
前のパーティーメンバーの|装備(遺品)を売り払ったイレーヌ。
ゴロツキに「不幸を呼ぶ女」とか呼ばれていたイレーヌ。
そもそも彼女の二つ名【黒鴉】というのは、なにか不吉な意味合いを込めたものではないのか?髪が黒いからという理由だけでカラスなんて呼ばれているわけではあるまい。
疑念が湧いてから、俺は常に最大限に警戒して過ごしている。この濃い霧の中からゾロゾロと人影が現れ、あっという間にガラの悪い男たちに囲まれてしまうのではないか・・・。俺の能力はすでにイレーヌに知られている。大きめの盾やゴツい鎧でも装備されれば、俺の弓矢など全くの無力。俺は殺され、兄さんは汚ららしい男たちにあんなことやこんなことを・・・ぐぬぬ、許せん。兄さんの貞操は俺が守る!
そんなわけで俺はこの5日、ほとんど不眠不休で警戒を続けている。正直しんどいし眠いし時々意識がなくなるし・・・注意しているつもりだが全然できていないのかもしれない。いきなり横から「おい」とか声をかけられりして・・・
「おい。」
「ひょぇっ!?」
びっくりしすぎて変な声が出た。慌てて声の方を見ると、人相の悪い男たちが10人ほど、霧の中からゾロゾロ歩いてくるところだった。全員が剣や戦斧を腰に下げ、傷だらけの皮鎧を装備している。だめだこれ死んだ。兄さんの貞操終わった。
男たちの先頭にいるのは、ひときわ怖い顔のハゲ頭の男だ。ハゲは怖い顔に凶悪な笑みを浮かべて見せた。
「こいつはすげぇ・・・本当に竜じゃねえか。」
凄みのきいた低い声に思わず身震いする。竜も恐ろしいが、やはり本当に怖いのは人間だ。ギュッと弓を握る俺に、ハゲは楽しげに声をかけてきた。
「おい坊主。お前がコレを仕留めたってのは本当か?」
「・・・ほ、本当です。」
「ほほう・・・?」
俺の言葉に、ハゲは怖い顔をますます歪めてみせた。何この人こわすぎ。絶対、5人か10人は殺してる。そう確信してしまうほどに怖い顔だ。
くっ・・・気圧されるな、ラインハルト。気持ちで負けてはダメだ。そうだ、とにかく距離を取って先制攻撃を・・・
「おいガンドやめろ。ハルトが怖がってるじゃないか。」
その時、男たちをかき分けて見慣れた顔がやってきた。イレーヌだ。相変わらず黒髪をなびかせ、その佇まいは美しい。ガンドと呼ばれたハゲは、イレーヌに言われるとバツが悪そうに頭をかいた。
「ああ?ああ、すまねぇイレーヌ。悪かったな、坊主。人相が悪いのは生まれつきでな。別に脅かすつもりじゃあねぇんだ。」
「・・・ほぇ?」
「いやあ、大したもんだと思ってな。まだガキなのに、竜を仕留めちまったって?この目で見なけりゃ信じられんところだ!いやあ、本当にすげぇぞ坊主!」
「・・・ほぇぇ?」
急に褒められて変な声が出る。ハゲ・・・もとい、ガンド氏は俺を竜の背からひょいと下ろすと、ガシガシと頭を撫でた。
なんかいい人だった。10人殺してるとか言ってごめんなさい。
「遅くなって悪かったね。近くの町から力自慢の連中を集めて、それから資材運搬用の大きな荷車を借りようとしたら思ったより手間取ってさ。アンタ達、問題なかったかい?」
「ああ、僕たちは何もなかったよ。たった5日でこんなに沢山集めてくるなんて、流石だねイレーヌ!」
「なんだい、照れるじゃないか・・・なぁに、このイレーヌ様がひと声かければこれくらいあっという間だよ。」
兄さんは俺にも見せたことがないほど嬉しそうな顔でイレーヌを迎え、イレーヌもその歓迎っぷりに照れくさそうにしている。きっと兄さんがチェリーボーイじゃなければ、イレーヌを抱きしめてチューするぐらいはやっていただろう。イケメンなのに手が出ない兄さん・・・おいたわしや・・・。
「さぁ野郎ども仕事だ!竜の肉は腐りにくいとは聞くけど、これ以上悪くならないうちに急いで運ぶよ!」
「「「「おう!!!」」」」
イレーヌの合図で人相の悪い男たちがテキパキと動き出し、竜の運搬が始まった。俺はまだ少しだけ警戒していたが、いきなり男たちが豹変して襲い掛かってくるような様子はない。見てるだけというのもなんなので手伝おうかと思ったが、ガンド氏が笑って止めた。
「疲れた顔してるぞ、坊主。いいから大人に任せて休んでな。」
マジでいい人だった。ハゲハゲ言ってごめんなさい。
・
・
・
それからはトントン拍子にことが進んだ。仕留めた竜は町にある大きな商会の支部がまるごと買い上げ、2500万デルという高額で引き取られた。いきなり大量の現金は商会側も用意できないし、俺たちも安全に保管できる場所がないから渡されてもちょっと困る。300万デルだけ受取り、残りは「チーム・オーランド」の名義で商会に預けてある。
金を手にした俺たちが最初にしたことは、装備の新調だ。
俺が今まで装備していた・・・っていうか着ていたのは、農家をやっていた時と同じ普通の服だ。ステータス画面があったら「ぬののふく」と書かれているか、それとも装備なし扱いになるようなヤツだろう。新しい装備は革製の軽い鎧だ。見た目はただの革鎧だが、「溶岩蜥蜴」という炎に高い耐性を持った魔物の皮を加工したたものらしく、相当強力な耐熱能力がある。同様にマントも耐炎魔術が施されている高級品で、要するに消防服を着ているような感じだ。これはもちろん、今後も竜狩りを続けるにあたって、もっとも危険な炎の息に対抗するための装備である。弓もモーリス村で作った手作りのものから、ちゃんとした職人が作った使いやすい弓に変えたが・・・俺が使うならどんな弓でも大して変わらないので、まぁこれはどうでもいい。
兄さんも同様にパワーアップし、見た目はすっかりイケメン農民からイケメン魔法使いといった風情にパワーアップしている。俺と同じような耐炎魔術が施されたローブに身を包み、いかにも強烈な魔法が飛び出しそうな曲がりくねった杖を持ったその姿は天才魔術師のそれである。兄さんにはきっと、すごい魔法の才能がある。あの短期間で俺の弓矢を強化する魔法を覚えたぐらいだから、今後も続々とすごい魔法が使えるようになるに違いない。
イレーヌについては、装備に何も変更はない。本人いわく、装備をコロコロ変えるより、使い慣れた装備のままにしたほうがいざという時に死なないものなんだとか。ただ、俺が知らない間に見慣れないネックレスをつけていた。あれもまた耐炎の魔術がかかったアイテムらしいのだが、いつ買ったのか俺は知らない。そういえば、町を歩いていた時に兄さんが宝飾店の前でふらりと姿を消したような・・・あれ、自分で買ったんだよな?兄さんから貰ったのか?そうなのか?
装備を整えた後、3人でささやかな宴会を開き、そして数日間を宿でのんびりと過ごした。そして俺たちはまた竜狩りに繰り出す。といっても、竜というのは、いつも決まった場所で出会えるものではない。北方の海を渡った先、魔王が統治する魔大陸に竜がまとまって暮らしている地があり、俺たちの国で出会えるのはそこから出て放浪している「はぐれ竜」だけである。
イレーヌは酒場で竜に関する情報を集め、出現しそうな地域を特定する。本来であれば竜に出会わないために情報を集めるものだが、まったくの逆だ。俺たちは竜の出現情報に従ってあちこちに繰り出し、そして前回と同じように待ち伏せる。
まる1週間張り込んで、空振りのこともあった。
目撃情報を辿っていくと、それは最初に仕留めた竜のものだったこともあった。
それでも成果は確実に積み重なっていった。【竜殺矢】がある限り、弓矢の射程にさえ近づければ100%仕留めることができるのだ。出会いさえすれば、竜を仕留めるのは簡単な作業だ。
そして1年が過ぎた頃、俺たちが仕留めた竜は8体になっていた。
・
・
・
「・・・うん、今日も絶好調だ。」
俺はズラリとならべた10個の的に矢を命中させ、満足していた。全てが正確にど真ん中。今日の練習はこれくらいでいいだろう。
「おおーいハルト。そろそろ夕食でも食べにいかないか?」
「そうだよハルト。アンタ、それ以上弓の腕を上げてどうするつもりだい?」
声に振り返ると、そこには仲良く腕を組んで歩いてくるイレーヌと兄さんの姿があった。半年ほど前から2人は正式に付き合うことにしたとかなんとかで、今ではこうして堂々とイチャついているのだ。あまりにも堂々とイチャつくのでイライラしないこともないのだが・・・まぁ兄さんが幸せそうなのだから何も言うまい。
俺は的に刺さった矢を回収しながら言った。
「ここ1ヶ月は、ほとんど狩りらしい狩りをしてませんからね。腕が鈍らないようにしないと。・・・イレーヌさん、なにか竜の情報はありましたか?」
「・・・いや、残念だが・・・何もないね。」
「そうですか・・・竜は知能の高い魔物ですからね。俺たちのことを知らないまでも、仲間が続々と狩られていることに気がついて、魔大陸に去ったのかもしれませんね・・・。」
そうなのだ。この1年、竜を狩りまくった俺たちだが、先月あたりからパッタリと竜の目撃情報が途絶えてしまった。せっかくの【竜殺矢】も、竜がいなければただのガラクタである。
沈んだ空気を振り払うように、兄さんが言った。
「まぁいいじゃないかハルト。これはきっと、ちょっと休憩しろっていう神様のはからいさ。僕たちはもう、農家をやっていたら一生かけても稼げないような金額を稼いだんだから。」
「まぁ確かに・・・そうですね。」
当初の目的、ジルとエリーを妻に迎えるのに必要な資金としては、十分すぎるほどに溜まっているのだ。むしろ竜狩りなんてもう足を洗って、とっとと2人を迎えに行ったほうがいいかもしれない。今や俺のスキルは普通の狩人としても余裕で通用するレベルだし、どこかに小さな家でも買って小銭を稼ぎながらのんびりした生活を・・・などと妄想していると、イレーヌがバシバシと兄さんの背中を叩いた。
「そうだよ、アタシたちには休憩が必要さ!この1年、働き詰めだったからね。オーランドは良いこと言うね。アンタは本当に、見た目だけじゃなくて中身までいい男なんだから!」
「こ、こらイレーヌ・・・ハルトが見てるじゃないか。」
「ふふ・・・いいだろ?別に隠すようなことじゃないし・・・。」
爆発しろ!いや、それにしても神様のはからい、か・・・。この世界の神様っていうとアレか?あの駄女神さまか?あの神様が俺のことを気にかけて「ちょっと休みなさい」なんて言うとは1ミリも思えないが・・・っていうか絶対、俺のことなんて忘れてると思うが・・・。
・
・
・
そしてまた何もしないまま1月が経ち、2月が経ち、そして3月が経ち・・・吐く息が白くなりはじめた頃、それは起きた。
「・・・うん、今日も絶好調だ。」
俺はずらりと並べた20個の的全てに矢を命中させていた。この3ヶ月で俺の弓矢はさらに一段階パワーアップした気がする。なにせ暇すぎて、弓矢の練習ぐらいしかすることがなかったのだ。そろそろ本当にモーリス村に帰ったほうがいいのかもしれない。ここまで竜の情報が集まらないということは、きっともう本当にこの国から竜はいなくなったんだ。
うん、そうだ、そうしよう。ここを片付けたら兄さんと話そう。兄さんはイレーヌと2人で暮らすかもしれないけど、そろそろ俺も兄離れしないと駄目だろう。あの2人のイチャイチャを見るのもいい加減辛いし。
「ハルト!・・・ハルト!」
「どうしたんですか、兄さん?イレーヌは?」
片付けをしている俺の背中に、突然声がかけられた。それは兄さんだ。顔面蒼白で荒い息を吐き、1人で立っている。いつもイレーヌと一緒なのに、おかしいな。
「ハルト、聞いてくれ。落ち着いて・・・その・・・とにかく、冷静に聞いてくれ。」
「・・・?俺は落ち着いてますが・・・どうしたんですか、兄さん?」
兄さんは明らかに取り乱している。なんとなくこの後の展開に想像はつくが、しかし彼の言葉を聞くまでは分からない。そうだ、意外といい話かもしれない。イレーヌを妊娠させちゃって「アレがこないの」と言われた兄さんが取り乱して「俺もだよ」とか答えちゃったせいでイレーヌが激おこぷんぷん丸みたいな、終わってみれば笑い話にできるような感じの、そんな・・・
「イレーヌが消えた。金も全部、持って行かれたようだ。」
ああやっぱり。俺が激おこぷんぷん丸になる展開だ。
更新間隔開いちゃった・・・




