チーム・オーランド
「全部で3万!?オーランドたちが田舎モンだと思って、どんだけ買い叩くつもりなんだ豚野郎!」
狭い店内にイレーヌの怒鳴り声が響いた。小太りの店主はあまりの剣幕に怯えて後ずさりするも、狭い店内に逃げ場はない。顔面蒼白のまま壁にもたれかかって震えている様子は、まるで屠殺される豚のようだ。
ここは俺たちが拠点にしている「ラステル」という町の、いつも俺たちが狩った獲物を売りに来る商店である。
結局イレーヌとパーティーを組む組まないという話をうやむやにした俺たちだったが、彼女はなんだかんだと理由をつけて俺たちについてきた。俺は彼女を信用していないので、あまり彼女と行動を共にしたくないと考えているのだが・・・兄さんはそう思っていないどころか、彼女とパーティーを組むのに前向きらしい。俺がゴネなければ今ごろとっくに3人パーティー「チーム・オーランド」が結成されていただろう。いや、「美の化身オーランドを讃える会」でもいいな。思い切って「オーランド教」はどうだろうか。ちょっと違うか。
とにかくそんなわけで俺たちについてきたイレーヌは、店主から素材の買取額を聞くやいなや大声で怒鳴りつけたのだ。
「お、お前さんは【黒鴉】のイレーヌだな・・・。なんだお前、この坊やたちとは関係ないだろう。」
「黙れ。彼らは恩人だ。お前の提示した買取額は相場の半額以下だ。彼らは獲物を一撃で仕留めているから毛皮や肉に余計な損傷もなく品質が高い。相場より3割は高く売れるだろう。このふざけた価格を訂正しないなら、もう二度とお前のところでは買い取らせない。」
イレーヌの言葉に驚いたのは俺だ。相場の半額以下!?ここのおじさんは人相は悪いが、この町で右も左も分からない俺たちに親切にしてくれた人なのに・・・俺たちを田舎者だと思ってボッタくっていたのだろうか。親切なフリをして、いいカモだと裏で笑っていたのだろうか。兄さんも俺と同じようにショックを受けている・・・かと思いきや、彼は熱に浮かされたようにイレーヌを見つめている。に、兄さん・・・?
「へっ!こんな信用もないガキども、この町で他に買い取ってくれる店なんてないぜ!俺は親切で買い取ってやってるんだ、適正価格ってヤツさ!」
店主は青ざめながらも毒づいた。彼の言うことは本当だ。俺と兄さんは何軒も素材の買い取りをやっているという店に行ったが、農民丸出しの俺たちの顔を見るなり素材も見ずに「買い取りは出来ない」と追い出されるのがほとんどだった。ここは俺たちのような怪しげな人間相手でも買い取ってくれる貴重な店なのだ。
「ふん、アタシが口添えすればどこの店だって買い取ってくれるさ。いや、脅しつけてでも、ひと目彼らの素材を見せれば十分だろう。この品質の肉や皮を見れば、どの店も頭を下げて買わせてくれって懇願してくるだろうね!アンタだって、それくらい分かってるんだろう!?」
「ぐ・・・!」
「そうだ、アタシ達が下手に出る必要なんてない。今までボッタクった分まで、耳を揃えて払ってもらおう!」
「な、なにをバカなことを!そんな金あるか!」
「払わないなら払わないで、アタシは構わないよ?それならもう、アンタのところには2度と素材を持ち込まない。ただそれだけの話で、アタシ達には何の不都合もないんだからね!」
「なんだと!?ちょ、ちょっと待ってくれ・・・坊やたちが持ち込む皮は高く売れるし、すでに大手の商会から専売契約の話も来てるんだ・・・今さら持ち込まれなくなるのは困る!」
「ハッ!そんなに甘い汁を吸っておきながら、まだオーランド達からボッタクるつもりだったのか!?信用がウリの商売人が・・・呆れ果てるね。ホラ、さっさと今までボッた金額を計算しな。今までの正当な対価を払うだけでボッタクリを水に流してやろうってんだ、安いもんだろう?」
「わかった、わかったよ・・・その代わり、今後も素材の持ち込みは頼むぞ・・・なぁ、オーランド坊や?」
急に話を振られた兄さんがハッとして返事をしようとすると、イレーヌがいつの間にか腰の剣を抜き放ち、目にも留まらぬ早さでカウンターに突き立てた。店主は恐怖のあまり、地面に崩れ落ちている。
「誰が坊やだ、立場を考えろ!『さん』をつけろよ豚野郎!」
「ひっ・・・す、すまねぇオーランド、さん・・・。」
「え、い、いや、いいんですよ・・・。気にしてませんから。」
こうして俺たちは14万デル(デルは通貨の単位)もの大金を手に入れることができた。物価は食べ物がかなり安かったりしていて俺の知っている日本とはずいぶん違うが、感覚的には1円=1デルぐらいなので中々の金額といえる。この町が狩人を始めてから20日ほどで14万・・・俺の目的を考えれば決して十分ではないが、希望を見出すことができる金額だ。
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「ハルト、イレーヌはすごかったね!彼女のおかげで、どうやら僕らの計画も順調に進みそうだよ!一気にこんなにお金が入ってくるなんて!」
「・・・そうですね。」
俺たちは町の中心にある酒場「鳥の足亭」で、いつもより豪華な食事をとっている。この世界には異世界のお約束である「冒険者ギルド」のようなもの全国的組織はないらしい。俺たちのような狩人や傭兵はどこの町にも必ず存在する酒場や食堂にたむろして情報を交換したり、店内の掲示板に貼り出される依頼を受けて金を稼ぐのだそうだ。
ギルドといえば異世界のお約束なのであまり気にしたことはなかったが、通信手段も限られている地球の中世っぽい世界で、アルバイトとか派遣社員の中でも最高にガテン系で使い捨てな俺たち狩人や傭兵のために全国規模でサービスの行き届いたの組織があるのはおかしいような気もする。「お、お前みたいのがAランク冒険者だと・・・ガクガクブルブル」みたいな展開も期待したのだけど・・・そもそも「冒険者」っていう言葉も聞いたことがないな。みんな毎日を必死に生きてるだけで、別に冒険なんてしたくないもんな・・・。
兄さんは酒こそ飲んでいないが、並んだ料理もそこそこに、上機嫌でイレーヌのことを褒め称えている。俺はそんな兄さんの言葉をきくたびに心配で憂鬱になるのだが・・・そんな俺の様子も目に入らないほど、兄さんのハートはガッチリキャッチされてしまったらしい。
「イレーヌはあんなに若いのにすごいよね!ちゃんと自分で稼いで生活してるんだ!」
「イレーヌはすごい美人だよね。ハルトの未来の奥さん達にも引けをとらないと思わないかい?」
「イレーヌ、仲間をみんな失ったと言っていたけど大丈夫だろうか?」
兄さんのイレーヌトークは止まらない。兄さん、あの女、怪しくないですか?その一言が出てこず、俺の心はどんどん憂鬱に沈んでいく。いつもより高級なちゃんと調理された料理を食べているにもかかわらず、まるで砂でも噛んでいるようだ。
考えてみれば、兄さんはあの小さくて閉鎖的なモーリス村では同じ年頃の女子がおらず、美の化身というべきイケメンさでありながら恋愛の経験はゼロだった。そこに加えて貴族のババ・・・女性からの熱烈なアプローチで女性不審になっていたところに現れたイレーヌ。美人で、少しだけ年上で、自立していて、処世術にも長け、頼れる女性。兄さんが恋に落ちてしまう条件は揃っている。
ちなみに当のイレーヌは自分の荷物を整理するとかで姿を消している。あの荷物・・・おそらくは仲間の遺品を売り払って金に変えてくるのだろう。そう考えると、俺のテンションはもう地面を通り越してマントルに到達するほど落ち込んでくる。このまま戻ってこなければいいのに。
「ねぇハルト、イレーヌが良ければ僕たちと一緒に狩りを」
「魚うまっ!この魚うまいですよ、兄さん!」
「そ、そうかい?」
「よう、羽振りがいいじゃねぇか・・・。」
俺が必死に核心的な話を逸らし続けていると、ふいに野太い声が響いた。声の主は身長190センチはありそうな大男で、たくましい身体から汗臭い匂いを放っている。こいつは【錆斧】のバルトとか呼ばれているヤツで、この町では有名な荒くれ者だ。いつもこの「鳥の足亭」で飲んだくれていて、俺たちにちょっかいをかけてくるのだ。コイツの目的はおそらく・・・
「なぁ、オーランドよ。どうやって稼いだんだ?ようやく身体を売ることにしたのか?だったら俺もお前を買うぜ。」
そう、兄さんだ。コイツが生粋の男色家なのかどうかは知らないが、美の化身たる兄さんを目にして下賤な劣情を抱いているのだ。
「僕たちが狩りをして稼いだんですよ、バルトさん。」
「嘘つけ。お前らが森に入ったところで、初日の夜が開ける前に魔物のエサになっているに違いない。俺が一緒に行ってやるといつも言ってるだろう?」
バルトは酒臭い息を吐き出しながら、馴れ馴れしく兄さんの肩に手を回す。俺は思わず手近に置いた愛用の弓矢に目をやるが、これは使えない。バルトは町では有名な強者で、嘘か誠か、熊を素手で殴り殺したという逸話があるほどなのだ。距離を取った状態から戦いを挑めば俺でも勝てるかもしれないが、こんな室内ではまず無理だし、そもそも手加減できないから殺すしかない。そうなれば勝ったとしても俺たちはお尋ね者となり、町にはいられなってしまうかもしれない。暴れて困るのは俺たちの方だ。
「なぁオーランド・・・いいだろう?悪いようにはしねぇ。俺のものになれば、この町でお前に手を出せるヤツはいなくなるし、いい思いをさせてやるぞ。」
「そのへんにしておきな、万年発情ホモ野郎。」
バルトの大きな身体が飛び上がった。見ればいつの間にやってきたのか、イレーヌがバルトの腕を後ろから捻り上げている。彼女はそのまま自分よりはるかに大きな男を放り投げ、パンパンと手を払った。
「汚い手を触ったから汚れちまったよ。」
「手前ェ!【黒烏】のイレーヌ!なんのつもりだ!」
起き上がったバルトは腰に下げた護身用の短剣に手をかけた。イレーヌはゴミでも見るかのように、腕を組んだまま冷たい目をバルトに向けている。
「オーランドとハルトはアタシの命の恩人だ。余計なちょっかいをかけるというなら黙っちゃいないよ。アンタこそどういうつもりだい?こんな場所で剣を抜けばアンタかアタシのどちらかは死に、残った方はお尋ね者だ。わかってるんだろう?」
それなりに人が入っているはずの店内は無人のように静まり返り、バルトの荒い息遣いだけが響いている。1分か2分か、永遠のように感じる時間をそうやって睨み合った後、バルトは短剣から手を離した。
「ふん・・・暗がりでは気をつけるんだな、不幸を呼ぶ女め!」
バルトの捨てゼリフに、黙って手を振って応えるイレーヌ。・・・待て、今なんて言った?不幸を呼ぶ女?やっぱりこの女、なんかあるんだな?
バルトが店を出ていくと、店内に再び賑やかさが戻った。イレーヌは店主に一言ふた事何か言ってから、俺たちと同じテーブルについた。ああいう立ちふるまいを見ていると、こういった荒事に慣れているのがよく分かる。怪しい、怪しすぎるぞ・・・。
落ちついてよく見ると、イレーヌは昼間の軽装鎧姿ではなく、洒落たワンピースのようなものを着ている。薄手の生地が鎧の上からはわからなかった彼女の身体のラインを際立たせていて、それは19歳とは思えない見事に成熟した女性のものだ。ほんのりと化粧もしてして、腰に短剣を下げていなければ良いところのお嬢様と言っても余裕で通用するだろう。
ハッとして兄さんの方を見ると、案の定というべきか・・・ほんのりと頬を染めて、熱に浮かされたようにイレーヌを見ていた。
あかん、それ恋する乙女のヤツや。
俺は心の声がエセ関西弁になる程度に焦った。
「大丈夫だったかい、オーランド?あのクソッタレの【錆斧】に目を付けられるとは災難だったね。」
「あ、ああ・・・助かったよ、イレーヌ。君は強いんだな。」
「大したことないさ。ハルトみたいに10匹以上の子鬼を鼻歌交じりに倒せるわけじゃないしね。」
「ほぇっ?」
急に褒められて、思わず変な声が出た。いかん、ちょっと褒められただけでイレーヌがいい人な気がしてきた。子どもは普段から褒めて育てないとこういうことになるんだ。子どもと言っても、俺の精神年齢は前世と合わせたらそろそろアラサーだけどな。とにかく油断してはいかんぞ、ラインハルト=モーリスよ。
ちょっとテンションが上がった俺と反対に、イレーヌの言葉を聞いた兄さんの表情には影が差した。
「そうなんだ・・・ハルトはスゴイんだよ。僕なんて必要ないぐらいにね。」
「そっ、そんなこと!」
反論しようとする俺を、兄さんは手で制した。そうか、兄さんはずっとそれを悩んでいたんだ。狩人になってからずっと、狩りの中心は俺だった。それは当初予定していた通りのことではあったのだけど、それでも自分が役に立てていないことを兄さんはずっと気にしていたのだ。
俺はとにかくなにかを言おうとするも、言葉が出てこない。兄さんは話を続ける。
「このままだといずれ、僕のせいでハルトを危険な目にあわせてしまうだろう。ハルトはこんな僕のことを慕ってくれていて、決して見捨てようとはしないから。ハルトは本当に優しい弟なんだ。」
「ほぇっ?」
また変な声が出た。イレーヌは黙って聞いている。
「だからイレーヌ・・・もし君がよかったら、僕らと一緒にパーティーを組んで狩りをしてくれないか。ハルトを守ってやってほしいんだ。」
「ほぇっ?」
3回目の変な声を出している俺を尻目に、イレーヌははっきりと答えた。
「いいよ。パーティー名は『チーム・オーランド』かな?」
あかん、それ俺が考えたやつや。




